第11話 ブラボー、希望を与える


 ゴーレム。

 主に岩石に何らかの魔力が溜まり、意志が生まれて動き出したモンスターの総称。

 その体躯はモンスターたちのなかでも最大クラスであり、巨体故に動きは緩慢であるが、破壊力と耐久力は並みの冒険者や傭兵たちでは歯が立たない。

 一体のゴーレムを討伐するのには、冒険者ギルドの計算によると最低でも十人は必要とされている。


「ゴ、ゴーレムだと!?」 

 報告を受けてカースレッグは耳を疑った。

 これまで何度もモンスターの襲撃は受けてきた。が、その中にゴーレムなども一体もいなかった。

 それが突然、しかも一度に二十体も襲ってくるとは。

 レイパーの街、最大のピンチである。


「おい、エイメン。てめぇはまだ体がきついだろうから休んでやがれ」


「はっ、バカがバカなことを言うな。お前こそゴーレムの大群にびびってんじゃないのか?」


「アホか。ゴーレム如きにビクつくようなことは生まれてこの方一度もねぇよ。オルノア、お前も来るか?」


「地下迷宮では見ているだけでしたし、久々におひさまのもとに出られましたから、少し暴れたい気分です」


 だと言うのに、イミアが連れて来た連中の余裕は何なのか?

 エイメンはまだ辛うじて分かる。ワンスワン第二皇子は戦闘狂呼ばわりされるだけあって、その腕は確かだ。

 が、そのエイメンを煽る、イミアの恋人だと自称する忌々しい大男は?

 そして大男に従う女性は一体?

 ゴーレムにすら怖気付かないほどの剛の者ならば、とっくの昔にその名声は天下に轟いているはずだ。


「じゃあイミアさん、行ってきますよ。大船に乗ったつもりで安心していてください」


「はい。ブラボー様、エイメン様、オルノアさん、街をお願いします」


「分かっている」


「任せてください」


 イミアと簡単な言葉を交わすと三人は同時にゴーレムの襲撃を受けている街の北西へと走り出した。


 カースレッグは彼らを見送りながら、かといってその力を信用することもなく、どうやってゴーレムを撃退しようかと頭を巡らす。

 が、その前に。


「イミア、ひとつ聞いてもいいかい?」


「お父様、大丈夫ですわ。あの方たちならばきっと」


「いや、そうじゃないんだ」


 カースレッグは真面目な顔でイミアに問い質した。


「あのブラボーという男とお前が懇ろな仲だっていうのは本当なのか?」




 

 ドスンドスンドスン。


 突如襲ってきたゴーレムたちの群れが、城壁に体当たりをかましてくる。

 対して、レイパー傭兵団は効果的な対処法を取れずにいた。

 なにしろこれほど多くのゴーレムを一度に相手したことがない上に、そもそもこいつらが出てくること自体、完全に想定外だ。

 モンスターの襲撃に備えて弓矢は充分に揃えていたが、ゴーレムに対するならば爆弾がいる。伝令を飛ばして爆弾を急ぎ用意させたが、いまだ届く様子は見られない。

 このままでは城壁が破られるのは時間の問題だ。


「なんとか間に合ったみてぇだな。おい、あんたら、あとは俺に任せておきな」


 少しでも抵抗すべく、城壁の上からゴーレムめがけて集めてきた石を落としていると、不意に下からそんな声を掛けてくる者がいた。

 ブラボーである。

 隣りにはオルノア。

 エイメンはさっそく城壁の上にあがり、ゴーレムの様子を伺っている。


「はぁ? なんだ、おまえら? そうか、爆弾を運んできてくれたんだな!」


「いや。だが、そんなものはもう必要ない」


 傭兵に答えるやいなや、エイメンが城壁から外のゴーレムたち目掛けて飛び降りた。


「なっ!? あんた、死ぬ気か!?」


「おい、エイメン! 抜け駆けとは卑怯だぞ!」


 ブラボーも負けじと城壁を登って後に続こうとしたが、登りきったところで傭兵が腰に抱きついてきて押し留めてくるので躊躇した。


「ブラボー様、お先に失礼しますね」


 そうこうしているうちに傭兵たちのタックルを軽くかわしたオルノアも行ってしまった。


「あ、オルノア、お前まで! ええい、おい、てめぇら何考えてやがる! 離しやがれ!」


「何考えてるはこっちのセリフだ。ゴーレム相手にあんたらだけで立ち向かおうなんてとても正気の沙汰じゃない!」


 傭兵と言っても命知らずではない。

 ましてや今は戦況下だ。貴重な戦力を無駄に散らすのは自ずと自分らの身の危険を高めることを意味する。


「そもそもあんたら何者だ? 見ない顔だが」


「この街を救う為にやってきた助っ人よ!」


「助っ人だと? バカな、今やこの街は完全にモンスターたちに包囲されて蟻っこ一匹入る隙間もないんだぞ」


「地下迷宮だ。イミアさんの地図を頼りに、地下迷宮を伝ってここまでやってきたんだよ!」


「イミア様? それに地下迷宮だって? そんな、あんたたちは一体……」


「ああ、もううるせぇ。とにかく黙ってお前たちはここで見てやがれ!」


 ブラボーは纏わり付いていた傭兵たちを無理矢理振り解くと、城壁の外めがけてジャンプする。


「ああっ!?」


 が、運が悪いことに、その真下では今にも城壁目掛けてゴーレムが体当たりをぶちかまそうとしているところだった。

 

 死んだ。

 間違いなく死んだ。


 その場にいた誰もがそう思った。

 地下迷宮を通ってやってきたと言っていたが、ゴーレムの体当たりをまともに喰らい、城壁ごと押し潰されて生きている人間なんているはずがない。

 何者かは知らないが、命はどれも尊いものだ。惜しい命をなくしたと誰もが悔やんだ。


「どりゃあああああああ!」


 だからその死んだはずのブラボーが、空中からの蹴りの一撃でゴーレムの体をまるで焼き菓子のように粉砕し、着地するやいなや倒したゴーレムの右腕を手に取り、それを振り回して敵が一番密集しているところへ元気に突入していく姿に皆唖然とした。

 

「なんだありゃあ!?」


「お、おい、先に飛び降りていった奴等も見てみろ!」


 刮目すべきはブラボーだけではない。

 最初に飛び降りていったエイメンに視線を注ぐと、ちょうど魔力を集中させて己の身体を極限にまで高めているところだった。


「はっ!」


 戦場に轟いたエイメンの気迫溢れる声はただひとつ。

 が、その姿が消えたと思った次の瞬間にはゴーレム三体がものの見事に体を真っ二つにされて、機能を停止していた。

 元いた場所から数十メートル離れたところに、エイメンが身体からバチバチと放電させて立っているのを傭兵たちが見つけるには十数秒の時間を要した。


 そのエイメンの向こうではオルノアがゴーレムたちに囲まれていた。

 女性ひとりにゴーレム数体、絶望的な状況だ。

 が、オルノアは顔色ひとつ変えず、胸の前で手印を切る。

 するとオルノアの体を中心とした光の輪が現れた。

 光の輪はどんどん大きくなっていく。

 それでもゴーレムたちは一斉に光の輪を纏ったオルノアに襲い掛かった。


「大地へと還りなさい」


 少しでも考える力がある生き物ならば、オルノアが出した光の輪が何かヤバイと感じるものであろう。

 だが、ゴーレムは所詮魔力が宿っただけの石人形に過ぎない。

 故に危険な状態のオルノアに無謀にも近付き、次々と光の輪に巨体を切断されていく。

 恐怖心を持たないが為の無茶な攻撃は確かに脅威ではあるが、警戒心がないのはオルノアにとって最も楽な相手であった。


 かくしてブラボーたちは北西の城壁に駆けつけてわずか十分足らずで、襲い掛かってきたゴーレムたちを壊滅したのであった。


「ゴーレム撃退! ゴーレム撃退! 城壁の損傷は甚大なれど、敵ゴーレムの軍団は駆逐されました!」


 レイパーの街にゴーレム打破の報が轟く。

 そして城壁の外にいるブラボーたちの耳にも、街の人々があげる歓声が届いてきた。

 振り返れば城壁の上にいる傭兵たちも、ブラボーらの鬼人の如く戦いぶりに驚愕しながらも、ある者は両手を天に突き上げ、またある者は大きく手を振って、此度の勝利に歓喜の声をあげていた。


「ふっ、こんなの俺様にとっては朝飯前よ……ってそう言えば腹が減ったな」


「街の危機を救ったのです。ご馳走ぐらいしてくれるでしょう」


「マジか!? じゃあ早速戻るぞ、オルノア!」


 再び動かぬ岩に戻ったゴーレムたちの亡骸の山に背を向け、ブラボーはレイパーの街へと歩を進める。


「ちょっと待て」


 が、その肩に手を置き、呼び止める者がいた。


「いい機会だ。ひとつ俺と手合わせ願おうか」


 いまだ身体に帯電させたままのエイメンが剣を握る右手に力を込めて、ブラボーに果し合いを申し出た。




 次回予告。


 エマーソンの傭兵・その一です。

 ゴーレムの軍団から見事街を救ってくださったブラボーさんたち。

 でも、いきなり仲間割れを始めて、正直こっちとしては見ていてハラハラします。

 あんたら、街を救う為にやってきてくれたんじゃないのかよ?


 次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十二話「ブラボー、痺れを切らす」


 頼むから仲良く喧嘩してくれ。

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