第21話 ブラボー、破れる!
イミアたちが地下迷宮を使って脱出していた頃、ブラボーとオルノアはふたりだけで街を出て、城壁を攻撃するモンスターたち相手に暴れまくっていた。
「おい、オルノア。もうやめよう。こんなのキリがねぇぜ」
「そうですねぇ。でも今やめちゃうとモンスター達がじきに街へ侵入してしまいますよ。まだ住民全員が避難できたわけでもありませんし、もうちょっと頑張りましょう」
グチを言いながらブラボーは豪腕の一振りでゴブリンたちを数匹まとめて吹っ飛ばし、オルノアも受け答えながら呪術でスライムの群れをかちんこちんに凍らせた。
ふたりにとっては欠伸が出るような、歯ごたえのない相手ばかりである。
しかし、それも二時間近く続いている上に、未だ終わりは見えそうに無くてはブラボーが面倒くさがるのも仕方のないことであった。
「ブラボー様、オルノア様、ここはしばらく大丈夫です。次は南の城壁に向かってください。ゴーレムが現れたそうです」
そんなブラボーの気持ちを知ってか知らずか、城壁から傭兵が大声をあげて呼びかけてくる。
「あー、もう面倒くせぇ!」
吐き捨てるようにわめくも、素直に傭兵の言葉に従って、ブラボーは一度街の中へと戻った。
モンスターたちを倒しながらぐるっと外壁を回るのもいいが、なんせ相手の数が膨大だ。いち早く次の現場に向かうには、面倒だが一度戻って街の中を突っ走ったほうが早い。
「くそっ! エイメンの野朗はなにをもたもたしてやがるんだ? 早く親玉を叩いちまえってんだ!」
「いやぁ、いくらエイメンさんでも難しいんじゃないですかね。相手はこれだけの大軍ですし、それになんせ敵の親玉は……」
「親玉って言ったってアレだろ? ったく、一体どこの誰だか知らないが――」
住民たちが避難して誰もいない大通りを走りながら、ブラボーとオルノアが話している時だった。
突然、ウウウウウウウーーーーーと、街に警報機の音が響き渡る。
『ブラボー様! オルノア様! 至急東門へと急いでください!!』
次いで街の中心にある魔力増幅拡声器から聞こえてきたのは、とても慌てた様子の声。
『エイメン様の一団がピンチですっ! 早くっ!!』
「ブ、ブラボー殿っ!」
エイメンピンチの一報が流れて一時間ほどもしてから、のうのうと歩いて現れたブラボーたち。
その悠長な姿にイラつきながらも、傭兵のひとりが駆け寄ってきた。
「何をされていたのですかっ!? エイメン様たちのこの一大事に!」
「何ってお前、ヤベェのはエイメンたちだけじゃねーんだよ。あっちこっちからモンスターたちがうじゃうじゃこの街を襲ってきやがるんだ。そいつらを片っ端から殴ってきただけだぜ」
「うっ!」
そう言われては遅れてやってきたブラボーたちに文句のひとつでも言ってやろうと思っていた傭兵も言葉に詰まった。
確かにエイメンたちも大事だが、町を守ることも大事だ。
それにエイメンたちを後回しにしたのは、それだけ信頼しているということでもある。
「で、エイメンのヤツはどうなった? もうくたばっちまったか?」
「ブラボー殿!」
が、ブラボーがにんまり笑ってそんなことを言うので、傭兵はかっとなって睨みつけた。
「エイメン様はまだご無事です!」
「ほう。そりゃあ良かった」
何故なら危ないところを助けられて、泣いて感謝するエイメンの顔を見ることが出来るから。
「じゃあちゃちゃっとエイメンの野郎を助けに行くとするか……って、なんだ、やたらと門の周りに人が集まってるじゃねぇか?」
ブラボーが傭兵に問いかける。
もし自分と一緒にエイメンを救出するつもりで集まったのならば、やめておけと言おうと思った。
数は確かに力だが、中途半端な数は逆に足枷になる。
エイメンが今窮地に陥っているのも、自分ひとりだけでなく、集団全体を考えて行動しなくてはいけなくなったからで、仮にひとりで出陣していれば、もしかしたら今頃は敵のボスと対峙していたかもしれなかった。
「いえ、それがその、何故かイミア様が戻ってこられまして」
「なんだと? イミアさんがっ!?」
思わぬ傭兵の返事に、ブラボーはドシドシとその巨体を揺らして門へと近付いた。
多くの傭兵たちが取り囲み、必死になって説得している相手。
「離してください。私が、エイメンさんをお救いするのです!」
紛れもなくイミアであった。
避難したはずのイミアが何故ここにいるのか?
そしてどうしてそこまでしてエイメンを助けようと必死になっているのか?
ブラボーには分からないことだらけだ。
「イミアさん!」
だから直接尋ねることにした。
ブラボーの大声に傭兵たちは振り返り、イミアもまたブラボーを見て、慌てて駆け寄ってきた。
「ブラボー様っ!」
傭兵たちを押しのけ、イミアがブラボーの胸元へと飛び込んでくる。
その瞬間、ブラボーにとって先ほどの疑問は全部どうでもよくなった。
イミアが抱きついてきて、今も胸の中で震えている。
それが全て。
これが真実。
ああ、まさかこれほどまでに自分の身を案じていてくれていたとは。
今まで生きてきた中で、これほどに感動したことはないとブラボーは思った。
というか、今ならば念願のちゅーも出来るのではないだろうか。
震えるイミアの顔をあげ、その可憐な蕾にそっと自分の唇を重ね合わせる……そんな重要な人生イベントを今こそ決め――
「ブラボー様、どうか、エイメン様をお助けください!」
が、顔を上げてお願いしてきたイミアの言葉は、ブラボーにとって予想外なものであった。
「へ?」
「お願いです。あのままではエイメン様がっ! エイメン様が死んでしまわれます!」
抱きついたまま嘆願するイミアの瞳が潤んでいる。
その瞳に映る自分の顔は、なんて間抜けなんだとブラボーは思った。
「イミアさん、あの、ひとつ聞いてもいいっすか?」
「なんでしょう?」
「イミアさんは、その、あいつ……エイメンのことが好きなんですか?」
「はい! 勿論です!」
即答にブラボーは固まった。
もしブラボーがもう少しだけ賢ければ、この後に「俺のことはどうなんです?」と尋ねる事が出来たであろう。
そうすればイミアは「もちろんブラボー様のことも大好きですよ」と答えてくれたはずだ。
天然なイミアは、ほとんどの人が大好きなのだ。
今回はエイメンがピンチだからブラボーに必死になって救いを求めているが、仮に逆の状況であれば、きっとエイメンにも同じようにブラボーを助けてくれとお願いしたことであろう。
が、ブラボーはそんなこと思いもしない。
何故ならとんでもないバカだからだ。
「ブラボー様、どうか元気を出してください。きっとこの世界のどこかにブラボー様を愛してくださる方がいるはずです」
オルノアがブラボーを励ます。
しっかり者に見えて、実はオルノアさんもブラボーさんとどっこいどっこいだなと、傍で見ていたアンジーは思った。
放心状態で固まるブラボー。
そのブラボーをなにやら慰めるオルノア。
明らかになんだかおかしなことになっているのに、しかし、イミアは気がつかない。
何故ならイミアもまたとてつもない天然で純粋だからだ。
「それよりも早くエイメン様を! どうかお願いします、ブラボー様!」
その瞳からついに涙が溢れ、頬を伝って地面に落ちる。
固まっていたブラボーは、はっとなった。
「……イミアさん、俺に任せてください」
言いつつ、ブラボーは抱きついていたイミアの肩に手をやって、がばっと自分の体から離す。
「ヤツは……エイメンの野朗はこの俺が必ず助けてみせます。だから泣かないでくれ」
そっと目尻に手をやり、イミアの涙を拭うブラボー。
その言葉、その慈しむ行動に、イミアの表情がどこかホッとしたものに変わる。
あまりに眩しくてブラボーは抱きしめたくなった。
が、ぐっと堪えて、傍らのオルノアに振り返り、
「オルノア、ベテルギウスのヤツをここへ呼べ!」
と命令した。
「へ? あの巨赤竜を、ですか? いや、それはさすがに……」
「あと、封印を解け!」
続けて主から発せられた言葉に、オルノアは驚いた顔をすると「本当にいいんですか?」とばかりにブラボーを見つめ返す。
ブラボーは何も言わない。
ただその目が告げていた。
構わない。やれ、と。
「分かりました。ブラボー様、次はどこに行きましょうか?」
「知らん。お前に任せる。それよりも早くしろ。もたもたしてたらエイメンのヤツ、本当におっ
ぶっきらぼうに答えるブラボー。
このふたりのやり取りにはさすがのイミアも違和感を覚えたようで、「あの、どこかに行ってしまわれるのですか?」と問いかけてくる。
「ああ。出来ればずっとイミアさんの心の中に居たかった」
つい零れてしまったブラボーの言葉は本心であろう。
「でも、俺のことはどうか忘れてください。さよならです、イミアさん!」
ブラボーがそっとイミアから離れて、精一杯強がった笑みを浮かべる。
その傍らで、オルノアの体が突然眩しい光に包まれた。
☆次回予告☆
俺、巨赤竜ベテルギウス。
ブラボーの奴に命令されて、ダンジョンの上層部にモンスターたちが出ないよう監視していたが、今度は突然地上にまで
オイオイ、一体なんなんだ? 竜使いが荒いぜ、まったく!
次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第二十二話『ブラボー、語られる』
あ、ブラボーの奴、失恋してやんの(笑)
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