男女相撲決戦! 田々野凡人VS一本木まつり

「へへっ、これで勝って、あんたを婿にしてやるんだから!」


 まつりは鼻息荒く、屈伸だの前屈だの開脚だの股割りだのの柔軟をしている。


「……ところで、俺が勝った場合は、どうなるんだ?」


 万が一にも、勝つことはないと思うが、一応は訊いておきたい。


「うふふ♪ いいところに気がつきましたね、凡人さん。その場合は、三人全員と結婚できますわ♪」

「は?」


 ……イッテイル、イミガ、ワカラナイ。


「……正確には、本妻を一人決めて、残りは愛人とする権利が与えられます♪」

「は、はいぃいいいい!?」


 チョットマテ。なんだその無茶苦茶な権利は!?


「そ、そんなの無茶苦茶ですよ!」


 いくら風習でも、そんなことを女の子たちが望むはずが……、


「もちろん、本妻じゃないのは遺憾ですが……わたしは、まつりさんに独り占めされるよりは、遥かにマシです」

「そ、そうですっ。ですから、凡人さんっ、ひなたたちのためにも、ぜひともまつりさんに勝ってくださいっ!」


 いや、これでよーし頑張っちゃうぞーとか言っちゃうのも微妙な人間じゃなかろうか。勝ったら本当にハーレムになってしまう。ここは日本だってのに!


「ふふふ……あたしが勝って、凡人のことを独り占めにしてやるんだから!」


 そもそも、俺にそれだけの価値があるとは思えないのだが……。しかし、勝っても負けても、ろくなことにならん気がする。ってか、勝っても負けても、ある意味で俺に不利じゃないか。俺の自由意思はどこへ行った。


「……ここで棄権とかしたら、どうなるんですか?」

「……その場合は、死ぬほど後悔する目に遭うことになるので、やめておいたほうが賢明だと思いますわ♪」


 いや、そんなこと笑顔で言われても……。かすみさん、怖い。


「うむ、うむ。青春じゃのう。それじゃ、そろそろはじめるぞい」


 いまのやり取りのどこに青春を感じさせるものがあるのか疑問だが、とにかく俺とまつりは土俵に上がることになった。


 何度か仕切りに手をついて、俵のところに戻り、ひなたちゃんの持っている柄杓から水をもらって、口をすすぐ。そして、塩を手にとって、まく。……なんだか、この所作にもだいぶ慣れてきてしまった。本式とは違うんだろうが……。


「時間ですわ♪」


 かすみさんから声がかかる。いよいよ、勝負のときだ。


「待ったなしじゃぞ。見合って、見合って……」


 仕切りに手をついて、まつりを見る。すると、まつりも俺のことを見返してくる。


(村に来て、色々なことがあったよな……)


 まるで走馬灯のように、ここに来てからのことが脳内を駆け巡っていく。


 ……いきなり囚われて、神社に監禁されて三人から迫られ、なんとか切り抜けたと思ったら、今度は露天風呂で迫られ、民宿に帰ったあとは舟盛り責めで、そのあとは、こいつにゲロをぶっかけられた。

 翌日は翌日で、セクハラもどきの保健体育、ブルマーと体操着を着させられての組体操、人工呼吸の訓練、……そして、ちょっと妙な雰囲気になった生徒会、そのあとは神社を掃除して、夜には、かすみさんから夜這い同然で迫られながらも、真実を語られた。


 色々な危機があったわけだが、本当に俺が好きなのは――誰なんだろうな。


 俺とまつりの手が同時に仕切りから離れる。……完全に、立ちあいで遅れた。これは、本当に一撃で終わりだな――と、そう思った。


 ……のだが。


「んむっ!?」

「んんっ!?」


 一瞬、なにが起こったかわからなかった。


 なぜなら、目の前いっぱいに広がるまつりの顔。そして、唇に思いっきり押しつけられる――温かくて、柔らかい感触。


 思考が停止した。

 時間が止まったかのように思えた。


 そして、十秒ぐらいして……どこぞへと飛んでいってしまっていた思考が、ようやく帰ってくる。


 ……う。アアアアアアア阿アアアアアアアあああああああああああああああああアっ!? 俺、まつりと思いっきり、キスし照るウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!?


 脳内でも誤字が発生するほど、俺は混乱していた!


 でも、間違いない。だって、目の前に目を見開いて、顔を赤くしているまつりの顔。唇に間違いなく当たっている、同じ場所――。


「あっ……う」


 まつりの艶っぽい声とともに、唇が離れる。そして、よろけるように、まつりは一歩、二歩と下がって、最後には土俵に尻餅をついてしまった。


 シーン……と、土俵を見守っていた皆が、静まり返っていた。一様に、驚愕の表情を浮かべている。


 やがて、その静寂を、ひなたのじーさんが打ち破る。俺に向かってババッと勢いよく軍配を上げたのだ。


「勝者、田々野凡人!」


 ……と言われても!


「決まり手は、キス落とし……ですわね♪」


 いや、無理に技名つける必要があるのだろうか……。って、母親の前で娘に思いっきりキスをするとか、俺はなんてことをしてしまったんだ!?


「くっ……凡人さんが勝ったのは喜ばしいことですが、勝ち方が気に入りませんね」

「はわわ……ひなたたちの目の前で……すごい……大胆です」

「うむ。まさかこの場面で、そのような奇襲に出るとはな。わしも驚いたのう。あっぱれじゃ」


 いやいやいやいや、これ、俺が故意にやったと思われてないか!?


「こ、これは事故ですってば!」


 俺は思わず唇を抑えながら、土俵上から全方位に言いわけをする。


「いいもの見せてもらいましたわ♪」

「まったく、破廉恥な男ですね」

「男らしいですっ。ひなた、そんな凡人さんがますます好きになりましたっ!」

「冥土の土産にいいものが見られたものじゃ。ありがたや、ありがたや」


 ぜんっぜん、聞いちゃいねぇ!

 そこで、ふと俺は、まつりがまだ土俵上に尻餅をついたままなのに気がついた。


「だ、大丈夫か……ってか、ごめん! 本当に、その事故とはいえ……」


 しかし、まつりは顔を赤くして、手で唇を抑えていた。


「……あはっ……キスしちゃった……んだ」

「まつり……?」


 まつりは唇を抑えたまま、ぶつぶつと呟き出す。まずい、打ち所が悪かったか。って、打ったのは尻だろうが……。


「だ、大丈夫か……?」


 俺が気づかう中、まつりはゆっくりと立ち上がった。そして、俺のことを真っ直ぐな瞳で見つめてくる。


「な……なんだ?」


 いまさらながら、野生味溢れるくせに、超美少女だった。こうして対峙すると……しかも、頬を赤らめて、やや潤んだ瞳で見つめられると、心臓が止まりそうなほどにドキッとしてしまう。


「……子作りしよ?」


 そして、まつりの口から出た言葉に、俺はまたしても思考が追いつかなかった。


「なっ、なにぃ……!?」

「だから、いまから、ここで、子作りしよ?」


 い、いやいやいやいやいやいやいやいや……! ちょ、ちょっと待て! いいから、待て! いきなりそんな、性急な! これ、事故のキスだし、そんな、いきなり大胆な! ここ、衆人環視の土俵のど真ん中なんだぞ!?


「あらあら♪ まつりったら、大胆ねぇ♪」


 いや、かすみさんも母親なら娘の暴走を少しは止める素振りを見せてください! 微笑ましいものを見る目で見てますけど、まつりの言ってることメチャクチャですから!


「異議ありです! それはルール違反です。断じて認められません。さあ、凡人さん、わたしを早く本妻に選んでください!」

「ひ、ひなたもですっ!」


 あずささんとひなたちゃんが土俵に乱入してきて、俺に迫ってくる。というか、そのまま躊躇することなく抱きついてきた。体操服の胸とか思いっきり、押しつけてくる実力行使だ。


「あっ、コラ! あたしが凡人と子孫繁栄するんだからぁ!」


 まつりまで俺に抱きついてくる。って、待て待て待て、キスしようとするな! だめっ、らめだってば、婚前交渉・不純異性交遊は不潔よ、不潔っ!


 俺は心の中にメガネ風紀委員長を召喚して、三人の猛攻を耐え忍ぶ。


(そうよ、凡人くんはそんなことに流されてはだめ。清く正しく美しく麗しく馨しく童貞としての生涯を全うするの! それこそが童貞の中の童貞、童貞道の鉄壁の守護者、選ばれし童貞中の童貞である凡人くんの生きる道。この童貞野郎!)


 やっぱり、最後のほう、罵倒になってないか!?


 脳内で突っ込みを入れながら、俺はひたすら美少女たちの猛攻を耐え忍び、煩悩を追い出し続けたのだった。

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