神社でお掃除&お茶とお団子&『アレ』

 そして、帰り道。やや重い空気を引きずったまま、俺たちは田舎道を歩いていた。無言で四人、歩を進めるばかりだ。


「……それでは、さっそく、役に立ってもらいますかね」


 そんな中、あずささんがポツリと呟く。


「……なにがだ?」

「なにがって……凡人さんの仕事ですよ。もう忘れたんですか?」


 もちろん、忘れたわけはない。


「んなわけあるかっ。うしっ、なんでも手伝うぞ。こき使ってくれ!」


 やっぱり、お客様でずっといるのは窮屈でしかたない。少しでも役に立てるのなら、嬉しい。俺は殊更に、喜びを表現する。


「ふっ……まったく、わかりやすいんですから」


 あずささんはわずかに口元を歪める。それは、どこか優しい笑顔だった。


「……こいつに、なにさせるの?」

「ひ、ひなたも手伝いましょうか?」


 続いて、まつりとひなたちゃんも会話に参加してくる。

 やや、まだぎこちないけど。


「たいしたことじゃないです。境内や社務所の掃除ですよ。それなら、誰でもできますし」

「ああ、とにかくやらせてくれ! このまま世話になりっぱなしなのは、気が引けるからな」


 こんな俺でも、誰かの役に立つのなら、万々歳だ。



 そういうわけで、俺たちは神社に続く石段を登って、子種神社へ向かうことにする。相変わらず、石段を登るのはけっこう骨が折れる。女の子三人は、さくさくと登っていくが……。もっと、体力つけないとと思う。


 石の鳥居の前で頭を下げて、あずささんは社務所に入っていく。俺たちも同じように頭を下げてから、あずささんに続いて社務所に入る。


 当たり前だが、境内も社務所も無人だ。ここで毎日一人で寝起きしているのだとしたら、やっぱり心細いんじゃないかとも思う。


「それじゃあ……凡人さんは、能舞台の雑巾がけをお願いします。まつりさんとひなたさんは社務所を。わたしは社殿を掃除します」

「能舞台……って、外にあるあれか?」


 鳥居をくぐって、右手に木造のちょっとした舞台があった。人間が五人も入ればいっぱいになってしまいそうな。


「はい。毎日掃除してますが、今日は凡人さんにお願いいたします」

「オッケー、わかった。精魂込めて磨くぜ」

「それでは、まつりさんもひなたさんもお願いいたします」

「うんっ、任せて」

「がんばりますっ!」


 まつりからもひなたちゃんから、元気な返事が返ってくる。

 こうして、俺たちの子種神社の掃除が始まった。



 靴を脱いで舞台に上がり、水の入ったバケツを隅に置く。そして、手に力を入れて雑巾がけをはじめる。


 あずささんが毎日やっているというだけあって、すでに床は綺麗で、光沢すら放っている。どれだけ丹精に磨いてきたかがわかる。俺もそれに負けないように、隅から隅まで雑巾をかけていく。


 学校の掃除や、自分の部屋の掃除とちがって、とても楽しい。あずささんのためになにかをできることが、素直に嬉しかった。


 夢中になっているうちに、あっという間に床を拭き終ってしまった。これなら、毎日掃除に来てもいいぐらいだ。


「おつかれ様です。お昼にしましょう」


 舞台の外から、あずささんに声をかけられる。こうして境内にいるあずささんの巫女服姿は似合いすぎるほどに似合っていた。

 社務所の中に入ると、ちゃぶ台の前にまつりとひなたちゃんが座っていた。


「凡人、おつかれー」

「おうっ。社務所のほうは、終わったのか?」

「うん。やっぱり、あずささんは綺麗好きだよねー。あたしの部屋なんて、散らかりまくってるし」

「ひなたもです……」


 まぁ、二人の部屋もそれほどでもなかったと思うが……。


 でも、あずささんの場合は、別次元だな。塵ひとつ落ちていないとはこのことかと思えるぐらい、掃除が行き届いている。


「まぁ、わたしが暇だということの裏返しでもあります」


 そう言って、お盆に乗せた湯飲みを三つ、綺麗な手つきで俺たちの前に並べていく。そして次に、みたらし団子や焼き醤油団子の並べられた皿を俺たちに出した。


「……なので、あまり気にしないほうがいいということです」


 そう言って、あずささんは俺のことを見てくる。


「あ、あぁ……。そうか……そういうものか?」

「そうです。田舎ってのは、都会とちがって、暇なのが当たり前なんですから」

「うん。そう! あたしだって、毎日暇だし、お母さんも毎日暇そうだし。だから、凡人が来て、毎日暇してない気がする!」

「ひなたもですっ。凡人さんが来てから、毎日楽しいですっ」


 そう言ってもらえると、ありがたい気もする。それは、彼女たちの優しさかもしれないけれど。


 まぁ、いつまでもウジウジ考えていてもしかたがない! 考えるだけで、回りに余計な気をつかわせてしまうからな。


 仕切りなおす意味でも、俺は湯飲みをとって、茶を啜る。そして、みたらし団子を食べる。


「ん……うまいな! このお茶も、団子も!」


 香りも味も、とても爽やかで、お茶とは思えないぐらいにうまい。そして、団子のこの絶妙の弾力性と、みたらしの適度な甘さ。めちゃくちゃうまい。


「あずささんの淹れるお茶って、なぜかおいしいんだよねぇ。あと、お団子も!」


 そう言って、まつりも目の前の湯飲みをとって、お茶を一口啜り、団子を二つまとめて口にする。


「ふぅ、ふぅ……ひなたは猫舌なので、もうちょっと冷ましてから……」


 一方で、ひなたちゃんは小さな口で精一杯、お茶に息を吹きかけていた。


「お茶に使う水は、子種神社の井戸水を使ってますからね。それがいいのでしょう。あと、お団子作りは私の昔からの趣味ですから。味に自信はあります」


 そう言って、あずささんも綺麗な手つきで湯飲みをとって、一口。正座してお茶を飲む姿勢が妙にはまっている。それにしても、団子を自作するとは。商店とかコンビニがないので、こんなところでも自給自足能力が高いのかもしれない。


「……さて、明日の例の行事についてですが」


 ひととおりお茶と団子を飲み終えたところで、あずささんが話を切り出した。


「へ? 明日ってなにかあったっけ?」


 まつりが、きょとんとした表情で訊ねる。


「あ、ああっ。アレですねっ!」


 どうやら、ひなたちゃんはわかったようだ。そして、例のといわれても、村に来て二日目の俺には、わかるはずもない。


「アレですよ、アレ」

「……! あ、ああっ! アレかぁ!」


 あずささんに言われて、まつりも思い出したようだった。


「……その、アレってなんなんだ?」


 目の前でアレアレ連呼されれば、気になるのが 人情というものだ。俺もアレについて知りたい。


「まぁ……それは、明日のお楽しみということで。もちろん、凡人さんにも参加してもらいます」

「な、なんだよ、それ~」


 気になって眠れないじゃないかっ。


「へへ、負けないかんね」

「用意はもうしてあるんですか?」

「はい。村長が完成させてるはずです」


 なんなんだ? 勝ち負けがあるものなのか? そして、村長も協力してやる行事? 謎は深まるばかりだった。


※ ※ ※


 結局、その謎は明かされぬまま……掃除の後片づけを終えて、俺とまつり、ひなたちゃんは帰路へついた。


「……で、アレってなんなんだ?」


 まつりとひなたちゃんと歩きながら、訊ねてみる。


「アレって言ったらアレ。うん。アレ!」

「ひ、ひなたの口からは、言えませんっ……」


 なんか色々と妄想がかき立てられる反応だ。いや、しかし、健全なものであることを祈ろう。


「それじゃあ、また明日ですっ。ひなたも、明日は負けませんからっ」


 ひなたちゃんが手を振って、途中の道で別れる。その顔は、明日のことが楽しみなのか、笑顔だった。


「謎は深まるばかりだな……」

「ま、明日になればわかるからいいじゃない。せいぜい、あんたもがんばりなさいよ!」


 と、言われても、ナニをがんばるのだかわからんことには……。


 その後はいつものように(といっても、まだ二日目なのだが)、俺はまつりとともに民宿「草枕」に帰ってきた。

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