第18話 ブラボー、お義父さんを苛立たせる
ブラボーたちがレイパーの街にやってきてから、ひと月ほどの時が流れた。
それまでレイパーの人々はモンスターたちが諦めて撤退するまで粘り強く篭城するという、明日の見えない戦いを強いられていた。
幸いなことに水、食料ともに蓄えは十分すぎるほどあったが、それでも常に不安と背中合わせの毎日は住民たちに多大な精神的苦痛を負わせていたことは想像に難くない。
そこへ地下迷宮を使って他の街へ脱出するという突破口をブラボーたちが開いてくれた。
慣れ親しんだレイパーから離れることに抵抗がないと言えばウソになる。が、事態が事態であるし、またエマーソンの経済力により新天地での生活も保障されるということもあって、街の人々も賛同した。
おかげで今は毎日少しずつではあるが住民たちが随時脱出を果たし、あとさらに一ヶ月も経てば全員が撤退できるだろうというところまできた。
万が一にも城壁が落とされ、街の中へモンスターたちの侵入を許していたら、住民たちに多大な被害が出たことであろう。その最悪の事態を無事こうして回避できそうなことに関して、カースレッグはブラボーに心から感謝していた。
が、それと愛するひとり娘を嫁にやるのとはまったくの別問題である。
(どうしてこうなってしまったんだ?)
カースレッグは悩める頭を抱えながら、自室の窓から外を眺めた。
今日街を発つ一団が、ちょうど広場に集まったところだった。
その一団をまとめ、先導する役割を担うことになったひとりの少女が、フリフリのドレスをヒラヒラさせながら忙しなくあちらこちらへ動き回っている。
カースレッグが召還した死神、リゾッタであった。
(なんで死神が、あやつの命ではなく、住民避難の指揮なんぞを取ることになったのだ?)
まったくもって意味が分からない。
絶対殺されたと思っていたブラボーが、ドーケンの街への避難経路を確保して戻ってきたかと思うと
「おとうさん、しばらく地下迷宮にモンスターたちは出てこねぇようにしたから、明日から早速住民の避難させていいぜ。あ、それからこいつをドーケンの街への案内役としてこき使ってやってくれ」
と、リゾッタの頭をごしごしと乱暴に撫でながら告げた。
「はい。その役目、仰せ仕りました」
リゾッタが憔悴しきった様子で答える。
なにがなんだか分からないカースレッグは、ブラボーが席を外すやいなや召還した死神に仔細を尋ねた。
が、
「お主の娘、とんでもないヤツに目をつけられたぞ」
と答えるだけで、詳しいことはなにも話してくれなかった。
(とんでもないヤツとはどういう意味なのだ? いや、確かにとんでもない奴ではあるのだが……)
そしてとんでもないと言えば、もうひとりいる。
ワンスワン国第二皇子のイエメンだ。
カースレッグはこのふたりのことを思い出し、慌てて最近では常用薬となってしまった胃薬に手を伸ばすのだった。
さて、そんなカースレッグの頭を悩ますふたりであるが、ここのところはまったく真逆な生活を送っていた。
まずブラボー。
ドーケンの街への避難経路確保から戻ってからこの方、何をしていたかと言うと、正直何もしていなかった(敢えて言うならば一日がかりでオルノアの呪法を施してもらい、アフロヘアーを元の直毛へと戻したことぐらいだろうか)。
朝遅くにカースレッグの屋敷で目覚めて朝食を摂り、昼は傷ついた傭兵たちの医療に勤しむイミアのところへ行ってくっちゃべり、夜はカースレッグの屋敷に戻ろうとするところを町民たちに捕まって無理矢理飲めない酒を飲まされて潰される、そんな毎日を送っていた。
ただ、地下迷宮からモンスターたちを一掃し、ドーケンへの街への避難経路を切り開いた功績を街の住民たちは高く評価していた。
さらに言動は粗野でバカではあるが、その実は裏表のない素直な性格であること。
でかい図体をしているのに酒に滅法弱く、それなのに勧められると断われない男気をもっていること。
おまけにいい歳して女を知らないことなどが知られてしまい、からかうと顔を真っ赤にして怒るところが「イジられキャラ」として住民たちにウケた。
「ブラボー? ああ、あの兄ちゃんはバカだけど気持ちのいいヤツだよ。腕もすこぶる立つしな。バカだけど」
「ブラボーさんってああ見てて、お母さんが怖くて頭が上がらないとか、そういう見た目のギャップが結構可愛いわよね。まぁ、ちょっと性格ががさつすぎるからアレだけど」
「ブラボー、面白いから
概ねこんな感じである。
一方エイメンは相変わらずストイックな毎日を過ごしていた。
誰よりも早く起きて早朝の自己鍛錬を行い、日中は基本的に傭兵たちの訓練。夜は徹夜の見張りが「もうそろそろお休みください」と言うほど遅い時間まで、街を巡回して見回りをしていた。
それでいてモンスターたちが襲ってきた時はいち早く戦況を見極めて傭兵たちの指揮をとり、自ら先陣を切ってモンスターたちを撃退していく。
その姿には、金銭目当てで戦っている傭兵たちも痛く感服した。
最初こそワンスワン国の皇子と言うことで「所詮は王族のぼんぼん」と侮っていたものの、日を重ねるに連れてエイメン信者が増えていった。
さらにエイメンの的確な指示で、人や城壁などの損害が格段に減ると士気が上昇。エイメンの戦神のような戦いぶりもあって、傭兵たちは「この戦い、勝てるぞ」との声が日増しに強くなっていった。
「エイメン様が来てくれてから戦況が大きく変わった。あの人こそ救世主だ」
「エイメン様なら混沌の凶戦士とも互角、いやもしかしたら勝ってしまうんじゃないか」
「この戦いが終わったら、俺、ワンスワン国の兵士に応募してみようかな。あの人の下で働けるかどうかは分からないけどさ」
等々、傭兵たちはすっかりエイメンのカリスマ性に魅了されていた。
そしてこのような状況の中、あるひとつの噂が街でまことしやかに流れることになる。
「何でもこの戦いが終わったら、イミア様はブラボーかエイメン様のどちらかと結婚することになるらしい」
この噂に街は大いに沸いた。
住民たちは
「そうねぇ。イミア様ならブラボーさんを受け止められる度量というか、おおらかな心を持っておられるし、いいんじゃないかしら」
「正直ブラボーのにいちゃんに商才は感じないが、今時珍しいあの実直な性格は今のエマーソンには必要かもしれないな。まぁ、実質的な経営は別の人に任せたほうがいいだろうけど」
「街を救ってくれた英雄ブラボーと、街のシンボルであるイミア様が結婚だって? そいつはめでたいねぇ。よし、結婚当日にはお祝いとして一大セールをやらせてもらうよ!」
街から随時避難している最中にも関わらず、中には早速記念アイテムの作成だ、紅白饅頭の大量注文だと気の早い者もいた。
対して傭兵たちは
「エイメン様とイミア様がご結婚? それは素晴らしい! エマーソン商会も今回の件で大打撃を受けたが、これで未来は安泰だな」
「エイメン様はエマーソン商会の入り婿になるのだろうか? いや、聡明なエイメン様なら商才もありそうだ」
「エイメン様がイミア様と結婚……となると、このままエマーソンの傭兵をしていても、エイメン様の下で働けるってことか!」
戦況が改善されたところに飛び込んできたこの噂に、傭兵たちの士気はさらに高まった。
町民と傭兵、それぞれ推す相手は違うものの、どちらもレイパーの危機に駆けつけ、街を救ってくれた英雄である。イミアの結婚相手には相応しいと誰もが思った。
それに明日が見えない戦いから脱したとは言え、街を捨てること、まだまだ戦いが続くことは確かだ。この厳しい戦況下を少しでも明るくするのに、今回の結婚話はうってつけであった。
なお、噂の出所は誰も知らない。
イミアの結婚話は先の歓迎会の時に出た話題であるから、おそらくはそこに居合わせた誰かが広めたのであろう。
街の人々の気持ちを盛り上げるに相応しいこの噂、流した者はなかなかの策士である。
もっとも。
「ええい! 認めん! 街の連中や傭兵たちがなんと言おうと、私は絶対に奴等とイミアの結婚など認めんぞ!」
この噂にカースレッグは激怒し、
「街を明るくするというか、あの場だけの話では狸親父が反故にしそうだから、噂を流して世相を味方につけちゃえと思っただけなんですけどね」
オルノアはくすりと笑うのだった。
次回予告。
まいど! レイパー住民の憩いの店『小さなメダル亭』の看板おかみだよっ。
レイパーからは脱出することになったけれど、イーエスでも『小さなメダル亭』を続けるから必ずきておくれよっ。
オープン直後の一週間は全品20パーセントオフの開店セールでお得だよっ!
そんなわけで次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十九話『ブラボー、大混乱』。
ただし、冷やかしは御免だよっ!
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