坂上と小宮の飲み直し
なんというか。
偶然見かけた角野も誘って坂上三人での飲み会のはずが、メンテナンス会社の水野も参加することになり、俺は気づけばほぼ水野としか話さなかったという。
そんな飲み会と化すとは、一体誰が思ったろうか。
―――いやまぁな、俺がハッキリと断らなかったのが悪いんだけど。
結果、二時間もたたないうちに飲み会はお開きになり、角野は何かから解放されたかのように晴れ晴れとした顔で帰って行ったが、水野に関しては別れを言って歩き出しているにも関わらず ”帰りたくない” 攻撃が発動されてしまう。
正直なとこ、社長の知り合いの会社で働いてる子じゃなかったら、「俺は、帰りたいんだ。だからお前もとっとと帰れ」と冷たく蹴散らし、追い払っていた、確実に。
ただそんな女子二人が帰った時点でもまだ20時半過ぎだったので、坂上に飲み直しに行こうと誘いをかけると「そうだな」と返事がもらえた。
改めて店に入り薄暗い照明の中カウンターに座って注文を済ませ、なんとはなしにホッと落ち着いた頃、坂上が俺を見ておかしそうに言った。
「お前、相変わらずモテてるのな」
(あぁ、アイツのことですか……)
「あー水野はなんというか。―――顔に関してはどちらかと言えば好みなんだけれども。ただ間違って一回でも寝たりしたら、一生憑りつかれてしまいそうなんでお断りです」
今日の水野の行動を思い出し、ただただもう苦笑いでごまかす。
そんな俺を見た坂上が「憑りつかれるって…」と笑ってきたが、すぐにしかめっ面になり「そうだな」と大きく一度うなずく。
「ほんとに、えらく性格キツそうだった。だけどお前に対しては『結婚が目標!』てな感じで可愛く迫ってたよなー。でもま、アレだとお気軽なバツイチが相手するタイプじゃないか」
「そうかもな。それより飲み会の間、ずっとほったらかしでごめん」
どっちかと言えば俺がほったらかされていたような気もするが、まぁ元々の原因は俺なのでここは素直に謝ると、坂上はおかしそうにフワッと表情を緩めた。
「や、気にするな。俺は角野さんと楽しく話してたんで、そこは別に謝らなくてもいいから」
「そうか? あー確かに、角野と妙に息が合ってた気が」
「うん、ちょっとな。なんか、お互いに分かり合える部分がありまして。ただ彼女の方はこれからも大変だろうな」
坂上はウンウンと真面目にうなずいたあと、またおかしそうな顔になる。
(いや、何をそんなに分かり合えたのか。角野とお前に共通項など無さそうなんだが)
どこだ? と考えていると、隣で坂上が楽しそうにハハッと笑った。
「でも小宮。角野さんはお前から聞いてたイメージより話しやすかったぞ。それに見た目と違って意外やアッサリした性格みたいで」
「そうだな。仕事がしやすい子だとは思う」
「まぁ自分からは、あまり話さなかったけどな。―――ただ聞くのが上手なのか、話は弾んだんで結構気に入ったかも」
角野のことを話しながらニコニコとビールを飲みはじめた、そんな坂上を見ていたら、なんとなくあの営業・高田のことが頭に思い浮かんだ。
「へー。……というか、角野は最近よく懐くし、懐かれるな」
「懐く?」
「あ、いいんだ。気にしなくていい」
そのまま、またボンヤリ色々考えはじめていると、坂上がふと何かを思い出した様子でこちらを振り返った。
「でも俺なんかより、小宮の方が角野さんとよっぽど仲良さそうだったけどな」
「ん? 付き合いが長けりゃ、嫌でも親しくなるだろ」
意識を坂上に戻しなげやりな感じで答えてから「もう五年も同僚やってるし」と首をすくめてみせると、意外に反応が薄かった事がつまらなかったのか坂上は「ふーん」と疑いの視線でしばらく見てきたあと更にたたみかけてきた。
「……で、角野さんにすでに手を出してしまっている、てなことは無いよな」
「はい?」
―――こらこら。
なぜ突然、そんな話になるのか。
そんな空気感は角野と俺の間には全く無いはずだ。
「それは絶対に無い。―――それにもしその気があったとしても三人しかいない会社で手を出すのはいくらなんでも普通は控えるだろ」
眉をひそめて強めの否定すると、坂上は安心したかのように「うんうん、そうか」とうなずき、やっぱりなと納得した感じで笑い返してきた。
「まーな。手を出したようには見えなかったし、見た目もお前のタイプと違うし。一応の確認をしただけだ」
(―――見た目?)
「あーそれ、角野が地味ってことか?」
「ま、そうだな地味は地味だな。でもお前が言うほど酷くないと思ったが」
「……いやいや、そんなに酷く言った記憶は無いぞ」
手を横に振りつつ本気でこれまた否定をすると、坂上は「そうだろうな」と小さくつぶやき
「実際に会ってみて二人の雰囲気を見てみると、どうも角野さんの事を小宮は可愛がってるみたいだったから―――」
それから俺の顔をジッと見て、また静かにつぶやく。
「あれだな。ツンデレ的な発言だったんだな、と」
(待て坂上。今の発言内容にかなり不服がある)
「坂上。35歳を捕まえてツンデレとか、ないわー」
速攻で、嫌そうに顔をしかめながら反論すれば
「まーでも彼氏がいるみたいだから、お前の出番は無いな」
なぜかツンデレと全く関係のない答えが返ってきた。
「はい? それ俺、聞いてないんだけど」
「は? わざわざ小宮に報告する義務はないだろ。それに、たまたま尋ねたから教えたくれただけで」
坂上は俺を横目で見ながら、その時の内容を思い出すかのようにゆっくりとした口調で話を続けた。
「相手はなんか幼馴染的な奴なんで、本人たちより親の方が盛り上がってるらしい。『知らぬ間に籍いれられそうな雰囲気で怖いですー』って角野さんは笑ってた」
「それは、かなり外堀を埋められている状態では」
「ま、そんな感じだな。案外ちゃちゃっと嫁に行って寿退社したりして」
「ちゃちゃっと、か。いや、なぜか角野はずっと会社にいるイメージがあった」
正面に向き直り、意外だ…というのを隠しもせずに喋っていると思いっきり眉をよせた坂上に怒られてしまう。
「なんだそれ。嫁にいけないとか思ってたのか? 角野さんへの評価低すぎだろ」
「いや違う、そういう意味で言った訳じゃ……」
怒られて急に大人しくなった俺に気づいた坂上はニヤっと嬉しそうに笑い、俺の腕をキャピッとゆるくパチパチ叩きながら聞きたくもない裏声を出した。
「やだ。小宮さんって、ひどーい」
「……坂上、うるさい。水野の真似をするんじゃない」
「えーというかぁ、ヤ・キ・モ・チですかー?」
「やめろ。もう一生黙っとけ」
「はははっ」
そこからしばらく二人して沈黙したあと、坂上がポツッと喋り始める。
「そういや小宮。もう一人いただろ、ほら」
一瞬、もう一人? となったのだが、帰りにそういや会ったなと思いだす。
「あー氷室さんのこと?」
「そうそう。あのお前に媚びまくってた、若そうな可愛い子は知り合いか?」
「あーあれはな、ウチの会社から近い取引先の店舗の子で、用事がある時たまに顔だしてる程度なので、―――まぁ顔見知りだな」
どうでもいい感じで流すと、坂上は失笑が入った苦笑いを浮かべ俺の肩に手を置いた。
「しかし小宮はほんとに、35になってもモテるな」
「あははー。お顔がいいもんで」
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「金曜日はごちそうさまでした」
週明け、会社に行ったらポットを手にした角野が笑顔でお礼を言ってきた。
(飲み会が終わったら、晴れ晴れした顔で帰ったくせにな……)
そんなことを思いながらも、顔を見てニヤッと笑いかける。
「いえいえ。―――そういえば角野、彼氏できたらしいな」
「はい? あ、坂上さんから聞いたんですか」
角野はそのあとハハッと曖昧な笑い方をしてから、社長のお茶を入れる為のお湯を取りにそそくさとビルの給湯室へと向かって行った。
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