営業・小宮が事務員さんを手に入れるまで
井戸まぬか
プロローグ
小宮について
どうやら俺はうちの会社の事務員である角野のことが好きらしい。
ただ、かなりの今更なので
「どうしたらいいのか全く分からない」
てなことになっている今日この頃。
角野とは五年も一緒に働いてきたからか正直なとこ、日々の風景の一部になるほどそこいて当たり前の人になってきていて。だから仲も良く、本音で話せてもいた。
それに社長を含め営業と事務の三人という少人数な会社だから、社長と角野はある程度慣れ合った「姑と嫁」みたいで。
そして俺と角野と社長の三人は、長年連れ添った熟年夫婦のように
「あ、あれあれ」
「これですか?」
そんなあうんの呼吸で会話が成立してしまうので、この会社の構成イメージとしては、ほぼ ”家族” という感じになっている。
しかし、そんな毎日繰り返している風景が少し変わり始めたのは、
あのリース契約をした頃からだったような気がするな。
*********************
高田が飛び込みでうちの会社に営業に来たその時、俺は取引先の店舗で女性社員に新しい商品の説明をしており、そしてその説明の途中に角野から
『社長が貢ぎそうな怪しい行動をしてます。小宮さん、今どこにいます?』
たぶん、俺にしか意味が分からないヘルプメールがきた。
「あー、またお前かよ……」
”社長” と書いてあるメールを読んだ瞬間に脱力したが、角野が困ってそうだし早めに事務所に帰った方がいいかと、終わりかけの商談を素早く切り上げようとした。
だた、話が終わった…と切り上げようとする
ごめん角野。
30歳でこの会社に入社した俺はどうやら女性にモテる外見をしているようで、なんだか物心ついた頃には女の子が周りに沢山いた記憶があったが、特に成長
「もう、いいです」
そう言いたくなるくらい女子に告白されてしまう、自他ともに認めるイケメンが出来上がってしまい、常にモテキな状態がいまだ続いていたりする。
いや、自分で言うのもなんですが。
入社した時の印象を、後から角野に聞いたらこう言われた。
「面接に来た時は、おいおい、なんかキラキラした男が来たなと思いましたね。絶対に社長は採用するだろうと思いましたが、───まさかそのキラキラ男が、ウチみたいな地味な会社で働くのをOKするとは」
まぁそれには色々と深い事情があったのだが、今ではこの会社で働けて良かったと思えるほど馴染んでいるので結果オーライかもしれない。
そんなこんなで取引先から脱出するにはかなりの時間が掛かってしまい、社員さんに「それでは」とお辞儀をし営業先から急いで会社へと戻ってみると、うちの社長がいつになく
「ただいま」
いつものようにドアを開けると同時に帰社の挨拶をし
「送ってきたな───」
と続けてメールの件を問いかけようとしたが、
ふと角野の背後の応接室を見ると見知らぬ男がいる。
(あー。たぶんメールにあった ”貢ぎ” 相手はあれだな)
その男となにげに目が合ったので簡単な挨拶をし、それから自分の席に静かに座ったあと隣にいる角野に小声で尋ねた。
「あれか?」
「はい」
そこから簡単に話を聞けば、社長とその男が『契約を破棄するか、継続するか』という話し合いをしているという。
一体、なんの契約でしょうか? と確認すれば、どうも結果的に百万円越えになるリース契約を突発的にしてしまったらしい社長。
(百万? あの社長は本気の馬鹿なんだな……うん、きっとそうだ)
そう思った時、そのリース契約の継続が確定してしまった。
これが初めの第一歩だった。いま思えば、だが。
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