第5話 ブラボー、脱出する
「昼の話だが、アレ、本当なんだろうな?」
「本当だ」
「本当に、本当なんだな?」
「……しつこいぞ、バカ野郎」
「てめぇ、またオレのことをバカって言いやがったな!」
「ちょっと! ふたりとも静かにしてよ。何のためにこんな夜更けに街を出ようとしていると思ってんの!」
夜の帳が降りたワンスワンの下町。小さな家屋が建ち並ぶその地面の下、汚水の匂いが酷い下水道にブラボーとエイメンの言い争う声、次いでそんな彼らを叱責するアンジーの声が響いた。
☆☆☆
ワンスワン国王と面会するも不調に終わり、いやそれどころかちょっとした騒ぎを起こした一行は、なんとか無事に『爆発する宝箱亭』へと戻ってきた。
が。
「ブラボーさんたち、一体何をやったのさっ!?」
今夜の営業の為、買い物に出ていたアンジーは戻るやいなや、二階の宿で休んでいるブラボー達の部屋にノックすることもなく扉を開き、叫ぶ。
「あんたたち、お尋ね者になってるわよっ!」
なんでも街中の至る所で、王国の兵士たちがブラボーたちの行方を尋ね歩き回っていると言う。見つけた者には賞金まで出すそうで、街は今その話題でもちきりだ。
「いや、別に。ちょっと王様の頭をどついただけなんだが?」
「わ、私もちょっと近衛兵の皆さんを呪法で吹き飛ばしただけですよ?」
「なにやってんだーっ、あんたらー!」
全く気兼ねすることなく飄々と言ってのけるブラボーと、その真似をしようとするも良心が咎めるのかどもってしまうオルノアに、アンジーは呆れて更なる大声をあげてしまった。
「まぁまぁ、アンジーさん、どうかおふたりをそんなに責めないであげてください。全ては私を思っての行動なのです」
見かねてイミアが助け舟を出すものの、
「ちなみにイミアさんもそちらの皇子さんを誘拐したことになってますよ」
「あらまぁ」
正確にはむしろ逆、エイメンがあのままでは恥ずかしい過去の話をべらべらと話されてしまうとイミアを無理矢理連れ出したのだが、どうしてこうなった?
「ふん。父君はどうしてもイミア殿を拘束したいみたいだな」
「どういう意味です?」
「どの国もレイパーの街に軍事介入したいのさ。しかし、場所が場所だけに正当な理由なく軍を派遣すれば、他の国を刺激しかねん。だから強引に捕まえてでもエマーソン商会の一人娘であるイミア殿ともう一度会い、正式な要請を受けるつもりなんだろう」
「ですけどさすがにあんなことをしてしまった今ではもう助けてくれないと思うのですけど……」
「そうでもない。今からでもイミア殿が頭を下げれば父君は喜んで兵を送り出すだろう。ま、もっとも」
エイメンはブラボーとオルノアのふたりを見て冷徹な笑みを浮かべる。
「そっちのふたりの首を差し出すのが前提となるがな」
さすがにあれだけのことをやったのだ。ただで済むはずがない。
オルノアは勿論、このことを覚悟している。
が、ブラボーは寝耳に水とばかりに驚き、改めて自分のしでかしたことの大きさを知った。王様の頭をちょっとどついただけで首を刎ねられるとは……だったらもっと思い切りぶん殴っておくべきだったか(いや違うそうじゃない
「ブラボー様たちを売るなんて出来るはずがありません」
そんなエイメンの言葉に、イミアが口調を強めて拒絶する。
本来ならばブラボーたちを差し出して街を救えるのならそれもアリのはずだ。なんだかんだあっても、ブラボーたちとイミアは所詮知り合って一日足らずの仲である。
でも、イミアは考える素振りすら見せず、きっぱりとエイメンの話にノーを突きつけた。
「それに何よりあのイヤらしい表情を浮かべたエイメン様のお父様に、もう一度頭を下げるなんてまっぴら御免なのです」
「だったらどうするつもりだ?」
ブラボーたちを売らず、自分も頭を下げるつもりはない。
さすがにこれで兵を出してもらうわけにはいかないだろう。
「頼るべき国はワンスワン以外にもありますもの。時間はかかりますが、そちらに援軍を要請しましょう」
「無理だな」
今度はエイメンがきっぱりと否定した。
「どうしてです? エマーソンは他の国々とも関係は友好ですのに」
「この場合、各国と友好かどうかは関係ない。問題はイミアがその国々を訪問できないということだ」
「?」
エイメンの言葉にイミアが顔を傾げて不思議そうな顔をする。
オルノアも、アンジーも同じだった。
ただひとり、ブラボーだけは目を閉じてうんうんと頷いているが、残念ながらエイメンの話が分かっているわけではない。先ほどのブラボーたちを売らないというイミアの発言にいたく感動し、「さすがはイミアさんだ!」と感慨に耽っているだけである。
「さっきも話したがレイパーに兵を送るには、エマーソンの人間であるイミアの正式な要請が必要になる。が、それが叶わぬとなれば、父君が次にやるのはただひとつ。イミアが他国へ移動するのを阻止することだ」
イミアが他の国に援軍を要請すれば、ワンスワンは遅れを取ってしまう。だからこそイミアをワンスワン第二皇子エイメンの誘拐犯として指名手配し、なんとしてでも身柄を拘束するつもりなのだ。
再度謁見し、非礼をわびて正式に援軍要請するならばそれでよし。断わるのならば、その時は一生陽の当たらないところで幽閉するつもりであろう。
「まぁ! そんなことって」
「自国の利にならなければ、他国の利にならぬよう妨害する。それが国というものだよ」
信じられないと頭を振るイミアに、エイメンは冷酷な現実を突きつける。
さらにイミアを他国へと渡らせないよう、各国境の関所では厳重な警戒態勢を取られるだろう、もはやこの国から出ることは不可能だとエイメンは続けた。
「そもそもここは定宿なのだろう? ならばここに隠れているのがバレるのも時間の問題だろうな」
昨夜イミアたちが『爆発する宝箱亭』に宿を取ったのは、その場にいた者ならば誰もが知っている。
それを聞きつけた兵士が、また戻ってきてはいないかと確認しに来る可能性は高い。
「で、どうするつもりだ、これから?」
理詰めで現状の厳しさを滔々と語ったエイメンはイミアたちを見渡す。
と、ブラボーに視点を定めてニヤリと笑った。
「なんだったら俺がこいつの首を取って、父君に話を……」
「そんなの、決まってるじゃねーか!」
しかし、そんなエイメンの言葉を遮って突如、ブラボーが勢いよく立ち上がった。
「国の軍隊なんて関係ねぇ! イミアさんの街は、このオレ、ブラボー様が救ってみせる!」
「なっ!?」
その言葉にエイメンは絶句した。
相手はエマーソンの精鋭傭兵部隊でも押し返せず、他国の軍隊に要請を求めたモンスター軍団である。
それを相手にひとりでなんとかすると言い張るブラボー。
こいつホンモノの馬鹿なのかとエイメンが目を見開いた。
「……まぁ、それしかないでしょうね」
エイメンからすればブラボーの発言は大うつけの戯言にすぎない。
が、オルノアは頭をかくと、仕方ないと呆れたような笑みをうかべた。
「ああ、ブラボー様、なんて頼もしいお言葉!」
さらにオルノアまで目を輝かせて、いきり立つブラボーを見上げる。
「ふん、相手がどれだけいようが、災厄人の『混沌の凶戦士』だろうが、全部オレ様がぶっ飛ばしてみせますよっ! がっはっはっは」
自分の言葉を支持され、有頂天になって鼻息を荒くするブラボー。
一方エイメンは「ああ、馬鹿なのはこの男だけじゃない。こいつら全員どうにかしてるんだ」と頭を抱えたくなった。
が。
「……ん!? おい、ちょっと待て。『混沌の凶戦士』ってのはどういうことだ?」
聞き捨てならない言葉に、エイメンが声を張り上げて問う。
「戦闘から戻ってきた傭兵たちが言うには、モンスターたちを指揮しているのが『混沌の凶戦士』と呼ばれる災厄人らしいですの」
「なんだって!?」
それまでエイメンにとってイミアたちがどうなろうが、レイパーの街を包囲するモンスター軍団だろうが、どっちもどうでもよかった。
正直、こうしてイミアたちに付き合ってやる必要もない。
ただ、城で見かけた面白そうな男、ブラボーという大男と戦うのは面白そうだから付き合っていただけだ。
とは言え、城での様子ではイミアがブラボーたちを信頼しているのが見て取れた。いきなり殺(や)りあって打ち倒しては、今後のワンスワンとエマーソンの関係に問題が生じる。
だから理詰めでイミアを説得し、この状況を変えるにはブラボーたちの首が必要、そしてその首を取るために自分と戦うのが宿命だと話を進めていた。
だが、ここで話が大きく変わった。
レイパーの街を取り囲むモンスターたちがいくら大群であろうと、大国ワンスワンの正規兵の敵ではない。
加えて仮にエイメンも参戦したとしても、戦線からは程遠い安全な場所から指揮を執るだけ。血沸き肉踊るような戦いなど楽しめるはずもなく、興味なんて持てるはずもなかった。
しかし、相手が『混沌の凶戦士』となると違ってくる。
災厄人の尋常ならざる武力は話に聞いている。
その末裔と言われる『混沌の凶戦士』が、つい三年ほど前、他国の王城を一夜にして壊滅したことも当然エイメンの耳にも入っていた。
戦ってみたい、そいつと。
ワンスワンの皇子でありながら、根っからの戦闘狂であるエイメンの血が疼く。
さっきまでブラボーとの死闘を所望していたが、『混沌の凶戦士』の名前が出るやいなや、興味は完全にそちらに向いた。
エイメンの頭が作戦変更とばかりにフル回転する。
もし父であるワンスワン国王が軍隊を派遣することになったとしても、自分も同行できるとは限らない。
いや、それどころか相手が『混沌の凶戦士』だと知ったら、あの臆病な父は怖気付くだろう。
もしかしたら援軍そのものを断わるかもしれない。
そうなればせっかく最高に面白そうな相手と戦える機会を失ってしまう。
だったら、ここはむしろさっきブラボーという男が言ったように、ワンスワンの助けを借りず、このままレイパーの街へと向かうのが最適なのではないだろうか。
ただそうなれば大勢のモンスター軍団、さらには『混沌の凶戦士』という地上最強の男を相手に生きて帰れる可能性は限りなく低い……。
「ふっ」
だが、エイメンは微笑を浮かべた。
力の限りを出しきって強き者と戦って死ぬ。
本望ではないか。
相手が『混沌の凶戦士』といえども負けるつもりはさらさらないが、こいつを打ち破った後、力尽きて倒れるのは決して悪くはない。
心は決まった。
と、なれば後はどうやってこの首都ワンスワンから抜け出すかなのだが……。
「あー、えっと、ちょっといい?」
それまで黙って話を聞いていたアンジーが勢いよく手を上げた。
「レイパーの街を助けに行くんだったら、あたしも連れてってよ。あたし、あそこの出身なんだ」
「あー? お前なぁ、遊びに行くんじゃねぇんだぞ?」
ブラボーがあからさまに顔を顰めてみせる。
「分かってるって、それぐらい。でも、あそこにはお父さんやお母さん、妹や子供の頃から一緒に育った友達がいるの。みんなのピンチにあたしも何か役に立ちたい!」
「役に立つって、お前に一体何が出来るって言うんだよ? トレイじゃモンスターたちは倒せないぜ」
「あたし、門番たちに見つからず、街の外へ出る方法を知ってるよ!」
「なんだと? それは本当か!?」
アンジーの言葉に、ブラボーを差し置いてエイメンが反応した。
「うん。本当。それにあたしんちなら夜までみんなを匿う事が出来ると思うんだけど、どう?」
街の脱出ルートから隠れ家まで提示されて、断わる理由などどこにもない。
ならば一刻も早く宿を発つべきだとエイメンが立ち上がろうとする。
「ちょっと待て。その前にもうひとつ大事な話が残ってるぞ!」
そのエイメンやみんなを押し留める者がいた。
「なんでしょうか、ブラボー様。大事な話って?」
「イミアさん、それにそこの俺のことを散々バカだバカだと言いやがるバカ野郎」
ブラボーが真剣な眼差しでイミアとエイメンを見つめて言った。
「ふたりが婚約してるって本当(マジ)なのか!?」
★★★
「アレは子供の頃に交わしたお遊びみたいなものだと何度言ったら分かるんだ、このバカ!」
「遊びだと!? おまえ、イミアさんとは最初からそのつもりで!」
「アホか! そういう意味の遊びじゃねぇ! お前は本当のバカなのかよ!」
「あー、もう! 感付かれるから黙れって言ってんのに、このバカ男たちは!」
下水道の中をブラボーたちが騒がしく歩く。
地面の下とは言え、誰にも気取られずワンスワンの城下町を脱出できたのは僥倖と言うしかないだろう。
もっともその先に待ち構えているのは絶望的な戦いなのであるが……。
☆次回予告☆
エイメンだ。
王都ワンスワンからなんとか逃げ出した俺たち(本編ではあっさりとした表記だったが、実際は臭いし、暗いし、ぬめぬめするしで大変だった。詳しくはいつか作者が書くであろう『これが本当のワンスワン脱出劇です』を読んでくれ)。
だがバカに、天然お嬢様、呪法使いの美少女、おまけになんか偶然同行してきたウェイトレスで一体どうやってレイパーの街を救えって言うんだ?
お気楽すぎる! いくらゆるゆるファンタジーでもあまりにもお気楽すぎるぞ!
次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第六話「ブラボー、おっぱいを揉む」
だーかーら、街の存亡がかかってるのに、お気楽すぎるって言ってんじゃねぇか、このバカ野郎!
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