俺は、生き残ることができるのだろうか(童貞的に考えて)。
夕日が、まるですぐ目の前に落ちていくように、大きく見える。
都会とちがって、太陽の光がなくなると、あたりはかなり暗く見えることだろう。
そもそも、周りにビルなんて一つもない。三階建て以上の建物すらない。民家はほとんどが、平屋だ。
「それじゃ、また明日ですっ」
「うん! また明日、ひなたちゃん」
「ひなた、夏だからって、お腹出して寝てはだめですよ?」
「だ、大丈夫ですよっ……そ、それじゃ、凡人さん」
ひなたちゃんは俺のほうを向き直ると、上目づかいでこちらを見てくる。そして、とびっきりの笑顔で――。
「また、明日ですっ!」
弾ける笑顔に、俺の心はノックアウト寸前になる。……くぅ、やっぱり女の子の笑顔って破壊力抜群だよな……。
「あ、ああ……じゃ、また明日」
思わずしどろもどろになりながら、ひなたちゃんに返事をする。
ちがう、ちがう、ちがう……俺はロリコンじゃない。で、でも……見た目は小学生だけど、年齢は一コ下だから、セーフ? い、いやいやいやいや……。
「もー! なにあたしが見ている前でいい雰囲気になってるのよ!」
まつりが口を尖らせて、俺の脇腹をつねる。
「い、イテテテッ……つねるな」
「田々野凡人は、やっぱりロリコン、と……」
あずささんは巫女服の胸元から手帳と赤ボールペンを取り出すと、メモりはじめた。……両手に花かもしれないけれど、俺の思う以上に、この村での暮らしは大変かもしれない……。
果たして、この村を後にするまでに。俺はどうなっているのだろうか……。俺は、生き残ることができるのだろうか(童貞的に考えて)。
「んじゃっ! キリキリ帰るわよ! 夜はまだ長いんだから!」
「あっ、抜け駆けはずるいですっ」
「やはりこの場で既成事実を作ったほうがいいですかね、ほら、脱いでください」
「だああっ、ちょっと待て。あずささん、いきなり俺の服を脱がしにかかるのはやめてって、ここ往来のど真ん中じゃないか。ひなたちゃんも服を脱ごうとしない!」
「それがいいんじゃないですか」
「もうなりふりかまってられませんっ」
い、いやいやいやいや……。やっぱり、この子たちに常識は通用しない!
それから五分ぐらい騒動をして、ようやく俺は解放された。シャツが思いっきり伸びてしまったが……。
ともあれ。俺とまつり、そして帰り道が途中まで一緒のあずささんと、オレンジに輝く夕陽を浴びながら帰路を歩いていく。
「ま、どこまで綺麗事を言っていられるか、見ものですね」
「ふ、ふん……俺の童貞力をなめないでもらおうか」
ダテに彼女いない暦=年齢の童貞じゃない。
俺の煮え切らなさ、積極性のなさ、へたれ度を、そんじょそこらの童貞といっしょにしてもらっては困る。
童貞をこじらせまくって美学にまで昇華させている俺を舐めないでもらおうか。……正直、今日はちょっとやばかったけど。
「それじゃ、わたしはここで」
神社の石段の前で、あずささんが立ち止まった。
「んっ、あずささんまたね」
「くれぐれも抜け駆けしないように」
「えへへ……善処します!」
「凡人さんも、その童貞力を遺憾なく発揮して童貞を守ってください」
「ああ、任せとけ」
そう言った俺のことを、あずささんはじっと見てくる。そして、
「……信じてますから」
念を押すように、言う。その瞳は真剣そのものだった。
「あ、ああ……」
こうして改めて、あずささんの顔を見ると、本当に美人だと思う。
腰のあたりまである長い黒髪はサラサラと流れるように美しく、無表情の中にも、吸い込まれそうな黒い瞳が魅力的だ。それに、紅白の巫女装束が、ミステリアスさを醸し出している。
そして、性格というか言動は意味不明すぎるというか、ぶっ飛んでいるけど……。それも含めて、俺はあずささんに惹かれつつある。……もっとも、どの女の子にも惹かれていることを白状せねばならない。
「では……また明日」
あずささんは踵をかえすと、神社の石段を登っていった。その背中は、ちょっと寂しそうだ。
「んじゃ、あたしたちも帰ろっか」
「ああ……」
俺とまつりも、残りの帰路につく。
限界村の民家にも、ポツポツと灯りがともりはじめていた。暗闇の中の明かりは、どこか心をホッとさせるものがある。
都会とちがって、田舎の暗闇は深い。本能的に、夜は怖いと思えてくる。それでも、隣にまつりがいてくれることで、とても安心感がある。
「ね、あずささんも、ひなたちゃんもいい子でしょ?」
「ああ、そうだな……。俺のような他所者に、こんなに最初から打ち解けてくれるんだからな」
最初は監禁されたり、童貞を奪われたりしそうになったがな……。とりあえずは、親交を深めるという方向性になりそうだ。たぶん……。
「まつりもありがとうな。お前が俺の言葉を聞いてくれなかったら、神社で俺は強引に童貞を奪われていたかもしれん」
……うん。ひなたちゃんとあずささんなら躊躇なく……もとい、嬉々として、あの場で俺の童貞を奪いそうだ。……ちょっと想像してみる。
『ほらほら、体のほうは正直じゃないですか? わたしのことを女王様って呼んでもいいんですよ?』
『えへへっ♪ 凡人さん、もう終わりなんですか?』
ああ、危ないところだった……。まつりが見かけによらず常識があってよかった。メイド服姿を見たときは、やばい奴筆頭かと思ったのだが。
「じゃ、貸しひとつね♪」
なんですと?
「命の恩人なんだから、あたしと付き合いなさいよ!」
くっ。やっぱりまつりも限界村民か。このアグレッシブな攻めは、プロサッカーチームも見習ってほしいところだ。
「それとこれとは別だ」
「もー、カタクナなんだからー」
そうやってまつりと馬鹿話をしているうちに、民宿「草枕」に着いた。
最初にここへ来てから、ずいぶんと長い間外にいた気がする。童貞を喪うことなく無事に帰ってこれて、本当によかった。
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