第15話 ブラボー、キメる
話は数時間前に遡る。
「いくら私でも混沌の凶戦士さんのお嫁さんはさすがに無理ですもの」
混沌の凶戦士の狙いを知り、イミアは思わずそう言った。
無理だわー。そんなん絶対無理やわーって感じである。
「当たり前ではないか。そんな化け物にうちの可愛いイミアをやることなど出来るものかっ!」
イミアの言葉にカースレッグも同調する。
とは言え、カースレッグからすれば化け物じゃなければ誰でもいいってわけでもない。
いい流れだ。この機会にはっきりと言っておこう。
「イミアはしかるべきちゃんとした人のもとへ」
嫁がせると言葉を続けるつもりだった。
そこにはもちろん、ブラボーみたいなどこぞの馬の骨とも知らない輩もノーサンキューだって意思表示も含ませるはずだった。
「お父様、化け物やモンスターだからと言って差別するのはよろしくないですよ?」
が、イミアが言葉を遮る。
「彼らの中にもきっと良い人はいるはずなのです」
「え? いや、でも」
「最近はオークさんの中にも、掴まえた人間の女性を大事にする真摯な方もおられるそうですよ? そういう方ならば、たとえ種族が違っていても愛が芽生えるのは決しておかしくはありません」
力説するイミア。
うーん、それは一体どの界隈の話なんだろうか?
というか、優しい子に育てようとしてきたが、ちょっとやりすぎたんじゃないかとカースレッグは頭が痛くなった。
「なるほど。でも、そうなるとそれでも何故混沌の凶戦士がダメなのか、理由がちょっと気になりますね」
苦悩するカースレッグをよそにそんな疑問を口にするのは、それまで話を聞きながら黙々とご馳走を食べていたオルノアだ。
「よろしければイミア様が考えておられる、結婚相手の条件をおきかせいただけますか?」
滅多に食べられないご馳走を前に、今宵は食べに食べまくると決めていたオルノアだったが、さすがにこういう話になれば、世界一モテないご主人・ブラボーの為に食事を中断してでも一肌脱がなければならない。
会話の流れを上手く読んで、見事なキラーパスを決めてみせた。
「そうですねぇ。私はやはり『優しさ』だと思うのです」
オルノアの問い掛けに、イミアは微笑みながら答える。
「純粋に相手を慈しみ、労い、気遣う心。そのような優しい心の持ち主となら生涯を共にしたいと思いますねぇ。混沌の凶戦士さんのことはあまり存じ上げておりませんが、一晩でひとつの国を滅ぼしたとか。そのような恐ろしい方と連れ添うことは、私にはとても出来そうにありません」
なるほど、イミアにしては至極真っ当な考え方である。
ただ、やはりそこはイミア。
「だったら優しい俺と結婚してください、イミアさん!」
話を聞いていたブラボーがいきなりプロポーズしてくるのに対し、
「はい、いいですよ、ブラボー様」
あっさりと承諾してしまうのだった。
「うおおおおおお! やったあああああああ!!」
「やったああ、じゃねぇよ、この大馬鹿野郎!」
喜びはしゃぐブラボーをエイメンが諫めた。
ちなみにカースレッグはあまりの展開に、半ば気を失っている。
「イミア殿ももう一度よく考えた方がいい。貴方がさっき言った条件に、こいつが本当に当てはまるのかどうかを」
「はぁ。じゃあブラボーさん、あなたは国を滅ぼしたことがありますか?」
「ないです!」
「じゃあ決まりですねっ!」
「やったー!」
「いや、そうじゃなくて!」
さすがのエイメンも頭が痛くなった。
「さっき貴方が言っておられたでしょう。相手を純粋に慈しみ、労い、気遣う優しい心が大事だ、と。この男に本当にそれが備わっているとお思いか?」
「俺は優しいぞ?」
「ウソつけ。単にイミア殿に好かれたいが為の、見せ掛けの優しさではないか」
「いえ、ブラボー様はこう見えて結構優しい方ですよ。ちょっとアレなのでそう見えないかもしれませんが」
オルノアがビミョーな助け舟を出した。
「どうだかな。怪しいもんだ」
まぁここまで犬猿の仲でやってきたブラボーとエイメンである。ブラボーが実は優しさに満ちた好青年だとエイメンに信じろというのがどだい無理な話である。
「ははーん、分かったぞ。お前、俺にイミアさんを取られたくなくていちゃもんをつけてるんだろ?」
ましてやこの発言、まったくもって好青年ではない。
「はぁ? 何を言っているんだ、お前は」
「だってお前、イミアさんと結婚する約束をしてたじゃねーか」
「なっ!? だから、アレは子供の頃の話だと言っているではないか」
「ちょっと待ちたまえ、そのエイメン殿とイミアの結婚の約束ってのは何のことかね?」
言い争うブラボーとエイメンの間に、それまで呆然としていたカースレッグが突然割って入ってきた。
「それが子供の頃にエイメン様から『結婚してくれなきゃ死ぬ』ってお願いされたのですよ、お父様」
イミアがどこか嬉しそうに説明する。
「イミア殿!」
「なるほど。それでイミアはその申し出を受けたのかね?」
「はい」
「それだ!」
カースレッグが突然大声を出した。
そして。
「ブラボー様、大変申し訳ないが、娘にはすでに先約がありましてな。先ほどの話はなかったことに」
「おいおい、おとうさま! それはねぇだろ! それにエイメンだってそれは昔の話だって言ってるぞ!」
「いえ、子供の時とはいえ、約束は約束。商売人にとって信用はなによりも大事。
強引にブラボーとの話をなかったことにして、エイメンとの結婚を推し進めようとするカースレッグ。
粗野なブラボーと比べたら、戦闘狂の皇子の方がまだましという判断なのだろう。
「でもお父様、それではブラボー様と先ほど交わした約束を破ることになってしまいます」
「それは……仕方ないだろう。先約があったのだから」
「でも商売人は約束を違えてはいけないって」
「む、むぅ。しかしだな……」
せっかく上手く話を持っていったというのに、イミアが変にツッコミを入れてきたので、カースレッグはうんざりした。
もちろんカースレッグは分かっている。
娘のイミアは純粋すぎるだけなのだ、と。
ブラボーのプロポーズを快諾したのだって、街を救ってくれるから義理立てしての行動であろう。
その心は決して間違ってはいないが、極端すぎる。
そしておまけに納得できないことには決して首を縦に振らない強情さも持ち合わせていることも知っていた。
今回のことも上手く説得出来なければ話はずっと平行線のままだろう。
考えろ。
考えるんだ、カースレッグ。
娘を、イミアを納得させ、ブラボーではなくエイメンとの結婚話を上手く進める方法を。
いや、正直なことを言えば、エイメンを婿に迎え入れるのにも抵抗がある。
なんせエイメンは戦闘狂に加えて、ワンスワン国の皇子だ。円滑な商売を継続させる為にも、特定の国と必要以上に関係を持つのはよろしくない。
ああ、どうしてこうなった。
もういっそのことふたりとも消えてなくなってくれればいいのに……。
「……なるほど、確かにイミアの言うことももっともだ」
しばし考えた後、カースレッグはぽつりと呟くように言った。
「ブラボー様との約束も違えることは出来ぬ、な」
「お父様、その通りです!」
「おとうさん!」
「しかし、だ。今はまだ街が危険な状態。まずそちらをなんとかしてからであろう」
ここでカースレッグは父親ではなく、街の重役としての顔を見せる。
「この話は街の危機を脱してからゆっくりと。もちろんエイメン様、ブラボー様との約束を違えぬよう誠意ある対応をさせていただきますぞ」
そして商人らしい満面の微笑へと表情を変化させた。
ブラボーとしては街のことなんかより、イミアとの結婚話の方が何倍も重要だ。
が、カースレッグの言う事は、さすがのブラボーでも分かる。
本当はここで決めたいところだったが、まぁいいさ、おとうさまも悪くはしないって言ってるしなと、ブラボーはカースレッグの言葉に頷いた。
「うむ。では今宵は十分に英気を養っていただきますぞ。なんせおふたりは我が家の跡取り候補、そしてこの街を救ってくださる英雄なのですからな」
ぱんぱんとカースレッグが手を叩くと、扉が開かれ、さらなるご馳走をワゴンに乗せたメイドたちが部屋へと入ってくる。
ブラボーは見たこともないご馳走の山々、そしてようやく光が差し込んだ自分の未来に目を輝かせるのであった。
☆☆☆
「ってことがあったのよ!」
自慢げにアンジーへと話すブラボーの鼻息は荒い。
「ふーん」
一方、アンジーの反応は鈍いものだった。
「てなわけだから、悪いがお前とはそういう関係にはなれねぇ。男のけじめって奴だ」
「ブラボーさんって見た目と違ってホント純粋だよね」
「うるせぇ。愛する人のために操を立てて何が悪いんだ!?」
「いや、そういう意味じゃなくてね……」
アンジーは呆れたようにブラボーを見つめる。
海千山千のカースレッグの言う事を何一つとして疑っていないその目は、アンジーにはちょっと眩しすぎた。
「まぁ、いいや。とにかく頑張ってね、ブラボーさん」
「おう。任せとけってんだ」
ブラボーは頭を軽く左右に振って完全に酔いを飛ばすと、じゃあなとアンジーに背を向けて、夜のレイパーの街へと消えていく。
その姿をアンジーは複雑な気持ちで見送るのだった。
次回予告。
メイドです。
イミア様との結婚に向けて、絶好調のブラボー様。
そのブラボー様に主様がある依頼を願い出られました。
次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十六話「ブラボー、見くびられる」
えっと、次回も必ず読んでくださいね。
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