第10話 ブラボー、お父さんに報告する
「そうですねぇ。エイメン様の攻撃も凄かったですし、ブラボー様の必殺技も格好良かったですー。なのでこの勝負、引き分け、です!」
ブラボーとエイメンを前にして、イミアは微笑みながら言った。
この判定に不満な様子を見せるのはブラボー。
「俺の方が絶対勝ってましたよ、イミアさん?」
ちなみに判定役がイミアだからこんな感じである。
もしアンジーだったら「おい、ふざけんな! 暴れるぞ!」ってなものだ。
一方エイメンはと言うと
「……」
マンティコアとの戦闘が終わって以降、終始無言のままだった。
ただ時折、ブラボーをじっと見つめてくる。
その視線にブラボーも気が付いていた。
が、どうして見つめてくるのか、理由を聞けない。
何故ならブラボーにしては珍しく怖かったからだ。
もし理由を聞いて「お前に惚れた」なんて言われたらどうしよう、と。それぐらい俺様の気合一発漢拳(きあいいっぱつおとこけん)はかっこいいもんな、男でも惚れちまうのは分かるぜと自惚れていた。
だから煮え滾る炎がエイメンの瞳の奥で激しく燃えていることには、気が付くはずもなかった。
さて、マンティコアとの激闘から一時間ほど経過した頃のこと。
場所はレイパーの街の大通り。
ポンッ!
まるでワインのコルクを抜いたような音に、辺りにいた街の人々は何の音だろうと周囲を見渡す。
ほどなくして誰かが大通りのブロックの一部が妙に浮き上がっているのを発見した。
なんだろう? モグラが地面の中を掘っていてブロックにぶつかったのだろうか?
いや、もしかしたら街の外を囲っているモンスターたちが地面を掘って襲撃に来たのかもしれない。
俄かに高まる緊張感。その中、浮き上がっていたブロックが今度は逆に沈み始め、ついにはボコッと取れてしまった。
突然出来てしまったブロック一個分の穴。恐る恐る街の住民がその穴を覗き込むと
「うわっ!」
突然穴から手が出てきた。
大きな人間の手だ。
皆が呆気に取られる中、手が周囲のブロックを次々と持ち上げては道から剥がし、周囲に投げ捨てては穴を大きくしていく。
「おー、久しぶりの陽の光だぜ」
やがてひとりの大男が穴から顔を覗かせた。
「あ、あんた、一体?」
何者なのか? どうして地面から出てきたのか、聞きたいことはたくさんある。
が、大男は質問には答えず、逆に質問で返してきた。
「ここはレイパーの街でいいか?」
「あ、ああ」
そんなことよりもこっちの質問に答えろよと穴に群った人々は大男に問い詰めようとしたが
「そうかそうか。さすがはイミアさんの地図だぜ!」
大男が続けた言葉の中に知った名前が出てきたので戸惑った。
イミアはこの街、レイパーを取り仕切るエマーソン家の長女の名であり、街中の人々が敬愛する人物の名前である。
その名をこの大男が口にした。つまり、それは……。
「ちょいとごめんよ」
大男が穴から出てくる。
立派な体つきをしているが、身のこなしは軽やかだ。穴の縁に両手を添えると、まるで曲芸師のように自分の体を逆さまに持ち上げ、くるんと一回転して大通りに着地した。
「さぁ、イミアさん、どうぞ俺の手に掴まって」
大男が穴に向けて手を差し伸べる。
そしてその手に掴まって穴から出てきた女性の名前を、街の人々は叫ばずにはいられなかった。
「イミア様っ!?」
「あらあら、お出迎えありがとうございます。やっとレイパーに戻ってくることができました」
イミアが集まった人々に深々と頭を下げた。
本来ならここでわーと歓声があがるシーンである。
が、レイパーの人々はざわつくだけであった。
その顔には一様に「どうして戻ってきたし?」と困惑の表情がありありと浮かんでいた。
イミアは街の人々から愛されていた。
大金持ちの一人娘であるにもかかわらず、気取ったところは一切なく、街の全ての人に優しかったからだ。
また、エマーソン商会の創始者の妻であり、偉大なる魔法使いの血を強く受け継いでいるそうだが、その力を破壊ではなく治癒の術に振るうのも、イミアが街の人々から愛される理由でもある。
イミアはその慈愛に満ちた精神により、街中の病や怪我に苦しんでいる人々を無償で助けてきた。その奉仕ぶりは「レイパーでは医者は必要ない」と言われるほどだ。
そのようなイミアだからこそ、レイパーの街を襲ってきたモンスターが「イミアを差し出せば襲撃をやめる」と言ってきた時、街の人々は全員一致でこの条件を一蹴した。
何故モンスターがイミアを求めるのかは分からない。が、イミアを差し出すくらいなら、街を、自分たちの命を差し出すほうがまだましだ。
とは言え、街がモンスターたちの手に落ちたら、イミアの身が危ない。
だからイミアを街の外へと逃がすことにした。
自分だけ戦火から逃れることに嫌がるイミアをなんとか説得し、エマーソンが極秘で開発中の、空を猛スピードで翔る機械仕掛けの乗り物に乗せた。
まだ充分な実験も出来ていない危ないシロモノだ。
どこにどこまで飛べるかも定かではない。
しかし事態は急を要する。
とりあえず安全対策だけは万全にして、イミアを街の外へと送り出した。
あとは近くの街のエマーソン商会に駆け込めばいい。
出来れば護衛のひとりやふたりも付けてやりたいが、状況的にそうもいかなかった。
何かと不安要素もあるが、イミアならばきっと無事に逃げ延びてくれるだろう。
そう街の人々は信じていたのだが……。
「皆さん、遅くなりましたが、強力な援軍を連れて戻ってきましたよー」
イミアが力強く言う。
いやいや、誰もそんなの期待してませんでしたから
しかもイミアが言う「強力な援軍」とやらが、わずか四名の冒険者風情なのには頭が痛くなった。
敵はいまや街を完全に包囲してしまっている。その数は数万、いやもしかしたらもうひとつ桁が上かもしれない。
そんなのを相手に、どれだけ腕が立とうとも、たかが四人で一体どうするつもりなのだろうか?
「おおっ、イミアよっ!」
そこへイミアたちを取り囲む集団を掻き分けて、ひとりの男が飛び出てきた。
立派な口ひげを蓄えた、身なりも立派な中年の男だ。
「お父様!」
その中年の男を見て、イミアも駆け寄る。
「おおっ、あの方がイミアのお父さん!」
イミアと中年の男、エマーソン商会現社長のカースレッグ・エマーソンがひしっと親子の再会を喜びあうのを見て、ブラボーは微笑みながらびしっと背筋を伸ばした。
「ああ、イミアよ。よくぞ無事で! しかし、何故戻ってきた?」
「お父様、私、レイパーの町を救ってくれる方々を連れてまいりましたわ」
「この街を救う? しかし……」
見たところ、イミア以外には四人しかいない。
ひとりは見覚えがある。
確かワンスワンの第二皇子。戦闘狂として有名な男だ。
が、残りの三人はどこの馬の骨とも分からぬ者たちばかり。大男はまぁ多少戦力になるだろうが、女ふたり、特にそのうちのひとりは冒険者よりも街の食堂のウェイトレスの方が似合っているような娘だ(エマーソン商会社長の眼力恐るべし)。とても戦力になるとは思えない。
いや、仮にこの女性二人もまたワンスワンの第二皇子に勝るとも劣らない力を隠し持っていたとしても、この人数で街を救うなんて無茶な話だ。
だが、苦境に立つレイパーを助けようと駆けつけてくれた勇のある者たちを無下にするわけにもいかない。
カースレッグはイミアとの抱擁を終えると、ブラボーたちの前に立って
「よくぞレイパーの街に来てくださいました。感謝いたします」
と、深々と頭を下げた。
「そちらはワンスワン国第二皇子エイメン・ワンスワン様とお見掛けいたしました」
「ああ。ご無沙汰しております、カースレッグ殿」
「貴方様が来てくださるとは、まさかワンスワンが?」
「いや、父上はレイパーに軍を派遣されぬ」
何故ならあんたんところの娘さんが連れたバカが国王である父の頭をど突きやがったからな、とはさすがのエイメンも言わなかった。
「そうですか……」
失望と安堵が入り混じったようなカースレッグの返答だった。
「しかしレイパーの状況を聞き、見捨ててはおけず、我が身ひとつなれど駆けつけた次第。どうかこの身、存分にレイパーのために使われよ」
「勿体無きお言葉。ありがとうございます」
ふたりは王族と大商人という違いこそあれ、この世界の権力者であるには代わりない。故にうわべだけの言葉も馴れたものだった。
エイメンはレイパーの街なんてどうでもいい。ただ強敵と戦えさえすれば良かった。
カースレッグもまたそれを知っている。が、それでももうひとつの可能性を拭いきれずにいる。
が、そんな心の内は隠して話すのが、彼らの世界での流儀であった。
「お父様、そちらはブラボー様です」
「おう! 俺がブラボーだ!」
イミアに紹介されたブラボーがその大きな胸を張った。
「初めてお目にかかります。私、エマーソン商会のカースレッグと申します。このたびは我が娘イミアの嘆願に耳を傾け、レイパーの危機に助力していただけること、心から感謝しております」
カースレッグは頭を下げながら、ブラボーを観察する。
エイメンとは違い、見るからにがさつそうな男である。
身なりからしてもどこぞの国の騎士などではない。おそらくは冒険者であろう。
本来ならばこの手の輩は傭兵として雇うものであり、金を出して雇う以上、立場はこちらの方が上だ。今はこうして下手に出ているが、契約を結べばこき使ってやろうとカースレッグは思った。
「あっはっは。まぁ、俺に任せてくださいよ、おとーさん」
「……おとーさん?」
ブラボーの言葉に、カースレッグは戸惑いを隠せない。
なんだ、お父さん、とは? お前なんかにお父さんと呼ばれる筋合いなどは
「ああ。実は俺とイミアさんってそういう関係でして」
「なっ!?」
「少しつっこんだところまで言うと、俺、イミアさんのおっぱいをナマで揉みました。これで察してください、おとーさん」
「な、な、なんだとーーーーーーーーーーーー!?」
ブラボーのトンデモ発言に、カースレッグは目を見開いた。
慌てて隣りのイミアを見る。
愛娘がニコニコと見つめ返してきた。
カースレッグはいたたまれなくなってつい視線を外してしまった。
あのまま視線を合わせ続けた結果、イミアの口から「私、ブラボーさんのことを愛してるの」なんていわれた日には絶望のあまり自殺しかねない。
イミアだってもう年頃だ。数年前から嫁がせるのは覚悟していた。
でも、だからって、大切に育ててきた一人娘が、まさかこんな男の毒牙に掛かってしまうとは。
こんないかにもバカそうで、アホそうで、頭のらっぱがぷーそうな男に!?
そ、そんな。そんなバカな……。
カースレッグにとってはまさに振って降りた大災難に、目の前が真っ暗になりそうなその時だった。
ズドーーーーーン!
突然、轟音と共に街が揺れた。
これにはカースレッグも我に戻って、轟音が聞こえた方角に目を向ける。
街の北西から土煙がもうもうと立ち上るのが見えた。
『緊急! 緊急! 北西からモンスターの襲撃あり! その数、およそ二十!』
街の中心にあるエマーソン商会の本社から、魔力で最大限にまで拡声された声が街中に響き渡る。
「二十? 二千の間違いじゃないのか?」
エイメンが報告された数に頭を捻った。
先ほどの轟音、振動、それにここからでも見える土煙からして、とうてい二十匹程度のモンスターが成し得るものではない。
が、すぐにその疑問は解決される。
『に、二十体のゴーレムが北西の城壁を打ち破ろうとしています!』
襲撃を街中に知らせる声が震えていた。
次回予告。
レイパー町長、ならびにエマーソン商会社長のカースレッグだ。
我が娘・イミアを連れてレイパーの街にやってきた、ブラボーとかいういかにも頭の悪そうな冒険者。
許さん。許さんぞ、こんなヤツと結婚なんてお父さん、絶対に反対だ!
と言うか、自分の街がモンスターに襲われるよりも、こっちの方が大問題じゃないか!
次回『ブラボ! オー、ブラボー!!』第十一話「ブラボー、希望を与える」
絶望の間違い、じゃないのか?
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