第7話 ブラボー、振り返りたがる
「どおりゃあああああ!」
襲い掛かってくるモンスターのどてっぱらに、ブラボーの気合の入った拳が炸裂する。
どごーーーーーーーん!
たちまちモンスターは大音量とともに吹き飛ばされ、ダンジョンの壁面へ強かに打ちのめされた。
たいていは即死だ。
「だっしゃあああああ!」
それでも中には辛うじて命を繋ぎとめるモンスターもいる。
耐久力に優れるオークなどはその典型だ。
が、本来ならば生き残るための能力が、ブラボーを相手にしてはむしろマイナスになる。
息が残っていると見るや、ブラボーは強烈な蹴りをお見舞いしてくるからだ。
一発でも地獄なのに、運良くく生き残ったおかげで、さらなる地獄を見ることになるとは全くもって運が悪いとしか言いようがない。
「よっしゃー! またやりましたよ、イミアさん、見ていてくれましたか!」
ブラボーがニカっと笑顔で振り返る。
「いちいちこっち見るな、ブラボーさんのスケベ!」
そこへアンジーの、躊躇いのない鋼鉄製のトレイによる一撃が脳天へ。
「さすがですわ、ブラボー様!」
でも、イミアが満面の笑顔で、しかも上半身裸で手ブラしている手を思わず離し、振って返してくれるのだから、ブラボーはたまらなかった。
ああ、手がブラブラ。
ナマ乳がぷるぷる。
「よーし、もっともっと頑張りますぜー!」
アンジーから喰らったダメージなんて気にせず、ブラボーはさらに気合を入れるのだった。
滝の近くで夜を過ごした後、ブラボーたちは近くにあった入り口から地下大迷宮へ入った。
一度入ってしまうと二度と出られない大迷宮へと潜ったのには、みっつの理由がある。
ひとつめは人目を避けて移動するには最適なため。
街からは脱出できたが、ここはまだワンスワン領。昼間から移動してはどうしても人目につく。かと言って、夜間行軍だけではレイパーの街に辿り着くのが遅くなる。
その点、大迷宮ならば人目を気にせず移動が可能だ。
ふたつめはレイパーの街への侵入が、地上よりも大迷宮からの方が簡単そうであること。
今、レイパーの街はモンスターの大軍に囲まれている。その包囲網を破るにはさすがに五人では骨が折れる大仕事だ。ならば地下迷宮の方が楽だろうと考えた。
そしてみっつめ。
ブラボーたちには地図があること。
失われたと思われていたエマーソン創始者が作り上げた大迷宮の地図。
それが意外な形で残されていたのだ!
「えーと、次の分岐路を左に曲がってください」
オルノアが目の前の地図を確認しながら、パーティの前を行くエイメンとブラボーに声をかける。
「分かった」
と返事だけして、前方への警戒を怠らないエイメンに対し、
「左っていうと、えーと、どっちだ、オルノア?」
そんな白々しいことを言って何かと後方へ振り向きたがるブラボー。
「左手はお茶碗を持つ方! だーかーら、振り向くなっつーの!」
そのたびにアンジーが巧みにトレイでブラボーの視線を遮る。
何故ならばパーティの後方には上半身裸のイミアがいるからだ。
どうして裸なのかと言うと……。
「きゃっ! あ、あのオルノア様、そこはちょっとこそばゆいです」
「申し訳ありません。でも、この先の地図を確認しなくてはいけませんから、ちょっと我慢してくださいね」
そう、イミアの背中に大迷宮の地図が描かれていたからである!
先の休憩時にいきなり脱ぎ出したのは、この地図を皆に見せようとしてのことであった。
この地図、なんでも初代エマーソン商会会長が盗まれるのを恐れ、自分の妻の背中に魔力で転写したのだとか。
自分とともに手強いモンスターの巣窟である大迷宮を探索し、当代一の魔法使いである嫁そのものに地図を隠してしまえば、そう簡単に盗まれることはあるまいと。
そして初代会長とその妻の死後、地図は永遠に失われたかと思われていたが、隔世遺伝によって魔法使いであった祖先の血を濃く受け継いだイミアの身体に、ある日突然、地図が浮き上がったのであった。
「と言っても魔法の地図ですからねぇ。意識を集中しないと出てこないんですよ?」
「イミアさん、それが分かっているのでしたら、もっと集中してください。さっきからかすれていてよく見えません」
「あら、ごめんなさい」
オルノアに怒られて、イミアは背中に意識を集中させる。
イミアの背中に光る、魔力の緑色の光が強さを増した。
かくしてブラボー一行はイミアの背中に浮かび上がる地図を頼りに、大迷宮へと歩を進めることにした。
前衛をエイメンとブラボー。
このふたりがとにかく出てくるモンスターたちを片っ端から退治していく。
後衛にはアンジー、イミア、オルノアの三人。
イミアはパーティのみんなが怪我をした時の回復を担当し、オルノアは呪術でダンジョンを照らす光をパーティの周辺に漂わせつつ、地図を読み取って進む道を指示する。
アンジーは一応後方から襲い掛かってくるモンスターの警戒にあたっていたが、ここまではもっぱらブラボーからイミアを守ることが多かった。
なんせイミアは地図を表示するために、ずっと上半身裸なのだ。
しかもお嬢様でありながら羞恥心があまりない。
男たちからおっぱいを隠すよう手ブラを厳命するも、何かあるたびに手を離してオーバーアクションをしようとする。
そんなイミアをエイメンはともかく、ブラボーに意識するなというのは到底無理な話であった。
「うおりゃああああああ!」
ダンジョンにブラボーの雄たけびが響く。
突き進むこと二時間。
ブラボーは絶好調だった。
理由は言うまでもない。今も後ろで「きゃあ! ブラボー様、ステキですー」と応援してくれている女神イミアの存在だ。
酒場で初めて出会った時からブラボーは恋に落ちた。
一目惚れは過去に何度も、それこそイヤになるぐらい経験している。
でも、これほど上手く行っている恋は初めてだった。
いつもならどれだけ情熱的に気持ちを伝えても、相手は何故かブラボーにビンタを食らわしてきた。
なのにイミアはそんなブラボーをを温かく受け止め、それどころかこの未熟な男に女性の身体を教えてくれた。
女神。マジで女神だ。
ただ、その女神には婚約者がいると言う。
正確には、婚約者だった、ヤツだ。
ブラボーを散々バカ呼ばわりしてくる戦闘狂、ワンスワン国第二皇子エイメン・ワンスワン。
今もブラボーと同じくパーティの前衛に立ちながら、協力する素振りは全く見せずに、モンスターたちを次々と一振りのもとに屠っている。
腕は確かだ。
口は悪いが、顔もいい。
ブラボーにとって強力なライバルである。
が、しかし。
ブラボーは自分の方が恋のレースで勝っていると確信していた。
根拠はただひとつ。
(俺はイミアさんのおっぱいを触ったことがある!)
これだけである。
でも、それだけのことがブラボーに揺ぎない優越感を与えてくれた。
だから「ブラボー様、ステキー」「エイメン様もかっこいいわー」と先ほどからふたりに等しく応援を送るイミアの声も、ブラボーには「ふ、『エイメンも』ってことは、オレがカッコイイのは当然ってことだっ!」ととても前向きに捉えている。
(勝った! 間違いなく俺が勝った!)
童貞ブラボー、思わず勝利宣言をしたくなるほどである。
とは言え、決定打に欠けるのも事実だ。
何か圧倒的な差を見せつけ、イミアが「やっぱりエイメンよりもブラボー様ですわ」と抱きついてくるようなシチュエーションが欲しい。
何か、何かないだろうか……。
「おい、バカ!」
珍しくブラボーが頭を使っていると、不意にエイメンから声をかけられた。
「あ? なんだ? 俺は今考え事をしてるんだ。邪魔なんぞしたら」
そこへ物陰から大きな口を開き、尖った牙を光らせる
「てめぇもこうなるぜ?」
そのワードックの頭をブラボーは思い切り拳で地面へ叩きつけた。
ぐしゃりとワードックの頭の骨が砕け、吹き出した血と、口から流れ出る涎が地面を塗らす。
「はっ、やれるもんならやってみるがいい。が、戦うのはまた今度だ。それよりもただ迷宮を進むのもつまらん。どうだ、ここはひとつ俺とお前、どちらがモンスターを多く
エイメンが言いながら、これまた襲い掛かってくるワードックへ見向きもせずに剣を振る。
空中でワードックがまっぷたつになり、どさっと地面に倒れてしばらく痙攣した後、動かなくなった。
「お前がモンスターにこんなふうにやられてしまうこともあるだろうけどな」
エイメンが不敵に笑う。
「バカにすんなよ。てめぇじゃあるまいし」
そう答えるブラボーも笑っていた。
「いいだろう、受けてやるよ、その勝負」
「そうこなくてはな」
じゃあ今から勝負開始だと一度だけ視線を交えると、ふたりはそれから一匹たりとも見逃すものかとばかりに進む先を睨みつけて黙り込む。
「おーい、あんたらちょっとは協力しろー」
アンジーのもっともすぎるツッコミが、静かになった迷宮に虚しく響いた。
☆次回予告☆
ぶひっぶひひっ!(おっす、おらオーク!)
ぶひひひっぶひっぶひぶひぶひぶぶぶひひ!(突然俺たちの地下迷宮に人間たちがやってきたぞ!)
ぶひひひひぶひひーん!(しかもひとりは上半身裸の女だ!)
ぶひぶ! ぶひぶぶぶひ!(くっころだ! くっころ祭りだ!)
ぶ、ぶひ? ぶぶぶひひひ?(って、あれ? なんでおらがぶっころされてるの?)
次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第八話「ブラボー、仁王立ち」
ぶひひひーん!(求む、女騎士!)
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