第9話 初めてのちう

 現在の状況を説明しよう。

 東雲甲オスハタチドウテイカノジョナシはピンチに陥っていた。とはいっても彼はそれに気づいてはいない。何故なら彼は意識を遥か夢の世界へと羽ばたかせている最中だったからである。



「ギッ、ギルギルッ、ギュイ!」

「ギャギャッ!ギギッ、クギルギュィ」

「キュルキュル、キュキュッ、キュ!」



 そんな彼の元に、小鬼の三匹組が現れた。先刻イルミアに消し炭にされたのと同型、オス2匹に、それらと比べ幾分かフォルムが丸くなり、出るところが出ているメス1匹。

 オスは共にメスに入れ込んでおり、メスに新鮮な獲物を貢ぐためこうして森を巡回していたのだった。


 そんな彼らが、樹洞に頭から突っ込み、間抜けな姿を晒す東雲甲を獲物と認定するのにそう時間はかからなかった。


《おいっニンゲンが落ちてるぞ!》※イメージ翻訳です

 早速オスAが甲を発見、オスBに先んじて声を張り上げる。

《馬鹿野郎、ニンゲンなんて食えたもんじゃネエゼ!手を出すだけ無駄ダッテノ!》

 Aの手柄を妬んだBは、その価値を貶めようとAに負けじと声を張り上げる。実際、小鬼達が人間を食べるというのは中々珍しい行為である。小鬼に比べ技術に優れ、連携能力も高いニンゲンの捕食は、常道であった時代もあったようだが、復讐に燃えるニンゲンの相手は割に合わないとほとんど廃れていた。


 Bの言葉に気圧されたAは、確かにそうかも、と思ってしまった。メスのCにご馳走をプレゼントするのが今日の目的なのだ。よく見ればこのニンゲンは成体のようだが肉付きも悪いし顔色も悪い。どうみても駄肉か。


 《チッ、たしかに、Cにこんな不味そうなニンゲンを喰わせるわけにはいかねえな!》

 Aは考え直しをCに伝える。しかしどうしたことでしょう、Cは甲を見て

《あら!私ニンゲンって食べたことないの。それに、とってもお腹がすいたわ。お願い、捕まえて?》

 などと言い始めたではないか、これにはABどちらも驚き

《なんだ!そういうことならニンゲンスレイヤーと呼ばれだオレに任せな!飛びっきりのニンゲンをご馳走してやるぜ。》

とB。

《随分と調子こいてんじゃネエゾ!そいつは俺の獲物だ。ぶっ殺されテエノカ!》

 それを受けてA。

《どうでもいいから早く食べたいわ。》

 どこまでもマイペースなC。

《………》

 AとBは顔を見合わせ、一時協力を決める。 2匹で甲に近づくと、両足を引っ張り甲を樹洞から引きずり出した。


「うへへぇ、イルミアぁ……」

 ヨダレを顔面で逆流させ、ニヤけヅラの男が顔を出す。

《とんでもねえ間抜けヅラだぜ!》

《アア!ぜってえロクな肉じゃねえ、駄肉ダ!駄肉ダ!》

《あら、結構可愛らしい顔をしているのね》



《!?》

 Cの発言に2匹が驚愕するのも無理はないだろう。小鬼会でも有名な美鬼と有名なCは、オスへの好みがうるさいことでも有名であった。

 2匹も共にイケ鬼としてメスには困ったことがないが、そんな自分達に靡かぬCをどうにか振り向かせようとこうして苦戦していたのだ。


《ニ、ニンゲンが好みナノカ!?》

《そりゃおかしいゼ!スライムにミノタウロスが発情するようなもんダ!》

 2匹としても黙っているわけにはいかない。どうにかCを正気に戻そうと説得する。

《あなた達うるさいわね!ワタシ、文句言うオスは嫌いなの!》


 哀れオス小鬼2匹組、そしておめでとう甲。

彼が男性女性同族異種族問わず、誰かから純粋な好意を抱かれたのは、これが初めてのことであった。


《起きないかしら。》

 好奇心が原動力Cは甲が起きないことをいい事に、身体中を突っついて回る。


「う、う?ん。くすぐったいよイルミア…へへ…」

 夢の中で甲はイルミアとイチャついているようだ。そろそろ夢物語も佳境に入り、イルミアとのキスシーンに突入していた。

「イルミア?、好きだぁ?!」

《!》

 甲を突っついていたCは、突然甲に腕を掴まれ押し倒される。そのまま甲はCへと覆い被さり、1人と1匹の唇が今………!




●●●




「ギギィ!ジジ!ジュリジュリ!!」

「ギャー!ギギッ、ジュー、ジジジッ」

(なんだようるせぇなぁ。)

 俺は微睡みの中にいた。少し深く落ちると、そこにはイルミアがいて、優しく俺に微笑みかけてくれる。そして、俺とイルミアが…。イルミアが………!



『ジジジジジジジッ!!!ギャリギャリ!ジャジッ!!!』



「だああああ!うるせえよ!誰だ邪魔しやがってぇ!!」

 ゆるさねぇ、ぶっ殺してやる!

 



 飛び起き熱り立つ俺の前には、両手では数え切れない数の小鬼達が、手に手に武器を持ち、俺を取り囲んでいた。


「なんで!!?」

 原因不明!絶体絶命!カモン情状酌量の余地!話し合いにて解決を!


『キルキルキルキルキルキルキルキル』

『キルキルキルキルキルキルキルキル』

『キルキルキルキルキルキルキルキル』


(ダメだ!小鬼言葉は全くわからんが俺を殺すつもりってことだけは伝わってくる!!)

なぜだかわからないが、こいつらはとんでもなく怒り狂っているらしい。

「キュイー!キュルキュル、キキッ!」

(おまけになんだよこの小鬼は!足にまとわりつきやがって。うわっ胸がある。メスか?気持ち悪りぃ!!)

 Cを無理やり押し倒した甲の暴挙は、オス小鬼達のプライドをいたく傷つけていた。彼らは殺すだけでは飽き足らぬと仲間の小鬼達も呼び、甲を嬲り殺そうと集結していた。

 甲の足に縋り付いているのは無論Cである。『ハジメテ』を奪われたことで肝が座り、甲と心中する覚悟でオス小鬼達を押しとどめていた。


 なんという献身、甲に与えられた非モテ人生はこの時のためにあったに違いない。しかし当の本人は小鬼の群れを如何に脱出し、殲滅するかということしか考えていないというのだからなんとも報われぬ悲劇である。


(イルミアさえいてくれたら…!)

 先ほどは生きていてくれたという事実だけで感無量といった感じであったが、このままでは再会はこの森林の肥やしとなった後の雑草としての対面くらいしか望めない。まずはイルミアに祈る甲である。


 しかし現実の非情さはそんな祈りを聞き届けることは当然無く、方位は更に狭まりいよいよ万事休すといった様相を呈する。

 

(こうなったら…やるしかない!)

 しかし、異世界へ到着しまだ半日、その間に甲を襲った様々な修羅場は、この状況を打破する閃きを甲にもたらしていた!


(こいつだ…!)

 甲は、周囲で一番おとなしそうな小鬼(C)の首根っこを掴むと、全力で振り回し始めた!


「オラオラオラオラオラアッ!仲間が大事なら道を開けなァ!!」

『ギギィ!?』

『ギャギャ!!?』


「キィィィィィィィイ!!!!」


 もしこれが、オス小鬼を用いての作戦であったのなら、甲は即座に袋叩きにされていたことだろう。しかし小鬼族はメスの出生率が極めて低く、比率次第では女王社会を形成することも珍しくはないという生態を持っていた。

 そのため、手に手に武器を構えた状態でメスを振り回して突っ込まれては、攻撃することができなかったのである。



 もちろん甲にそういった知識は存在しない。ただ自身が最初に出会った小鬼、そして今自分を包囲する小鬼が全てオスであったのに対し、最も近く、大人しそうであった小鬼がメスだったという事実だけを怪しみ、行動を起こしたのだ。


「オラオラオラオラァ、オラアッ!!」

 甲の突撃はついに包囲を突破する。手をこまねいていたオス小鬼達もついに事態の深刻さを飲み込み行動に移す。


「ギィッ!」

 1匹の小鬼が、手にした石斧を逃げる甲の背に向かって振りかぶった!


「うおおおおおお!!」

 その時甲はまたしても奇策に打って出る。脇に担いでいたCを背中に背負い直したのだ。


「ギギッ!?」

 これではCに怪我を負わせてしまうかもしれない。またしても、小鬼達の攻勢が弱まる。その間に甲は更に小鬼達との距離を広げた。

 小鬼達からしてみれば、とんでもない事態である。一族の宝であるCを穢されただけではなくこのままでは連れ去られてしまう!

 小鬼達もなりふり構わなくなり、手に手に持った武器を投げ始めた。しかし甲が広げた距離はその投擲距離を上回り掠りもすることはない。


「うわはははははっ!俺、天才かもぉ!」

 自策の成功を確信し、半ば有頂天となる甲。

 そのような時が一番足を掬われるのだと、甲は学ぶこととなる。小鬼は投げるものがなくなりその場にあった石を投げていた。その内の一つが抜群の飛距離を記録し、甲の右脛に命中したのだ。

「うおッ!」

 不思議と痛みは感じない。しかしバランスを崩し倒れ込みそうになる甲。その隙に小鬼達は肉薄せんと猛追を開始する。

(ヤバイ!)

 捕まれば即、死、あるのみと確信できる小鬼の殺気。崩れたバランス。背中とメス小鬼。甲に最後の閃きが到来する。

「キイッ!?」

 甲はまず、崩れゆくバランスをCの足首を持ち体を回転させることで転倒を防いだ。しかし小鬼の脅威はすぐそこまできている、接敵まで残り10m…!

「まだ…まだあっ……!!」

 甲の回転は止まらなかった。二転、三転、徐々にスピードを上げ、リリースポイントを探る。

(まだ…まだ…まだ…まだ………今!!!)

 甲の双眸がギラリと輝く。絶妙のタイミングを見計らい、Cの足首を…放つ!!


「キィィィィィィィイ!!」

 遠心力に乗り、Cは放物線を描きながら迫り来るオス小鬼達に突っ込んだ。オス小鬼達はギィギィ鳴きながらCを受け止めようと右往左往。結果互いに縺れ合い後続を巻き込む大クラッシュを引き起こすこととなった。


「うっそすげえ!俺、すげえ!!」

 面白いように総倒れとなった子鬼にテンションが上がる甲。

「余裕なんだよ!2度とそのツラ見せんじゃねえ、ペッ!」

 捨て台詞と共に唾を吐き捨てるその姿はまさしく三下。誰かに見られることがなかったのは幸いであろう。

 勝利を確信した甲は、意気揚々とその場を去るのであった。

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