九 責務

「……どうしてそんなことに……?」



 共存の少女が気づかわし気に問う。



「まあ、私もなりかけなのだろうな」



 彼女は扇で文字たちを指す。



「……そう、ですか……」



 少女二人がしょんぼりする。



「じゃあ、俺を助けてくださったときはどうなさったんですか……?」


「あの空間は特別な場所だ。≪幽世かくりよ≫であって≪幽世かくりよ≫ではないと言うか……。それに、お前だけではないよ、神代の子も、共存の子も、同じ場所に迷い込んだ。≪現世うつしよ≫の時間や、なんの場所にも縛られない妙な空間だ。……いや、空間と空間の狭間はざまと言うべきか……あまり適切な表現を私が持ち合わせていないな」



 水色の彼女が難しい顔をして考え込んだので、離別の少年は「何か特別仕様なんですね」と言って、それ以上追求しない意思表示をした。



「でも、どうして真名しんめいをお呼びするとああいうことになってしまうのでしょうか……」



 神代かみよの少女が眉間にしわを刻んで、心配そうに水色の彼女を見つめる。



「そもそも文字になってしまっている方々は……誰が真名しんめいを呼んだんでしょう」



 共存の少女が心を傷めたようにして問うと、水色の彼女は苦笑した。



「……いや、あれは、≪激甚災害パラダイム・シフト≫後に人間がどういうモノか解析し尽くした結果だよ。ここで真名しんめいを呼んではいけない理由は、解析結果をナニモノか決定的にするものが『名づけ』だからだろうな」


「そういえば」



 一旦手を止め、努めてなんでもないことを装って、彼は探りを入れる。



「現在、と言っていいか分かりませんが、あの灰色の≪幽世かくりよ≫はどうなってるんですか?」


「神々が存在し、本来通り責務に勤しんでいる」



 水色の彼女の応答に、彼は内心失望を覚える。


 責務とやらがなんであれ、自分の居た時代でも≪幽世かくりよ≫が存在するわけだから、やはり──。



「責務ってなんだろう……」



 共存の少女がきょとんとして呟く。



「ああ……そういえばこの図を放置していたが」



 と、水色の彼女は、話が『脱線』するきっかけになったあの図を、再度三人に見やすい位置へと動かした。



「この国の神々というのは、かなり多い。この国のひとびとは外国から取り入れられたりした宗教自体の信者になったり、さらにはこの国の神話に招いたりすることがあるくらいだ。プラス、神話というわけではない『研究成果』や、『偉人』等々も『神格』を得てあそこにいる。そのため、ある程度神々を分類すると」



 図は色の違う数個の円で構成されていて、文字でそれぞれの円が何を差しているのか示されていた。


 大きな≪思想的カミガミ≫の中にそれより小さい≪学術的カミガミ≫、その≪学術的カミガミ≫の中にかなり小さい≪真理≫が配置されている。



「こういった様子を見せる。薄青の大きいものが≪思想的カミガミ≫、薄黄色の中くらいのものが≪学術的カミガミ≫、一番小さい薄ピンクのものが、≪真理≫だ」



 三人はふむふむといったように聞いている。


 神代かみよの少女も色や形は分かるといっていたから、ちゃんとどれがどういった円かを飲み込めているだろう。


 水色の彼女が少し扇を振ると、≪思想的カミガミ≫と≪学術的カミガミ≫の境界を中心とした位置と、どの円とも接しない位置、の2点に、半透明の黒い丸が出現した。



「そして、こういう範囲に、≪害なるモノ≫が存在する」


「≪害なるモノ≫……」



 離別の少年は我知らず呟くように反芻はんすうしていた。



「≪害なるモノ≫は、カミガミ以外にも存在するので、このように円の外にも存在する。ただしそちらはかなり多いのでこの図の円よりも実際はかなり多い認識で頼む。そして、この≪害なるモノ≫を抑える、あるいは消滅させるのがカミガミの責務だ」



 水色の彼女は思い返しているのか、目が遠くを見ているようだった。



「……そしてこれはかなり苦しいことなのだが……『ヒト』がその存在を信じていない風潮が強ければ強いほど、その時代にはその神は手出しできない。存在、していないわけだから。灰色で表示していた≪幽世かくりよ≫に分には、過去での信仰があるから可能なのだが……」


(……!!!!!!!!)



 離別の少年は瞠目した。


 水色の彼女の言を信用するなら、彼のあんな様子な時代には、神は、関わろうと思っても関われなかったということになる。


 だとするなら、彼女の死にカミガミは関与しようとしてもできていないだろう。


 しかし、だとしても自然が彼女を殺したことに、変わりはないのだけれど……。



「そのこともあって、あちらの時間軸では≪幽世かくりよ≫を観測できないと推定している。過去も神もすべて絵空事、存在しないモノ、なのだから。同時に、自分たちへの信仰が存在しないがゆえに、≪幽世かくりよ≫からあの時代が観測できないのだろう、な」



 今も表示されたままの、左側が少しずつ消えていく時間軸を、水色の彼女は悲しそうに見つめた。



「でもそういえば、どうしてああいうふうに、≪過去≫も≪幽世かくりよ≫も消えてしまうほどの影響を受けるのですか? 未来からは観測できないだけで、存在しなかったわけじゃ、ない、ような気がするんですが……それに、そもそも≪過去≫や≪幽世かくりよ≫が存在しないなら、未来も存在できない気が……あ、嫌な予感してきました……」



 共存の少女が眉をひそめている。



「……そうだな。。そのパラドックスを解消するために、ついにはこの時代も消える。この国は最初から存在していないことになるだろう」


「「「……」」」



 三人とも眉をひそめて考え込んだ。


 それ、ならば。



(……あ)


「でも、それなら、時間軸からあっちだけ消滅してそれ以前と≪幽世かくりよ≫が残る可能性もあるんじゃないですか?」



 離別の少年は水色の彼女に問いかけた。


 ……いわば、≪激甚災害パラダイム・シフト≫でこの国が亡びる、という未来。



「それは、が存在するがゆえに否定される。幽世かくりよ≫が滅亡を迎え始めたからこそ、こうして隔離するしかなかった。……だから、ここが、本当に完全に終わってしまえば……」



 一同一様に暗い顔をした。


 猫の少年だけは、そういう様子のみんなを見て、という理由で悲しそうな顔をした。

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