第四章『限界村恒例女相撲大会~童貞争奪杯(性的ではない意味で)~!』

血湧き肉躍る(!?)女相撲大会開催!

 新しい朝がやってきた。体験入村三日目。


 窓から見える朝の限界村は、今日も穏やかな良い日和だった。車も通らず、人っ子一人いない。長閑だ。


 それでも、人の営みは続いている。俺は部屋を出て、階段を降り、食堂へ向かう。 そこには眠そうな顔のまつりと、いつもと変わらぬ笑顔を見せてくれるかすみさん。


 まるで、昨夜のことが夢のようにも思われる。でも、かすみさんは意味ありげにウインクした。まったく、三十五才とは思えない。


 とにかく、まずはかすみさんを手伝って目玉焼きとウインナーの乗った皿を運ぶ。 そして、味噌汁と、ご飯と、味付け海苔。

 一応、まつりも受け渡しは手伝ってくれた。


 「先に食べててください♪」とかすみさんに言われて、俺とまつりは朝食を食べはじめる。


 そのときだった。


 家の外から、戦国時代のドラマで出てくるような法螺貝を吹くようなブオオオオオーーーーー! という音が響いてきた。


「ハッ……! そうだ、今日はアレだった!」

「昨日言ってた例のアレと関係あるのか、この法螺貝……」


 こう会話している間にも、向こうの山まで聞こえるんじゃなかろうか、と思えるぐらいの大音量の法螺貝が吹かれ続けている。


「ああっ、やっぱり法螺貝の音を聴くと、血湧き肉踊るなぁ……!」


 まつりは自分の体を抱きしめながら、武者震いしている。いったい、これからなにが始まるというんだ……。皆目、見当がつかない。


「うふふっ♪ 縁起物である勝ち栗と昆布とスルメを用意いたしました♪ まつりも、凡人さんも、がんばってくださいね♪」


 といって、食卓に出されましても……。

 これから戦でもやろうっていうのか? 意味不明すぎる。


「腹は減っては戦はできぬ、ですっっ♪ まつりも凡人さんも、たくさん食べていってくださいね♪」

「うい、おかーさん、おかわりっ!」


 見れば、もうまつりの茶碗には飯が入っていなかった。相変わらずの早飯大食いだ。絶対にこいつ、一本木家のエンゲル係数を押し上げているっ。まぁ、居候みたいになっている俺が言えたことではないが……。


「凡人さんはおかわりいかがですか?」

「え、あ、大丈夫です。ありがとうございます」


 朝からそんなに食えないぞ、俺は……。というか、まつりの大食いっぷりを目の前で見せつけられて、お腹いっぱい、胸いっぱいだ。


 ともあれ。食事を終えて、俺たちは玄関にやってきた。あとは、通学するのみ。


「それでは、わたしも後から応援に行きますから♪ いってらっしゃい♪」


 そう言いながら、かすみさんは火打石のようなもので、カチカチッと俺たちの門出をした。よくわからないが、縁起を担いでいるのだろう。


「うん、行ってきます。……それじゃ、出陣!」


 メイド服姿のまつりが、勇ましい声を上げて、玄関を出て行く。そして、肩にはいつもは持っていないスポーツバッグのようなものを担いでいる。


「そ、それでは……行ってきます」


 よくわからないながらも、俺もかすみさんに挨拶して、玄関を出た。




 途中までは、学校に行くまでと同じ道だった。しかし、途中で通ったことのない道へ出る。その間も、不定期に法螺貝は吹かれ続けている。


 だんだんと法螺貝の音が近くに聴こえてきて、その場所が近いことが感じられる。 そうしてたどり着いたのは……小高い丘のような場所だった。

 そして、そこには――。


「なっ……!?」


 俺は、それを見て目を丸くした。


 そこにあったのは、丸いもの……というか、土俵だったのだ。そう。相撲で使う、あの土俵。そして、そこにはすでに先客がいた。


「んっ、来ましたね」

「い、いざっ、尋常に勝負ですっ」


 巫女服姿のあずささんに、ジャージ姿のひなたちゃん。さらには、


「ブオオオオオオオオー」


 熊の剥製を着こんだひなたのじーさんが、顔だけ人間状態で法螺貝を吹いていた。


「こ、これはいったい……どういうことだ?」

「決まってるじゃない。土俵に来てやることといったら、ひとつ! 相撲よ!」


 アレとは、相撲のことでござったか……。

 また、意味のわからないことが始まる……。

 もう本当にこの村のぶっ飛び方は予想不可能・理解不可能だった。


「ブオオー……ふむ、皆、集まったようじゃの」


 じーさんが法螺貝から口を離し、改めて俺たちを見回す。


「それでは、はじめるかの」


 じーさんは、プラスチック製の瓶ビール入れを引っくり返しただけの台に昇る。


「えー、それではの。第1919回……限界村恒例の女相撲大会を開始するぞい」


 お、女相撲……。って、それじゃ、俺は参加しなくていいんじゃ……。


「今回は特例として、田々野凡人くんにも参加してもらう。もちろん、優勝者には豪華な賞品が盛りだくさんじゃ」


 そんなこと言われても、まつりたちは怪力だから、俺に勝ち目なんてないだろう。そもそも、男と女で相撲をするというのか……うわあ、ちょっと待て。


「それでは、各々、健闘を祈るぞい」


 そう言って、じーさんは台から下りた。


「……というわけですから、覚悟してください」

「ひなた、負けませんからっ」

「もちろん、あたしだってぇ!」


 うわあ、なぜか三人とも燃え上がってるし。


「……そ、そんなにこの相撲っていうのは、大事なイベントなのか?」


 別に相撲に特別な思い入れのない俺としては、そう思わざるをえない。


「当然です。限界村では、相撲が強い女が、いちばんいい女だと認められるのです」

「そ、そうなのか……」


 相変わらず、あずささんは風習とか伝統が大好き人間だ。そのさまは、もはや狂信者にも見えなくもない。


「そ、それにっ、優勝したら、好きな相手と結婚できるんですっ!」

「は?」


 ひなたちゃんの言うことが一瞬、理解できなかった。


「さ、サッカーチーム……作るんですっ」


 そう言って、ひなたちゃんは顔を赤くして、俺のことを見てくる。

 …………。……。……つまり、俺を目当てに戦うってことなのか……!?


「……前回チャンピオンとして、そう簡単に優勝は渡さないんだから!」


 ああ、まつりが前回優勝したのか……。まぁ、納得っちゃそうだが……。

 にしても、また雲行きが怪しくなってきたというか……また、俺の身に危険が……。


「それじゃあ、着替えるかぁ」


 言いながら、まつりはメイド服のスカートに手をかける。


「って、ちょっと待て。野外で着替える気か! って、きゃーっ!」


 俺は両手で自分の顔を覆う。もちろん、指の間から見てしまっているが。ストンとメイド服のスカートが下ろされて、そこにあったのは……。


「ま、まわし?」

「当たり前でしょ? つけるの面倒だから、あたしは家でつけてきた。まぁ、上は体操着だけどね」


 メイド服の上を脱ぐと、確かにそこには『一本木2―1』の文字。


 残念なような、そうでもないような……。まぁ、上半身裸になったら、相撲どころじゃないしな。


 見れば、ひなたちゃんも、あずささんも、それぞれが着ていた服を脱いで、まわしと体操着になっていた。


 まぁ……でも、やっぱり。まわし姿ということは、太ももとか超露わだし、後ろ向いたら、その、いろいろと見えてしまう。


 相撲中継を見ててもなにも思わないが(当然だ)、こうして女の子たちがまわし姿になっているのを見ると、目のやり場に困る!


「ほら、あんたも着替えなさいよ」

「は?」


 え? だって、俺、まわしなんて……。って、嫌な予感がしてきたのだが……。


「ほら、ちゃっちゃと着替えてください。まわしをせずに土俵に上がることなど許されません」

「そ、そうですっ」

「だ、だから、俺にはまわしなんて……」


 そう受け答えしながら、俺の嫌な予感は確信に変わりつつあった。


「そんなこともあろうかと、あたしの予備のまわしが……」

「って、やっぱりかあああああっ!」


 待て。女の子の股間につけたまわしなんて、つけられるかっ! ぶ、ブルマーだって、かなりハードルが高かったってのに!


「な、なによ……あたしのつけたまわしがつけられないっていうの!」


 ぐはっ。なんというデジャブ。ますます俺を戻れない世界へ落とそうというのか……。


「ほら、さっさと脱ぎなさいよ!」

「暴れても無駄ですからね」

「はぁはぁ、ひなた、なんだか、興奮しちゃいますっ」

「ひ、ひぃいぃいいいいいいいーーー!?」


 こうして俺は女の子たちにまわしを無理やりつけられた……。もうあっちこっち触られ、押さえつけられ、乱暴にされて……トラウマになるレベルだ。やっぱり女の子怖い。


☆ ☆ ☆


「う、うぅ……凡人、もうお婿にいけない……」


 なぜか、上半身裸にされてるし……。


「ふふっ、まわし姿、似合うじゃない!」

「にしても、貧相な体ですね……」

「でも、一定の需要があると思いますっ」


 だから、ひなたちゃんは、謎の方向性を出さないでくれ……。

 と、そこへ――。


「あらあら♪ 凡人さん、よく似合っていますわ♪」


 メイド服姿のかすみさんがやってきた。ああっ、かすみさんにまでこんな姿を見られてしまうだなんて……。


「わたしももう二十歳若かったら、参加するんですが♪」


 いや、もう絶対にいまのままでも需要があると思いますが。まぁ、それは言わないでおこう。ちょっと想像しちゃいそうになるけど、だめだめっ。刺激が強すぎる。


「……うむ。対戦表ができあがったぞい」


 じーさんが、大きな画用紙にマジックペンで、適当としか思えないトーナメント形式の対戦表を手近な木に貼る。


 まずは、俺VSひなたちゃん。もうひとつのほうは、まつりVSあずささん。


 実質、二回勝てば優勝なわけだ。俺の初戦がひなたちゃんということは、少しは気を利かせてくれたのだろうが……。しかし、昨日の体育で、ひなたちゃんが見かけによらず、力持ちなのはわかっている……。


 まぁ、どう見てもパワーがありあまってるまつりや、古武道だのなんだのやってるあずささんと戦うよりは、マシだろうが……。


 しかし、俺が勝ったところで、意味があるのだろうか。誰か好きな相手と結婚できるって、いまの状態と変わらないんじゃないか……?

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