第16話 ブラボー、見くびられる
人間、誰しも何らかの秘密を抱えて生きている。
それは「どうしてそれを秘密にしてたの?」ってものから「うわー、引くわー。ちょっとこれからの付き合い考えさせてもらうわー」ってものまで様々だが、カースレッグのそれは決して他人に知られてはならないものだった。
屋敷の片隅に隠された地下への階段。
降りていくと厳重に鍵が掛けられた地下室へと辿り着く。
鍵を開けて中にはいっても、そこはこれと言って何もない部屋。
何も知らない者ならば、使われていない倉庫だと思うことだろう。
が、ここはカースレッグが人生の岐路に立たされる度に訪れる、儀式の間である。
定められた位置に十数本の蝋燭を立て、地面にヤギの血で魔法陣を描く。
そして魔道書を片手に呪文を唱えて召還するは、これまでライバルたちを闇に葬ってきた最強の切り札――
「きゃるーん♪ 死神リゾッタちゃん、呼ばれて、飛び出て、ただいま参上ぞい♪」
カースレッグは思う。
ホント、こんなロリっ子な死神に縋る姿だけは誰にも見られたくない、と。
死神・リゾッタ。
フリフリのドレス姿といい、幼児体型な金髪ツインテールといい、一見どこにでもいる子供の女の子。
でも、その正体は千年以上存在している死神である。
本来、死神とはミイラや骸骨みたいな姿をしている。
これは死神の正体が年老いた天使であるからだ。死んだ人間の魂から罪や記憶を吸収し、輪廻転生させる役割を持つ天使は年月と共に汚染されていき、最後には堕天して死神となる。故に自然と年老いた姿になるのだ。
リゾッタもかつてはそうであった。堕天した時はよぼよぼな老婆姿であった。
が、狡猾だった彼女は天使時代に人間界へ降臨した際、死神となった自分を召還する魔道書をさりげなく残していった。
天使も死神も、神の許可なく人間界へ赴くことはできない。ただし、魔道書によって召還された場合は別だ。
かくして魔道書によって呼び出された彼女は、次々と召還者の願いを聞き入れて標的となった者の命を刈り取り、その魂を喰らった。さらには願いを叶える代償として差し出させた魂も吸収し続けた結果、身体はみるみる若返り、今のような幼女になったのである。
で、そのリゾッタからして、今回の依頼は極めておいしいものであった。
カースレッグの依頼はブラボーという名の大男と、その従者であるオルノアの抹殺。
代償として差し出されたのは、間もなく混沌の凶戦士なる災厄人と戦って死ぬ予定の皇子の魂。
いつだって呼び出す権力者は己のではなく、部下や親族の魂を差し出してくる。その姿勢はいかにも自分のことしか考えない人間らしい。だからこそ天使たちも汚染されてしまうのだとリゾッタは好きになれないが、今回はエイメンを一目見てそんな気持ちも吹っ飛んだ。
いい!
久しぶりのご馳走だ!
一国の皇子という立場もさることながら、野心に満ち溢れた魂は眩いほどに光り輝いている。これほどの魂は、一体何百年ぶりのことだろう。カースレッグに偽りの身分を紹介されて対面した時は、思わず涎が落ちそうになった。
出来る事なら自分の手でエイメンを殺し、今すぐその魂に喰らいつきたいほどだ。
だが、召還の契約は絶対。死神は依頼された標的しか手にかけることは出来ない。
とにかく今は標的の大男と女をさっさと葬り、依頼をこなしてしまおう。
はやる心を抑え、リゾッタは自分の前を歩くブラボーたちを改めて見る。
今、リゾッタたちは地下迷宮にいた。
リゾッタを有望な魔法使い見習いだと偽り、彼女とともにレイパーの住民たちが無事地下迷宮から避難できるよう、脱出経路付近にいるモンスターたちの討伐をカースレッグがブラボーたちに依頼したのだ。
カースレッグからふたりが相当に出来る冒険者なのは聞いていた。
なんでもゴーレムの襲撃があった翌日、カースレッグはブラボーたちふたりだけで地下迷宮を伝って、この世界最大の宗教ジザス教の聖都イーエスに避難民受け入れの親書を届けて欲しいと依頼したらしい。
エイメンは傭兵たちの訓練指導と、またモンスターたちが街を襲ってきた時に指揮を取る為に街へと残り、イミアもこれまでの篭城戦で傷ついた兵士たちの治療ということで申し訳ないが同行できない。イーエスへの地図は特別に描き写させるから、どうか街を救う為に頼む、と。
カースレッグの目論見ではここでふたりは死ぬはずだった。
が、一週間後、あっさりとふたりはイーエスからの返書を持って帰ってきたのだそうだ。
レイパーからイーエスまではかなりの距離がある。
リゾッタが知る限り、マンティコア級のゲートガーディアンとの戦闘が少なくとも十回はあったであろう。
それをたったふたりで、しかもほとんど無傷で成し遂げるとはなるほど人間にしてはたいしたものだ。
(と言っても所詮は第一階層のモンスターだもんねぇ。もうちょっと深いところのモンスターたちを呼び寄せたらイチコロよっ!)
リゾッタがニヤリと笑う。
正直、ふたりの魂を観てもそんなに美味しそうな輝きをしていない。
ここはモンスターたちに殺させて楽しちゃおうと思っていた。
地下迷宮モンスター討伐作戦開始から約一時間経過。
「おーい、オルノアー。なんか今日のモンスターは活きのいい奴らが多くねぇか?」
「はい。どうやら本来ならもっと深い階層に住むモンスターたちが
「なんでだよっ!? こっちはさっさとこんな仕事終わらせたいって言うのによっ!」
「まぁまぁ、住民を避難させている時に襲われるより今のうちに出てくるだけ出てきてくれたほうがありがたいですよ」
「あー、そういう考え方もあるか……おっと、そうだ、嬢ちゃん、大丈夫か?」
「あ、あはははは、だ、大丈夫、ですよー」
襲いかかってくるモンスターたちを悉くぶっ倒し、一息ついたところで声を掛けてくるブラボーに、リゾッタは呆れ返り半ば茫然自失しながら答えた。
地下迷宮を伝って住民をイーエスまで避難させるのは危険が大きい。
なので一番近い街であるガンズン帝国領ドーケンまでを避難経路とした。
ふたりによると、このエリアにはまだ足を踏み入れたことがないらしい。これはチャンスとばかりに、リゾッタは次々と本来ならばここにいるはずのない強力なモンスターを呼び寄せた。
が。
(な、なんなのじゃ、こいつら!? さっき倒したアークデーモンなんて第五階層のヤツじゃぞ? 人間風情がああも簡単に倒せる輩では断じてない)
思いも寄らぬ展開にリゾッタはパニックになっていた。
言葉使いも年齢本来の地が出てきてしまっている。
(ええい、こうなればわらわがぴぎゃああ!?)
そんなリゾッタの襟首をいきなりブラボーの太い腕が掴む。
と思ったら次の瞬間には、
「でええええええいっ!」
あろうことか、ブラボーの気合の声と共に、ぽーんと空中に放り投げられていた。
「わわわっ! 一体なんなのじゃ!?」
空中で両手両足を滅茶苦茶に振って落ちてくるところをオルノアが見事にキャッチ。
「おい! あの男、わらわを突然放り投げおったぞ! 何を考えておるんじゃ、あやつは!? ま、まさか!?」
自分の正体に気付き、攻撃を仕掛けてきたのだろうか? だとするとここで小娘に抱かれた状態なのはマズい。早く抜け出さないと!
「危なかったですねー。今、リゾッタちゃんの死角からモンスターが襲おうとしてたのですよ」
「へっ?」
じたばたするのを止めて見てみると、確かにさっきまでリゾッタが立っていたところに、見知らぬモンスターの屍がひとつ出来上がっていた。
どうやらブラボーはリゾッタを空中に放り投げつつ、モンスターを音もなく瞬殺したらしい。
「そ、そうじゃったか……」
「それよりも、リゾッタちゃん、なんかしゃべり方がおかしいですよ?」
「……えっと、なんのことかな、オルノアお姉ちゃん?」
「あれ、さっき自分のことを『わらわ』とか、語尾に『じゃ』とか付けてませんでした?」
「えー? やだなぁ、お姉ちゃん。リゾッタ、そんなお婆ちゃんみたいなしゃべり方、しないもん」
にぱっと笑ってリゾッタが誤魔化す。
ヤバイ、ヤバイ。人間ごときに危うく本性をさらけ出してしまうところだった。
それはさすがにリゾッタのプライドが許さない。もし自分が本当は齢千年を超えるお婆ちゃんだなんて知られたら、たとえブラボーたちを殺し去ったとしてもきっと三百年は気がすまないことであろう。
おかしいなー、聞き違いかなぁと頭を捻るオルノアがリゾッタを降ろそうと腕の力を緩める。
「お姉ちゃん、ちょっと待って。リゾッタ、さっきので腰が抜けちゃった」
「あら、それはいけませんね。ブラボー様、ちょっとここで休憩といたしましょう。リゾッタちゃんが疲れたそうです」
おう、そうか、と近づいてくるブラボーを、オルノアに抱えられたままリゾッタは怪訝そうな目つきで見つめる。
ホント、こいつは一体何者なんじゃ?
どうやって殺してやろうか?
視線に宿る殺気を隠しきれなくなってきた頃、唐突にリゾッタの脳裏にあるアイデアが閃いた。
「ブラボーお兄ちゃん!」
実際にはリゾッタの方が何十倍も年上なのだが、甘えた声でおねだりする。
「リゾッタ疲れちゃった。おんぶ、して」
次回予告。
はーい、リゾッタちゃんでーす。
ブラボーたちなんか早く殺しちゃって、エイメンの魂を食べたいな。
よーし、こうなったらリゾッタの本気、見せちゃうぞ!
次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十七話「ブラボー、本気を出す」
体よ、もってよね、三倍リゾッタ拳だぁー!
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