小宮が気づくまで
気が付けば高田がいた
あの飛び込み営業で知り合った高田という男は、そこそこ整った顔立ちをしているが、いわゆる俺のような正統派イケメンのハッキリとした格好よさではなく、
「笑顔が甘い、雰囲気イケメン」
という位置にいる男だと俺は見立てている。
この気づく人は気づくという感じがウケそうな高田は思うに、ある程度は女子にモテてきた男だろうな。だから、気に入った男前が目の前にいると
”つい貢ぎたくなってしまう”
そんな悪い癖がある、ウチの社長も舞い上がってしまい、
「高額な電話機のリース契約」
という贈り物を高田にしてしまったのだろう───
*********************
そんな雰囲気イケメンの高田が契約をもぎ取っていったリースの電話機は、当たり前のように着々と事務所に配置されていくこととなり、
それはもうその結果としては仕方がないので、過ぎてしまった事としてこれまた日常の風景として流れていき、いつもの仕事をこなしていく日々がなにげに続いていっていた。
しかしある日を
(高田? 高田って、あの電話機の営業の男だよな?)
そんな疑問が浮かんできていた夏の終わりごろ、珍しく三人そろって事務所で仕事をしていると社長が角野を呼びよせ何かを言ったんだが、どうも仕事では無く私的な事を頼んだようで
「私では分からないので、高田さんに電話して教えてもらったらどうですか?」
社長の問いに角野が多少面倒くさい感じを言葉に含ませ返事をした、
そのきっちり一時間後に高田が会社に現れた。
「こんにちは」
慣れた笑顔でドアを開け、事務所に入った所で軽いお辞儀をした高田を
「いらっしゃい」
社長がニッコリ迎え入れ、そして角野に応接室へと案内された高田と向かい合って座ったとたん、リースの電話機には全く関係のない用事を社長が告げた。
「早速だけど、このタブレットの操作方法を教えてくれるかしら?」
しかし高田は驚くことも嫌な顔をすることもなく、すぐに「はい」とうなずき、 親切丁寧にタブレットの操作方法を教え始める。
「これはですね、まず―――」
しばらくすると俺の隣に座っている角野が、気になる対象物を眺める…といういつもの悪い癖が出たようで、『社長と高田は何をしているのか』そんな視線で応接室をジッと眺め状況確認をしていた、その時
高田がふいにこちらを向いて、角野に同意を求めるような苦笑いをし
角野の方も軽い笑顔を高田に見せたあと、二人は目線で何かの会話を済ませた。
(なんだこの、目線で語り合うという、妙に親し気な雰囲気は―――)
こう思ったのには、それなりの理由がある。
角野は大人しそうな外見そのまんまの人見知りで、新しく知り合った相手は男女問わず親しくなるまでに時間が掛かる…というタイプだ。
そのせいなのか俺が角野に「小宮さん、小宮さん」と懐かれだしたのは、出会ってからそうたぶん一年後位だったはず。
だから出会ってまだ三ヶ月ほどしか経っていない高田と、こういう目線で語り合うような親しい関係になっているとは思ってもおらず、正直なとこちょっと……いや、たいぶ驚いている。
(仲良くなったキッカケが、なんなのかが気になってきた)
興味が湧き横目でたまに二人の様子を見つつ仕事をしていると、応接室にいる社長の携帯がピロロと鳴った。どうやら会話の内容からすると取引先から呼び出されたらしく、社長はブチっと電話を切ると
「悪いけど事務所を出ないといけなくなったので、お茶だけ飲んでいってちょうだい。ごめんなさいね」
すまなそうに高田に謝ってからそそくさと準備をし、角野にどこに行くかを小声で伝えてから元気に外出をしていった。
出ていく社長を立ち上がって見送っていた高田が再び座って、言われた通りにお茶を飲み干した後カバンを手にソファーから立ち応接室から出てきたので
(お、帰るのか?)
仕事の手を止め、挨拶されるかも…と待機していると、高田はドアではなくまっすぐに角野の方へと向かって歩き気安い感じで話しかけた。
「タブレットの操作方法を教えるの途中で終わったんですけど、また社長に呼ばれそうですか?」
すると角野も立ち上がり、慣れた口調で喋り始める。
「あれ、買ったばかりなんで、今月は何回か呼ばれるかもしれませんよ」
親し気に喋る二人をふーん…とチラチラ見ていたら、高田が俺の視線にふと気が付いたようで話の
「じゃあ、また何かあったら気軽に電話下さい。社長の簡単な相手するだけですし、お茶付きで快適なので(笑)」
「でも、なんかすいませんでした」
「いえ。高い買い物してもらいましたので、これくらいは」
高田は謙虚な答えを返しつつ、俺にも笑顔で挨拶をし帰って行った。
───まぁ。きっと、話は通じないだろう。
だが、とりあえずはあの心が乙女で性格がややこしい社長でも構わない。
あの角野と、あの営業の高田が
なぜ急に仲良くなっているのかを教えてくれ……
しかしそれを尋ねたくても
ただ、この気になった状態のままは気分が悪い。
この際、素直に直球で角野本人に尋ねてみよう。
椅子に座ったまま角野へと体を向けて頬杖をつき、それから別にそんなに興味はないですが―――といった雰囲気で話し掛けた。
「角野。お前、あの営業の高田と仲いいんだな」
「はい? いえ、言うほど仲はよくないですけど」
角野は振り返り、不思議そうにしながら素で返してきたが
どうみても仲が良いだろ…と、更に重ねる。
「仲良くない? いや、なんか目線で語ってたりとかしてたよな」
「目線……? あぁあれ(笑) まーそうですね、高田さんとはよく目が合いますね」
なるほど、という表情になった角野は軽く笑い、その理由を教えてくれた。
「前に何度か高田さんが事務所に来たとき、いつもの癖であの二人の方をジッと見てたんですけど、ある日高田さんがその視線に気が付いたようで───」
「うん」
「何か? という感じで振り返られたんですが、次に来た時にも目が合ったんで、あ…となってついニヤっと笑ったら、同じように笑い返されまして」
「へーそうなのか」
「それからですね。社長が無茶ぶりした時とかに目が合うというのが、定番のようになったのは」
「定番?」
なんだそれ…とダルそうについていた頬杖から体を起こすと、どうやらここで話は終わりらしく、角野は机へと向き直りボールペンを手に取って仕事を始める。
「はい。ただ結構な頻度で社長が呼ぶんで、高田さん大変そうですけど」
(というか、俺は高田を事務所で見たこと、あんまり無い気がするんだが)
「高田って、よく事務所に来てるのか?」
しつこく質問を続けると、角野は正面を向いたままその頃を思い出す感じで目線を上に向け、そうですね…といった感じで俺の方をまた振り向いた。
「えーっと。契約から最初の二ヶ月間は、週二位の頻度でしょっちゅう来てましたよ」
「週二って、社長どんだけ気に入ってるんだ。いやでも、俺はほぼ会ってないな」
週二で驚き、それでも今まで会うことがなかったという凄さにまた驚いていると、角野がおかしそうに、あはは…と笑い人差し指を立てた。
「小宮さんが外回りでいない時ばっかりに、偶然来てるのかも」
こうなった
そこで角野の方に体全体をしっかりと向けて両手を膝の上で組み、少し前かがみになった姿勢をとってからまた質問をする。
「角野から見た高田って、どんなヤツ?」
急に興味津々な態度になった小宮を見てどうしたのかと角野は目を見開いたが、 うーん…と首を傾げしばらく考えてからゆっくり口を開いた。
「そうですねー。ブラックな企業に勤めてる、ホワイト寄りな営業って感じでしょうか」
「なんだ、それ?」
意味が分からんと眉をひそめた俺に、「ほら」と電話を指さしてみせる。
「これの契約自体はろくでもない、と思うんですが。その後の社長に対する対応を見てると誠実ですし、それに中々便利な男だとも思ってます」
(便利……)
微妙に毒舌を交えつつ、楽しそうに話を続ける角野。
「話しても喋りやすいし、柔らかい雰囲気なので女子に警戒感を抱かせないタイプと言うか。―――ま、今のところの印象はそれ位ですね」
「ふーん」
今までの話を聞いた所によると、角野は高田の事を
「話しやすく、女子受けがいい、便利ないい男」
こう思っているようだ。
だからなのか人見知りの角野にも、案外すんなりと受け入れられているらしい。
そんな角野の状況を知った後も、普段通りの流れのままに毎日の仕事をこなしていたが、興味がなかった高田の行動を意識するようになると、いやもう本当にしょちゅう事務所に来ていることに改めて気が付いた。
最新の電話機なので、操作的に分かりにくかったり不具合もあったりと色々事情もある。しかし基本的には、うちの女社長が高田を気に入っているから電話で済むような用事でも、わざわざ事務所に来いと呼び出すからで―――
また断ればいいのに、高田も気軽にホイホイと嬉しそうに現れる。
暇なのか高田? 営業の仕事は大丈夫なのか高田?
そして日にちが
それに、まぁこんな言い方は失礼だとは思うが、
俺が思うに角野にしてはかなり「懐いている」
というか角野、お前な。
なんでポッと出の高田に、そんな簡単に懐いてるんだ?
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