友人・坂上は、見た (2)



 あの感動(?)の見つめ合い現場からは四人仲良く並んで歩き、五分ほどして目的の店の前に着くと小宮が角野さんの方を振り返った。


「角野。和食の店だけど、特に好き嫌いなかったよな」

「はい。嫌いなもの、ほとんど無いので大丈夫です」


 小宮の質問に単調に答えている姿を何となく見ていると、角野さんとパッと目が合い彼女におかしそうに笑い掛けられたので


「お。好き嫌いが無いのはいい事だ、うん」


 親戚のオジサン風に角野さんを褒めたたえ、そのあと俺も笑い返してみた。




 小宮を先頭に店内に入り「四人だ」と店員に伝えれば


「申し訳ありません。今日は金曜で混んでおりまして。今はカウンター席しか空いていないのですが―――」


 最後に、空いたらテーブル席にご案内しますが、どうされますか? と尋ねられたので、小宮は俺と角野さんを交互に見て確認をとってくる。


「カウンターだけど、どうしようか?」


「いいんじゃないか、とりあえずはカウンターでも」


 今更他の店に行くのも面倒だと思い、すぐにOKと答えたあと黙っていた角野さんの顔を見る。彼女が軽くうなずいて同意してきたのを見た小宮は、すぐに店員に笑顔で伝えた。


「それでいいです」


 


 そこから店員に席へと案内され、入り口に立っていたままの順番で俺・角野さん・小宮・水野さんと通路を縦並びで歩いていく。


 そしていざカウンター席に座りましょうか…となった瞬間、あの水野って女が小宮をサッと追い越して角野さんの隣に腰かけ、そして体ごと小宮の方に向けた。



(うわ。そんな座り方をすると、小宮は俺らと会話がしにくくなってしまうではないか)



 カウンター席に座りながら水野さんの後姿を眺め、なるほど、さすが強気の美人だ…と感心をしてから、そっと角野さんに顔を近づけ小声で言う。


「計算高そうな女だよな」


 角野さんは悲し気にふっ…と笑い、諦めの表情で微笑んだ。


「もうある意味、応援してます」


 そこで何となく二人して小宮らの方を振り返ると、すっかり恋愛モードでいけいけドンドンな様子の水野さんは俺らの存在など無視で、四人での会話を始める気も全く無さそうである。


 思わず顔を合わせた俺と角野さんが無言で同時にうなずき、彼女のことは全面的に小宮にお任せしよう……と目線で会話を交わす。


 そうなるともう気が楽になり、さっさとメニューを手に取って「とりあえず飲み物どうする?」と顔を寄せながら明るく相談を始めると、水野さん越しに覗き込むようにこちらに視線を向けた小宮が大きめの声を出した。


「角野、焼酎のレモン割りとかが好きだろ。それ頼むか?」


「はい。レモン割りにします。小宮さんは日本酒ですか? ――――あ、えっと。坂上サンとミズノサンは、ナニをタノミマスカ?」


 反射的に小宮の方を振り返り、初めは普通に答えていた角野さんだったが、水野さんが「天敵発見」とばかりに自分にピタっと焦点を合わせてきたことに気づくと、ブンッと急いでメニューへと視線を戻し、徐々に喋りが棒読み状態になっていく。



(や、今のは単なる注文確認のはず。自分より先に確認された事が気に食わないとか? てか、そこまでにらむ意味が分からん……)



 無表情ながらも敵意をむき出しにしている水野さんの視線をバッシバシに向けられてしまった俺と角野さんは、ふと同病相憐れむ…といった感じでまた顔を見合わせ、そして目と目があった瞬間、急速に仲間意識が芽生えた。


(うん。そうだよな。小宮が好きだ、という相手への対応はしんどいんだ)


 そのつらさを以前から知っている仲間としては、こう言うしかなかった。


「大丈夫だから小宮。こっちはこっちで頼むから。俺らのことは気にせずに、そっちはそっちで好きなの頼んでいいから」


 案外軽いノリのつもりだったんだが、言いながら『こっちはいいから…』と手を振った俺を見た小宮が氷点下的な冷たい視線を、確実に、俺だけに、向けた。


 その小宮の端正な顔からひたひたと放たれてくる鋭くて冷たい視線に、いい年をして「怖っ!」と怯えてしまった俺は心で大きくため息をついた。


(そんなに睨むほど、ひどいこと言ってないだろーが……)






「坂上と角野。二人共な、見事に俺を無視して会話するっていう姿勢はどうかと思うな」



 飲み会から一時間ほど経ち、ちょっと…とトイレに立ったことで空いた水野さんの席へと移動した小宮が、角野さんの頭にポンと手を乗せてから話し掛けてきた。


「え、無視なんてしてませんし」


 頭に乗った手に気づき振り返った角野さんが、感情のない素のまんまで答える。


 それを見てなんか笑けてきた俺は、小宮に対する内心の笑いを隠しながら角野さんと同じく感情の無い真剣な顔を作った。


「小宮、あんな美人とベッタリできて幸せだなー」


 さっきまで前の会社で小宮が規格外にモテていたネタや、俺の彼女のノロケ話などをお酒が入ったこともあり楽しく喋っていた、その流れのノリで


「イケメンと美人、最強ですね」

「俺らが入る隙は無かったぞ」


 角野さんと二人でつい小宮をからかってしまったんだが、眉をひそめかすかに目を細めた小宮は低い声でつぶやいた。


「そうか、楽しそうで、なによりだ、良かったな」



(……ヤバイ、思っていたより不機嫌そうだ)



 ただすぐに気持ちを立て直したらしい小宮は苦笑いでカウンターに頬杖をつき、息ピッタリで自分をからかってきた俺らを不思議そうに見てくる。


「しかしさ、まだ会って間もないのにお前ら仲いいよな」


(―――仲がいい?)


 思いがけない言葉に自然と顔を見合わせた俺と角野さんは、ちょっとの間だけ沈黙したあと吹き出すように軽く笑い合い、それから困ったように小宮の方へと向き直った角野さんが口を開いた。


「―――あ、それは共通の敵がいるから、ではないでしょうか」

「敵? 俺の事?」

「別に小宮さんってことでもいいですよ。似た様なもんだし」

「なんだよそれ」


 自分だけカヤの外に置かれた事でまた眉をひそめ不愉快そうになった小宮を、角野さんは横目で眺め面白がった表情をしたあと背筋を伸ばし


「それと。坂上さんから、小宮さんのおもしろ話、たくさん教えてもらいました」


 そう言って最後は追い打ちをかける様に口元に手を当てながら、ワザとらしくププッと笑う。



(さすがに五年も一緒に働いてると、本気で仲がよさそうだな)


 話している二人を横からほのぼのと眺めていたが、角野さんのセリフを聞き頬杖から勢いよく体を起こした小宮が冷たい視線を俺に向けてくる。


「………坂上?」


「や、ちょっとお前の離婚前後に起こったあれやこれやを……あ、そんな大したことは話して無いから。プッ」


 嬉しそうに答えたら、嘘つけ…と呆れられてしまった。



 小宮は段々と俺らが話していた内容が本気で気になってきたらしく、角野さんの二の腕を軽く持ち一応の確認ぽく、かつ偉そうに質問を始める。


「なに聞いたか教えろ」

「え、教えませんから」


 角野さんに思いっきりサラッと素で冷たく返された事にムッとしたのか、小宮は一瞬だけ沈黙したあと「そうか、お前がその気なら……」と片方の口元だけで不敵に微笑み攻撃を開始した。


「なんか今日は、イラつくほど調子に乗ってないか?」

「そうですか? いつも通りですけど」

「角野……」

「はいはい」


 ひたすら適当な対応をしてくる角野さんに更に苛立ってきたのか、小宮は胸の前で腕を組み低い声で言い放った。


「……そうか。お前がそんな態度をずっと続けるつもりならな。今度もし、あのイノシシが暴走した時 ”小宮さんお願い” ってしてきても――――スルッと無視してしまおうかと思い始めている」



 俺にはよく分からん内容だが、どうやら脅しをかけたようだ。

 角野さんは、ほんの少しだけそれに反応したがまだ態度を変えない。



「いいんですか? そうすると小宮さんにも、かなり被害は及びますが」


「別にいい。俺は、ヤツの、超タイプだから、角野が散々苦労するのを見届けてから、『ダメだぞ』と一言ヤツに注意するだけで即解決できるしな」


「………」

「で、どうする?」


 角野さんはそこでやっと小宮の方を向き、その不敵な笑みを見てしばらく考えたあとぐったりと力を抜き、表情無く疲れた感じで折れた。


「―――すいませんでした。無視はキツイです」 


 すると小宮は目を細めておかしそうに笑いながら、「よしっ」てな感じでまた頭に手を乗せポンポンと叩きだす。



 ま、どうやら角野さんが弱気になり、そして小宮が上から目線で「フフン」とご機嫌なところをみると、角野さんが言い負かされてしまったようである。


 しかしなんか、いつもこんな雰囲気なら、そりゃ敵認定されるわな。







   *********************






 二時間ほどしてから店を出て四人でオフィス街を歩き駅へと向かっていると、ある店舗から可愛い女の子が出てきたのが見えた。思わずその子を目で追っていると彼女がサッと振り向き、そして俺らの存在に気が付いた瞬間


「小宮さん!!」


 嬉しそうな顔でパタパタ走りながら近寄って来た。



(小宮……また、お前のファンかよ……)



 ガックリした気分になりつつも呼ばれている小宮の方を見ると、女性が駆け寄ってきたことに気が付いたのか、とてもいい営業の笑顔を作り優し気に挨拶をした。


「こんばんは。氷室さん」

「こんばんは。小宮さん」


 女性の方も可愛い笑顔で挨拶を返し、角野さんにも会釈をする。


 そのあと彼女は小宮と何かを話したそうな雰囲気を出してきたので、それを見て長くなりそうだ…と思ったのか、角野さんが「すいません」と俺らに会釈をしながら一歩前に出た。


「じゃあ私はここで。悪いんですけど、先に帰りますね」

「あ、そうか? うん、じゃあ、お疲れ様」


 小宮がすぐに返事をすると、角野さんは全員に向かってまた会釈をしてみせ駅へと向かって歩き始める。



 すると歩いていく角野さんの後姿を見ていた小宮が何かを思いだした様子になり、氷室さんに「ちょっとすいません」と断りを入れてから、飲みに誘った時と同じく角野さんの後を追って駆け寄り腕をつかんで振り返らせた。


 そのとき、至近距離で自転車が向かってくることに気が付いた小宮は、右手で角野さんの背を押し、庇うように自分の体の方に近づける。


 そして背中に手を添えたまま身長差がある角野さんの顔をのぞき込んで笑い掛け、何かを楽しそうに言い終えると今度は肩に手を置き、親し気にトントンと叩く。


 角野さんは笑顔でそれに答えてから「じゃあ」と小宮に手を振ってまた駅へと歩き始めた。



 その一連の動作をお酒が入っていたこともありボーッと眺めていたのだが、ふと何気に隣に立っている女性二人の方へと視線を向ければ


(うわっ、怖っ……!)


 そう、二人の視線の先には角野さんがおり、かなりイラついているご様子である。


(まさか氷室さんも、角野さんを敵認定なのか?)


 イラつく二人をビビリながら見ていたら小宮が颯爽さっそうと笑顔で戻り、そして怖かった氷室さんがまた可愛く笑顔で話しだす。


「どこか皆で行ってたんですか?」

「はい。飲みに行ってました」

「じゃあ今度は、私も連れて行ってくださいね」

「そうですね。機会があったら」


 おねだり的な表情で言った氷室さんに、小宮は営業用の笑いを浮かべ社交辞令的な答えを返してから


「それじゃ、まだ坂上と行く所があるのでここで」


 申し訳なさそうに女性二人に別れの挨拶をし、俺に合図をしたあと素早く歩き出した。



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