六 現世
「もしかしたらそうではないことがあるのでしょうか?」
そう聞いた
「あるのだよ。脱線してあげた方がよさそうだ」
言いながら水色の彼女は、またしても何の原理か、扇で空中横方向に、淡く光るほんのり青みを帯びた線を引いた。
それは真っ直ぐで右も左も終わりが見えない。
「これは時間軸と言ってこちらからこちらに進むものとする」
つまり、少年少女たちにとっては左から右に進む、ということだ。
どうやらこうして空中に図を作って説明していくつもりらしい。
「出で立ちから大雑把に色を抽出して、白を
ほんの少しだけ青っぽいような色をした直線上の、少し左の方を水色の彼女が扇で示すと、そこに白い光がともる。
確かに
「同じく赤を抽出して共存の子はここにいた」
白から1m程右側に、赤い光がともる。
直線が無限に続いていそうなところ、案外そう位置は遠くなかった。
そして彼女にいたってはただ襟のリボンが赤いだけだった。他はほとんど紺色だ。
「同じく深緑を抽出して、離別の子はここにいた」
それには三者とも驚いた。
深緑は赤の5m程右にともった。そんなに離れていたんだ。
そして彼の色にいたってはいったいどこにあるのか分からないほどだった。
よく見ると、Tシャツの左胸のあたりに何か小さく深緑のラインが入っている。そして他はすべて紺色だ。
二人の色が被ったために、『大雑把に』かつ選択肢皆無で選ぶしかなかったのだろう。
「そして三人は、同じ直線上にいたとは限らない」
彼女が言いながら少し扇を下げるような仕草をすると、すっと直線が平行に二本増えた。
三点の光がすべて違う直線上にあるようになる。
「さらに、時間軸は一直線だと限らない。しかし、進行方向に対して鈍角までしか曲がれない」
扇の動きが少し波を描くと、時間軸は立体的にグネグネと縮れた。
ただし、水色の彼女が言うように、進行方向に対して鈍角に曲がっているものはなく、逆行だけは起こらないようになっているようだ。
「もちろん、横軸の目盛は不動なので、時間軸によっては一定期間に起こる事象が増減する。ただし事象の密度は均一でない」
この定義については見た目何も起こらなかった。
「ということは、私たち三人の≪距離≫はどれくらいなのかしら、と思っても、それには答えがなさそうですね」
そう言った
横軸の目盛は一直線で変わらないというのに、横に伸びる時間軸がグネグネしていれば、それぞれの時間軸でひと目盛分の長さがバラバラになる。
それはそれぞれの時間軸で時間の流れるスピードが増減するということではなく、点から点まで移動するのにかかる工程が手際よく進むか進まないか、という言い方をすると、少しだけ分かり易いかもしれない。
だから
「誤差程度かもですけど、確かに」
共存の少女もうきうきと聞いている。
(ということは、あの先にある妙な収束点が≪
離別の彼は何やらぐるぐると一人で考え込んでいた。
収束点は彼の居た時代を示しているという深緑の光よりも、かなり右にある。
(ってことは、俺がいた時代まだカミサマは、居た)
あれだけ信仰がなくなっていても、きっと。
「そして、時間軸は他にもある可能性が存在する」
彼女がそう言って扇を振り上げると、時間軸が本当に周りにびっしりと出現した。
「「「えっ」」」
女子二名が少し怯えた声を、男子一名が驚愕の声を上げる。
「どの時間軸も、『その時他のことが起こった可能性』を持ち、しかも他に何本までかという制限は存在しない」
もはや表情なんてうかがえないが、きっと誇らしげな顔をして彼女は次の言葉を口にした。
「これが、≪
女子二名はわー、なんて歓声を上げているのだが、男子一名は険悪な顔で考え込んでしまった。
(ここまでの規模のモノが収束したら一体どうなる……まずいのか、それとも、収束は限定されるのか)
今の時点で見えるのは限定的収束。
「そして、この国の人々は、時代によって自らのある付近を『近現代』等と定義し、後世それが≪過去≫となった場合に≪過去≫を観測しながら時代名を付与していく」
「あ……てことは」
「私も『現代っ子』ですね」
「これでは見えづらいため、≪
先ほどの三本だけに戻った。
「そして
時間軸三本すべてがクリーム色の
「これだと右の方で絶対文字が出現しますね」
共存の少女がわくわくした様子で言う。
「そして、共存の子にとっての『
クリーム色の
「そして、『
「えっ」
クリーム色の
「共存の子にとっては
「あらら~」
と言いつつ、
「そして、離別の子にとっての
女子二人はぽかーんと口を開けた。クリーム色の
「そして、この部分には」
と、今度は
「世界的『武力戦争の終焉』の時期が当てはまる」
「でも、俺個人はそう思いません」
彼は何の感慨も込めず適当そうな雰囲気ながら、きっぱり異を唱える。
「ほう」
「8世紀の記紀
「銘文を契機としない理由を聞いてもいいか?」
クリーム色の靄と茶色い長方形を、共存の少女の時代にとってのものである位置に移動させながら彼にそう聞いた彼女は、なんだか楽しそうだった。
「個人的
「ほほう」
「内容も、王様が私は偉いですよって個人の誇示をしているものから、自分の国はこうですよ、って国を誇示するものに変わっていったってとこです。で、個人と国家にこだわる話はだるいからパスします」
「不親切だな」
彼女は大笑いしたが、彼はただ当然のように答えた。
「多分みんな退屈ですよ?」
「いえ、アナタの説だと
「ごめん、あたしはちょっと退屈かも……よく分かんなくて。でも、
共存の子が少ししょんぼりとしながらも、嬉しい点もあることに混乱している様子だったので、水色の彼女は微笑ましくそれを見つめた。
「まあ、こういう視点の差もさておき、さっき見せたように≪
水色の彼女は機嫌よさげに言った。
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