小宮の苦労と角野の苦労

友人・坂上は、小宮に驚く



「また飲みに行こうぜ」

「無理だ。年明けで暇、になってからならな」


 年末のくそ忙しい時期に小宮から呑気な声で電話があったので速攻でブチっと切ったが、律儀にも年明けに再び連絡がきた。


「暇、になったか?」

「まぁそうだな」


 そこから飲む約束をし、無事に今日が飲み会となっている。




 久々に会った小宮は、席に座ったとたん首元に手を伸ばしネクタイを軽く下にゆるめたんだが、男から見てもその仕草には惚れ惚れする程の大人の色気があり、思わずうっとり見とれた俺が


「相変わらずの男っぷりだな小宮。というかお前、色気ありすぎだろ」


 感心したように笑顔でそっと肩に手を乗せると


「キモい」


 本気で怒られた。





「そういや前に会ったのは秋ごろだったよなー。あれから変わった事とかあったか?」


 ふと前の飲み会を思い出しただけで別に深い意味はなかったんだが、なぜかしばし無言になった小宮が、そうだな…と遠くを見はじめた。


「その秋に一緒に飲んだな、角野って覚えてるか?」



(あーあの、小宮とやけに仲がいい事務員―――)



「覚えてる、覚えてる。それとなんか、小宮の事が大好きな美人さんもいたよな」


 思い出し笑いをしていると、小宮も微妙な表情で「そうそう」と面白そうにニンマリ笑う。


「実はあれから再び、角野と水野が鉢合うというイベントがありまして。―――ま、忘年会なんだけどさ」


「お、それ知ってるかも。あれだろ。えーっと、何か合同でするってヤツだろ?」

「そう、よく知ってるな」


 少し驚いた様子の小宮を見ながら、何とはなしに懐かしい気持ちになる。


「うん。角野さんから聞いたんだ、たぶん」


 その時のことを微笑ましく思い出していると、小宮が俺をチラ見したあと興味なさげな感じでシラッと聞いてきた。


「そうか、他にも何か聞いたか?」


「いや特には。前の会社での小宮の面白ネタを話したのは覚えてるけどな。いやーあれは超ウケてたなー。はははー」


 楽しく笑いながらも何かを感じてフッと前を見ると、お得意の氷点下な冷たい視線がなぜか俺に向けられている。


「坂上? それは、一体、何を、話したのか、是非とも、聞いておきたい」

「………」


 ゆっくりとした低音ボイスと端正な顔ならではの目力がもの凄い迫力で、なぜそこまで――と怯え顔がひきつるも、とりあえずは笑ってごまかすことにした。


「うはは~。日にちが経ってるから、細かいことは覚えてないな~。うはは~」

「………」


 ごまかしてるのが丸わかりの俺に、しばらくは無言の圧力をかけていた小宮だったがフッと力を抜いたあと、まぁいいか…とため息をつき真面目な顔になって言った。


「その合同忘年会でな。俺、角野が好きかも、となった」




 へーそうなんですかぁ……………って、はいっ!?




「えーと、聞き直して申し訳ないが、あの角野さんのことかな」


「そう、あの、角野」




 ・

 ・

 ・



 ―――えーと、だな。


 確かに飲み会の時に見た二人は仲が良かったので始めは少し疑いはしたが、俺の記憶が確かならば仲が良いのはただ単に付き合いが長いせいで、そういう感情はどちらにも無い、という事だったはずでは? それを聞いて、


 まぁなこの二人が付き合うって想像しにくいよなー、とか

 今後何事も起らず小宮が手を出そうとか思わなきゃいいなー、とか


 そんなことを思ったりはしたが、それ以前に小宮は「ありえない、外見が好みじゃない」と飲んだ勢いもあってか、最後にはキッパリ断言してたよな?


 ……


 いかん。もうどこからツッコんだらいいのかが分からんっ。



 ・

 ・

 ・




「あの。ツッコミどころが多すぎてアレなんだが、とりあえずよかったら、なんでそんな事になってるのか教えてくれるかな」


 唖然あぜんとしながらも小宮の顔を真っ直ぐに見ていると、ちょっと可笑しそうな様子で嬉しげに喋り始めた。


「それはな、忘年会で」


 そこで何かを思い出したのか、勢いよく鼻から息をフンッと吹き出す。


「角野。お前は本当に地味だな、と実感して笑いそうになって」

「………」



 ―――小宮。それってサイテーなんだが。



「それでなんか話をしたくなって、角野に声かけて顔を見た時に―――なぜか全てがきっちりハマった様な感覚になった、と思ったら、そのままスッと好きかもしれないと……」


「えーっと、それはなんだ。普通なら一目惚れってやつみたいだが、角野さんとは五年も顔合わせて喋ってるしな」


「よく分からないだろ? まー自分でもよく分からない感覚だしな」


 それから楽しげだった雰囲気から一転し、真面目な顔になり


「それに決め手となるような、ここに惚れましたというのも無くて――」

「ふわっとした全体的な感覚で角野が ”好きかも” という曖昧な感じだし――」

「それに長い付き合いだから、友情的なものなのかもしれないとかも―――」


 立て続けに小宮はそう言うと、思い悩んだ感じでしばらく黙りこんでしまった。



 小宮の戸惑っているような、困っているような、その様子を見て思わず盛大な苦笑いをしてしまう。


「というか。こういう恋愛系は、俺より小宮の方が慣れてるはずだろ」


 散々女性と絡んできたくせに今更なにを……と呆れた声を出してみると、小宮もハハッと苦笑いをした。


「いや、なんというか。仲がいい友達で角野を知ってるの坂上だけだったからさ」


 静かに視線を落とした小宮をまだ苦笑いで眺めていたが、また黙り込んだのを見て笑うのを止め思い直す。


(軽く言いつつ、意外に真面目に悩んでいるのかもな……)


 そこで自分の数少ない経験を総動員し、以前に見た二人の様子も思い浮かべ、ゆっくりと落ち着いて考えてから声を出した。


「だけどなー小宮、俺が思うに。それは自覚なしで前々から実は気になっていたか、好きだと気づきそうになってはいたが、その度に違う…と気が付かないフリをしてただけで―――」


「それがたまたま今回、なんでかハッキリと気づかされたってパターンなだけだと思うぞ」


 すると小宮は「たぶんそうだな」と悲しそうに笑って答えた。





 そのまま黙ってお酒を飲んでつまみを食べる……そんな時間が数分続き、話の流れから角野さんと会い小宮と彼女の話しをした、アノの秋にあった飲み会をまたつらつらと懐かしく思い出していると


(おや? そういえば)


 角野さんの事を面白おかしくツッコんでいたその時の会話を思い出し、不審そうに眉をよせつつポツッと小宮に尋ねた。


「小宮は角野さんは三人しかいない職場の人なんで ”絶対手を出さない” と、あのときハッキリと言っていたと思うんだが―――」


 顔を上げてこちらを見た小宮と顔を合わせた、しばらくの沈黙のあと


「そんなこと、言ったかな?」


 小宮は驚いたかのように片眉を上げた。



(ちょーまて、こら。―――手を出す気満々じゃねーか!!)



 自信のあるやつはこれだから…と顔をかなり引きつらながらも、再びハッと思い出したことを小宮に真面目にツッコんだ。


「というか角野さんには彼氏いたよな。たぶんまだ、別れてないんだろ?」

「そうだな聞いてはいないけど、まだ角野は別れてないと思う」


 どうでもいい感じで適当に返してきた小宮に、一応ではあるが強めの釘を刺してみた。


「なら今回の場合はさ、その彼氏と上手くいってる間は口説いたり、自分のものに何とかしようとするのは止めておいて、別れるまで見守るって方が正しい気がするぞ」


 するとまたまた片眉を上げた小宮は、何言ってんだコイツ? てな感じで俺を見る。


「でも彼氏は幼馴染で外堀埋められてる状態なんだろ? それに結婚してるわけじゃないんだから、奪っても全く問題はないはずだ」


「………」



(―――そうですか、略奪する気も満々ですか)



 角野さんと彼氏の平穏な日々が終わる予感をひしひしと感じ、大きくため息をつきながら更に言葉を返した。


「小宮。確認のために聞くが、いま彼女とかはいたりするのか?」


 すると小宮は、面倒くさそうな顔をしながらこの質問をかわしてくる。


「うん、今、彼女は、いない」

「なんだその、不信感しか抱かせない ”彼女は” ってな言い方はよ」


 ふざけんな…とムッとすると小宮はちょっと考えたあと小さく息を吐き、どう言おうかと迷っている感じで俺から視線をそらす。


「あー特別な女友達? とかは、何人かいるかもしれない。けど、彼女はいない」


「………」


(はいはい。そうですか。)



 そのカス過ぎる答えを聞いた瞬間、これは絶対に阻止しよう…てな使命感がフツフツと心の底から湧きあがるも、自信たっぷりな相手にどう言い含めたらいいのかが全く分からず、悩みながらボソボソお願いをする。


「でも角野さんと付き合っても結婚する気とかは無いんだろ。それならもう構わず、ほっとけ」


「別にしてもいいぞ」



(そうきたか―――)



 する気全然無いくせに…と呆れた俺を見た小宮は、急にこれまでにない真剣な様子にスッとなり「だからな坂上」と俺にジッと目を合わせた。


「彼氏から奪うために金曜にでも飲みに誘って酔わして、それから『送るよ』なんて優しく言いつつ一緒のタクシーに乗せてさ。『大丈夫。何にもしないからちょっと寄ってけよ』って部屋に連れ込んで―――」


「連れ込んだ後は、またまた『大丈夫か』なんて言ってベットに運んで、気がつけば…みたいな、なし崩し的なパターンで押し倒してから、『俺にしろよ』と情熱的に口説こうかと思ってるんだ」



 無表情になった俺を通り越し背後の壁を見つめ出した小宮は、グラスを手に取り静かに酒を飲み干した。


 しばらくすると小宮は「それかな」とつぶやき、ぼんやりとした遠い目をする。



「会社だと二人きりでいることが多いから、せっかくならその時間を利用してみようかと」


 切なそうにしたあと、俺へと視線を向けた。


「事務所にあるソファーに並んで座ってさ。適当な会話の合間に角野と見つめ合って。で、そのタイミングで倒れ込むようにギュッと抱きしめながら『お前が好きだ』と耳元でささやき―――」


「そのあと髪をゆっくりと優しく触りながら『俺のものになれ』と、甘く口説き落とすってのもいいよな」



 付き合いを断られることなど全く考えていない発言の数々に、言い返す言葉が見つからず黙り込んでいると、目の前の小宮が薄笑いを浮かべまた喋り出す。



「後はそうだな―――彼氏とデートしてる時を狙って、ちょい前に流行ったフラッシュモブで驚かせたあと、バラの花束を抱えた俺が『好きだーーー』と叫んで現れ、熱く押しの強い告白をするとか」


 そこで小宮が俺の肩に手を乗せた。


「あ、そん時は坂上も参加してくれよな」

「………モブ」


  お前、踊れたか? と思わず真面目に心配すると、小宮の目が三日月型に笑い必死に何かをクッとこらえはじめた。


「ふ。坂上は本当に真面目ないいヤツだな。それにお前は彼女一筋のいい男、ブホッ、なんだから、もう早くな、ブホッ、結婚すればいいと思、ブホッ」


 喋ってる合間合間になぜだかブホブホ吹き出していたが、最後まで言い終える前に我慢しきれなくなったのか、アッハッハッと爆笑し出した。


 そして笑いながらも呆然としている俺の顔をしっかりと見据え、口元をヒクヒクさせながら言ってくる。


「大丈夫だ、角野を好きかも…ってとこ以外は全部冗談だから。というか今のとこ、角野をどうこうしようとは全く考えていない」


 それから再び爆笑しながら、安心しろよという感じでまた俺の肩をポンポン叩いた。



 ――――そう、ですか。



「小宮? 冗談にならない時に冗談を言って、人の反応を楽しむのは性格がもの凄く悪い証拠だ。―――それにな、お前ならフラッシュモブ以外の口説きはやりかねないだろ!」


 喋りながら徐々に本格的な怒りが沸いてきている俺に小宮は、気分が良さそうにフフフン…と片眉を上げた。


「そうかな? 俺は草食系だから襲ったり出来ないぞ。でもバラの花束抱えるとかは、ふっ、悪いが超絶似合ってしまうと思う」


「あ、フラッシュモブは坂上がする予定だったから怒ってるのか? いや、よければこのプラン使っていいから怒るなよ」



 俺を楽しく盛大にからかえて、心の底から満足げにしている小宮にムムッと苛立ち、更に怒りがフツフツとこみ上げてくる。



「もういい! 何が草食系だ! ―――だけどな、 ”特別な女友達” のとこは本当だろーが!」


「あーその件は、なんというか…うん」


 アハッてな笑いをして、小宮はそこらへんをごまかしたようだ。


「ごめん、ごめん。今日はおごるからさ」


 口ではすまなそうに謝りつつも反省など一ミリもしていないのが丸わかりで、座席の背にもたれ胸の前で腕を組み、機嫌よく目を細めて楽しそうに俺を眺めている。


 またその表情が女心をくすぐるのか、俺らの席近くにいる女性がそわそわとした動きを始め―――



(こんな男のどこがいいのか!)


 見知らぬ女性に心で大きくツッコんだ後、気づけば真顔でつぶやいていた。


「小宮、俺はお前を許さない……」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る