第9話 ブラボー、気合一発漢拳
「エイメン様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
エイメンの絶体絶命に、イミアの叫び声が迷宮に響く。
アンジーはとても見られないと、共に旅をしてきた仲間が散る最期から目を反らす。
ただひとり、オルノアだけが瞼に焼き付けるかのように、じっとエイメンを見つめていた。
「おおっ!」
そのオルノアでさえも、エイメンの一連の動きを完璧に捉えることは出来なかった。
おそらく対面していたマンティコアに至っては何も見えなかったことだろう。
マンティコアからすれば雷撃で動きを封じ、あとは命を刈り取るだけ、だった。
それがまさか逆に返り討ちにあうとは夢にも思っていなかったはずだ。
ズドゥンンンンン
マンティアコアがその体を地面に墜とす。
無言だった。
何故ならその首はエイメンによって切り落とされていたからだ。
「す、すごいのです! エイメン様がマンティコアを討たれましたわー」
「え? あ、ホントだ! やったー!」
イミアの歓声に、目を反らしていたアンジーも恐る恐る視線を戻して、次いでこちらも歓喜の声をあげる。
「で、でも、一体どうやって? 雷に打たれて体が麻痺していたんじゃないの?」
「それはエイメンさんが雷属性の強化を行っていたからですよ」
アンジーの疑問に答えたのはオルノアだ。
「雷撃を受ける前、エイメンさんは力を溜める動作をしていました。あれは体内に雷を溜め込み、魔装強化を行っていたのです」
魔法と言っても、人間が使うそれはモンスターたちと違い、ただ無闇に放出するだけではない。
時に自分の体に魔力を集結させ、肉体を強化させることもある。
炎属性は破壊力を。
風属性はジャンプ力を。
土属性は耐久力を。
そして雷属性はスピードが格段にパワーアップされる。
「結果としてマンティコアが放った雷は皮肉にもエイメンさんの動きを止めるどころか、かえって強化してしまったのですよ」
それにしてもそのスピードたるや尋常ではなかった。
魔法による肉体強化は決して珍しくない。
強敵相手ならば常套手段とも言える。
が、動きを完全に捉えきれないほど強化される人間を見たのは、オルノアは生まれてこの方初めてのことだった。
類稀なるエイメンの技術力に、そのスピードが上乗せされれば、マンティコアの首とて簡単に斬首できたことであろう。
「とは言うものの、基本的に同系統である魔法の二重掛けは禁忌(タブー)。きっと今頃エイメンさんの体には激しい反動が……」
「ぐっ、ぬぅ……」
オルノアの言葉を肯定するかのように、エイメンが苦しそうな呻き声をあげてその場に片膝をついた。
必要以上の負荷に、体中の筋肉が悲鳴を上げているのだ。
「エイメン様っ!」
その様子に思わずイミアが岩陰から飛び出して、エイメンへと駆け寄る。
マンティコアの一匹は討ち取ったとは言え、まだもう片方が健在の戦場に飛び出すのはあまりにも無謀。驚いたアンジーは慌ててイミアの手を取って引きとめようとしたが、間に合わなかった。普段はおっとりしてるのに、こんな時にだけ素早く動かないでよーとアンジーは内心で地団駄を踏む。
「オルノアさん、イミアさんを連れ戻さなきゃ!」
「いえ、その必要はありません」
「え? で、でも、まだもう一匹残ってるし。危ないよー」
「大丈夫ですよ」
心配するアンジーをよそに、しかしオルノアは微笑むのだった。
「エイメン様、大丈夫ですか!?」
マンティコアを討伐したものの、その直後に襲ってきた激しい筋肉痛に歯を食いしばって耐えるエイメンは、思わぬ人の声を間近に聞いた。
「イミア殿! ま、まだここは……戦場……だ。危ない……戻れ……」
「怪我はされてないみたいですが、お苦しそうです。ちょっと待っていてくださいね」
イミアのことを思い、話すのも辛いのに無理をして戻れと指示したが、無視された。
まったくこれだからお嬢様は……とエイメンの表情が痛みに耐えるそれはとまた違った、苦々しいものに変わる。
が。
「……お?」
不意に全身を蝕む痛みが和らぎ、エイメンは驚いて自分の体を見た。
全身が不思議な光を放っている。
いや、違う。不思議な光に包まれている。
それがイミアの回復魔法だと分かるのに、さほど時間はかからなかった。
回復魔法は相手の治癒力を高めるもので、たちまち体力が回復するとか、深手があっという間に完治するとかそんな便利なものではない……というのがエイメンのこれまでの認識だった。
が、イミアの回復魔法ときたらどうだ。
魔法をかけられて数秒で効果が現れ、しかもどんどん回復していく。
単なるお金持ちのお嬢様だと思っていたが、これほどまでの回復魔法の達人だったとは。
(そういえばこいつは地下迷宮を踏破したご先祖の血を色濃く受け継いでいるのだったか……)
エイメンはイミアを見上げながら認識を改めた。
「忝い、イミア殿。もう大丈夫だ。さぁ、危ないから岩陰に避難してくれ」
時間にして数十秒。
まだ痛みはあるが、先ほどまでのように動けないほどではない。
これならば充分に戦えると判断したエイメンは立ち上がると、イミアの肩に手を置き、オルノアたちが潜む岩陰への退避を促した。
「ですが、まだ……」
「そう、まだもう一匹残ってる」
イミアはまだ治っていないと言いたかった。
それを知りつつ、エイメンは別の話へとすり替える。
まだここは戦場。戦えない者がいて良い場所ではない。
「さぁ、早く戻」
キェェェェェェェェェェエエエエエエエエ!!
エイメンの言葉が突然の叫び声にかき消された。
怒りに満ちた、恐ろしい叫び声に思わずオルノアは耳を塞いでしまう。
エイメンも一瞬そうしたい気持ちに襲われながらも、表情を引き締めて声の主へと鋭い視線をむけた。
その視線の向こうに、全身を雷で纏ったマンティコアがいた。
何があったのかはエイメンにも分からない。
ただマンティコアが魔力を全開にして雷の鎧を身に纏い、この場にいる全員を皆殺しにしないと気がすまないほどに怒り狂っているのは分かった。
「ちっ! あのバカ、一体何をやりやがったっ!?」
マンティコアが怒っている以上、ブラボーが何かやったに違いない。
が、そのブラボーは相変わらず両腕を組んで、偉そうに仁王立ちしている。
まぁ、その態度こそが相手を怒らせるのかもしれない。
少なくともエイメンは強い苛立ちを覚えている。
「くっ、ああなるとさすがに厳しいか。ここは一度退いて……」
強敵と闘う事を生き甲斐としているエイメンだが、決して状況判断が出来ない無謀な人間ではない。
マンティコアと戦う前の万全な状態ならば話はまた別だが、今は一戦やった後で、しかもイレギュラーな戦いを強いられて、イミアにはああ言ったがまだダメージは深く残っている。
その状態で怒り心頭のマンティコアと戦うのは無謀以外のなにものでもなかった。
ここは一度安全な場所まで身を引き、体調を整えた後に再戦するしかない。
そう判断し、ブラボーに指示を出そうとした時だった。
「あっ!」
マンティコアが雷撃の嵐と共に、目の前の仁王立ちしているブラボーに向かって突進してきた。
なのにブラボーはいまだ仁王立ちのまま動こうとしない。
「バカ! 逃げろっ!」
エイメンが叫ぶ。
別にブラボーがやられたところで、エイメンが心を痛ますことはない。
ただ、何もせず相手に殺されるのは、同じ戦士として腹立たしかった。
戦士ならば戦って死ね!
戦う前から死を受け入れるなんて大バカもいいところだ。
ズドゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
次の瞬間、凄まじい衝撃と衝突音が迷宮を襲った。
おそらくマンティコアがブラボーを吹き飛ばしただけでなく、そのまま迷宮の壁にぶち当たったのだろう。
立っていられなくてイミアはその場に尻餅をつく。
アンジーも岩陰にいながらひっくり返った。
衝突の際に巻き起きた砂塵の突風に、エイメンは踏ん張りながら左腕で顔面をガードしつつ、右手を剣にかけて再び魔力を体内に集中させる。
この砂嵐を利用して、ブラボーを仕留めたマンティコアが襲い掛かってくることは充分に考えられる。あの猛威に対抗するには魔法で強化した体じゃないと無理だ。
じりじりと神経がショートしそうな緊張した時間が続く。
が、どれだけ待ってもマンティコアは襲い掛かってこない。
そうこうしているうちに、次第に巻き上がった砂煙が収まってきた。
「なっ!?」
エイメンは見た。
ブラボーが拳を天高く突き出した形で立っている姿を。
ぱらっ。ぱらっ。
そして迷宮の天井から小石が落ちてきたかと思うと、
ドドドドドドドドドッドーン!
吹き飛ばされ、天井にめりこんだマンティコアの巨体が落ちてきた!
「なんだとっ! 馬鹿なっ!?」
近付いて調べるまでもなく、マンティコアはすでに絶命しているのが分かった。
(あの最狂モードのマンティコアの突進に正面から立ち向かい、しかも拳で天井にめり込むほどまでに突き上げて一撃で仕留めるだと!?)
エイメンが驚愕の表情でブラボーを見つめる。
「ふっ! これぞ俺様の必殺技・
ブラボーが決まったとばかりに、とても格好悪い必殺技の名前を披露した。
☆次回予告☆
作者です。
ブラボーは単なるバカじゃありませんでした。
そう、とんでもない馬鹿力野郎なのです。
さて、そんなブラボーにエイメンの心に火がつく中、一行はついにレイパーの街へと辿り着くようですが……。
次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第十話「ブラボー、お父さんに報告する」。
ブラボー、ようやく主人公っぽくなってきたよねっ!?
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