友人・坂上は、見た (1)



 元同僚だった小宮の会社近くで飲む予定となっている今日。


 電車に乗って時間通り待ち合わせの場所に着き、そこでスマホをいじりながら立って待っている小宮を遠目から見たとき、かなりの勢いでこう愚痴りたくなった。


「神様は不公平だよな」


 さすがに見慣れてるとはいえ、立っているだけでもさまになる小宮に通り過ぎる女たちがチラチラと視線を送っている風景は


……まぁいつも通りの出来事ではあるが、やはり羨ましい限りで。




「待ったか?」


 駅前の広場で格好よく立っている小宮に大きく手を上げて近づき、ヘラヘラ笑いながら声を掛けると、小宮は俺の声に顔を上げそしてまたスマホを見てから


「いや、時間通りだし。いつもの所でいいか?」


 愛想なく返事をしたあと、すぐに歩き出した。


 それからいつもの店までの道を並んで歩き、どうしたこうしたと俺の会社で起こった事を面白おかしく話していると、小宮の視線がある一定の所に向けられそこで止まっている事に気がつく。


「お、角野だ」


(―――角野?)


「俺の会社の事務員。話したことあるだろ?」


 あーあるな。そういやそう。

 小宮が今の会社の話をする時に「うちの事務員が」と必ず話題に上げてる子か。



 飲み会で聞いたネタを思い出しながら、小宮が指さす先を見てみると


 ………小宮よ。


 そろそろ30歳で地味で人見知り。いつ聞いても「彼氏はいません」っていう、たいがいな売れ残りだって言ってたよな。そんな風にこきおろしていたから、俺が思い浮かべていた事務員は不細工でオバサンぽい感じの女性が浮かんでいたぞ。


 しかし、いま小宮が指さす先にいる角野さんは、確かに地味でごく普通の容姿だけど、30歳前という年齢の割にはかなり若く見える


 「大人しそうな普通」の可愛らしいお嬢さんなんだが?




(まぁ、小宮が好きそうな美人タイプではないけどなー)


 角野さんを見ながら、そんな失礼な事を非モテの俺が思っていると


「なぁ坂上。角野も飲みに誘っていいか?」


 ふいに何気なく尋ねられた。


「別に構わんけど」


 特に全く問題が無いので考える前に即答すると、俺の返事を聞いたとたん小宮は事務員さんの方へと小走りに駆けて行く。


 本屋の辺りから出てきて歩いていたであろう彼女が、後ろから小宮に腕をつかまれ振り返る。小宮は少し驚き顔の彼女に何かを話しかけ、それから俺の方を指さして


「あいつと飲みに行くんだけど、お前も行かない?」


そんな感じのことを言っているようにみえた。



 二人が話している姿を少し離れた場所から眺めていると、小宮が角野さんの腕を軽く引っ張りながらこちらへと歩いて来る。


「あ、誘ったらOKだったから。いくぞ」


 小宮は俺の顔を見たあと簡単な言葉だけですぐに歩き出そうとし、その適当な態度の小宮に続いて角野さんが申し訳なさそうに謝ってきた。


「小宮さんがおごってくれるっていうので……。せっかく二人での飲み会だったのにお邪魔してすいません」


「いいよ大丈夫。どうせ小宮がおごるから来いよって、強引に無理やり誘ったんだろ? 気にしてないから」


 彼女が気を遣わないよう分かりやすく、そして多少大げさに「歓迎してます!!」てな動きと対応をしてみせると


「あ、いえいえ、そこまで無理矢理では無いんですけど。でも確かに小宮さんは少し強引で―――」


 俺の大げさすぎる歓迎を見た角野さんが、おかしそうな笑いを浮かべた、そのとき



「わっ。小宮さんじゃないですかぁ」


 最後にハートマークが付いてそうな甘えた女性の声が聞こえ、それに反応してパッと振り返った角野さんが声の主である女の顔を確認すると、まるで見てはいけないものを見たかのように俺の方にサッと姿勢を戻し


「ゲッ水野だ。なんでこのタイミングで会うかな」


 その外見に似つかわしくない台詞を発した。








   *********************







「小宮さんと角野さん。二人でご飯でも行くんですかー?」


 声を掛けてきたその女性は小首を傾げ、私って可愛いでしょ、そんな感じで小宮の顔を見つめた。


「いや、はい。そうなんですけどね。―――それにほら、あそこにいるのが前の会社の同僚で彼も一緒に行くので」


 小宮はそのアピールをサラッと綺麗に無視してから、顔はとりあえず笑顔ながらも面倒くさそうに答えている。



(いやなんか、小宮に相手にされてない感が凄い)


 初めて会った俺ですらそれが分かるのに、小首を傾げた彼女は


「えーそうなんですかぁ。私も仕事終わりで、帰るとこだったんですけどー。私も連れてってもらえませんか?」


 とか言って右手で小宮の腕に触れ、笑顔でごり押ししてきた。


「いえ、今日は三人で行く予定なので」


 苦笑いになった小宮がハッキリと断っているのに、


「えー残念。本当にダメですかー」


 更にそれを笑顔で押しきろうとした彼女は、ダメですか? のあと俺らのいる方へと視線を向ける。そしてそんな彼女につられてか、同じようにこっちを見てきた小宮が


「どうだろ?」


 俺に尋ねた。



「………」

「………」



(―――って、まて小宮。そこで俺に振るのかよ!)



 たぶん面倒くさくなったんで、俺に対応を振ったんであろう事実にイラっときたのと、正直なとこ小宮が困るのなんか別にどーでもよかったんで、この厄介な回答を求めてきた小宮に嫌がらせをする事に決めた。


「いいんじゃないか別に。飲むだけだし一人位増えても」


「じゃ角野は? 角野がいいなら、俺もいいけど」


 高らかに気分よく「OK宣言」した俺の言葉を軽くスルーし、なぜか角野さんに最終判断をゆだねてしまった小宮。


 そしてそれを聞いた角野さんが、まぁ当たり前だが一瞬だけ嫌そうな顔をしてから小宮の方を振り返ったとたん、


 ”小宮さんと一緒に飲みに行きたいなー” てな感じで可愛くおねだりしていた女が、シューッと目を細めた迫力ある顔で角野さんを威嚇いかくした。


「えー大丈夫ですよぉ。私と角野さんはー友達ですしー。いいですよねー?」



 ―――いやいや、絶対に角野さんとこの女は友達じゃないし!!



 心でかなり叫んでいた俺の目の前で、角野さんはため息をつき


「いいですよ。というか私も、いま、偶然に会って、飲みに誘われたんですから」


 暗に『この飲み会に行く予定ではありませんでした』という事を、彼女に分からせるかのような対応をしてみせた。





 結局その女と飲みに行くことになった俺たちだったが、彼女の目的はとても分かりやすく、一緒に行く許可をもらった後はもう「小宮」しか見ていなかった。


 俺と角野さんはすでに空気と化している。

 たぶん本気で見えてないかもな。


 そんな状況なので自然と俺と角野さんが並ぶことになり、2:2で分かれたまま目的地の店へと四人で歩き始めたとき、ふと気がつく。


(そういえば自己紹介がまだ、だったような……)


 すいませんと角野さんを振り返り、軽い会釈をしながら話し掛けた。



「えっと。前の会社で、小宮と同期で入社して以来仲がいい坂上と言います」

「あ。私は、五年前から小宮さんと一緒に働いている角野と言います」


 二人で無駄に丁寧なご挨拶とお辞儀をし合うと、角野さんに『なんか今更ですね』という感じでクスクスされる。その姿に少しなごみつつ、前を歩いている二人の姿を指さす。


「あれ、凄いよな」

「あれ、凄いですよね」


 眉をしかめた俺を見て目を少し見開いた角野さんが、つらそうに大きなため息をつく。


(これはなんか面白そうなネタがありそうだ)


 「そのため息の訳を教えてほしいなー」と言わんばかりのワクワクした表情でずっと角野さんの横顔を眺めていると、俺の気持ちを感じ取ったのかコソッと小声で伝えてきた。


「水野さんに聞こえるといけないので」

「なるほど……」


 そこで角野さんと顔を見合わせたあとわざとゆっくりな歩調に変え、前の二人から徐々に距離をとることにした。




「あれ、小宮の事を狙ってるよね」


 ある程度の距離がとれたころ隣を振り向きまた指をさしながら尋ねると、角野さんは困ったような苦笑いをもらした。


「はい。あれは小宮さんの事が大好きな、ウチの会社のパソコンメンテナンスに来てる会社の事務の人で」


(―――事務員?)


「んー内勤の事務だと、小宮と知り合う機会が無い気がするんだけど」


 戸惑ったように首を傾けた俺に、角野さんは「はい」とうなずいたあと


「普通なら、そうなんですけど」


 こちらを見上げてフッと笑い、その疑問の答えをくれる。


「実はウチの会社の社長とメンテナンス会社の社長が友達なんで、毎年 ”忘年会” と称して年末に会社合同で一緒に飲む機会がありまして」


「あーなるほど。そこで小宮を気に入ったと」


 大きくうなずいて納得した俺を面白そうに見た角野さんは、うんうん…と笑ってから今度は前を歩いている二人を面白そうに見た。


「あはは、当たりです。あの彼女は水野さんっていうんですが。まー見た通りの綺麗な女の子なんで自信が相当あるのか、強引な押しで小宮さんを落とそうと頑張ってるんですが」


(うん。その強引さは、この短時間でも気が付いた)


「そしてなぜか、一緒に働いているってだけで私は敵認定されてまして」

「そりゃまた、面倒くさいね」


 思わず、可哀想に…というニュアンスを込めて隣を振り返ると、笑顔からうんざりへと顔が変化した角野さんが続けて眉をひそめた。


「はい。また小宮さんが誘いに全然乗らないんで、今度は私を利用して近づこうとしたり、そして無理そうだとなるとまた敵認定……」


 それを聞いた瞬間、同僚として小宮と働いていたとき、実は俺と仲がいいと知った小宮狙いの女たちが笑顔で近づいて来たことを思い出す。


(ただな、嫉妬が加わる分、女性の角野さんの方が大変だよな)


 気持ちは分かると思いっきり同情してしまい、変に力が入った視線で角野さんを見てから


「もう分かるよ! 愚痴なら聞くよ!」


 急に大きな声でそんなことを叫ぶように言った俺に、たぶん何かをひしひしと感じたんであろう角野さんがつぶやく。


「お、もしかして、分かり合えます?」


 それから俺と角野さんが感動(?)のあまり、しばし見つめ合っていると―――



「なに、見つめ合ってるんだよ」



 かなり距離をとっていたはずの小宮が不機嫌そうに俺らのそばに立っており、その小宮の顔を見たとたん反射的に、


(あ、なんかすいません)


 意味も無く心の中で謝ってしまっていた。



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