第三章『童貞と人生~選ばれた理由~』
生徒会開催~人生について考える童貞と彼女たちのタブー~
そして、帰りのホームルームが始まる。
「えー、それでは、ホームルームをはじめます。まつりさん」
「うぇい! 起立、気をつけ! 礼!」
学級会議のような、ちょっと改まった感じで、会が始まる。懐かしい感じだ。
「こほん。……それでは、ホームルーム兼生徒会をはじめます」
……生徒会とな? そもそも、全校生徒三人しかいないではないか。
「えー、まずは、転入生の件です。本日、つつがなく入学しましたので、田々野凡人さんを生徒会副会長に任命します」
「ちょっと待て。なんでいきなり俺が副会長だっ! というか、そもそも俺は明々後日(しあさって)には都会に帰る身だぞ」
「はわっ……凡人さん、か、帰っちゃうんですかっ……?」
そう言って、ひなたちゃんは俺のことを泣きそうな顔で見てくる。
「だ、だって……体験入村の期間は五日だろ? あと三日しかないじゃないか」
……そうだ。あと三日もすれば、俺は日常に戻らねばならない。あの……学校と家を往復するだけの、つまらない都会での日常に……。
……やっぱり、この限界村を離れるのは寂しい気持ちになる。こうして女の子に囲まれて充実した暮らしを送れるだなんて、都会にいた頃は思いもしなかった。
彼女いない暦十七年、これから先もずっと童貞を守り続けていくであろうと思われた俺が、いまやこんなにもモテモテなのである。そりゃあもう、非現実的なまでに、女の子に迫られ続けている。まさに、夢の世界。桃源郷じゃなかろうか。
……しかし、このままずっとここにいるわけにもいかない。民宿での宿泊費だって、払ってないんだし。
「……体験入村の件でしたら、延長可能ですよ?」
「そ、そうよ! うちだって、別に凡人の一人や二人増えたって、どうってこないし!」
「ひ、ひなたっ……凡人さんがいなくなったら、兎のように寂しくて死んじゃいそうですっ……」
そう言っていただけるのは、たいへんありがたい。こんな美少女たちにこう言ってもらえる日が来るなんて、いままでの人生では思いもしなかったことだ。
……俺の人生なんて路傍の石も同然。一生、女性から見向きもされずに生きていくと思っていたんだから。
しかし、俺も十七歳だ。真面目に将来のことを考えねばならない。軽い気持ちで体験入村に申し込んだが、本当に俺に田舎で暮らし続けていく覚悟がありやなしや。
俺の通っている高校は都内でも有数の進学校なので、百パーセント進学する。そして、ほとんどが難関大学に進む。早い奴は、入学とともに受験勉強を開始している。
そして、俺は……。こんな田舎に現実逃避に来ていることからもわかるだろうが、勉強というものに疲れを感じている。成績はそこまで悪くはないが、大学で本心からやりたい勉強というものもない。文系クラスだから、とりあえず文学部……ぐらいなもんだ。
そして、大学を卒業したあとに待っているのは、普通の社会人としての一生だろう。そのレールに乗り続けることに、魅力を感じないのは確かだ。
でも、それは皆そうだろう。安定した暮らしを続けるために、好きでもない勉強をして、大学をつつがなく卒業して、就活して、就職する――。それは、当たり前といえば、当たり前すぎることだ。
一方で、限界村に移住して暮らすという選択肢はどうなのか。
ここで、俺が役に立てる能力なんてあるのだろうか。やはり農業や林業などの第一次産業がメインだろうし、そうなると俺は非力もいいとこだ。今日の体育で痛感したしな……。これじゃあ、俺はこの年から女の子たちのヒモみたいになってしまう。それでいいわけがない。それでも……俺は――。
「……なにか、俺に手伝えることはないか?」
気がつけば、俺は三人に訊ねていた。
「へ?」
まつりが、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
「…………」
あずささんは、無言で俺のことをじっと見つめてくる。
「手伝える……ことですか?」
ひなたちゃんはパチパチと瞬きして、こちらの言葉を鸚鵡返しする。
俺が突然、変なことを言い出したので、みんなついてこれないらしい。
やがて、俺の意図を理解したまつりが口を開いた。
「べ、別に……あんたはお客さんなんだから、なにもする必要ないじゃない」
「……いや、俺がもし……この先も限界村で永住することになるとして、ずっと遊んでいるわけにはいかんだろ?」
「ひ、ひなたはそれでもいいと思いますっ」
うん。ひなたちゃんは優しいな。本当にその財力もあるんだろうけど……。
「……でも、やっぱり、それじゃあ、だめだろ。俺もなにか限界村のために役に立つことがしたい」
「それが子作りなんですけどね……」
ポツリとあずささんから言われるが、それはスルーしておく。
話が元に戻ってしまうし、仮に、俺がこの三人のうち誰かと結婚するとしても、それはまだまだ先の話のはずだ。
「うーん……じゃあ、うちの民宿でも手伝う? お客さん、年に十人もいないけど……」
そもそも、それで経営が成り立つというか……生活していけることが不思議でもあるな。いまさらながら。
「……前にも言いましたが、この村の住民はお金持ってますから。かつて村有地にあった鉱山から金だの銀だの出てましたからね。それで得た利益を先代の村長が村民に分配した結果……ほとんどの住人が、村の外へ出て行ってしまいましたが。皮肉なもんです」
「そうだったのか……」
そこで、俺の頭には、疑問が芽生えていた。薄々と気づいてはいたが、あずささんの両親も、ひなたちゃんの両親も、そして、まつりの父親も……いったい、どこにいるのだろうか。あずささんの話となにか関係があるのだろうか。
「……村の外に出ていったのは、わたしたちの家族だって例外ではありません」
俺の心を見透かすように、あずささんは話を続ける。
「ちょ、ちょっと!? あずささん!」
しかし、プライベートな話になりそうなところで、まつりが止めに入った。
「も、もうっ! そんな話まですることないでしょう!?」
俺も、つい気になってしまったが、他人の家のプライベートなことを好奇心で訊くなんて、いいことじゃない。
「……ひなたも、その話は……聞きたくないですっ……」
ひなたちゃんは、いまにも泣いてしまいそうな顔をしていた。もう……こんな話を続けるわけにはいかない。
「すまん……いや、訊くつもりはなかったんだが……うん。とにかく、すまん……」
俺としては、謝ることしかできない。そこまで訊ねるつもりはなかったが、俺の醸し出す空気がよくなかった。あずささん、鋭いからな……。心の中もお見通しなんだから、思うことも気をつけないと。
「ま、今日の生徒会はここで終わりにしましょう。他に特に議題があるわけじゃありませんし。それでは、まつりさん」
「……んっ。起立、気をつけ、礼!」
重苦しい空気の中、俺の参加したはじめての生徒会は終わった。
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