第4話 ブラボー、面会する


「おー、これはまた大きくなられましたなぁ、イミア殿」


 翌日。

 ブラボーたちを供にして無事登城を果たしたイミアを見て、ワンスワン国王は玉座に座りながらとても嬉しそうに笑った。


「おひさしぶりでございます、ワンスワン国王陛下」


 イミアは昨夜ブラボーたちにしたように深々と頭を下げる。


 ただ昨夜とは違い、今日のイミアは令嬢らしい艶やかなドレスへと装いを変えていた。

 城内へと差し込む陽の光を受けてますます輝く金髪の穂先がお尻で優雅に踊り、下品になりすぎないよう申し訳程度に開いたドレスの胸元で煌びやかな宝石をちりばめたネックレスが、さらにイミアの美しさを際立てていた。


(さすがはオルノアだぜ、グッジョブだ!)


(と言うよりも、ブラボー様たちが能天気&脳筋すぎるんですよ)


 イミアの後ろに控えながら、小声で話してくるブラボーにオルノアが溜息をつきながら答えた。



               ★★★


 数時間前のことである。

 あれから軽く眠り(イミアは部屋のベッドで。ブラボーとオルノアは部屋の扉の外で用心棒気取りで寝た)、夜が明けるとともにイミアが向かおうとしたのはワンスワン城だった。


「ダメですよ、イミア様。そんな格好のまま行ってもまた追い返されるだけですってば」


「そんなことはありませんよ? 昨日は夜も更け、話す暇もありませんでしたが、今度は丁寧にこちらの話をすればきっと門番の方も分かってくれると思います」


 イミアがにっこりと微笑む。


「間違いねぇ! それにもし物分りの悪い門番でも、その時はオレが『うん』と言わせてやりまさぁ」


 ブラボーが謎のポージングをした。

 それだけでイミアが懸命に話をする中、ブラボーが門番たちをぶん回して城門を蹴り開けるビジョンがオルノアの脳裏に展開される。

 助けを求めに行くのに、道場破りをしてどーする?


「はぁ……ブラボー様、イミア様、まずはお城よりも先にエマーソン商会のワンスワン支部へ行きますよ」


 オルノアがふたりの先頭に立って歩き始める。


「ワンスワン支部? どうしてですか?」


「支部長クラスならイミアさんのお顔をご存知のはず。お嬢様のお願いとあれば王様との面会に協力してくれるはずです」


「なるほどー」


 イミアが手を打って喜んだ。


「いい機会ですから、色々と協力してもらいましょう」


 オルノアがその整った顔を歪ませ、くっくっくと含み笑いをする。

 結果、エマーソン商会ワンスワン支部長は朝一番からイミアの登場に驚かされるだけでなく、王への紹介状を書かされるのはもちろんのこと、イミアの衣装やアクセサリー、さらにはブラボーたちの用心棒代などもふっかけられることになったのだった。


              ★★★



「さて、このような秘密裏にイミア嬢がワンスワンに来られたと言うことは、例の噂は本当なのですかな?」


 ワンスワン国王が笑顔を張り付けたまま、早速会見の核心へと触れる。


「はい。情けない話なのですが、今、レイパーはモンスターの大群に包囲され、落ちようとしております」


 イミアは伏し目がちに、しかしはっきりとした口調で答えた。


「俄かには信じられませんな。レイパーにはエマーソン商会ご自慢の傭兵団が駐在していたと思いますが」


「討伐しようとしたのですが、その戦闘で多くの傭兵が傷付き、また健康な者も逃走してしまいました」


「それはそれは。所詮は金で雇われた連中、ということでしょうなぁ」


 王の表情がどろりと卑しく変わるのをオルノアは見逃さなかった。


「やはり己の国を守るのは、忠誠を誓った騎士団以外には務まりませぬなぁ」


 どれ、と王は玉座から立ち上がると、イミアに歩を進める。


「で、ご自慢の傭兵団が壊滅した今、ようやく真に頼るべきものに頼らざるをえなくなった、と」


 右手で口ひげを撫でた。


「ええ、我が国は喜んでお力をお貸ししますぞ。ただし」


 イミアの前に立つ。


「先ほども申し上げたように、自分の国を守るのは騎士団の仕事。つまりは自分の国しか守れぬものでしてな……この意味、お分かりか?」


「……ええ」


 イミアが小さく答えて頭を下げる……のを王は許さなかった。

 イミアの顎を右指で持ち上げると、目と目を通い合わせる。


「ならば、その口から言っていただきませんとな。レイパーはこれよりワンスワンの庇護に入ごぼしっ!?」


 王の身長が突然縮んだ。


 何者かが王に魔法をかけた、などということはない。なんせここは城内、しかも警備がもっとも厳しい玉座の間だ。許しもなく呪文を唱えようものなら、術が完成される前に近衛兵に取り押さえられてしまう。


 だから、事態はもっと単純で、もっと深刻だった。


「おい、おっさん。てめぇの汚い髭を弄った手で、イミアさんに触れるんじゃねぇ!」


 ブラボーが王のどたまに一発ゲンコツを振り下ろし、膝をつかせたのだ。


「貴様っ!」


 当然、王の間は俄かに喧騒に包まれる。

 が、それも一瞬だ。


「ば、バカな……」


 ブラボーを前に、剣を抜けた優秀な者は一人だけだった。ほとんどの者が柄に手を掛けようとした途端、突然舞い起きた突風に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。


 オルノアの魔法だ。


 と言ってもオルノアのそれは普通の魔法と違い、呪文の詠唱を必要としない。指の組み合わせで術式を組み、即座に発動させる特別なものだ。故に今回もほとんどの騎士の反応速度を超えてみせた。


 また唯一剣を抜き、王への狼藉者へと襲い掛かった者は、初手を躱されたと同時に背後をブラボーに取られた。そして剣を持つ腕を逆手に取られ、そのまま地面に捻じ伏せられる。ガキッと鈍い音が体の深い部分から響き渡った。

 さらにブラボーがもともと控えていた場所にもひとりの近衛兵が気絶して倒れている。ブラボーの凶行に気付き、止めようとしたところ、裏拳を顎先に喰らったのだ。いくら堅強な鎧に身を包んでいても脳震盪を防ぐことはできなかった。


 あっという間に修羅場と化した王の間に、最後まで立っていられたのはブラボーとオルノア、そしてイミアだけ。


「ブラボー様!」


 この状況にイミアが驚いて、ブラボーの名を呼ぶ。


「な、なんでしょう?」


 イミアに名を呼ばれ、ブラボーは顔を引き攣らせた。

 ヤベ、やりすぎたかなと悪戯を反省する子供のような目でイミアを見つめる。


「カッコイイです!」


 怒られるどころか、イミアから絶賛された。


「でしょー?」


 褒められて伸びる男・ブラボー、ここぞとばかりに増長面である。


「私も顎を持たれて『うわぁ、ヤダなぁ』って思っていたところだったんですよ。助かりました!」


「ですよねー。オレもそうじゃないかなと思って、咄嗟に殴りつけてやりましたよ、あっはっは」


 あっはっは、じゃない。

 城へ何をしにやってきたのかを完全に忘れてしまったふたりを他所に、オルノアはすでに逃げる為の手印を作り上げていた。こうなっては援助もへったくれもない、新手がやってくる前に逃げるに限る。


「……」


 だが、オルノアは「ブラボー様、逃げましょう」の声を発することも、術式を発動させることも出来なかった。


「……変わった魔法を使うな」


 いつの間に来たのか。

 いや、最初から居たのか。

 オルノアの背に刃の切っ先を突きつける男がいた。


「せっかく来たんだ、もうちょっと楽しんでいけよ」


「いや、もう充分に堪能させていただきましたのでお暇させていただきたいのですが……」


「そうつれないことを言うな。久しぶりに面白そうなヤツに出会えたんだ、ゆっくりしていくといい」


 オルノアの背後から切っ先の気配が消えた。

 それでもオルノアは動かなかった。少しでも動けば斬られる。予感ではない。確信だ。


「いい判断だ。さて俺も楽しませてもらおうか」


 オルノアの横を銀髪の、痩身長躯の男が追い越していく。

 必要最低限の鎧しか着ていないが故に、男の極限にまで鍛え上げられた肉体が見て取れる。

 ブラボーが無骨な大剣ならば、この男は丹念に鍛え上げられた長剣だとオルノアは思った。


「おい、そこのバカ。なかなかやるじゃないか」


 銀髪の男が、イミアに褒められて舞い上がっているブラボーに声をかけた。


「いやぁ、それほどでもー」


「褒めてねぇよ」


「褒められてませんよ、ブラボー様」


 銀髪の男とイミアのふたりにツッコミを入れられた。


「そうですかね? なかなかやるってのは褒め言葉かなぁと思うんスけど」


「その前に『バカ』って呼んでおられましたわ、あの方」


「あ、なるほど!」


 ブラボーがポンと手を叩くと、銀髪をジロリと睨む。


「おい、てめぇ、一体どんな育てられ方をした? 初対面の相手をバカ呼ばわりするなんてよ」


「はん、一国の王様をおっさんって呼ぶバカに言われたくはないね」


「はっ!? 言われてみれば」


 すまんな、おっさん、いや王様とブラボーはいまだ腰を抜かして床を這いつくばっているワンスワン王に頭を下げる。

 と、再び銀髪の男へと噛み付いた。


「って、またバカって言いやがったな? さすがに二度目は頭にきたぜ?」


「だったらどうするよ?」


「まともな教育を受けてねぇみたいだからよ、オレ様がお仕置きしてやる!」


 ブラボーが拳を振り上げる。

 が、それよりも早く。


「遅いぜ、バカ野郎」


 銀髪の男が腰の長剣を抜き、ブラボーに突き刺した。

 切っ先はまるで光のように早く、予めそこに当たるのが決まっていたかのようにブラボーの右脇、胸当てのわずかな隙間に滑り込む。


「おらぁ!」


 にもかかわらず、ブラボーは何事もなかったかのように右拳を相手の顔面めがけて振り抜いた。


 これには銀髪の男も想定外だったのだろう。本来なら突き刺した切っ先を返して傷を抉るか、あるいはさらに力を入れて深く突き刺し、骨ごと切断を狙うべきところを慌てて剣を抜き、距離を取ろうとバックステップを試みる。


 銀髪にしぶきとなって飛び散るのは、果たして斬りつけられたブラボーの傷痕によるものか、それとも拳を躱しきれず、かすった鼻から噴き出した鼻血によるものか。

 しかし、お互いに受けた傷などどうでもいいようだった。


「ぐっ! お前、本当のバカかっ!?」


「なっ!? てめぇ、またバカって言いやがったな。これで三度目だぞ!」


 お互いの怒気がさらに強まる。

 さらなる衝突は避けられない。

 筈だった。


「あの、ブラボー様?」


 緊張感高まる空間を、イミアのおっとりとした声がぶち壊す。


「ブラボー様、三度目じゃなく四度目です、よ?」


「うそん?」


「だって、この方、先ほど剣を抜く時に『遅いぜ、バカ野郎』って仰っておられましたもの……それよりも」


 つつーとイミアがブラボーの前に進み出てきた。そしてブラボーが「危ないですよ、イミアさん」と止める間もなく、銀髪の男に向かって笑顔で会釈した。


「お久しぶりです、エイメン様。私を覚えておられますか?」


 イミアににこっと微笑みかけられては、さすがの銀髪も矛を収めないわけにもいかない。文字通り、構えていた剣を鞘に収めると、


「……ご無沙汰しております、イミア殿」


 と頭を下げた。


「あら、覚えていてくださいましたの?」


 さも意外とばかりにイミアが驚く。


「……も、もちろんですとも」


 銀髪が気まずそうに顔を背けた。


「そうですか。覚えていてくださいましたか。良かったです。私、てっきりもう忘れられてしまったのだとばかり思っておりました。だって『大きくなったら結婚する』って約束しておきながら、お手紙のひとつもくださらないんですもの。私、待ちくたびれてしまいました」


「「なっ!?」」


 銀髪とブラボーの声がハモった。


「イ、イ、イミアさん!? 今、なんて?」


「ブラボー様、こちらはワンスワン王国第二王子のエイメン・ワンスワン様。一応、私の婚約者ですの」


「婚約者っ!?」


 ブラボーが卒倒した。


「お待ち下さい、イミア殿。それは子供の時の他愛もない約束、婚約者などと大袈裟なものでは……」


 ただし銀髪……エイメンという若者の動揺ぶりもブラボーに引けを取らない。


「あら、エイメン様。あの時は『永遠の愛を誓う』って言っておられたじゃないですか」


「いや、そ、それは……」


「それに『イミアがボクのお嫁さんになってくれなかったら自殺する』って泣いて頼まれあわわ?」


 エイメンがこれ以上過去の過ちを暴露されてはたまらないとばかりに右手でイミアの口を塞ぐと、左手で腕を握り、王の間を後にする。


「じゃあ私たちもこのへんで」


 この緩んだ空気をオルノアは逃がさない。

 こちらもうわ言のように「婚約者」って言葉を繰り返すブラボーの腕を取ると、すたこらさっさと城を後にするのだった。





 ☆次回予告☆


 こんにちは。あっという間にブラボーさんに組み倒されたモブ近衛兵です。

 王様をぶん殴り、近衛兵たちを吹き飛ばし、おまけに第二皇子の恥ずかしい過去まで暴露されてワンスワン王城は大混乱です。

 王様も怒りかんかん。絶対に奴等をこの街から逃がすなと命令がくだりました。

 包囲網が敷かれる王都から、果たしてブラボーさんたちは逃げ出すことができるのでしょうか!?


 次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第五話「ブラボー、脱出する」


 ……ホント、逃げ出すことはできるのでしょうか!?(白目

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る