第五章『デート~彼女たちと限界村と凡人の真実~』

朝チュン・赤飯・ケーキ

 チュンチュンという、鳥の囀(さえず)り。朝を告げる、清涼な鳴き声だ。


「で、まぁ……」


 やっぱり、体勢はあのまんま。いまだにまつりのやつは起きる気配がない。


「くそっ、人の気も知らないで、のん気に寝やがってからに。こうなったら、いたずらしちゃる。性的ではない意味で」


 俺は、自由になっていた両手でまつりの両ほっぺたを摘む。そして、びろーんと左右に引っ張ってみる。


「おお、伸びる、伸びる。まるで餅のようだ」


 なかなか面白い顔になる。


「うりうりっ」


 びよーんと、伸ばして、ぐるぐると円を描いてみたりする。


「ぷっ、はは……面白いぞ、これは」


 と、俺がまつりの顔を堪能しているそのときだった。


 ――トントン、とノックがされる。続いて、


「失礼いたします♪ 朝早く申しわけありません♪ 凡人さん、起きていらっしゃいますか?」


 かすみさんの声。


 ……う、うわあああああああああっ!? 遊んでる場合じゃなかったぁあああっ! いきなり、ピンチだ! この状況で、なにを言いわけできる!?


「は、はいいいい!? な、なななななんでしょうかあああああ!?」


 俺はテンパッタ声で、返事をする。


「ん……」


 と、目の前のまつりの目が開かれる。うわっ、なんていうタイミングだ!? これで、こいつが昨夜の経緯を忘れていて叫ぼうものなら、完全に俺が悪者じゃないか!?


「あっ……」


 まつりは俺の上に乗っかっているということに、気がついたようだ。その次のリアクションで、俺の人生が変わりかねない。


「…………っ!」


 まつりは、みるみるうちに、頬を染めていく。うわっ、これ絶対に勘違いされてる……!


「……ちょ、ちょっと待て……いいから、待て。落ち着け。昨夜はなにもなかった。俺は童貞だ。そして、もちろん、お前も処女だ。落ち着け。お前は眠気に耐えられず、俺を押し倒して寝たんだ。わかるか? understand?」


 かすみさんに聞こえないように、囁くように説明する。


「……?」


 まつり、考え中。どうやら、記憶を辿っているようだ。


「すみません、まつりを見なかったでしょうか? あの子の部屋が開いたままになってましたから……」


 そして、かすみさんからは、俺をさらにピンチに叩き込むような質問が飛んでくる。そうだな。ここは、誤魔化して……あとでまつりに、うまくやってもらえば……。


「あ、おかーさん、あたし、ここにいるよーっ!」


 どぅあああああっ!? なんで自らピンチを酷くする選択をするうううううっ!?


「あらあら♪ それは、失礼いたしましたわ♪ うふふっ♪ まあ、どうしましょう♪ 凡人さんったら、ついに一線を越えたのですね♪」

「ちょ、ちょっ、違いますって! 誤解です! これは、そのっ……!」

「ふふふ♪ 今日はお赤飯ですわね♪」


 その声とともに、かすみさんは嬉しそうな足音で、廊下を走っていってしまう。


「の、のぉおおおおおおおおうっ!」


 俺はアメリカ人のようなリアクションで、絶叫する。しかし、まつりは平然としたものだ。


「既成事実完了♪」

「待てやああああああっ! 捏造だろおああああああああ!」


「えー、でも、いいじゃない。一夜を同じベッドで明かしたことに代わりないでしょ?」


「よくない、絶対によくない! 俺が血の滲むような努力と苦労で一晩耐え続けたのを無為にする気かっ! どれだけ俺がまな板を数えたと思ってんだ!」


「なっ、まな板ぁっ!? そっか、あんたがそんなもの数えてたから、体がまな板になる夢見たんだ! もうっ、人の気にしていることぉお!」


 くそう。朝から騒がしいったら、ありゃしない。俺はこう、もっと、田舎の清涼な空気の中で、静かなる朝を迎えてたいっていうのに。


 ともあれ、いつまでもまつりと言い合っていてもしかたない。これでは痴話喧嘩だ。


「とにかく、まずはシャワーを使わせてもらおう……」


 すっかり、汗びっしょりだ。それに、すごいまつりの匂いが、体に染み付いてしまっている。こんな状況で一日を過ごせるかっ。


「あ、シャワー浴びるなら、あたしも!」

「もちろん、別々だからな!」

「えー」


 まつりは、口を尖らせて、不平そうな顔をする。


「えー、じゃない。もっと健全に生きようという気持ちはないのか」

「あんたのその潔癖思考のほうが、よほど不健全だと思うけどなー。男女の仲なんて、天然自然に任せればいいのよ!」


 しかし、我々は考える葦である人間だからな。動物のように生きられない。それが、幸福なことなのか不幸なことなのかは知らんが。


 まぁ、朝っぱらから哲学をする気はない。とにかく俺は、ぶーたれるまつりを説得して、別々にシャワーを使った。朝からシャワーなんて、ますますかすみさんから誤解されそうだが、しかたない。


 さて、朝の食卓である。


「……」


 目の前には、赤飯。しかも、ケーキまで付けられている。


「うふふ♪ こんなこともあろうかと、実は用意しておいたんです♪」


 かすみさんはエプロン姿で、ニコニコしている。いやもう、完全な誤解なのだが、なにを言っても信じてもらえなさそうだ。そりゃ、朝に同じベッドにいたんじゃな……。しかも、あの体勢は。


「うふふ、来年にはわたしもおばあちゃんかしら♪」


 いかん……誤解がますますエスカレートしている。このままじゃ、ますます立場が悪くなるばかりだ。ここは説得力がなくても、言いわけをしないと。


「し、信じてもらえないかもしれませんが、俺とまつりの間に昨夜はなにもありませんでしたっ。そりゃもう、天地神明に誓って!」

「……あら? そうなんですか?」

「そうですっ!」


 この誤解はやっぱり解いておかないといけない。俺は、力を込めて、頷く。


「もー、そんなに否定しなくてもいいのにー!」

「いや、否定するだろ。マジで事実関係がないんだから!」


 こればっかりはシャレにならん。


「まー、最後に凡人をゲットするのは、あたしだけどね!」


 ……結局、この騒ぎのせいで、赤飯の味もケーキの味も、よくわからなかったぜ……。どう見ても、朝から食べるメニューじゃないけどな。


 しかし、その騒ぎのおかげで、明日、家に帰るという寂しさが少しは薄れた気がする。地元に帰れば、こんなバカ騒ぎをすることもない、窮屈な日常が待っているだけだから……。


 やっぱり、俺は、都会でつまらん生活をするより、こっちでまつりたちと騒いでいるほうがいい。それはそれで、安易な選択かもしれんが。


 でも、人生いつ終わるかわからんからな。悔いは残したくない。

 恥も外聞もないことをいうと、やっぱりモテる生活は最高すぎる。もう元の生活には戻れない。……それが偽らざる感情だ。情けないながら。


「もうっ、とにかく凡人のことは今日のデートイベントで絶対に落としてやるんだからっ!」

「……デートイベント? なんだそりゃ」


「うふふ、田舎の婚活イベントのフィニッシュといえば最後はそれぞれの女の子とデートタイムです♪ 三人の女の子と二時間ずつデートして誰が一番好きなのか確かめてください♪ 昨日の限界村恒例第1919回女相撲大会で優勝した凡人さんは全員とハーレムを築く権利を得ていますが、このデートイベントを通して正妻を選んでくださいね♪」


 そんな一点の曇りもない笑顔でそんなこと言われても! 本当にここは日本なのか? 異世界転生ハーレムの世界かここは?


「……き、キスしたんだからあたしのこと選びなさいよっ! あと昨夜は一緒にベッドで寝たんだし!」

「う、あ、その……」


「うふふ♪ まつり、無理強いは反則になりますよ? わたしとしても娘にはがんばってもらいたいんですけど、最後に選ぶのは凡人さん自身ですから♪」


 ……もうなんというかプレッシャーがやばい。俺に女の子たちの将来がかかっているなんて。


「うふふ♪ 凡人さんがんばってくださいね? もし三人から選べなかったら、わたしも正妻にしていただいてかまいませんから♪」


 そう言ってニッコリ笑うかすみさんはマジでかわいかった。ちょっとどころかかなりドキドキしてしまう。これが大人の女性の魅力だろうか。


「ちょ、ちょっとぉっ! おかーさんは参戦しないでよ! ほら、凡人もなにデレデレしてんのよ! あたしという一夜を共にしたフィアンセがいながら!」


「いててててててっ!」


 まつりに思いっきり脇腹をつねられる。というか一夜を共にしたっていうロマンチックな表現は合わないだろ! ひたすらまな板を数えてたんだから!


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