八 反復
しばらく経って離別の少年は目を覚まし、猫の少年につつかれているのを再び見て苦笑した。
「おいー……まーたやってんのか」
呆れたような色を声だけに含みつつ、彼は
「ああ。これ楽しい」
言いつつも猫の少年は彼をつつくのをやめて、にかーっと屈託なく笑いかけた。
今までの発言で彼に酷薄そうなイメージを持ってしまっていたため、他の三人はそのじゃれ合いを意外そうに見遣っていた。
当の少年の方も、このほほえましい行動に毒気を抜かれていた。そして、しばらく話に集中して小難しく考え込んでいたことが、案外と疲れるモノだったのに気づく。
「その様子を見ると怪我とかはないようで安心した……すまない、先に言っておくべきだった。私のことを漢字で認識しながら呼ぶと、何故かこういうことが起こるらしい」
「何故か、なんですね。理由は分からないってことですか」
「ああ。よく分からない」
離別の少年は小さくため息をつきながらしかたないな、という風に苦笑した。
怪我の功名というか、水をかぶったおかげで海の匂いや塩のベタベタから解放されて、多少気分がよくなったようだ。同時に猫の少年のおかげもあって、態度がだいぶ砕けたモノに変わっている。
「……そういえば遠距離歩かされたうえに結構話し込んでて疲れてない? みんなも座ったら?」
二人の少女に向かって少年は言った。
水色の彼女が『歩かされた』という言い方にほんの一瞬、小さな苦笑を浮かべる。
「あ」
「そういえばそうかも」
「おふたりも」
離別の少年が水色の彼女と猫の少年を見て言う。
「おう」
猫の少年が水色の彼女を向いて、離別の少年の右側にちょこんと座った。
「私はいい。気遣いをありがとう」
水色の彼女は離別の少年に笑顔を向けてそう言った。こんな優しい笑顔を向けられるのは初めてな気がした。
「むむむ……なんだか座るの悪い気が」
「いや、そちらの学校というものなどでは、教える者は立っていて、聞く者が座っていることは多々あるのだろう?」
共存の少女が迷うそぶりを見せたので、水色の彼女は笑顔のまま彼女を見てそう言った。
「そうなのですか?」
「ああ、後世ではそういうことが多いようだ」
「そうなのですね」
「……じゃあ、遠慮なく座らせていただいちゃいます」
共存の少女は、離別の少年から程よく離れて左側に、水色の彼女を向いて座った。
神様の前ということで気を使ったのか、共存の少女は始め正座しようとしていた。それは水色の彼女に苦笑して止められる。それでは余計に疲れてしまうだろう、と。
「そうだな……少し長い。休憩でもするか?」
「俺はもうちょっとお話を聞きたいですね。でないと何まで話していただいたか忘れそうです」
「そうですね」
「うんうん」
離別の少年がそう言うと、二人の少女もうなずいた。
「そうか」
水色の彼女は微笑んだ。
「では……離別の少年、何を聞きかけたか覚えているか?」
「はい。……みずいろ様の仰ったことを色々考慮すれば、≪
離別の少年が聞くと水色の彼女は「聡いものだ」と苦笑した。
「それだと現状にパラドックスが生じてしまうだろう? まあ、遠くないうちにこういう世界になる推測というのが、パラドックスを解消しようとする力が働くだろうと考えたためだ」
「ということは……」
離別の少年が考え込む。
「そう。この≪
うーんとかむむむ、とか、少女二人も考え込んだ。
「……もし私たちにこの状況を変えることを手伝ってと仰るなら、とても難しいように思えるのですが、できるのでしょうか……?」
「うん、≪
二人の少女が困惑している。
「まあそれは、離別の少年が聞いた『あちら側の時間軸はどうなっているか』を答えた後にしようか」
と水色の彼女が言い、三人はうなずいた。
「あちらでは、すべての生活が平坦な繰り返しになっている。簡略して言うと、朝起きる、支度をする、食べ物をもらう、文字を書き写す、食べ物をもらう、文字を書き写す、食べ物をもらう、支度をする、夜寝る、という生活だ」
水色の彼女が無表情に、そしてほとんど抑揚無く言ったので、その状況を好ましいとは思っていないだろうことがうかがえた。
「えっ……なにか……怖い、ですね」
「つ、つまんなそう……」
少女たちが口々に呟き、少年少女三人は一様に顔をしかめている。
「……彼らはしかし、ある程度『幸せ』に観測される。何故なら、人間が仕事をする必要がないほど機械等が発達しており、食べるのにも着るのにも住むのにも困らず、貧富や能力の差も存在しない。そして、どのような災害が来ても耐えきることのできる住居に住んでいる。つまり、豊かで安全な衣食住全てを、全人類が平等かつ確実に得られる世界だ」
少年少女三人は難しい顔で考え込む。
「うーん……」
「……そこだけしか聞いてないなら、幸せっぽいですけど……」
共存の少女は自分がどう考えながら生活していたかを思いながらある疑問が生まれ、答えを出すのを迷っていた。
「趣味とか娯楽みたいなのって、あるんですか……? なんか、平坦な繰り返しって仰ったから……なんか不安なんですけど」
「ないな。そういうものが無くても人間は毎日が満ち足りている。加えて、そうした文化があれば思想の違いや、価値による貧富の差や、能力の差が現れて秩序が壊れるから、むしろ人間が生み出すことは規制されているようだ。ただ、人工知能が作り出したような芸術を、これは美しいもの、これは面白いもの、等々全人類が『一様に思わされている』ものはあるらしい」
共存の少女はそれを聞いて顔をひきつらせた。
他方、離別の少年は、個人的には、≪
特に、住居の堅牢さには憧れてすらいる。
……自然が、『彼女』を殺した。
原始時代の信仰では、悪天候や自然災害を、神々の意向だと考えていたのだ。だからもし自然の神が本当にいたとしたら、きっとそいつが災害を起こしたのだろう。いったい何故そういうことが起きなければいけなかったというのか?
彼のいた時代を、離別の時代だと水色の彼女は言っている。それが神との離別ということであれば、もしかしたら神はすでにいなくなっていた可能性も否定できない。
……だと、しても。
釈然としない思いを抱えて、離別の少年は少女たちとは別種の理由で迷う。
水色の彼女に協力するなら、カミサマも復活していくのだろう。だが少年は神を復活させてあげたいとは思えない。
少年は独り難しい顔をして考え込み、言葉を発することはなかった。
悩む三名を優しく見つめ、水色の彼女が声をかける。
「≪
「あの石段もっかい通るの嫌だから、今は行かないことにします」
共存の少女がますます顔をひきつらせて即答する。
「左に同じです」
「右に同じです……」
他の二人も同意する。
「そうか」
水色の彼女は苦笑した。
「では飲食物でも用意しようかね……
水色の彼女がそれぞれに向かって扇を振ると、その前に飲み物とお菓子が出現する。もちろん猫の少年の前にも。
「わあ」
共存の少女が小さく歓声を上げた。
「不思議な器ですね。でも、食べ物も飲み物もおいしそうです」
共存の少女にとって馴染みなくらいのものが全員に一様に配られているので、彼女にとっては珍しくて仕方がないようだ。
(このカミサマはそういえば……何のカミサマなんだろう……?)
「いただきます」
こういうものをぽんと出せることに内心首をかしげながら、離別の少年はまず飲み物に手を伸ばした。
「……そういえば、こういう時くらいはお座りになりませんか?」
離別の少年が水色の彼女に言う。
「ははは。……実は私はここに立ったままになっていてな。あまり動けないんだ」
(((?!)))
曇りも何もなく満面の笑みで彼女が言ったことは、他の者にとって笑える事態には思えなかった。
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