第2話 ブラボー、出会う

 

 冒険者たちが自らの武勇伝を大声で披露し、ウェイトレスのアンジーが抱きついてくる酔っ払いを一撃で屠り去り、そしてブラボーが己の悲恋に咽び泣く……そんないつもと変わらない『爆発する宝箱亭』。


 しかし、この日は思わぬ珍客が訪れた。


「あの、部屋は空いておりますでしょうか?」


 フードを深く被った小柄な人物が尋ねる声は、場末の安酒場には相応しくない上品な女性のもの。


「はぁ、空いておられますけれども」


 答えてアンジーは思わず顔を赤面させる。慣れない言葉使いで、ついヘンテコな返事になっちゃった。


「それは助かりましたっ。どうか一部屋お願いいたします」


 もっとも女性はアンジーの言葉遣いを笑うこともなく、安心したとばかりに声を弾ませた。


 爆発する宝箱亭の二階は宿屋となっている。ただ、掃除はしっかり毎日しているので清潔感は保たれているものの、隙間風が吹き込んだりと色々ガタが来ているのは否めない。

 おまけに階下の酒場からは客たちの騒ぐ声やら、ブラボーの泣き声やらが夜遅くまで聞こえてくる。

 ぶっちゃけ野宿も当たり前の冒険者ならばともかく、目の前の女性にはあまりお勧め出来ない。喜んでいるところ申し訳ないけれど、街の中心部にある、もっとまともな宿屋のほうがいいよーとアンジーは忠告すべきか悩んでいると


「あら」


 女性は店の片隅で飲んでいる大男を見やり、不意に近付いていった。

 お子様カクテルでべろんべろんに酔い、シクシクと泣いているかと思えば、時折「おろろーん」と大声を張り上げる大男、言うまでもなくブラボーである。

 オルノアはトイレにでも行ったのだろう。近くにいなかった。


 そのブラボーに女性は歩み寄りつつ、フードを脱いだ。艶のある、まるでそれそのものが光り輝いているような金色の長い髪が背中に広がるのを見て、アンジーは思わず「ふわぁ」と声をあげる。羨むばかりの奇麗な金髪だった。


「もし、ご気分は大丈夫ですか?」


「んあ? ご気分だとぉ?」


 声をかけられたブラボーは、しかしまったく女性の方を見ることなく、ぶっきらぼうに答える。


「いいわけあるかぁ。もう最低だぁ」


「まぁ大変。吐きそうですか?」


「……痛いんだ」


「痛い? どこか痛むのですか?」


「ああ、心が。心が痛い。痛くて、痛くて、もう死にそうなんだぁぁぁぁぁ」


 普段のブラボーなら女性に声をかけられると舞い上がって、いいところを見せようとするところだ。が、あいにくと今日は相当に酔っ払っているらしい。ブラボーはやはり女性を一瞥することもなく、テーブルに突っ伏して再びおんおんと泣き出してしまった。


「あらあら。なんとお気の毒なことでしょう」


 それでも女性は何ら気にすることなく、すっとブラボーの頭に右手をかざした。

 すると。


「えっ?」


 成り行きを見守っていたアンジーが驚いたのも無理はない。

 女性が掲げた右手を中心に、小さな、しかし複雑な文様を描いた魔法陣が空中に展開されたかと思うと、彼女の金髪以上に眩い光が女性とブラボーを包み込んだのだ。


 この光景にはさすがに他の客も気付き、呆然と見守る。

 騒がしかった店内がにわかに静まり、ブラボーの泣き声だけが鳴り響く。しかし、その泣き声すらも次第に弱まっていった。


「お?」


 そして不意にブラボーは顔をあげた。

 先ほどまでの泥酔がウソのように引き、虚ろだった目にも力が宿っている。その目をぱちくりしながら、ブラボーは傍らに立つ女性を見上げた。


「どうでしょうか? 少しは楽になられたのならよろしいのですが」


 女性が微笑んだ。


 とても。

 とても美しい女性だった。

 世界中を旅して回り、多くの女性に片っ端から声をかけてきたブラボーだが、この女性ほど美しい人と出会ったことは無いと思った。

 いや、そもそも本当にこの人は同じ人間なのだろうか?

 鮮やかな金髪に、どこまでも澄み切った淡い碧色の瞳。高く整った鼻梁はまるで彫刻のような完璧さで、たおやかな微笑を浮かべる口元は今まさに開花しようとする蕾を彷彿とさせる。

 光はすでに収まっていたが、ブラボーには未だ彼女が輝いているように見えた。


「女神様だ……」


 ブラボーは思わず呟いた。


 そうだ、この人はオレの女神様だ。

 ずっと探していた、運命の人に違いないっ。

 ついに。

 ついに巡り会えたっ!


「おおっ、女神様っ、好きだ! 結婚してくれーーーーー!」


 感極まり、女性に抱きつくブラボー。


 その光景を偶然トイレから出てきたオルノアが目撃した。

 いや、オルノアだけじゃない。アンジーも、他の客たちも全員見ていた。

 そして皆、同じことを思った。


(またフられたな)

 と。


 事実、女性もブラボーの突然の告白に、戸惑いを隠しきれない。

 そりゃそうだ。偶然立ち寄った酒場で酔っ払いを治癒魔法で助けてあげたら、いきなり結婚を申し込まれたのだから。なんでもお金がかかる今の世の中、タダで治癒魔法を唱える聖人みたいな彼女でも、さすがにこれは他の女の子同様、平手一発で返り討ちしかないと誰もが思った。


 が、ブラボーに強く抱きしめられながら発した言葉は、皆の想像の斜め上をいく。


「これは困りました。またまた求められてしまうなんて、わたくしは一体どうしたらいいのでしょう?」





 ☆次回予告☆


 どーも、アンジーでーす。

 出会い、それは別れの始まり。

 運命的な出会いを果たすも、これまで何度も別れて来たブラボーさん。

 果たして今度の出会いはどれだけ持つのか?

 ただ今「十話以内に別れる」に人気集中! 

 って、ちょっと誰か「めでたくゴールイン!」に賭ける人はいないの? これじゃ賭けが成立しないじゃん!


 次回『ブラボー! オー、ブラボー!!』第三話「ブラボー、立つ」


 人生なんて博打上等! 男なら大穴に張ってみよっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る