第19話 ブラボー、大混乱
それは突然のことであった。
「うう、寒っ。ようやく夜明けか……ちくしょう、早く交代にならねぇかなぁ」
「ああ、温かい寝床が恋しいぜ」
東の空が白み始めるのを見て、見張りのひとりが欠伸をしながら零した愚痴に、もうひとりが頷く。
「恋しいって言えば、例のイミア様の結婚話だけどよ。お前、正直なところ、イミア様はどっちを選ばれると思う?」
「そりゃあお前、エイメン様に決まってるだろ」
「でもイミア様はブラボーってヤツともとても仲が良いらしいぞ。なんでも毎日、仲良く談笑されているとか」
「そいつはヤツが勝手にイミア様のところに押しかけているだけさ。お前、そのブラボーって男、見たことあるか?」
「いや」
「俺はゴーレム襲撃の時に見たんだけどよ、いかにも女にモテなさそうな野暮っぽい野郎だったぜ。きっと天使なイミア様とお話が出来て、野郎が勝手に舞い上がっているだけだよ」
仲間の言葉にもうひとりは笑いながら「そんなにモテなさそうなヤツなのか?」と興味津々に尋ねた。
「まぁ、いかにも粗暴な田舎者丸出しなヤツで……って、おい、ちょっと待て。なんか、変だぞ?」
「は? 何が?」
「おい、モンスターたちの姿がいつもより大きく見えないか?」
言われ、慌てて本来の仕事に戻る。
……確かに、いつもと比べて姿が大きく見える。
さらにモンスターたちの後ろにはまるで陽炎のような砂埃が舞い上がっていた。
それはつまり……。
「あいつら、こっちに進撃してきやがる!」
最初に気付いた見張りが双眼鏡を覗き込みながら叫んだ。
「ヤバいぞ! これまでの襲撃とは比べ物にならねぇほどの数だ!」
ブオオオオオオオオオオーーーーーーン
急いで仲間に連絡しようとしていると、突然、街の中心にあるエマーソン本社からモンスター急襲を知らせる緊急警報が鳴り響いた。
『緊急! 南からモンスターの襲撃あり!』
警報後に聞こえてきた襲撃報告に、見張りのふたりは顔を見合わせる。
「南だって?」
「そんなバカな! 俺たちが見張っているのは東……」
『緊急! 緊急! 続いて西、北からもモンスターの襲撃あり! 繰り返します! 東を除く全方向からモンスターたちの集団が近付いてきています!』
ふたりの顔が真っ青に染まる。
「こちら東の見張り塔! 東もだ! 東からもモンスターたちが迫って来やがる! 奴ら、全軍で襲撃して来やがった!」
魔力で本部と繋がっている連絡筒に、見張りは大声で怒鳴った。
「ったく、一体何だってんだ、こんな朝っぱらから」
普段は陽が高く昇ってから起きてくるブラボーも、さすがにこの騒ぎには眠り続けることも出来ず、頭をわしわしと掻きながら部屋から出てきた。
いつもならば静々と歩いてるメイドが慌しく、しかも何人も廊下を行き来している。
「おい、一体何があったんだ?」
そのうちのひとりを掴まえて、ブラボーは尋ねた。
「モンスターたちの襲撃です、ブラボー様」
「襲撃って、そんなのいつものことだろ?」
「それが今回は街のあちらこちらへモンスターたちがもの凄い数で襲撃をしてきたそうで。さすがにこれは危ないと、先ほど主様からレイパー住民全員の緊急疎開が発令されました」
それでメイドたちもさっきから大慌てで自室に戻り、疎開の支度をしているらしい。
「ほーん。そんなに今回はヤベェのか?」
「ええ」
緊張感がイマイチなブラボーに答えたのはメイドではなく、いつの間にか現れたオルノアだった。
「ざっと見てきましたが、三百六十度全面から攻撃を受けてますね。それこそ敵さんは総攻撃を仕掛けてきたようです」
「ほほう、となるとエイメンたちだけではキツいか?」
「ですね。圧倒的に人が足りません」
「ふむ。そんじゃまぁひとつエイメンの野郎が泣いて俺様に『偉大なるブラボー様、どうかお力を貸してください』とお願いするところを見に行くとするか。出るぞ、オルノア」
ブラボーが「がはは」と笑いながら、屋敷の廊下をどかどかと歩き出す。
オルノアはその後ろに付き従いながらも「あのエイメンさんがそんなお願いするとは思えないですけどね」と内心ツッコミを入れていた。
同時刻。東城壁の物見櫓にて。
「エイメン様、あちらをご覧ください」
「ああ」
言われた方向にエイメンは双眼鏡を向けた。
モンスターの総攻撃に文字通り東奔西走して指揮を取りつつ、各地の物見櫓の兵士に指示を出していたエイメン。
その狙いはひとつ。
混沌の凶戦士がいる、敵の本陣を探し出すことであった。
「なるほど、確かにあそこだけ異様に高レベルモンスターたちが集結している」
「では、やはり?」
「ああ、間違いない。ヤツがいるのはあそこだ」
エイメンの言葉に、兵士は思わず身震いした。
地上を七日間で焼き尽くしたと言われる伝説の災厄人の末裔、最近ではワンダレ国を一夜にして滅ぼした歩くヒトガタ災害がそこにいる。
その全身刺青を入れた禍々しい姿に、ブラボーたちがレイパーに来る前、モンスター軍を討伐しようと打って出た傭兵たちの多くは戦場で対峙した瞬間、恐怖で体が動かなくなったそうだ。
結果、討伐は大失敗。命からがら逃げ帰ってきた者も、我先にとばかりにレイパーの街から遁走した。
今レイパーに残っている傭兵は、その討伐隊には選ばれておらず、さらにはモンスター軍の首領が混沌の凶戦士だと当時知らされなかった階級の低い者たちばかりである。
もし知らされていたら彼らも今頃は別の地にいたことであろう。
勿論この物見櫓の兵士もそうだ。
今、この場にいることを心の底から後悔している。
が。
「……エイメン様、打って出るのならばどうか某もお連れ下され!」
混沌の凶戦士が出てきたにも拘らず、ニヤリと口元を歪ませるエイメンに、兵士は咄嗟ではあるがそんなことを言っていた。
混沌の凶戦士は怖い。
が、この人ならば、エイメン様ならばきっと倒してくれる。
その手助けがしたい。
金とか、命とか、そんなのは関係ない。
ただ、純粋にこの人の助けになりたい。
その思いが、体に走る恐怖に打ち勝った。
「連絡筒にて本部へ通達。全軍に伝えよ」
エイメンは兵士に告げる。
「これより一時間後、我エイメン・ワンスワンはモンスター首領・混沌の凶戦士を討つべく東門より出陣する。各方面部隊は城壁を守ることを優先せよ。私が出陣する間、レイパーの街を君たちに託す!」
エイメン出陣の報が街の拡声器から流れて三十分後。
「おー、こりゃあすげぇ人だかりだな」
ブラボーが言うように東門の前にはたくさんの人々が集まっていた。
多くは鎧を身に纏った傭兵である。城壁を守りつつ、出陣するエイメンを少しでも手助けしようと、各方面の部隊長が送ってきたのであろう。
だが、集まった者たちに悲壮感を漂わせている輩はひとりもいない。
誰もが「やってやる!」と気合に満ちた表情を浮かべていた。
そしてそんな傭兵たちを見守るように、街の人々も集まっていた。
住民は今、列を成して地下迷宮から脱出中だが、なんせ緊急な疎開の上に、人数もかなり多い。いまだ半分近くが地下迷宮の入り口にすら達しておらず、そこへエイメン出陣の報が聞こえてきたものだから、一目見ようと集まってきたのだろう。
「あ、ヘタレのブラボーさんだ」
「げ、アンジー!?」
その中にアンジーもいた。
「お前まだこの町にいたのかよ?」
オルノアが「ヘタレってなんです?」と聞いてくるのを、敢えて大声でアンジーに話しかけることでブラボーは無視した。
「まーねー」
「まーねー、じゃねぇよ。危ねぇから早く逃げな」
「あたしはそうしたいんだけど、イミアさんがさぁ」
「イミアさん!」
その名前にブラボーの心がぐっとときめく。
「イミアさんがどうしたんだよっ!?」
「あのね、地下迷宮の入り口に向かう途中でイミアさんと会ったから一緒に逃げましょうって列に並んでたんだよ。でも、エイメンさんが出陣するって聞いたら、イミアさんったら慌てて『エイメン様をお止めしなくては』ってこっちへ走って行っちゃって」
ほら、とアンジーが指差す方向を見る。
イミアがいた。
その傍らには出陣の準備をしながら、部下達にテキパキと指示を与えるエイメン。
イミアは必死にエイメンに何かを訴えているようだが、まったく聞き入れてもらえてないようだった。
「イミアさん! 一体こんなところで何をやってるんすかっ!」
ブラボーが慌てて駆け寄る。
「ブラボー様! どうかブラボー様からもエイメン様に言ってあげてください。無駄な戦いは避けるべきです、って」
ブラボーに気付いたイミアが助力を求めながら振り向く。
その瞳がうっすらと潤んでいることに気付き、ブラボーは一瞬言葉に詰まってしまった。
「お言葉ですが、イミア殿」
それまで完全無視を決め込んでいたエイメンが口を開いた。
「これは無駄な戦いではありません。私が打って出ることでモンスターの意識をこちらに引きつけ、多少でも街への攻撃を緩めることができます。その間に兵士たちも地下迷宮へと避難させることが出来る」
「で、でも!」
「それに今回は無事逃げおおせたとしても、混沌の凶戦士はそれで諦めてくれるでしょうか?
ヤツの狙いが貴女なら、懲りずに今度はイーエスの街を襲うかもしれません。そうならない為にも今のうちにヤツを討つべきなのです」
「そ、それは……」
イミアもそれは考えていた。
イーエスに逃げても、また襲ってくるかもしれない。
そうなるとレイパーの民を受け入れてくれたイーエスに、更なる迷惑をかけてしまうことになる。
この悩みは混沌の凶戦士を討ち取るまで解消されないだろう。
とは言え、相手は規格外の強さを誇る災厄人……エイメンと言えども勝てる保障はどこにもない。
「イミアさん、行かせてやりな」
エイメンの申し出はありがたい。が、それでもイミアは止めようと思った。
そんなイミアに、しかしブラボーは無駄だとばかりに首を振る。
「でも、このままではエイメン様が!」
「男にはやると決めたからには自分の命を投げ打ってでもやらなきゃいけない時があるんですぜ、イミアさん。それに」
ブラボーはイミアから視線を外すと、代わりにエイメンを睨みつける。
「てめぇはこっちがどれだけ止めようが勝手に行っちまう奴だからな、エイメン」
「ふっ、分かってるじゃないか」
エイメンが軽く口元を緩ませる。
「分かってるじゃねーか、じゃねーよ! そんなにおっ
「ああ、私も少し後悔しているところだ」
あの放送は街を護る傭兵たちへの指示、そして士気を鼓舞させるためのものであった。
それがイミアは引き止めようと駆けつけてくるわ、各城壁を護っている傭兵部隊からエイメンと共に突撃を希望する輩が集まってくるわ。
戦闘狂を自認し、そんな自分を慕う人間などいるはずがないと思っているエイメンには予想もしていないことであった。
「まったく。揃いも揃って変わった連中が多いな、ここは」
「てめぇが言ってんじゃねーよ」
ブラボーは呆れつつ、傍らに置かれてあったエイメンのロングソードを手に取って、持ち主へと放り投げる。
「ほらよ。街とイミアさんのことはオレに任せて、てめぇはとっとと逝ってきやがれ」
「バカか。お前なんぞに任せたら死んでも死にきれんよ」
エイメンはロングソードを受け取ると、ブラボーに向けて左の拳を突き出す。
「死ね!」
「死ぬか、バカ!」
ふたりが笑いながら拳を軽くつき合わせるのを、イミアはもう黙って見守るしかなかった。
その時がきた。
「全員、抜刀!」
エイメンの声に、集まった兵士たちが鞘を放り投げて剣を抜いた。
「構え!」
胸の前で柄を両手で持ち、剣先を天にかざして目の前で剣を構える。
「今こそ誓いの時! 剣が鞘へ再び戻るように、我らも勝利し、必ずやこの地に生きて戻ると誓え!」
応、と力強い傭兵たちの返事が東の門に轟く。
「勝利を我が手に!」
傭兵たちの鬨の声を受けて、エイメンが宣言する。
「開門せよ! 運命の時は来たれり!」
次回予告。
風雲急を告げる事態に、ついに死地へと赴いたエイメン。
クライマックスはもうすぐそこまで来ている……。
次回『ブラボー! オー、ブラボー!』第二十話『ブラボー、忘れられる』
次回も読まないと、この混沌の凶戦士がおしおきするぞ。
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