第20話 ブラボー、忘れられる
「エイメン様、大丈夫でしょうか……」
エイメンたちが出陣して一時間後、イミアとアンジーは街の人たちと一緒に地下迷宮から避難していた。
「大丈夫ですよ、エイメンさんなら。ほら、絶対に生きて戻るぞーって言ってましたし」
これで何度目だろう。
避難してこの方、ずっとこのふたりはこんなやりとりを繰り返していた。
イミアはずっと後悔していた。
やはりエイメンを止めるべきだった、と。
あの時はブラボーに諭され、エイメンの気持ちの強さを改めて知って言い淀んでしまったが、やっぱりあそこは強引にでも止めるべきだったんじゃないだろうか。
エイメンが強いのは知っている。
でもさすがに今回は相手が悪すぎた。
それにマンティコアと戦った時と違い、今回は傷を負ってもすぐに治してあげることが出来ない。
地下迷宮や、数匹のモンスターとの戦いならばともかく、大規模な戦闘では回復役が戦線に立っても、いの一番に攻撃の的になるのがオチだ。
それでもイミアは我慢できずに志願したが、当然エイメンに強く断わられてしまった。
(せめて。せめてブラボー様にエイメン様と一緒に戦ってほしいとお願いすべきでした……)
そして後悔がもうひとつ。
ブラボーに助力を頼むことができなかったことだ。
ふたりが口ほど仲が悪いわけではないことを、イミアは感じ取っていた。
もしイミアが頼めば、ブラボーは表面上は悪態をつきながらも、エイメンと共に戦ってくれたことだろう。
だけどイミアは出来なかった。
そうすればエイメンが自分の命よりも大事にしている何かを傷つけるような気がしたからだ。
(ああ、どうか。どうかご無事でいてください。エイメン様)
今やイミアは祈るしかなかった。
「ん? そなた、カースレッグの娘じゃな?」
さらに一時間ほど時が過ぎた頃だった。
避難するレイパー住民の列を前へ後ろへと行き来して案内していた女の子から、イミアは声をかけられた。
「はい、そうですが、あなたは確か……」
イミアは記憶の底を洗い、思い出した。
そうだ、お屋敷で何度かすれ違ったことがある。
お屋敷にどうしてこんな幼い女の子が、と思って訪ねてみたところ、ああ見えて実は有能な魔法使いなんだと父であるカースレッグがどこか白々しく答えたはずだ。
「わらわのことはどうでもよい。それよりもそなた、ちょっと顔をよく見せい」
列を乱さぬよう歩きながら、女の子がぐっと顔を近づけてきた。
イミアはびっくりしながらも、あれ、この子、こんなおばあさんみたいな話し方をしてたかしらと頭を捻った。
直接話したことはないが、記憶にある声はもっと見た目相応なものだったような気が……。
「だからわらわのことはどうでもよいと言っておろうが。口調なぞ、あの男と関わってからどうでもようなってしもうたわっ!」
「え!? どうして私が考えている事が分かるのですか?」
「ふふーん! 相手の心を読むなんて、偉大なるわらわならば朝飯前なのじゃ」
リゾッタは偉そうに胸を張った。
実際は単にイミアが口に出していただけなのだが。
「す、すごい!」
だがイミアは素直に感嘆した。
その反応はリゾッタにとってすこぶる気持ちの良いものであった。
思えば人間よりもずっと位が高い自分が、ブラボーと出会ってからは引っ掻き回され、扱き使われと散々である。
特にレイパー住民の脱出誘導を任されてからは「可愛らしいお嬢ちゃん、ほら、あめちゃんをお食べ」とご老人から飴玉をポケットいっぱいに詰め込まれるわ、「きゃはは、リゾッタ、おもしろーい!」と幼女にからかわれるわと死神の尊厳が著しく損なわれている。
(そうじゃ、ここらで死神としての威厳を取り戻さなければ!)
褒められて調子に乗った、わけではない。
これは死神としての力を誇示し、本来あるべき関係に戻る反撃の狼煙なのだ。
と、自分に言い訳しながら、リゾッタは周りの人間の魂を見ながら図に乗り始めた。
「ふふふ、そう、わらわの前ではなんびとたりとも隠し事は出来ぬのじゃ。そうじゃな、例えばあそこの中年の男は魂の穢れ方から見て不倫をしておる。それからその隣りにいる妻もまた、若い男を囲っておるようじゃ。まぁ、どちらも死ねば地獄行きよ」
地獄行きをことさら強調すべく、くっくっくと嗤ってみせるリゾッタ。
「それから、ほう、そこの娘、おぬし、一見なんてことはない普通の人間のようじゃが、その血にはかすかに」
「わ! わー! わー!」
そんなリゾッタが突然話を向けたかと思うと、とんでもないことを言い出そうとしたので、アンジーは慌ててその口を塞いだ。
「ぐぐぐっ! むはっ! い、いきなり何をするのじゃ! 無礼であろう! わらわを誰と心得る!?」
「いきなり何をするかっ、はこっちのセリフだよっ! なんてことを暴露しようとしてるのさ、あんたはっ!」
「なんてことってお前がサッぐへっ!」
「だーかーら、言うなっていってんでしょーが!」
アンジーがゲンコツをリゾッタの頭頂に振り下ろした。
「むおおおおおお! 貴様、下等生物のくせして、このわらわに拳を」
「魔法使いさんっ!」
アンジーの暴挙に怒ったリゾッタの言葉を、しかし、イミアがあっさりと遮った。
「なんじゃ!? わらわは今、こやつに死の制裁を」
「お願いがあるのですっ!」
また言葉を遮られた。
「お願い、じゃと!? そんなのは後に」
「今、地上での戦いはどうなっているのか、教えてください!」
またまた遮られた。
お願いだったら、もっとこっちの言う事を聞け、とリゾッタは言いたい。
とても言いたい。
が。
「魔法を極めた者の深遠なる叡智は、遠い場所で起きていることも見聞きすることが出来ると聞いております。魔法使いさんも人の心を読めるほどですから、きっと習得されておられますよね!?」
キラキラと輝いた目でそんなことを言われては、怒る気も失せてしまう。
「まぁ、もちろん、出来るが……わらわはこやつに身の程を知らせてやらなければならなくてだな」
「出来るんですねっ! じゃあお願いします!」
「……ふぅ、分かった。ちょっと待っておれ」
最後にもう一度抵抗してみたが、やはりイミアは聞く耳を持たない。
リゾッタは諦めて溜息をつくと、キッとアンジーを睨みつけた。
視線に「覚えとけよ、小娘」と殺意を込める。
「ほえー、魔法使いってそんなことも出来るんだ!?」
もっともアンジーは視線に込められた殺意どころか、睨みつけられていることにすら気が付かない。
リゾッタは死神としてのアイデンティティーが再び揺らぎ始めるのを感じたが、頭をぶんぶんと振って意識を集中させた。
「えーと、地上の様子じゃったな?」
「エイメン様という方がモンスターたちと戦っておられるのです。どうなってますでしょうか?」
エイメンという名を聞いて、リゾッタは一瞬体を反応させた。
その名前は、いや、彼の者の魂の輝きはよく覚えている。
本当なら今頃は依頼を達成し、エイメンの魂を喰らうのを今か今かと待ち構えているはずだった。
それがどうしてこうなってしまったのか……まったくもってツいてないとしか言いようが無い。
言うまでもなく、エイメンの魂は稀に見る極上品である。
だからこそ、手に入らないと分かっている今となっては出来る事ならば関わりたくなかった。
ましてや
「うむ。これは大ピンチじゃな」
今にも死にそうになっているシーンを見たら、口惜しさのあまり、歯軋りしながら涎を垂らしそうになった。
「大ピンチ……」
「ああ。あのモンスターの大軍によくやっておるが、さすがに無謀すぎたようじゃの。おまけに空からも攻め立てられてはどうにもなるまい」
ほれ、とリゾッタは地下迷宮の土壁に、見ていた映像を投影してみせた。
空から見下ろした映像である。
もうもうと土煙が上がる中、エイメンたち討伐隊は大勢のモンスターたちに幾重にも囲まれていた。
四方八方からモンスターたちが討伐隊に迫る。
オーガが棍棒を打ち下ろし、サイクロプスが怪力を振るい、その勢いに押されて倒されては最後、ゴブリンやコボルトたちが一斉に馬乗りになって兵士たちの命を奪っていった。
それでも討伐隊は必死に防戦していた。
モンスターたちの猛攻に耐え、ただひたすらエイメンに希望を託す。
そして仲間に背と左右を預けながら、エイメンもまた懸命に剣を振るい続けていた。
包囲網を切り崩すべく、果敢にラッシュを繰り返す。
その度にモンスターたちは討ち取られていった。
が、それでもモンスター軍の勢いは衰えない。
むしろエイメンが倒せば倒すほど、仲間の仇を取らんとばかりに、モンスターたちの攻撃は増していく一方だ。
加えて先ほどからエイメンたちを悩ます、新たな難敵が現れた。
空中を飛翔するワイバーンの一群である。
これまでの戦いの中で、ワイバーンやハーピーのような空を飛ぶモンスターたちは見かけなかった。
だから敵方にそのようなモンスターがいるとは考えておらず、もとより城を出て戦う以上、接近戦は免れないことから弓なんか持ってきていない。
エイメンら討伐隊は空中から襲い掛かってくるワイバーンに成す術なかった。
その鋭い爪で体を持ち上げられ、無惨にも空中でワイバーンたちに八つ裂きにされる兵士も出てきている。
本来ならば一度体勢を整える為、ここは撤退を選ぶべきであろう。
が、モンスターの包囲網は撤退すらも許さない。
せめてもう少し街の近くで戦えれば、城壁を護る傭兵たちの弓でワイバーンを撃退する事も可能だったかもしれない。
なまじっか士気が高い勢いで、序盤に敵の陣地深くに攻め入りすぎたのが仇となった。
おまけにエイメンを取り囲む一群とは別に、モンスターたちの攻城はいまだに続いていて、援軍を出そうにも不可能だ。
「このままではエイメンとやらの軍が全滅するのも時間の問題じゃな」
無情ではあるが、リゾッタの言葉は仕方がないと言えるだろう。
「全滅!? そんな、だって、エイメン様は必ず生きて戻るとおっしゃって……」
「この世に『必ず』なんてものは存在せん。ましてや命のやり取りをするなら、いつだって死とは隣り合わせじゃ」
「な、なんてこと……」
イミアが顔を青ざめる。
と、いきなり退避する住民の流れに逆らって、レイパーの町の方へと駆け出した。
「あ、こら、どこへ行くつもりじゃ!?」
「もちろんエイメン様たちのところです! 今ならまだ間に合うかもしれません」
「間に合うって、おぬしが行った所で何をするというのじゃ!?」
「私は治癒の魔法が使えます。私なら皆様を救えるはず」
「バカか。治癒の魔法なぞ相手に接近しないと使えんじゃろうが! いまだ街はモンスターに囲まれておる。エイメンに近付くどころか、町を出ることすら出来んわ!」
「それでも、私は、行かなくてはいけないのですっ!」
イミアが大声で叫んだ。
この様子を見ていた街の人たちも、最初はイミアを止めようと思った。
が、普段はおっとりしている天然ぽけぽけ娘のイミアが、形相を変えて必死になって叫ぶ姿に思わずひるんでしまった。
その隙を見逃さず、イミアの足はさらに速まる。
「あ、あたしも行く! イミアさん、待ってー」
その後をアンジーも追いかける。
回復魔法を使えるイミアとはともかく、アンジーが街に戻ったところで出来ることは本当になにもない。
それでもイミアを追いかけなきゃという気持ちが、アンジーをかき立てた。
「……ったく、恐ろしく純粋な娘じゃ」
イミアの後姿を眺めながら、リゾッタは呟く。
イミアに声をかけたのは他でもない、あのブラボーの伴侶になるかもしれない娘とはどんなものかと興味を持ったからだ。
死神の目で魂を見ると、今時珍しくまるで生まれたての赤子のような、純粋な心の持ち主だった。
なるほど、これならばブラボーとでも受け入れられるのかもしれないと思ったのだが、どうもこの一連の様子を見ていると、イミアの本命はエイメンの方なのだろうか。
(うーむ、もしそうだとしたらあの男、また大暴れするかもしれんのぅ。くわばらくわばら、わらわも早く退散せねば……って、んん?)
リゾッタが目をぱちくりさせた。
イミアの体を透かして見える魂に、一瞬、思わぬものが見えたような気がしたからだ。
(今のは……いや、しかし……まさか、そんな……)
もう一度目を凝らしてよく見ようとするも、イミアは地下迷宮の角を曲がり見えなくなってしまった。
(ふーむ……ありえぬことではない。それにもしそうならば、この戦いが起きた理由も想像がつく……が)
リゾッタの脳裏にブラボーの顔が浮かんだ。
(あやつ、絶対これに気付いとらんよなぁ)
リゾッタはとても嫌な予感がした。
☆次回予告☆
どーもー、リゾッタ様の使い魔・ピッツェでーす。
え、お前は誰かって?
やだなぁ、さっきエイメンさん達が戦っている映像を見てたでしょ?
アレを撮影中継していたのが、何を隠そうこの私なのですっ!
実を言うと、前にダンジョンに潜った時にモンスターたちを呼び寄せたり、ドラゴンのベテルギウスさんと交渉したのも
次回『ブラボー! オー、ブラボー!』第二十一話『ブラボー、破れる!』
って、ちょっとー、私の話はまだ途中だよー! てか、私も本編に出せー!
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