地味という事実は、覆すことができない
あの飲み会から三ヶ月が経って12月がきた。
師走の忙しさの中、外回りから会社に夕方帰るとまたまた高田が来ており、事務所の入口に立って社長と何かを話している。
(おい。お前は本当によく来るな)
高田に冷ための視線を浴びせながら挨拶をし、そのまま自分の席へと向かおう…としたとき社長がキャッキャッなノリで引き留めてきた。
「あ、小宮さん。年末の忘年会だけど、高田さんも行っていいと思うでしょ」
(年末の忘年会? あーあのメンテナンスと合同のヤツ)
ん? ―――って、いや待て。なぜ高田が行くのか。
驚きで思わず勢いよく振り返り、大きな声で聞き返してしまう。
「え。高田さんも行きたいんですか?」
すると俺の迫力ある驚き顔を見た高田が、いえ、そんな! とんでもない! と焦ったように顔の前で手をブンブン振りだした。
「僕にはそんなつもりは……」
それから困ったように角野の方をチラっと見てから、断りの言葉を続ける。
「関係のない人が行くのはどうかと思いますし。だから参加は止めておきます」
……あーなるほど。いつものごとく社長の暴走らしい。
高田も少し可哀想だし、これは社長に「無理ですよ」と言ってやろう。
「社長。いくら会費制とはいえ、会社に関係のない人はどうかと思いますけど」
(お、いま同じことを言おうとした所だった)
どうやら角野の方が、俺より先に助け船を出したようだ。
じゃあもういいな…と、また自分の机へと歩きながら横目で何気に高田を確認すると、ホッとした顔で角野を見ている。
―――そういえば。
社長が無茶ぶりしたとき目が合う、とか言ってたよな。
こういう時も息が合っていることで。
高田が「失礼します」と、そそくさと帰っていくのを見届けた角野は社長の方へと体を向け軽い説教を始めた。
「社長……。うちの飲み会ならまだしも、あの忘年会に高田さんを誘うのはどうかと」
「あら、やっぱり駄目だったかしら。高田さんがOKなら、連れてこうかと思ってたのに」
社長は怒る角野に不服そうに言い返したあとフフフ…と意味あり気に笑い、それからおもむろにお出かけカバンをサッと手に取り
「ちょっとお出かけしてくるわ」
じゃ! と手を上げ、元気に事務所を出て行った。
……社長は今日も平常運転だな。
*********************
そんなこんなをしているうちに12月も終わりに近づき、気づけば毎年恒例のメンテナンス会社との合同忘年会当日になっており、今は相手が指定してきた店へと仕事終わりに三人で向かっているところだ。
「行きたくないんですが」
ポテポテとやる気なさそうに隣を歩いている角野が、
「向こうの方が人数多いから、毎年アウェー感があって嫌なんです」
同じようなことを毎年言ってくる角野にちょっと笑けてきたが、とりあえずは軽い口調で励ますことにする。
「確かに。でも毎年行ってるから顔見知りもいるし、席に座ってりゃ誰かが話しかけてきて居づらさは薄まるさ」
俺の励ましを面倒くさそうに聞いていた角野は、前を向いたまま
「まー小宮さんならそうでしょうけど。私はそう簡単にいかない時もありまして」
とっても悲しそうにつぶやき、そしてふと俺の顔を見上げてジッと眺めたあと唐突に物凄くイラっとした表情になり言った。
「小宮さんが、一度ならず、生まれ変わる
(角野? 俺がお前に一体何をしたっていうんだ)
「なんだよそれ、やけに怖いな。でも簡単じゃないんだったら慣れてる俺の横にずっと座っとけばいいだけだろ」
物騒なことを言われたことに多少の動揺をしながらも、なだめるつもりで小宮の隣席をオススメしたのだが、角野はさっきよりも更に大きなため息を長く吐きだし
「それは、かなりの勢いでお断りします」
小宮の隣は嫌です、てな感じで首を横に振られてしまった。
そんなことを話しているうちに目的地に到着したので店員に名前を伝え、個室へと案内された後メンテナンス会社の社長に挨拶をした。
それから、どこへ座ろうか…と部屋をぐるっと見渡す。
「小宮さん! こっち空いてますよー」
―――おっと。この声は、水野だ。
彼女に手招きで呼ばれたあとなんとなく角野の方を振り返ると、すでに水野が座っている場所から離れた席へと向かっており、俺には ”今からは私に声を掛けるな” という態度で……というか背中でそう語っている。
なぜだか急に角野の頭にポンと手をのせて振り向かせたいという気持ちが湧いてきたが、どうせ振り返らせても嫌そうな顔をして「なんですか?」と言われるだけだろう。
だからそのまま何もせず、声を掛けてきた水野の方へとクルッと向きを変え、お久しぶりですと営業笑顔を貼り付けゆっくりと歩いていった。
忘年会が始まって一時間半ほど経ち、飲んでいたお酒がいい感じで回ってきた頃
「子供って可愛いですよねー。そろそろ欲しいー、って思いません?」
とか言って、隣に座っている水野が小首をかしげてきた。
(―――子供? 今は別にどうでもいいですが)
とりあえずは何かを言おうと水野の方を見たとき、「外見は好みなんだけどな」そう坂上に話したことが頭に浮かんできた。
そこでさっきの「子供欲しいですかー?」とかいうどーでもいい質問に適当に返事をしながら、水野の切れ長の目や整った鼻筋が配置されている綺麗な顔を眺めてみる。
……確かに、顔は好みな方ではある。
たぶん違った出会い方をしていれば、口説いていたかもしれない。
なら、なんでうっとおしいと感じるのか。
「えー小宮さん酷すぎですぅー。でもーやっぱりー、子供が欲しいなら若い子の方がいいですよねー」
(あーなるほど……)
この喋り方と喋ってくる内容。どう考えてもそれが好きになれない。
それに彼女が何か言う
角野が避けている理由と同じくこの二人も、水野の機嫌を損ねないよういつも腫れ物に触るような扱いをしているんだろう。この二人も角野が同僚だったらもっと楽だったろうに。
興味を持った人をジッと見つめる変なクセはあるが、それはその人が何を考えているかや距離感を
坂上が言っていたようにイジイジと悩みそうな見た目をしているのに、意外に嫌な事があっても根に持たずあっさりと水に流すタイプだしな。
だからあの乙女でややこしい性格の社長も案外気に入ってるらしく、今までの事務員ほとんどが社長と喧嘩して短期間で辞めていっていたらしいが、角野は六年もおり、それにどんなに貢物の件で角野がブチ切れても社長は怒りもせず笑っている。
それにさ、あの時は―――。
あ、あれも―――。
…………
…………
ひとり回想にボーッとふけっていたが、フッと我に返る。
(いやいや……)
気づけば頭を下に落とし、心でつぶやいていた。
(なぜいま、幸せな気分で角野のことを考えた……)
顔を上げるまでは時間にしたら一瞬の出来事だったはず。ただ会話の途中でボーッとした、と思ったら突然ドンッとうつむいた事に驚いた様子の水野が焦った声を出し、背中に手を当てさすってきた。
「こ、小宮さん? 小宮さーん。大丈夫ですか? 酔いましたー?」
「お水もらいましょうかー?」
「……あーはい、少し酔ったかも。ちょっと涼んできます」
水野の心配を右から左にスルスルと聞き流しながら、よっこいしょ…と片足に力を入れ立ち上がろうとしたとき、ニッコリ微笑んだ水野に素早い動きで柔らかく腕をつかまれる。
「じゃあ心配なので付き添いますよー」
(いや。この動揺は、ある意味、お前がきっかけなんだけどな)
その事実に物凄く苛立ったせいか、いつもの営業笑顔も忘れ
「いいです。一人で行くので」
そっけなく言い返し、つかまれた腕を引きはがしてから部屋を出た。
部屋の外に出たあと、トイレへと行く途中の廊下の壁に背中をもたれかけさせ、スマホを適当に触って用事をしている振りをしながらまたボンヤリ考えはじめる。
そうだよな、基本仲は良いんだから考える事もたまにはあるか。
でもさっきのだと、角野が掘り出しもんぽく聞こえるよな。
思っていたより、周りから見ると意外に角野の評価は高いんだろうか。
しかしいつも困ってたり嫌そうな顔したり、怒ったりしてるのはなぜだ?
会社での角野の仕草や表情をウーンと軽く首を傾けながら思い出していると、またまた坂上と話していた時のセリフが頭に浮かんだ。
『仕事がしやすい子だ』
(お! なんだそうか。同僚として働きやすい子なんであんな風に考えたんだな)
何とはなしにそんな結論が出て、そうかそうか…と一人それに納得していたとき
「やっぱり心配で、来ちゃいましたっ」
テヘッという擬音が聞こえそうな顔をした水野が、目の前にピョンと飛び跳ねて現れた。
(……こいつスゲーな)
変な感心の仕方をしつつもさっきまでの動揺はもうすっかり消えていたので、水野の動きに思わず「ふっ」と小さく吹き出したあと軽い笑顔を作る。
「あーどうも。でも、そろそろ戻ろうかと思ってました」
部屋に戻り自分がいた席へと向かう途中で、そういえば角野は今どこにいるんだろうかと辺りを見渡してみた。
すると角野はメンテナンス会社の社長の隣で何かをウンウンと聞いており、同じテーブルにはうちの社長や50代位の女性が座っている。
その場所はたぶんこの部屋の中で一番年齢層が高く
そしてたぶん、いや確実に一番雰囲気が地味な場所で。
そこに年齢自体は29だが、どう高く見積もっても見ため年齢が25歳以下という童顔の角野が、違和感なくもう見事にすんなりと馴染んでいるのをみて
(いやいや角野、お前な、そこにそんなに馴染むなよ)
勢いよく思わずツッコんだら、ジワジワと心の底から笑いが込み上げてきた。
急に声が掛けたくなり角野がいるテーブルまでサっと歩いていき、丁度いい場所にあった頭にポンと手を乗せてから名前を呼んだ。
「角野」
(どうせまたな、嫌そうな顔して振り返るんだろうな)
含み笑いで待機していた俺のそんな予想を裏切り、角野は何かの会話で笑っていた笑顔のままで「はい?」と振り返り、そしてお酒が入っていたせいなのか
「なんですか小宮さん?」
目と口元を緩め、楽しそうに俺を見てくる。
(―――あれ? 角野ってこんな顔してたっけ)
突然、いつもとは違うものを見ているような感覚になった俺は、会社で毎日風景のように流し見ていたその顔を改めて見直しはじめた。
何がどう違うんだ…と顔をジロジロ見ているあいだ、角野とずっとチラチラ目を合わせていたら、突然なにかがモヤっときて、それから角野の目の中に惹きこまれた。
そのとき心の中で、ストンと
「俺、角野が好きかも」
ふいにそう思った。
・
・
・
(なんだ、この展開は。一体なんなんだ―――)
なんだそれ…な今の状況に、また心の底から急激に笑いが込み上げてきてしまい、目の前に座っている角野を見ながら妙に楽しい気分で
―――俺は角野が好きなのか?
繰り返し何度も思い、声を出さずに笑っていると
「酔ってるんですか? ちょっと怖いですよ」
いつも通りの嫌そうな顔に戻った角野が不審げに見てきた。
しかし、ずっと笑ったままで自分を見ていることに気が付いたのか、
「というか、本当にかなり酔ってます?」
本気で心配そうにこちらを
「大丈夫ですよー。小宮さんの面倒はみますからっ。そろそろ席に戻りませんか?」
グイっと俺らの間に割り込んできた水野が俺の腕を取り、鼻息荒く行きますよーてな感じで引っ張っていく。
ズルズルと俺を引きずるようにして歩き出した水野を見て、本当にコイツは目標に向かってまっしぐらだよな…と感心し思いついた。
(お。こりゃ、イノシシ二号だ)
いやそれ全然褒めてないし…とまた笑いが込み上げ、ゆるんだ表情が元に戻らなくなる。
そのまま席まで無事たどり着くと、さっきまでとは違い変に機嫌が良くなっている俺を見て水野も笑顔でキャピキャピ喋り出し、その後しばらくしてから忘年会は終了した。
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