あずささんと限界村の真実~愛・恋・舞・呪い~
そして、いよいよ午後のデートタイムが始まる。
「それでは、スタートですっ♪」
「それでは、よろしくお願いいたします」
いつもの巫女服姿になったあずささんと歩き始める。
「まずは神社へ向かいましょう」
「あ、ああ」
卑猥な形をした石造物がそこらじゅうにある神社にふたりっきりというのはプレッシャーもあるが、これはあずささんとのデート。あくまでも、健全なデートだ。きっと、大丈夫だろう。
特に会話もなく俺とあずささんは神社前まで移動し、石段を登っていく。続いて、鳥居をくぐる。
境内に入ると石でできたアレな形のモノがたくさん視界に入るが、意識しないようにする。
「……それでは、凡人さんはこの能舞台に上がって待っててください」
「え? ああ」
おととい掃除した能舞台に俺は靴を脱いでから上がった。
「わたしは準備をしてきます」
そう言って、あずささんは社殿のあるほうへ行ってしまった。
……なんだ? いったいなにが始まるんだ?
俺は落ち着かない思いで、能舞台で待ち続けた。
そして、二十分ほどして……能舞台にあずささんが上がってきた。
「……っ!」
あずささんはいつも着ている巫女服とは違う真新しい巫女服を着ていた。金箔と紅で装飾された貝殻の髪飾りと、鈴のついた耳飾りをつけている。
顔も薄く化粧されていて、いつもより神聖さが増していた。
そして……手にはなぜか天狗とおかめのお面。
「凡人さん、わたしが舞いを終えるまで、このお面をわたしに向けて持っていてください」
そう言って、あずささんは俺に天狗の面を渡してきた。
「あ、ああ……」
真剣な表情のあずささんに気圧されるようにして、俺は面を受け取る。
「それでは……始めます」
あずささんは左手におかめの面を、右手に扇子をかまえ、くるりと回転する。
そして――軽やかに、伸びやかに、黒髪を靡かせながら舞い始めた。
その動きにあわせて、鈴の涼やかな音色が耳の鼓膜を震わせる。
能舞台にふたりっきり。
正座した俺は天狗の面を両手で持ったまま、あずささんの舞を見つめる。
「……」
あずささんは舞いながら俺の目を見つめ続ける。
時に、正面から、時に、横から、時に、流し目で――。
舞いは激しさを増し、あずささんの黒髪が官能的に乱れてゆく。
あずささんの表情もなにかに恋い焦がれるように、せつないように、苦しむように――あるいは恍惚とするように、変わってゆく。
鈴の音も高鳴る鼓動に合わせるように早まっていった。
俺はすっかりあずささんの舞いに見惚とれていた。
それは神に仕える巫女が人間の男と出会い、恋に落ち、苦悩するさまを表現するかのように見えた。舞いはひとつの物語のようだった。
そして、鈴の音がシャンシャンと徐々に大きくなり――あずささんはこちらに向かって近づいてくる。恋い焦がれ潤んだ瞳のあずささんの顔が近づく。
あずささんは俺の持っている天狗の面におたふくの面を重ね合わせようとする。 だが、鼻が邪魔で面は重ならない――しかし。
「……んっ!」
「んんっ!?」
あずささんの唇は俺の唇にしっかりと重ね合わされた――。
そのまま時間も世界も止まってしまったかのようだった。
目の前には、あずささんの美しい顔。
キスの瞬間閉じられた瞳が、ゆっくりと開けられてゆく。
唇が徐々に離されていった。
「……どうでしたか? わたしが創作した舞いは」
「創作……自分で考えたのか」
「ええ。神同士では結ばれることが許されないふたりが、人間になることで結ばれることができた――そんな物語です」
そこで、ふっとあずささんは笑った。
「……神を演じるなんて畏れ多いことですけどね。でも……わたしの想いは本物です。最初は子種神社のおみくじの結果だから凡人さんを婿にしようと思ったのですが……今はわたし自身の意思で、凡人さんのことを好きになっています。童貞を守り通す信念は、処女を守る巫女と通じるものがありますしね。あの仮面は、童貞の神様と処女の神様を表現しています。……といっても、天狗にもおたふくにも本来そういう設定はないんですけどね……それはそれとして。……返事をいただけますでしょうか」
そう言って、あずささんは俺のことを真剣に見つめてきた。
しかし……今の俺に明確に出せる答えはない。三人の中から誰を選ぶか……どうしても、はっきりした答えが出ていない。
「……ふふ、そんなすぐに決められるものでもないですよね」
「……ごめん」
「いえ、いいんです。……一目惚れで相思相愛だったわたしの両親は神社も村も捨てて蒸発しましたからね。しかもまだ幼いわたしを捨てて。すぐに愛だの恋だのに走る恋愛脳よりはしっかり悩む凡人さんのほうが信用できます」
「……っ」
やはりあずささんにも重い過去があったようだ。
「……神社のことを嫌ってた両親を見て育った反動ですかね……それとも……同じく両親から捨てられた子供と神社だからか……わたしはこの神社を愛し続けてきました。そして、これからも――この世間からは奇異の目で見られる神社を守り続けようと思います」
そう言ってあずささんは自嘲するように微笑む。だが、その表情は寂しそうにも見えた。
「……つまらない話をしましたね」
「いや……そんなことはない……」
「もうひとつ、大事なことをお教えします。……限界村に伝わる言い伝えです。心して聞いてください。……『限界村に居続ける男は不幸になり、限界村から出た女も不幸になる』というものです。言い伝えというか……実際、この村に住み続けた男はかなりの確率で三十代で死にます」
「……えっ!?」
「呪いなのか風土病なのか、判然としないんですけどね……なお、現在の村長は結婚後すぐに妻を村に置いて帝大に進学。その後、歴代首相の影のブレーンとなり、ひなたちゃんの両親が亡くなってから村に移住。村長に就任しました。ずっと村にいなかったからか、長命ですけどね。あるいは歳をとると呪いの効果が薄れるのかもしれませんが」
呪い……そんなものが本当にありうるのか? 風土病といっても男だけがかかって致死率が高いものなんてありうるのか……?
「村長も昔のツテと巨額の費用を使ってさまざまな分野の研究者に調べてもらったみたいですが、ついに原因はわからずじまいでした」
そして、あずささんは俺を見据える。
「……ですから、凡人さんがわたしたちに子種だけ提供して都会に戻るということをわたしは否定しません。命は惜しいでしょうから」
「……」
まさか、限界村にそんな呪いめいたことがあったとは……。
しかし……なんてつらい現実なんだ。好きな相手と結ばれても、同じ村で一緒に暮らせないとは……。まさか……ひなたちゃんの両親のこともその呪いと関係があるのだろうか……おみくじで出てたとうことは。
「……この村で産まれるのは全員女という異常さもありますしね。きっとこの村は呪われているのでしょう。……わたしを捨てて逃げた両親の話の続きですが……村から逃げてからちょうど三年目の日に海で溺れて死にました。……テレビで蒸発した両親の名前を見て、震えましたよ。やっぱり祟りはあるんだって。……それでも、凡人さんはわたしたちの誰かと結婚しますか? 限界村に住み続けたら早死にすることになり、妻と一緒に村の外に逃げようとすれば高確率で不幸になる。それでも……わたしたちと一緒に暮らしますか?」
……俺は、俺の答えは。
「早死にって言ったって不幸とは限らないだろ……。きっと愛する人と出会えずに一生を送るのは、寂しいことだと思う。……まぁ、やっぱり俺……限界村のことが……みんなのことが好きなんだよな……一緒の日々を失いたくないぐらいに。たった四日だけど、俺の人生十七年の中で、こんなに濃密でバカらしくて楽しくて大切な時間はなかった。……だから……、俺は限界村に骨を埋めるよ。たとえ早死にしてもな。……一度いろいろと整理するために家に戻るけど、すぐにまた限界村に戻ってくる」
「……後悔するかもしれませんよ」
「後悔なんてするもんか。……俺はみんなのことが好きなんだから」
俺の言葉にあずささんは泣き笑いのような表情を浮かべた。
「……ふふ、ここでわたしのことが好きだから――って言えば、完璧だったんですけどね?」
「ごめん……でも、いまの俺には……誰が一番なんて決められない。偽りの言葉は吐けない。……でも……あずささんを不幸にはしない、ひとりにはしない、俺はたとえ早死にしようと死ぬまでずっと限界村にいるから」
「……ずるいですよ。そんなこと言われたら、ますますグラッときちゃうじゃないですか」
あずささんは瞳から涙を溢れさせると、扇子もお面も手から離して、俺に抱きついてきた。
「好きです……たとえわたしが一番に選ばれなくても……わたしは凡人さんのことを愛しています」
……俺はある意味で罪深い選択をしているんじゃないか……? そう思いながらも、俺はあずささんの華奢な身体を抱きしめて、そのままデートの時間終了までを過ごした――。
※ ※ ※
「デートお疲れさまでした♪ 凡人さん♪ あずささん♪」
「は、はい」
「お疲れさまです」
俺とあずささんは民宿草枕に戻ってきた。手は繋いでいないが、デートスタート時よりもお互いの距離は近づいていた。
「ふたりとも、まるで契りをかわした夫婦みたいですね♪」
ち、契りって……。
「うふふ……♪ 深くは訊ねませんわ♪ それでは三十分後に最後のデートです♪
お疲れでしょうが、がんばってくださいね♪ あ、すっぽんまむしドリンク飲みますか?」
「えっ!? い、いや、別にそんな疲れるようなことは本当にしてませんって!」
な、なんか誤解されてないか?
「わたしはあえて否定も肯定もしませんけどね? ふふっ……」
そう言って笑みを浮かべるあずささんは、いつもよりも年相応の女の子らしくてドキッとしてしまった。
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