第13話 ブラボー、十六連射


「なんと! 地下大迷宮を攻略して来たというのか!?」


 ブラボーたちがレイパーの街へ辿り着いたその日の夜、町長であり、エマーソン商会の現社長であるカースレッグ・エマーソンの邸宅にて豪華な歓迎会が開かれた。


 つやつやと光沢を放つ黒曜石の大きなテーブルに、並べられる古今東西のご馳走の数々。

 とてもモンスター軍団に周囲を囲まれ、篭城している人間の食事とは思えないが、そこはそれ、世界に名立たる大企業エマーソン商会の本社がある街である。

 こういうこともあろうかと、食料や水、装備品、薬、さらには新たな武器を作るのに必要な鉱石の類などの貯蓄は十分にあるのだそうだ。


「はい、お父様。街の地下近くに居座るマンティコアもおふたりが退治してくださいました。これで地下迷宮を使って、街の人たちを外へ脱出させることが出来ます」


 イミアがかすかに唇についたソースを、優雅にハンカチで拭き取りながら話を続ける。


「うちの腕利きの傭兵たちでも歯が立たなかったあの化け物を、たったふたりで倒してきたとは俄かには信じられんが……いや、信じるしかあるまいな。昼間のゴーレムたちも皆さんにかかれば赤子の手を捻るようなものだったと兵士から聞いた」


 カースレッグの言葉に、エイメンがワインの入ったグラスを傾けながら無言で頷く。

 一方、


「がーはっはっは! マンティコアだろうが、ゴーレムだろうが、このブラボー様の相手じゃねぇーっすよ、おとーさんっ! わーっはっはっー」


 ご馳走を頬張りながら笑い飛ばすブラボー。カースレッグがなんともいえない表情で見つめるのは、この男の行儀の悪さに呆れているのか、それとも「おとーさん」と呼ばれることに嫌悪感を覚えるのか。

 

「本当におふたりには感謝の言葉もありません」


 それでもカースレッグは改めて深々とふたりに頭を下げた。

 もっとも下に向けた顔にどんな表情を浮かべているのかは、ブラボーが知るはずもない。


 あれからイミアを問い質した結果、カースレッグはブラボーとイミアがまだ男女のオーバーラインを越えてはいないことを知った。

 こんな下品な男に愛娘の裸を見られたどころか、その気高く美しい胸をまさぐられてしまったのは腸が煮え滾るような気持ちになるが、それでもまだ最悪の事態ではない。

 むしろ今は上手くおだてておいて使えるだけ扱き使い、時を見計らって始末してしまおう。力は凄いかもしれないが、おつむの方はからきしのようだ。今も用意された食事を何の疑いもなく食べている。やろうと思えばいつでも始末は出来るだろう。


 むしろ問題は……。


「ところでカースレッグ殿。幾つかお伺いしたいことがある」


 グラスをテーブルに置いたエイメンがカースレッグを見つめてくる。

 カースレッグは顔色こそ変えないが、内心で「来たな」と身構えた。


「なんでございましょう?」


「ひとつはレイパーの街の人々を無事脱出させたとして、どこに身を寄せるおつもりか?」


 俄かにふたりの間に重い空気が流れた。

 

 カースレッグが懸念していたこと。それはエイメンが出張でばってきたことにより、ワンスワンがエマーソンを手中に収めようと企んでいるのではないか、ということであった。

 軍こそ派遣してこなかったが、一国の皇子がやってきたのである。

 その皇子の手柄でレイパーが救われたとなれば、ワンスワンがエマーソンに強気に出てきてもおかしくはない。

 ましてや難民となったレイパーの民を受け入れられたとなれば決定的だ。

 なんとしてでもそれだけは避けなければならない。ここは慎重に言葉を選ばなくては。


「見ててください、イミアさん。このブラボーの華麗なテクニックを!」


「ああ、すごいです、ブラボー様! オルノアさんが投げる肉団子を次々と口でキャッチしていくなんて!」


 外野がうるさい。

 ああ、イミアよ、そんな下郎に構うんじゃない。お前は私の、栄えあるエマーソン商会の一人娘なのだぞ。

 と苛立ちを隠しながら、カースレッグはその重い口を開けた。


「ひとつ、心当たりがありましてな」


「ほう。そうですか。ならば次の質問を」

 

 カースレッグの返答にエイメンは軽く頷くと、あっさりと話題を変えた。

 てっきりワンスワンでの受け入れを提案してくると思っていただけに、カースレッグは拍子抜けだ。


「此度の戦、屈強な傭兵たちを擁する貴公がかくも苦戦するとは耳を疑いました。が、イミア殿に聞いたところ、モンスター軍団をとんでもないヤツが指揮しているとか」


 ああ、なるほど。

 ここにきてカースレッグはエイメンの真意を確信し、緊張を解いた。

 ワンスワン国第二皇子は根っからの戦闘狂。国益よりも戦いを優先する戦闘バカ。

 レイパーの街へ駆けつけたのも国益を考えた行動ではなく、なんてことはない、ただ強い相手と戦いたかっただけだったか、と。


「混沌の凶戦士、ですな」


「本当なのですか?」


「戦いから命からがら戻ってきた傭兵たちが口々に叫んでおりました。『混沌の凶戦士が出た! 俺たちはみんな殺される!』と」


 その結果、討伐隊に選ばれた傭兵で、生き残った者たちのほとんどが離脱。さらに情報規制を敷いたにも拘らず、耳聡く噂を聞いた輩も遁走した。

 おかげでレイパーは第二、第三の討伐軍を編成することも出来ず、援軍の来ない、モンスター軍が攻め疲れて諦めるのを待つしかない篭城戦を取らざるを得なくなってしまったのだ。


「正直なところ、私も傭兵たちの言葉をそっくりそのまま信じることなど出来ませんでした。なんせ混沌の凶戦士と言えば、かの災厄人の生き残り。三年ほど前、一夜にしてワンダレ城をひとりで落とした化け物ですからな」


 ワンダレ国と混沌の凶戦士との間に何があったのかは、今もって知られていない。

 とにかく急激な成長を見せていたワンダレ国であったが、一夜にして混沌の凶戦士によって城を落とされ、滅んでしまった。

 災厄人と言えば、たった七日間で世界を火の海にしたという伝説の一族であるが、まさにそれが偽りの伝承ではないと証明された出来事に、世間は震え上がったものだ。


「ですがモンスターたちがこの街を襲う理由を知り、確信いたしました」


「なるほど、つまり」


 何も知らないエイメンが言葉を続けようとするのを、カースレッグは慌てて止めようとする。

 が、遅かった。


「混沌の凶戦士はイミア殿を花嫁にするつもりなのですな?」


 その事実をどれだけカースレッグたちはイミアから隠していたか。

 襲撃の目的がイミアであることは、モンスター軍の使者が来た時に偶然イミアも居合わせており、隠すことはできなかった。

 それでもモンスターたちがイミアを求める理由を突き詰めていった時、自ずと行き着く答えは隠し通していた。

 災厄人は人外の力を持つも、その体躯は人間と変わらない。

 そして同種族だけでなく、人間と交わっても種族を存続させることが出来るという。

 モンスターたちが、混沌の凶戦士が、イミアを求める理由など、それしか有り得ない。

 とは言え、こんなことを当の本人であるイミアが知ったらどうなることか。

 いくらイミアでもそのショックは計り知れないであろう。


 だと言うのに、エイメンは言ってしまった。

 ブラボーが見せる「一秒間に十六連射でスイカを叩き割り、さらにそれを一瞬に食べつくす」という芸当に、きゃっきゃとはしゃぐイミアの目の前で。


「あら、混沌の凶戦士さんは私を花嫁になされるおつもりだったのですか?」


 イミアの不安そうな言葉に「知らなかったのか!?」と驚くも、エイメンは口に出してしまった以上誤魔化すことも出来ないので「ええ」と頷く。


「だ、大丈夫だよ、イミア。私や街の人々、そしてここにいる皆様がお前をきっと守ってくれる」


 不安にかられた愛娘を懸命に慰めようとカースレッグ。


「勿論でさぁ! 任せてくだせえ! イミアさんは必ずこのオレが幸せにしてみせますとも! お父さんも大船に乗ったつもりでいてくれよ、がっはっは!」


 ブラボーがどんと自分の胸を叩いた。

 誰がお前にイミアの将来を頼んだかと言いたくなったが、カースレッグはぐっとここは堪えた。


「そうですわね。頼りにしております、ブラボー様。エイメン様。オルノアさん」


 カースレッグとブラボーの尽力により、一瞬見えた不安そうな表情を吹き飛ばして、イミアはいつも通りにっこりと笑って、頭を下げた。

 愛娘の姿にほっと胸を撫で下ろすカースレッグ。

 最愛の人に頼られて無邪気にはしゃぐブラボー。

 オルノアとエイメンはただ黙って頷いた。


「だって、いくら私でも混沌の凶戦士さんのお嫁さんはさすがに無理ですもの」



 次回予告。

 

 エマーソン家の執事でございます。

 イミアお嬢様のご帰還と街を救わんとやって来られた皆様への歓迎の意を表するために催された宴の夜、ゴーレム撃退に沸く夜のレイパーの街を、ブラボー様がひとり出歩かれておられます。

 おや、そのブラボー様の背後に近付く、ひとりの影がございますよ?


 次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十四話「ブラボー、誘惑される」


 執事として言えることはただひとつ。

 男なら据え膳食わぬはなんとやら、でございます。

 

 

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