第3話 ブラボー、立つ


「私、イミア・エマーソンと申します。ふつつかものですが、よろしくお願い申し上げます」


 爆発する宝箱亭の二階客室にて、ベッドに腰掛けながらイミアは深々と頭を下げた。


「イミアさん! いやぁ、いい名前だなぁ。あ、俺はブラボー・O・ブラボー、男の中の男、義理と人情の冒険者ブラボーとは俺のことです。どうぞよろしく」


 ブラボーがだらしない笑顔で会釈しつつ、ついでにいまだ事の成り行きを信じられず、ぽかんと立ち尽くすオルノアの頭をがしっと握って「あ、こいつは俺の従者のオルノアってヤツです」と無理矢理頭を下げさせた。


「エマーソン? エマーソン、エマーソン……って、えっ!?」


 そのオルノアがイミアのファーストネームを何度か繰り返すと、ふと思い出したとばかりに顔をあげた。


「もしかしてあなたはエマーソン商会のお嬢様でしょうか?」


「お嬢様ってそんな……」


 イミアは謙遜しながら、コクンと頭を縦に振った。


「エマーソン商会?」


「大陸の物量を一手に取り仕切っている商業ギルドの長ですよ、ブラボー様」


 話がよく分からず頭に疑問符を浮かべるブラボーに、オルノアが耳打ちする。

 途端にブラボーがぺかーと満面に笑顔の花を咲かせた。


「スゲェ、マジでお嬢様じゃないッスか!?」


 スゲェ、パネェと騒ぐブラボー。


 さすがにこんなに持ち上げられてはたまったものじゃない。イミアは両手を顔の前でふるふると震わせながら「そんな、やめてください、ブラボー様」と赤面する。 

 が、そんな仕草がまた可愛く思えて、ブラボーはさらに囃したてようとする。イミアが本当に困惑していることにも気がつかない。女の子の気を引きたくて、つい苛めてしまう小さな男の子か、お前は?


「だけどあなた様が本当にエマーソンのお嬢様だとして、それにしてもレイパーの街は今、大変なことになっているって聞きましたけど……」


 オルノアが(ブラボー曰く)せっかくの良い雰囲気をぶち壊す。


 レイパーの街とはワンスワン王国やガンゼス帝国、ジョビボーン共和国などとの国境に位置し、過去に何度となく支配国が変わる歴史を持つ街だ。

 が、近年はエマーソン商会が本店を構え、物流の心臓部として街を建て直してからは、独立国家のようになっている。

 どの国も完全に支配下に収めたいと願いつつも、下手をすれば他国を刺激し、さらには物流を支配しているエマーソンを敵に回しかねない。それがレイパーという街であった。


「……あ」


 オルノアの一言に、照れながらも柔らかかったイミアの表情が強張る。


「なんでもモンスターの大群に街を包囲されているとか?」


「そうなんです……」


 しゅんとしたイミアが「実は……」と話し始めた。




 それはほんの一ヶ月ほど前のことだ。

 レイパーの街の郊外にモンスターの一団が現れた。


 知恵のついたモンスターが他のモンスターたちを率いて、人間の強盗団まがいのことをするのは別に珍しいことでもない。小さな町が襲われることもしばしばある。

 が、レイパーは世界の経済の中心と言ってもいいほどの大都市だ。街は立派な城壁に囲まれ、エマーソン商会が雇う傭兵団もいる。当初は商品の搬出入時にのみ注意を要するだけで、誰もさほど脅威には感じていなかった。


「ところが日を増すことにモンスターの数が増えていったのです」


 白い布に浮かぶ小さな染みに過ぎなかったモンスターの一団が、まるでカビのようにどんどん大きくなっていく。その数、およそ三千ほど。まだ被害が出ていないとは言え、これほどの数のモンスターに襲われる可能性があるとあっては、他の街との商品のやりとりに支障が出てきた。


 ここにきてついに傭兵団が討って出る。


「ところがモンスター退治に失敗した、と?」


「……はい」


「俄かには信じられない話です。天下のエマーソン商会が雇う傭兵なんですから、それなりの腕利きが揃っていますよねぇ?」


「なんでもモンスターを統率する者が『混沌の凶戦士』という強者だそうです」


「混沌の凶戦士!?」


 イミアの口から出てきた通り名に、オルノアが驚きのあまり大声をあげて、驚いてブラボーを見やる。

 対してブラボーは「へっ?」と呆けていた。


「おふたりもご存知なのですか?」


「……ええ、さすがに。でも、それって本当なのですか? 『混沌の凶戦士』って、この世を七日間で火の海へと変えたとまで言われる『災厄人さいやくじん』の末裔ですよ?」


「私は実際見てはおりませんが、逃げ戻った傭兵たちが言っていたそうです」


 体中に刺青を入れた体は、一見すると普通の人間のようだが、そこに眠る力は計り知れない。さらに混沌の凶戦士は「世界のすべてを手に入れ、無に還す」という意味を持つ魔剣を振るうという。

 事実、ほんの三年前、かの災厄人はたった一夜でひとつの国を滅ぼし、世界中の人々を震え上がらせたのはいまだ記憶に新しい。


 そのような強敵を前に命からがら戦場から逃げおおせた傭兵たちも、多くはその後レイパーから逃走したそうだ。

 それほどまでに『災厄人』は人々にとって恐怖の対象である。


「災厄人、さいやくじん、サイヤクジン……なんか言いにくいな、ここは短く『サイヤ人』と呼ぶのはどうだろう?」


 黙れ、ブラボー。


 とにかく災厄人の登場と討伐失敗で浮き足立ったレイパーの人たちを嘲笑うように、モンスターたちはさらに数を増大させていった。

 思えばこの時に他国への協力を要請すれば良かったのかもしれない。しかし、レイパーは各国の思惑が今なお渦巻く要地だ。下手に助けを求めた結果、モンスターを撃退しても再襲撃の可能性を口実に、他国の騎士団が駐屯される可能性は大いにある。

 それどころか今回の騒動も某国の陰謀ではないかという議論まで出ては、なかなか他国に頼るのは難しかった。


「そしてついにレイパーの街をぐるりと包囲できるほどモンスターたちが集まったところで、彼らは私を要求してきたのです」


 モンスターが人間であるイミアを要求してどうするつもりなのか? その意図は誰にも分からない。分からないが、到底飲めるわけのない要求に、街の人たちはいきり立った。


「かと言って、篭城するしかない私たちには正直、勝ち目はありません。だから街の人たちは私を秘密裏に脱出させてくれたのです」


 それは街の皆が愛するイミアを、モンスターの魔の手から守る為であった。

 自分たちは街と共に死するが、姫だけはどうか逃げ延びて欲しいという純粋な願いだった。

 そう、決して。


「ええ、どこかに助けを求めに行ってくれと一縷の望みを私に託されたのです!」


 そんな望みはこれっぽっちも託してナイ。




「というわけでワンスワン王に助けを求めるべくやってきたのですが、あいにく夜も遅く、門番の方に明日来いと追い払われてしまいました」


 さらにしょぼーんとした様子でイミアは告白した。


 おそらく門番は、アポイントもなく、王への文書も持たないイミアを、あのエマーソン商会のお嬢様だとは信じられなかったのだろう。

 無理もない。仕草や口調の節々に育ちの良さは感じるものの、身分を隠すためとはいえごく普通のフードを身に纏い、なによりお供の者を一人も連れていないのだ。

 オルノアだって、イミアの所作とエマーソンという名前から「もしかしたら?」と切り出しただけで、当初はあまり信じていなかった。

 ただ、エマーソンの姫は天然のお人よしだと聞いたことがある。噂と目の前にいる女性を照らし合わせた時、イミアのことを信じることが出来た。


 だけど、それはマズい。とんでもなくマズい。

 目の前の女性がエマーソン商会の一人娘で。

 しかも、そのエマーソン商会が本店を構えるレイパーの街がモンスターたちに包囲されていて。

 おまけに、なんとかしてほしいと助けを求めてきている。

 この状況にオルノアは激しくイヤな予感がする。


 具体的には隣で、なんかプルプルと震えているブラボーがまたとんでもないことを言い出しそうな気がしてならない……。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ブラボーが突如吠えた。

 そして


「イミアさん!」


 ベッドに腰掛けて、スカートの前でしょんぼり組み合わせるイミアの両手をブラボーは握り締めた。


「オレ! オレ、ちょー感動しました! このブラボー、イミアさんの故郷の為に一肌脱ぎましょう! いや、脱がせてください! 一肌とは言わず、上も、下も、いっそのこと全裸で!」


 興奮のあまり何を言っているんだかわかんない。


「まぁ、ブラボー様! 憐れな私たちに手を差し伸べてくださるのですか?」


 だけどイミアには分かるらしい。天然同士、どこか通じ合うものがあるのかもしれない。


「差し伸べますとも! 伸ばしますとも! 伸びたアレをああしたり、こうしたりしますとも、ええ!」


「なんて頼もしいお方!」


 お互いにひしっと抱きあうふたり、を他所にオルノアは頭を抱えた。

 とんでもなく面倒なことに巻き込まれてしまった、と。





 ☆次回予告☆


 どうも、オルノアです。

 勃った!

 ついにブボラー様がお勃ちになりました!!

 そう、若い人のEDの多くは精神の問題。どうかひとりで抱え込まないでください。


 次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第四話「ブラボー、面会する」


 まずは恥ずかしがらずお医者さんに相談してみてくださいね(他人事

 

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