第12話 ブラボー、痺れを切らす


「イヤだ」


 ゴーレムとの戦闘終了後、エイメンから果し合いを申し込まれたブラボーだったが、即座につれない返事をかえした。


「俺は今から飯をご馳走してもらうんだ。お前なんぞと戦っているヒマなんて無ぇ。それからそのビリビリした体で触んな! こっちもビリビリ来るだろうがよ、お前は電気ナマズか!」


 そう言って肩に置かれたエイメンの手を払いのけ、一歩を踏み出そうとするブラボー。


「待てよ」


 その肩に再びエイメンが手を掛けた。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 途端にブラボーが絶叫する。


「だから、触るなって言ってんだろうがっ! 今、すんげぇビリビリきたじゃねーか!」


「ふ、お前が首を縦に振るまで、何度でも呼び止めてやる。しかもその度に放電を強くしてな」


 したり顔のエイメンに、ブラボーはうげぇと顔を顰ませた。


「ったく、なんなんだ? なんで俺様がお前なんかと戦わなくちゃいけねぇんだ? あ、まさかお前……」


 ブラボーの脳裏にマンティコア戦後の、妙に熱い視線を送ってくるエイメンの姿が浮かぶ。

 途端に背筋に冷たいものが走り、ブラボーは青ざめた。


「やめろ。俺にそっちの趣味はない!」


「ん? 何を想像しているのかは知らんが、俺はただお前と戦ってみたいだけだ。気合一発漢拳きあいいっぱつおとこけんとやらを放つ、お前とな」


 そう言ってエイメンは剣を構えた。


「さぁ、俺を倒してみろよ」


 エイメンはやる気満々だ。

 一歩間違えば死は免れない。

 それでも挑まずにはいられない。

 それがエイメンという男の生き様だった。


「気合一発漢拳?」


 が、死をも厭わない覚悟のエイメンに対してブラボーは呆けたように呟くと


「気合一発漢拳……気合……一発……ああっ、あれかー!」


 しばらく額に手を当てて記憶の奥底をドブさらいすること十数秒、ようやく思い出してぽんっと手を打った。


「俺のことを散々バカ呼ばわりしてたくせに、あの秘奥義を喰らいたいなんざぁ、てめぇの方が大バカ野郎だぜ」


「はん、その秘奥義をど忘れするバカに言われたくはないな」


 バカ相手に御託はもう十分、ここから先は拳で語ってもらおうとエイメンは剣を一閃する。


「おっと」


 慌てて半歩身をひくブラボー。

 その目先を何の迷いも感じられない剣先が通過していった。


「……どうやら本気みてぇだな」


 さすがのブラボーもこうまでされては笑って済ませられなくなった。


「死んじまっても俺を恨むなよ」


 ブラボーが拳を固める。

 準備はそれだけでいい。

 あとは体が勝手に反応してくれる……だろう。




「なっ!? 一体彼らに何があったのかね?」


 ブラボーたちの勝利を聞き、とりあえずは街の危機を救ってくれた英雄たちを出迎えるべきかと北西の城壁へと足を運んだカースレッグだったが、繰り広げられている異様な光景に唖然となった。


「どうして彼らが戦おうとしているんだ!?」


 近くにいた傭兵に尋ねるも、もちろん彼らも満足に答えられるはずがない。

 ついさっきまでは歓声が沸きあがっていて、窮地を救ってくれた彼らも手を振って答え、和やかな雰囲気だった。

 が、城壁の中へ戻ろうとする大男を騎士の格好をした男が呼び止めたあたりから、おかしなことになった。

 なにやら言い争っているかと思えば、いきなり騎士の男が剣を振るう。

 それがきっかけとなって今や完全に仲間割れ状態。ふたりは数メートルの間合いを保ちながら構えあっている。

 唯一彼らを仲裁できる場所にいる女性も、ふたりを止めることなくただ見守っていた。


「まぁ、大変」


 カースレッグに遅れる事しばし。

 城壁の上へと登ってきたイミアもまた、ブラボーとエイメンの様子に目を丸くした。

 地下迷宮ではお互いに切磋琢磨しあっていた仲(イミアにはそう見えていた)なのに、一体どうしたことだろう?


「ブラボー様―、エイメン様―」


 イミアは出来る限りの大声でふたりに呼びかけると、さらにすーと息を吸い込んだ。




(まったくふざけた奴だ)


 ブラボーと対峙したエイメンは苛立っていた。


 対マンティコア戦でブラボーが放った気合一発漢拳きあいいっぱつおとこけん、ふざけた技名はともかくとして、その威力、スピードは相当なものだった。

 おそらくは自分と同じ魔法強化による一撃であろう。

 推測理由は、気合一発漢拳を放つまでブラボーが仁王立ちしていたことだ。

 魔法強化には集中して魔力を練成する「溜め」の動作が必要となる。

 ブラボーの仁王立ちはまさにその「溜め動作」なのであろう。


(俺を倒すのに気合一発漢拳はいらないって言うのかっ!?)


 しかし今、エイメンと数メートル離れて相まみえるブラボーは、ごく普通に左手左足を前方に出し、右手は拳にして腰のあたりで構えていた。

 オーソドックスな格闘家の構えだ。

 隙は見えないから、集中はしているのだろう。

 が、エイメンが戦いたいのは気合一発漢拳を放つブラボーであり、その一撃を躱して倒すことを願っていた。

 なのに気合一発漢拳を使わないとは……興冷めであり、これ以上ない侮辱である。

 

(ならば是が非でも使わせてみせるぞ、ブラボー!)


 先の一太刀はブラボーをその気にさせたように、本当に当てるつもりで放ったものだ。

 しかし、本気ではない。

 ゴーレムとの戦いの中で練成していた魔力はまだまだ体内に残っているが、それらを使わずに振るったものだ。

 魔法強化によるエイメンの剣はもっと強く、そしてもっと早い。

 

(本気の俺を味わってみるがいい!)


 エイメンが体内に押し留めた魔力を解放し、踏み込もうとする。

 その時だった。

 

「ブラボー様―、エイメン様―」


 遠くからイミアの声が聞こえた。

 おそらくはゴーレム撃退の労いにやってきたのだろう。

 エイメンはもちろん無視する。

 ところが。


「イミアさん(はぁと)」


 ブラボーは声に反応したばかりか、纏っていた緊張感すらも霧散させてしまった。


(バカがっ!)


 この立ち合いが単なる遊びだと思ったか。

 違う。

 お互いが得物を本気で交える以上、それは死合いに他ならない。

 どちらからが死んでも文句は言えない、お互いに命を張った戦いだ。


(その首、貰い受ける!)


 エイメンが奔る。

 まるで雷のように、己の魔力を全身に迸せて、ブラボー目掛けて疾走する。

 狙うはブラボーの首。

 本気のブラボーと戦いたかったという苛立ちはあったが、わずかな時とはいえ共に地下迷宮を旅した戦友だ。苦しまずに逝かぬ様、ひと振りで首を払い落とすべく剣を薙ろうと振りかぶる。


(な、なにっ!?)


 刹那、目の前のブラボーの体が突然膨れ上がるのをエイメンは確かに見た。

 人間の体が膨れ上がる、しかもコンマ数秒という間に。

 そんなことは有り得ない。

 おそらくはブラボーの体内に急激な魔力が集まり、解き放たれた力がオーラとなって、体が膨れ上がったように見えるのだろう。

 その攻撃力の高まり、間違いなく気合一発漢拳きあいいっぱつおとこけんだ。


(本当にふざけたヤツだ。だが、それでいいッ!)

 

 ブラボーが魔力を高めたのも一瞬ならば、エイメンが驚いたのも同じだった。

 次の瞬間にはニヤリと笑って、剣の柄を握る右手に力を入れる。

 ブラボーが拳を振るわんと腰を捻り、上体を鞭の様にしならせた。

 お互いの攻撃範囲が今まさに交差しようとしている。



「やめてくださーい!!」


 

 戦場にイミアの声が響いた。



「……命拾いしたな」


 ブラボーが右拳をエイメンの顔面へと突き出して呟いた。

 拳と顔面との距離。わずか一センチ。


「どっちがだ?」


 ブラボーの呟きにエイメンも剣を振るった姿で問う。

 刃と首との距離。わずか一ミリ。

 

「イミアさんが止めてなかったら、今頃お前、死んでたぜ?」


「ふん。その拳が当たる前に俺の剣がお前の首を刎ねていたさ」


 エイメンはそう答えると剣を鞘へと収め、ブラボーに背を向けてレイパーの城壁へと歩き出す。


「そんなわけあるかっ! てめぇのへなちょこ剣で俺の首を落せるわけねーだろ!」


 その後ろ姿にブラボーは吠えるも、エイメンはもはや何も答えることなく歩を進める。

 答える必要なんて、エイメンにはなかったからだ。


 ふたりの攻撃が交わろうとしたあの瞬間、エイメンは己の考えが間違っていたことに気付いた。

 ブラボーの気合一発漢拳きあいいっぱつおとこけん。マンティコアを仕留めた時に見たブラボーの姿から右拳のアッパーパンチだと思っていた。

 が、エイメンに放ってきたのは右ストレート。

 アッパーとストレートではこちらの対応も、そして何より攻撃が当たるまでのスピードがまるで異なってくる。

 エイメンは一瞬、死を覚悟しかけた。


 それでもその絶望を克服してみせたのは他でもない、自分も知らなかった己の潜在能力だった。

 敵の攻撃が予想よりも早いのならば、それ以上に早く自分も剣を振るうだけ。

 マンティコアと戦った時は相手の雷攻撃で自分の魔力がオーバーフローし、限界以上の動きを引き出せた。

 対して今回は崖っぷちに立たされながらも、自分自身の力で己の限界を超えてみせた。

 かつてないほどのスピードで剣を振るい、イミアの声に止めたものの、もしあのまま振り切っていれば、間違いなくブラボーの拳を顔面に食らう前に、その首を刎ね落としていたことであろう。

 スピードだけではない、威力もまた限界を超えたと自覚できた。


(ふっ、感謝してるぞ、ブラボー。お前のおかげで俺はまた強くなった)


 戦いの中に自分の生き様を見、強くなることで生の実感を得るエイメン。

 城壁へと向かうその表情は充実感に満ちていた。



 一方残されたブラボーはと言うと。


「まったく。もうちょっとよく考えてくださいよ、ブラボー様」


「わ、わりぃ」


 オルノアに怒られていた。


「イミアさんが止めてくれたからよかったものの、あのままじゃ危なかったですよ?」


「さすがイミアさんっ!」


「さすが、じゃないですよ、もう!」


 さすがのブラボーもちょっとは考えてるだろうと思って黙って見ていたら……。

「ハァ」と溜息をついて、オルノアは改めてブラボーの危なかっしさを再認識した。


「ホント、今回はイミアさんに助けられましたね」


「さすがはイミアさんっ!」


「だーかーら、さすが、じゃないですよっ!」



 次回予告。

 

 どうも。傭兵その二です。

 ブラボーさんとエイメンさんの喧嘩も何とか収まり、ホッとしました。

 でも、あなたたち、街を救いにやってきたんですよね?

 そろそろ街をどうやって救うのか教えてくださいよ。


 次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十三話「ブラボー、十六連射」


 ゲームは一日一時間までってムリゲーですよね?

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