第6話 ブラボー、おっぱいを揉む


「さて、街から無事脱出したわけだが……」


 下水道から這い出ること三時間。

 ブラボーたち一行は直接レイパーの町には向かわず、川を遡ってワンスワンの街から程近い山中にいた。

 辺りは深い木々に囲まれているが、近くには清い滝がある。

 エイメンが趣味の狩猟に出かける時には必ず立ち寄るところで、今回も下水で汚れた身体を清めようとやってきたのだ。

 

 ちなみに既に皆、水浴びを終わらせ、脱出の際にブラボーが担ぐ皮袋に入っていた服へと着替えている。

 女性陣の水浴びシーンは……


「おい、エイメン! てめぇ、裸のイミアさんを覗きに行こうと企んでやがるだろ!?」


「バカか! お前と一緒にするな!」


「お、俺が一体いつイミアさんの裸を見たいって言ったよ!」


「言わなくても分かる。なんせお前はバカだからな」


「て、てめぇ、言わせておけばーー」


 とブラボーとエイメンがやり合っている間に終わってしまった。

 ブラボー、痛恨のミスである。





「で、たかが五人がレイパーに行ったところで、正直どうしようもないと思うんだが、そこのところはどう考えているんだ、イミア殿?」


 焚き火を囲みながら、エイメンが率直に尋ねた。

 噂の『混沌の凶戦士』と戦いたくてブラボーの無茶な話に乗ったエイメンである。レイパーの街を救いたいという気持ちはさほど強くない。


 とは言え、救えるのならばそれに越したことはない。このままレイパーの街へ何の作戦もないまま向かうのは気が引ける。

 ブラボーは相変わらず「俺一人で充分よ!」と血気盛んだが、バカは放っておくとして、イミアに何か考えがあるのだろうかと気になったのだ。

 

 イミアは天然である。

 が、同時に世界の経済を牛耳るエマーソン商会の一人娘でもあるのだ。

 ブラボーに同調はしているが、何の策もなく、わずか五人ばかりでレイパーに乗り込むとは思えなかった。


「それなのですが、皆様は地下の大迷宮はご存知ですか?」


 イミアの言葉にピクンと反応する三人。

 もちろん、ブラボーは無反応である。


「知ってるも何も、地下大迷宮と言えばエマーソン商会が一躍商業ギルドの長に登りつめた原因じゃないですか!」


 アンジーが興奮を抑えきれないとばかりに前のめりで答えた。



 文字通り、地下に広がる大迷宮がこの世界にはある。

 一体誰が、いつ、なんの目的で作ったのかは定かではない。

 とにかく世界中のあらゆるところに繋がっていると言われるそれは、複雑に洞穴が入り組んでおり、まさしく迷宮となっている。

 おまけに地上とは比べ物にならないほどにモンスターたちが徘徊しており、一般人はおろか、冒険者ギルドのエース級ですら、一度入ったら命の保障はない。

 

 その大迷宮を、しかし、商売に役立てた者がいた。

 初代エマーソン商会の会長、イミアのご先祖様である。


 当時、世界中を回って商売をしていたイミアのご先祖は、毎回国境の検問で何日も待たされるのが耐えられなかった。そこで考えたのが国境のない地下大迷宮を使った輸送手段である。

 魔法使いでもあった嫁と共に商売そっちのけでダンジョンの攻略に奮闘すること数年。だが、その甲斐はあった。丹念にマップを作り上げた結果、エマーソン商会は大迷宮を使って当時どこよりも早く商品を届けることに成功したのだ。


 そのスピードたるや凄まじく、注文した商品が一時間で届いたという逸話すらも残るほどである。


 もっともギルドの長となって大富豪へと登りつめると、エマーソン商会は各国と取引をして検問の時間を大幅に短縮させ、この宅配ルートは廃棄されたと言われている。


「で、その地下迷宮をどうしようって言うんだ?」


「はい。援軍を頼めない以上、もはやレイパーの街をモンスターたちから守る手立てはありません。ならば街の人たちだけでも無事に逃がせられたらと思うのです」


「なるほど! 逃走経路に大迷宮を使うんですね! あ、でも……」


「ええ。ねぇ、イミア様、大迷宮の地図って、かなり前に紛失してしまったって聞いてますけど?」


 アンジーの言葉の後を受けて、オルノアがイミアに尋ねた。

 初代エマーソン商会の会長の血と汗の結晶である大迷宮の地図。だが、世間の噂では会長の死の際に遺品を探ってみたが、見つからなかったと言われている。

 ただでさえ凶暴なモンスターが徘徊する大迷宮だ。そのうえ地図もなければ待ち受けるのは死あるのみである。


「いいえ。実はちゃんと先祖代々受け継がれているんですよー」


 しかし、イミアはにっこりと笑って答えると、突然服を脱ぎ始めた。


「おおっ!」


「わわっ! イミアさん、いきなりなんで服を脱ぎだすんですかっ!? エイメンさんはともかく、ブラボーさんの前でそんなことをしたら襲ってくださいって言ってるようなもんですよっ!」


 いきなりのことに慌ててイミアの身体を隠そうとするアンジー。


「ブラボー様、申し訳ありませんが、しばらく視界を奪わせていただきます」


 これにはオルノアもすかさず相手の視界を奪う手印を切る。


「のあー! 目がっ! 目が見えねぇ! おい、オルノア、今すぐこの術を解け!」


「お断りします。エイメン様、申し訳ありませんが、ブラボー様をお願い出来ますか?」


「仕方ないな。おい、バカ。女の裸ごときで興奮してるんじゃねぇ」


 エイメンがやれやれと後ろからブラボーの両腕を拘束して、動きを封じにかかった。


「まったく、その歳で女を知らぬわっぱでもあるまいに」


「あ……」


 一言多かった。


「ぬおーーーーーーっ!」


 ブラボーが馬鹿力でエイメンを無理矢理振り解く。

 そして目が見えないまま、エイメンの顔面めがけて裏拳を放った。


「うおっと、危ねぇな! いきなり何しやがる!」


 とんでもない力で拘束を解かれたことには驚いたものの、攻撃まで貰ってしまうエイメンではない。

 裏拳を見切って躱すと、暴れ出したブラボーから距離を取った。


「くっそ。外したか」


「外したか、じゃねーよ。いきなり攻撃してくるとは何考えてやがるんだ、お前は?」


「ふざけんな! てめぇがオレを侮辱したのが悪いんじゃねーか!」


「侮辱?」


 はてなんのことだとエイメンはしばし頭を捻り、やがて見当がついたのかニヤリと顔を歪ませた。


「なんだお前、その歳でまだどうて」


「ぶち殺す!」


 瞬間、エイメンにはブラボーの姿が消えたように見えた。

 ただ、危険が迫っていると訴えてくる本能に従って、顔面を咄嗟にガードする。

 その両腕をまるでミノタウロスのぶちかましを喰らったかのような強烈な衝撃が襲ったのは、まさにガードした直後のことだった。


「今の感触、顔面じゃねぇな。ガードしやがったか」


 ブラボーが振りぬいた拳をゆっくりと戻し、ポキポキと首を鳴らしながら呟く。


「……」


 対してエイメンは無言のままガードしていた腕を下ろし、腰の剣へと手をやった。

 目の前の男が、バカではあるが腕が立つのは知っていた、つもりだ。

 が、ここまでとは思ってもいなかった。

 あの瞬間、その巨体を目視出来ないほど素早く動き、ガードしたものの、数メートルも吹き飛ばされるほどパワーを込めた拳を、しかも視界を奪われた状態で放ってくるとは……。


 ――面白い。


 身体の芯からゾクゾクと震えが来るのを感じながら、エイメンは嗤った。


「ちょっとちょっと、あんたたち、一体なにやってんのっ!?」


 そんなふたりにアンジーは慌てて止めに入った。

 まったくイミアはいきなり脱ぎ始めるし、野郎どもは喧嘩し始めるしで、さっきから慌てっぱなしだ。


 この人たち、実はみんな酔っ払ってるんじゃないの!?


 酒場で働く娘らしく、そんなことを考えてしまう。


「どけ、アンジー。そいつは俺を侮辱し、あろうことかイミアさんの前で俺の秘密を明かそうとしやがった。一発殴らんと気がすまねぇ」


 ブラボーが右腕を回しながら、いまだ目が見えない為、あらぬ方向を向きながら言った。


「秘密ってブラボーさんが童貞ってこと? そんなの、ブラボーさんのこれまでの言動からイミアさんだって薄々気付いていると思うよ!」


「なっ!?」


 マジかっ!? とブラボーは見えない目を見開きながら驚く。


「え? えーと。すみません、童貞ってどういう意味でしょうか? 不勉強なものでして、聞いたことがない言葉なのですが……」


 もっともイミアには意味が分からなかったらしい。

 ほっと一息つく、のも束の間。


「あ、それはですねぇ」


 あろうことかアンジーがそっと耳元で囁くと、イミアは興味深そうにうんうんと頷き、やがて大きな声で


「なるほど。ブラボーさんは女性の身体を知らないのですねっ!」


 と躊躇うことなく言ってきたので、ブラボーは猛烈に死にたくなった。

 よりにもよって想いを寄せる人に、男として不甲斐ない事実を知られてしまうとは。

 死のう。

 どこか誰も知らないところで、ひっそりと。

 

「それは良かったです」


 しかもイミアがそんなブラボーの気持ちを後押しするようなことを言ってくる。

 ますますもって死にたくなってきた。


「だって私――」


 精神崩壊を起こしつつあるブラボーに、イミアが近付く。

 そしてその手を取った。


「ブラボー様にはワンスワン王から助けてもらったりしたのに、何もして差し上げられないことを悔やんでおりましたもの。ああ、でも、こんな私でもブラボー様のお役に立つことができるのですねっ!」


「えっ、ちょっと、あの、イミアさん一体何を!?」


 驚き役のアンジーだけじゃない。オルノアも、エイメンも驚き、ただブラボーだけが目も見えないから何が起きているのかよく分からない中。


 あろうことか、イミアはブラボーの右手を剥き出しの自分の胸へと押し当てた!


 むにゅ。


 ブラボーの右手に、これまでの人生で感じたことのない、極上の柔らかさと弾力が伝わってくる。


「ブラボー様、これが女の人のおっぱいですよ」

 

 と言われても何が起きているのか、いきなりすぎてブラボーには理解出来ない。

 が、とりあえず揉んでみる。


 むにゅむにゅ。


 ブラボーはなんだかとても幸せな気分になった。


「これから私が女性の身体の事を色々と教えてさしあげますからね、ブラボー様」


「色々とって……え、まさかセックス!?」


「セックス? なんですか、それは? そんな身体の部位はないですよ? それよりも次は髪を触ってみてください。ね、男の人のと違って滑らかな手触りでしょう? それはですね……」


 かくして始まるイミア先生の女体教室。いまだオルノアの術中で目が見えないブラボーの手を自分の身体のあちらこちらへと導き、親切丁寧に教えていく。

 女性の身体を知らないって意味を完全に履き違えているイミア。

 が、これはこれでブラボーはとても幸せであった。


「え? 股間? ここは男の人も女の人も同じだと思いますけど、違うのですか?」


 もっとも一番知りたい女体の神秘は、先生の不勉強さゆえに教えてもらえないブラボーであった。


 



 ☆次回予告☆


 いつも読んでいただいて、ありがとうございます。イミアです。

 私、脱いだら凄いんですよ。

 今回もそのおかげでブラボーさんをまたひとつ大人へと成長させることが出来ました。

 あれ、でもなんで私、いきなり服を脱ぎ出したのだったかしら?


 次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第七話「ブラボー、振り返りたがる」


 んー、記憶を振り返っても思い出せないです。どうしましょう?

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