まつりとかすみさん、そして、凡人の真実~童貞を守る理由~

※ ※ ※

 

 そして、今日最後となるまつりとのデート開始の時間となった。


「へへっ、いよいよあたしのデートタイム到来!」


 メイド服姿のまつりはやる気マンマンといった感じだ。


 昨夜の攻防と濃いデート二連続で疲労はあるが、まつりのためにもしっかりとデートをしよう。


「よし、それじゃ温泉いこっ!」

「温泉って、初日に行ったあの露天風呂か……?」

「そうっ! あたしと裸のつきあいしよっ♪」

「うふふっ♪ 本当にまつりは大胆ねぇ♪」


 かすみさん、そんな微笑ましいものを見る目で娘を見ないでください! やろうとしてることはかなりアウトですから!


「それでは、がんばってきてくださいね♪ すっぽんまむしドリンク飲みます?」


 かすみさんはニコニコしながら、茶色の瓶に入った液体を取り出した。


「え、あ……いいです」


 断る俺だが、


「あ、おかーさんあたしにちょうだいっ♪ いっただっきまーす!」


 まつりはすっぽんまむしドリンクを受けとると、一気に飲み干した。


「ぷはーっ! ……んーっ! 効きそうっ!」


 ……やばいな。ただでさえ肉食なまつりがさらにパワーアップすると、俺の童貞が危うい。


(が、がんばって凡人くん! こんなふしだらな女に負けないで!)


 俺の心の中のメガネ委員長が励ましてくるが、自信がない。まつりがその気になったら俺はいつでも童貞を奪われてしまうだろう。


「えへへ♪ いこっ♪ 凡人♪」

「お、おおうっ!」


 まつりに腕を組まれて、俺は引きずられるようにして歩き始めた。




「はい、温泉に到着~♪」


 またここへ来てしまったか……。考えてみれば初日以来だ。


「えへへ♪ 凡人とふたりっきりで温泉~♪」


 ……まつりもこんなに喜んでるんだから、俺も責任を持って温泉デートをしよう。でも、童貞喪失、ダメ、ゼッタイ。

 ともかくも、俺とまつりは脱衣所に入った。


「あ……ね、ねぇ凡人……恥ずかしいから、あっち向いてて? あたしが脱いでるところ見ちゃだめだからねっ」

「えっ」


 あのまつりが恥じらっている……だと? 俺の聞き間違えか?

 俺の「こいつ大丈夫か?」的な視線を受けて、まつりは頬を染めてモジモジし始める。


「だ、だって……好きっていう気持ちが強くなれば強くなるほど、恥ずかしくなるんだもんっ!」


 なんということだ。あの超肉食系まつりに年相応の恥じらいと乙女心が芽生えるとは……やはり恋は人を変えるのだろうか。


「お、おう……わかった。もちろんそっち見ないで着替えるから」

「う、うんっ……」


 お互い背中を向けて、着替え始める。衣擦れの音だけしか聞こえないと妙に意識してしまう。


「そ、それじゃ、浴場いこっか!」

「お、おおうっ」


 まつりはバスタオルを巻いていた。初日は惜しげもなく全裸を晒していたことを考えると格段の進歩だ。性獣が大和撫子になった。


 ともかく俺とまつりは大露天風呂へやってきた。

 もちろん貸切状態。昼下がりの温泉にはゆったりした時間が流れている。


「疲れたでしょ? 背中流したげるっ♪」

「あ、ああっ……」


 俺は洗い場の椅子に座ると、まつりからボディソープをつけたハンドタオルで背中をゴシゴシしてもらう。


 ……ああ……気持ちいいな。なんだろう、すごく安心する。


「ねぇ……どうだった? この四日間」


 まつりは背中を優しくこすりながら尋ねてくる。


「ああ……そうだな。いろいろあったけど……」


 この四日間のことが次々と思い浮かんでくる。

 ほんと……濃密な時間だった。都会にいた頃からは考えられないほどに。


「……本当にいいところだなって思った。村もみんなも」


 俺の言葉に、まつりの手が止まった。

 そのまま、無言になる。


 え? 俺、いまなにか変なこと言ったか……? 

 やがて……。


「……ありがとう」


 まつりはつぶやくと、俺の身体を抱き締めてきた。


「ま、まつりっ?」

「やっぱり、自分の住んでいる村のことをいいところだって言ってもらえるとうれしいよ……」

「そ、そうか……」


 まぁ……それはそうかもしれないが。ただ、俺の場合は自分の住んでいる都会を肯定されたとしても、うれしくないと思う。俺の住んでいる都会は、あの家には……嫌な思い出がたくさん詰まっているから。


「…………あたしのお父さんってさ、この村のこと大っ嫌いだったんだよね」


 まつりは俺の背中に顔を押しつけて、話し始めた。

 ついに、まつりの過去についても語られるときが来たのだ。


「……凡人みたいに選ばれてさ……村に来て、おかーさんと恋愛して……そして、あたしは生まれた」


 そうやって、この村はいつも男を受け入れてきたのだろう。だが、いま村にいないということは、まつりの父親にもなにかしらあったのだろう。早死にしたのか、あるいは村の外へ行って不幸になったのか……。


「……村のことは嫌いでも、おかーさんのことは愛していたはずなのに……それでもね、あたしが生まれてからだんだんギクシャクしていったみたいで……お父さんはお母さんに暴力を振るうようになった」

「……っ」


 あのかすみさんに……そんな過去があったとは。いつも笑顔を絶やさないおっとりした母性的な人が暴力を振るわれていただなんて。


 驚くとともに……胸の奥底にしまっていた嫌な記憶が、徐々に甦ってきた。


「あたしも幼心に覚えてる……お酒を飲んだお父さんが暴れて、おかーさんが一方的に殴られて、止めようとしたあたしを殴ろうとするお父さんをお母さんは抱きしめてかばってくれた……それでまた、お母さんが殴られるの……」


 …………。


「ふふ……本当になんでだろうね? 好きだったのに、愛してたのに、だからあたしが生まれたのに……お父さんは結局、最後にはこの村もお母さんも捨てて出ていっちゃった。なんかたまに村の外に出かけてたみたいだけど、別の女の人と深い仲になってたみたい。でもね……呪われちゃったのか、村を出てから三年後、車を運転中に事故を起こして、女の人と一緒に死んじゃった」


 ……また限界村の呪いなのだろうか。本当にすごい確率だ。


「やっぱり、この村で結ばれた男女は、外に行くと不幸になるのかもね……。でも、お母さんさ、お父さんが死んだってニュースを見て、すごい泣いてた。……ああ、やっぱりまだ好きだったんだなって……あたしは、泣かなかったけどね。だって、おかーさんをいじめる悪い奴って印象しかなかったから。顔はすごいイケメンで爽やかなスポーツマンだったんだけどね」


 だからこそ、まつりは限界村体験入村で男を選ぶときにイケメンを重視しなかったのだろう。そして、体育会系みたいな腕力が強そうな男を選ばなかったのも、暴力に対するトラウマがあったのかもしれない。


「……ごめんね、変な話して」

「いや……」


 そのまま俺とまつりは無言になる。


「それじゃ……身体洗って、お風呂入ろっか」

「ああ」


 俺とまつりは自分で身体を洗い、露天風呂に浸かった。


 そして、お互い無言で温泉に浸かっていると――まつりは急に儚げな表情でこちらを見つめてきた。


「……凡人、無理しなくてもいいからね? あたしたちの同情のために村に残らなくてもいいから。この村に関わると、不幸になるかもしれないから。……って、村に呼んでおいて、本当にあたしたち勝手だよね……ごめん」


「……謝る必要なんてないぞ。だって、俺はぜんぜん限界村に来たことを後悔していない。むしろ、この村に呼んでもらえたことを感謝している」


 そこで、俺はずっと心の奥底に封じこめていた記憶を解放することにした。


 辛い、嫌な、思い出したくない記憶だったが――もう、俺はまつりの前では全てをさらけ出すことにした。


「俺もな……ろくな過去じゃないんだ。親父がさ……大企業の社長なんだけど……昔っから酒癖と女癖が悪くて、母さんに暴力を振るっていたんだ。で、そこらじゅうに愛人を作ってさ……だから、俺は女にだらしない親父を嫌っていた……母さんが自殺に追い込まれたのは、親父のせいだと思ってるからさ……。だから俺は、妙に女性とつきあうということに抵抗があったというか、極端に童貞を守ろうとする思考になったんだろうな……。あの親父のようには絶対になりたくなかったから」


 俺とまつりは……どこか似ていた。きっと俺の母さんも親父と最初はうまくいっていただろう。だからこそ、俺が生まれたわけで。


 母さんもあんな親父と離婚すればよかったと思うのだが……母さんは田舎には帰ることはできないと言っていた。故郷を捨てて出てきたから、帰るわけにはいかない、と――。その田舎がどこなのかは……俺は最後まで知らないままだったが。親父に聞いても、「そんなことより勉強しろ!」と殴られるだけだった。


 そうして俺は、親父に暴力を振るわれるままに勉強だけをするロボットのようになっていった。親父が求める理想の息子になるために感情を殺して生きてきた。


「……凡人にも、そんな過去があったんだ」

「……ああ」


 なんなんだろうな。人生って。


「……凡人も、ここなら……限界村なら……きっと幸せになれるよ……一緒に、幸せになろっ!」


 まつりは正面から俺に抱きついてきた。まつりは裸体だが、そんなことは気にならなかった。俺はまつりを抱きしめ返した。


「……なれるかな、幸せに……」

「……なれるよっ、絶対に!」


 まつりからさらに強く抱きしめられた。強く、強く、強く――。お互いの心音を感じるぐらいに。

 もうそれっきり言葉はなかった。言葉はいらなかった。

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