第14話 ブラボー、誘惑される
夜のレイパーの街で、ブラボーはべらぼーに酔っ払いながらひとり星を眺めていた。
歓迎会の後、どうにも興奮して寝付けなかったブラボーは、カースレッグの屋敷を抜け出して飲みに出かけた。
とは言っても酒の類にはからきし弱い。
いつものようにどこかの酒場の片隅で、ちびちびと果実酒のミルク&蜂蜜割りでも呑み、気持ちを落ち着かせるつもりだった。
が、いまやブラボーは街をゴーレムの大軍から救った英雄である。
酒場に入るどころか、街を歩いているだけで多くの人に呼び止められ、勝利に盃を掲げる連中に無理矢理あれやこれやと呑まされてしまった。
あっという間に酔い潰れるブラボー。
なんでぇなんでぇそんなでかい図体してて情けねぇなぁと皆に笑われるも、こればかりはどうしようもない。
酔っ払いたちの宴がまだまだ続く中、主役であるはずのブラボーは道の片隅に寝かされ、しばらくするとみんなからその存在を忘れられてしまった。
酔っ払いたちは呑みながら街中を練り歩いていく。
かくしてブラボーが目を覚ました時には、周りには誰もいなかった。
「うー、水、飲みてぇ」
ズキズキと痛む頭に顔を顰ませながら、井戸を捜し求めてフラフラと歩く。
どこをどう歩いたかは覚えてないが、ほどなくして街灯に照らされた広場に井戸を見つけた。
町民共同の公共井戸だ。
くくり付けられた桶を井戸の中へ落として水を汲む。
桶いっぱいの水に手を入れると、ひんやり冷たくて気持ちよかった。
「あー、うめぇ」
二度、三度と桶の中の水を手で掬って飲む。
さっきまで最悪だった気分を、水が全て洗い流してくれるような気がした。
とは言えまだ酒が残っていて、くらくらする。カースレッグの屋敷に戻るにはもう少し休憩が必要だろう。
ブラボーは井戸にもたれかかって座り込んだ。
静かだった。
井戸は基本的に住民が生活する区域に作られていることが多い。
だからこの辺りはみんな民家で、どこも寝静まっているのだろう。
ふと天を見上げると、そこには満天の星空。
そう言えばオルノアが旅の途中の野営で、よく夜に星を眺めていたのを思い出した。
なんでも星を眺めるのは飽きないのだそうだ。
これまでのブラボーにはまったくもって意味が分からなかったが、今はなんとなく分かるような気がして、ぼんやりと星を眺めていた。
「あれ? ブラボーさんじゃん」
どれだけ星を眺めていただろうか。
不意に声をかけられた。
「なんだ、アンジーか」
振り返るとアンジーが立っていた。
レイパーの街に到着するや、挨拶もそこそこにブラボーたちと別れて、実家へと戻っていったアンジー。
きっと実家がこのあたりで、寝ているうちに喉が渇いて水を飲みに来たのだろう。見慣れたウェイトレス姿や、地下迷宮を旅した時とは違い、薄い寝間着姿だった。
「なんだはひどいなぁ。一緒にワンスワンから脱出してきた仲じゃんって、うわっ、お酒くさっ! ブラボーさん、お酒弱いのに酔っ払ってんの?」
近付いたアンジーが露骨に顔を顰めて、鼻を押さえる。
「井戸の中にゲロ吐いたりしてないよねぇ? そんなことしたら、いくら街を守った英雄でも一発で処罰されちゃうよ?」
井戸は街の人の生活に欠かせないものだ。
その中にゲロなんて吐いたら、使い物にならなくなる。
だからどんな街でも井戸に何かした者には厳しい処罰が課せられていた。
「俺でもそれぐれぇは分かってるよ」
「ホントかなぁ? あのブラボーさんだからなぁ」
アンジーが井戸を覗き込もうとするのを、ブラボーは横目で見つめていた。
アンジーが身を乗り出して、井戸を覗き込む。
「ん?」
アンジーの寝間着を押し上げておっぱいがたらーんと重力へ引っ張られる様子に、ブラボーの目は釘付けになった。
「どうやら本当に大丈夫みたいだね」
井戸の中を視認し終えたアンジーが上体をあげる。
「んんっ!?」
今度はぶるんっとアンジーのおっぱいが豪快に揺れた。
「で、こんなところで酔っ払ってるって、なにやってんのさ? まぁ、ブラボーさんがお酒を飲む時って大体決まってるけどさ」
アンジーがぼうと呆けて見つめてくるブラボーにニンマリと笑ってみせる。
「イミアさんにフられたんでしょ?」
「なっ!? んなわけあるかっ!」
アンジーの意地悪そうな笑みと言葉に、ブラボーははっと我に返った。
「酔っ払ってるのは、そう、この街の大ピンチを救った英雄である俺様に、街の連中が次々と盃を勧めてきやがったんだ。呑めなくても呑んでやるのが男ってもんだろうがっ!」
「そうなんだ。でも、それでこんなぐてんぐてんになってたら意味ないと思うけどなぁ」
笑顔を苦笑に変えるとアンジーは、どっこいしょとブラボーの隣に座った。
「ブラボーさん、桶ちょーだい。お水飲みたい」
「あ、ああ」
言われてブラボーは傍らに置いていた桶に手を伸ばすと、アンジーに手渡した。
アンジーは持参してきた陶器の器で水を汲むと、星空を見上げながらごくごくと美味しそうに飲み始める。
その姿に、ブラボーはまたしても見とれてしまった。
さっきは見慣れない寝間着姿に、おそらくは胸当てをしてないのだろう、大胆に揺れるおっぱいに思わず目を惹きつけられた。
今もそのおっぱいは水を嚥下するのに合わせて、たゆんたゆんと魅惑の動きを見せている。
「あー、おいしー」
でも今、ブラボーの心を掴むのは、その表情だった。
美味しそうに水を飲むアンジーの表情。オルノアも言ってたようにすごく美人というわけではないが、改めて見ると確かに愛嬌のある作りをしている。
そう言えばワンスワンの街で酒場の看板娘をしていた時も、客から何かと声を掛けられる人気者だった。
以前は雑草と一刀両断したアンジーだったが、こいつはこいつで結構……。
「ん? どうしてブラボーさん、さっきからあたしをじっと見てんの?」
「え? いや、別になんでもねぇよっ!」
いきなりアンジーが視線を合わせてきてそんなことを言ってきたものだから、ブラボーは慌てて答えつつそっぽを向いた。
もし相手がアンジーでなければ、そして数時間前にあんなことがなければ、素直に見とれていたと言ってたことだろう。
それどころか勢いでプロポーズまでしていたかもしれない。
ブラボーとはそういう男だ。
「酒で頭がぼーとしてただけだ!」
が、ぶっきらぼうに言い捨てる。
そうだ、いくらおっぱいが大きくて、ちょっと可愛く見えたとしても、相手はあのアンジー。遠慮なくトレイで人の頭をばんばん叩いてくる暴力女だぞ。俺はイミアさんみたいにお淑やかな、女性らしい優しさ溢れる人が好きなんだ。
だからアンジーに一瞬でも見蕩れるなんてありえない。今夜の俺はどうかしてるぞとブラボーは自分に言い聞かせた。
「えー? うっそだぁ。あたしに見とれてたくせにー」
「アホか! お前、何を」
「だってあたし、さっきからブラボーさんを誘惑してるんだよ?」
「言って……は?」
「普通、寝間着姿なんてよっぽど仲の良い
呆れたように軽く溜息をつくものの「まぁ、ブラボーさんらしいけどね」とすぐ笑顔になると、アンジーは顔を寄せてブラボーを熱っぽい目で見つめてきた。
どうやら今宵、どうかしているのはブラボーだけじゃないらしい。
「お、おい! アンジー、お前酔っ払ってるのか?」
「うん。ちょっと、ね。久しぶりに実家に帰ったもんだから、お父さんたち張り切って家で一番いいお酒を開けちゃってさー。って、今はそんなことより」
戸惑うブラボーにアンジーがしだれかかる。
「ブラボーさんがその気なら、あたし、イミアさん以上に女の子の体のコトを教えてあげてもいいよ?」
腕に当たって、むにょんと変形するアンジーの大きな胸。
言葉だけでなく、温もりまでも伝えてくるアンジーの吐息。
おまけに自分の胸に顔を埋めながら、上目遣いで見上げてくる。
ブラボーはドキドキした。
いくらモテないブラボーでも分かる、これはオッケーのサインだ、と。
話に聞く、据え膳食わぬはなんとやら、だと。
ブラボーは一気に酔いが醒めるのを感じて、勢いよく……
「おっと、俺、大事な用があるのを忘れてたぜ!」
アンジーを置いて、突然立ち上がった。
「うっわ! ヘタレだ! ヘタレがいる!」
「ヘタレじゃねぇ! 俺は操をしかるべき相手と結ばれるまでちゃんと守りたいだけだ!」
「しかるべき相手って、そんな奇特な人、これからも出てこないって」
自分の行動を棚に置いて、アンジーが何気にひどいことを言う。
が、ブラボーはふっふっふと含み笑いをすると、やがてはっはっはになり、しまいにはあーはっはっはと大笑いし始めた。
「どしたの? あまりの自分のモテなさぶりについに壊れちゃったの?」
「がーはっはっは! いいか、聞いて驚け! こんな俺様にもついに春がやってきたんだ!」
「頭の中が?」
「違う! なんとイミアさんが俺のプロポーズを受けてくれたのだ!」
ブラボーの言葉が深夜のレイパーの街にこだました。
次回予告。
がーはっは! ゴーレム撃退を理由に飲み明かしているレイパーの酔っ払いだ。
え、なに、ブラボーのにーちゃんに春がやってきたって?
おー、そりゃあよかったじゃねぇか。飲みねぇ、飲みねぇ。
で、いつの間にそんなことになってたんよ?
てか、どうせにーちゃんの勘違いかなんかじゃねーの?
次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十五話「ブラボー、キメる」
酔う前から夢なんて見ちゃ駄目だぜ、にーちゃん。
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