子宝双六!~日本に実在したハーレム将軍~
ひなたちゃんを先頭に屋敷の廊下を移動し、奥の部屋へやってくる。
幽玄な水墨画の描かれた襖を開けると、古そうな家具の上に日本人形とぬいぐるみが並んでいる。ベッドはないので、押入れに布団があるのだろう。
テレビはあるが、ゲーム機の類はない。
「よいしょっ」
ひなたちゃんは襖の下の物置スペースから、ボードゲームを取り出した。
「ひなた、負けませんよっ」
「いよっし、やるかぁ!」
やる気マンマンのひなたちゃんとまつり。ボードゲームなんて久しぶりすぎる。
もう十年ぐらいやってないんじゃなかろうか。
「って、これは……」
俺は目の前に広げられたボードゲームを見て、目を見張った。市販のそれではない。手作りなのだ。
「子種神社謹製、子宝双六です」
くっ、こんなところにもあずささんの魔の手がっ!
……よくよく見てみると、どのマスも子供を産むばかりじゃねーかっ! 子作りに励んで二人生まれるだの、ハッスルして五人産むだの、明るい家族計画に失敗して一人産まれるだの、なんちゅー双六だっ!
「最終的に、子供を何人生んだか競うゲームですっ」
い、いやっ……これ、百五十マスぐらいあるから、サイコロで六を出しまくっても、終わりには子供が五十人とかになってそうだが……。
……ともあれ、子宝双六は始まった。
「あ、三人産まれた!」
「はぅっ……三回続けて中折れです……」
「山芋で精力増強、七人産まれる、と……」
なんでこんな逆セクハラ双六をやらないといけないんだ……。
「うむ、四人産まれた……」
……って、そんなポンポン子供が産まれるってどういう状況だ。ハーレムか、この双六の世界は。
そして……一時間ほどで、双六は終わった。
結果発表! まつり、五十二人。ひなたちゃん十一人。あずささん五十三人。俺、二十五人。僅差であずささんが勝利である。
「ふふん、製作者をなめないでください」
「あーっ、あと一人だったのにー!」
「ううっ、でも……ひなたはサッカーチームができればいいですっ」
「なんか、すごく疲れたぞ……」
まるでそれだけの子供を作らされたかのような疲労を感じる。俺、三人に搾り取られて死ぬ……。
五十三人も子供作るなんてありえないだろっ!? ……というツッコミもあるかもしれないが、つい百数十年前の日本で例がある。
江戸幕府の第十一代将軍徳川家斉は特定できるだけでも側室が二十八名いて、子供が五十三人いたのだ(成人したのは二十八名)。しかも、精力増強のためオットセイの陰茎を粉末にしたものを飲んでいたので「オットセイ将軍」とも呼ばれたりしたらしい。
なんという無駄知識。……ハーレムは異世界じゃなくて江戸時代にあったのだ……。やっぱりエロ時代なんじゃないのか、春画といい。
まぁ、それはおいておいて……これは仮説だが……この村が限界集落になってしまったのは、絶倫な女子によって男子が搾り取られすぎたからじゃないのか? あるいは衰弱し、あるいは逃亡し……そして、人口が激減した。……そんなバカな。
でも、穴が違、いや、あながち間違っていない気がする。いかん、俺の脳もシモネタに毒されてきているっ!?
「もう一回勝負!」
「ちょ、ちょっと待て! ……俺の体が持たない。今日はもう休ませてくれ」
腕まくりして再戦する気マンマンのまつりに哀願する。
「なによー、だらしないなー!」
「すまん、でも、疲れてるんだよ……」
新妻を持て余す夫のような心持ちで、まつりをなだめすかす。
考えてみれば、今日はほとんど休みながないようなもんだからな。飛行機と電車の移動だけで何時間かかったと思ってるんだ。
「まぁ、いいんじゃないですか? まだまだ日数はありますし。必ず、落としてみせますから」
落とすって、俺はギャルゲーの攻略対象かなにかか……? はたして俺は、この村を去るまでに童貞を死守できるのだろうか。正直、自信がなくなってきてる。
「ひ、ひなたも負けませんっ。必ず凡人さんに子作りしてもらって、サッカーチームを作りますっ」
面と向かって、そんなことを言われると、やっぱり恥ずかしい。
そ、そんなに俺の子種が欲しいのかー!?
いや、だが、しかし……。そんなの不潔よ、不潔っ!
俺は清純風紀委員長の如き心を取り戻して、断固、童貞を死守する決意を固める。がんばれ、俺の心の中のメガネ風紀委員長!
『そうだわ! 凡人くんは、清く正しく美しい童貞――選良中の選良、童貞のなかのエリート童貞! キング・オブ・童貞! 決して誘惑になんか負けないでっ! この童貞!』
ああ、俺は負けない。俺は童貞を守り通して、委員長と添い遂げる……!
って、そんな委員長、現実にはいないんだけどな。というか、最後のほう悪態ついてないか?
「んー。じゃ、そろそろ帰るかぁ……もう、いい時間だし」
そもそも、こちらについたのが午後二時頃だった。それから神社に監禁されて、温泉で貞操の危機を迎えて、ひなたちゃんちで遊んで、と……。
腕時計で時間を確認してみると、午後五時半。うん。いい時間だ。よい子の皆さんである俺は、可及的速やかに帰宅すべき時間だった。
「それじゃ、ひなたちゃん、また明日ー」
「あ、はいっ……また、明日ですっ。家の前までお見送りします」
ボードゲームを片すと、俺たちは再び外に出た。
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