ひなたちゃんちであそぼう! 

 さて、無事に着替えて、俺たちは再び村内を散策しはじめた。


「えーっと、次はどこ行こーかなぁ? ……って、もう他に行くところないんだけど……! ど、どうしようっ!?」

「そ、そうなのか……」


 まぁ、牧場だのキャンプ場だのの観光資源があったら、過疎になっていないだろうしな……。しかし、いきなり散策が終了ってのも。


「うー、じゃ、ひなたちゃんち行こっか?」

「わたしの家ですか?」

「そそっ。じーちゃん、元気?」

「あ、あいかわらずですっ」

「……今日は村長、家にいるんですか?」

「は、はいっ……たぶん家にいると思います」


「えっ、つまり、ひなたちゃんの家に村長がいるのか?」

「あ、はいっ、おじーちゃんが村長なんです」


 なるほど。ひなたちゃん、権力者の娘でござったか……。そのわりには、ちっとも居丈高なところがないし、むしろいい子だけど、ひなたちゃん。


 んー、どんな人なんだろう、ひなたちゃんのじーさん。村長ということは、一応、この村で一番の権力者なんだし、いかめしい感じなのかな?


「こっちですっ」


 そんなことを考えているうちに、本当にひなたちゃんの家に決まったらしい。

 そのまま歩いて、道路を進んでいく。まぁ、道路といっても、舗装されてから長い年月がかかっているのか、そこらじゅうひび割れている。というか、ちょっと横道に入って民家のほうへ行けば、砂利道だった。都会じゃありえない。


 ともあれ、歩くこと三分ぐらい。俺たちは立派な門構えをした豪邸の前で立ち止まった。瀟洒な作りの純和風建築は、ちょっと威圧されるぐらいの雰囲気を持っている。建てられた年代も古そうで、格式が感じられる。


「やっぱり、いつ見てもひなたちゃんちはイカツイねー。まるで要塞みたい」


 まつりが言う。確かに、その例えがしっくりくるぐらいの大きな屋敷だ。五世帯ぐらい一緒に暮らせそうなぐらい。木製の立派な門もあるし、塀もしっかりと張り巡らされていて、その上に瓦が葺いてある。もうこれ、指定文化財かなんかになれるんじゃないかってぐらいだ。それにしても、


「ほんと、大きな家だな……」


 都会のせせこましい住宅事情の中で生きる俺としては、感嘆する他ない。


「でも……住んでいるの、わたしとおじいちゃんだけですからっ……」


 そう言ったひなたちゃんは、どこか寂しそうだった。


 つまり、ひなたちゃんの両親は……家にいないということだろうか。村の外に働きにいっているのか、あるいは……。


「それじゃ、どうぞっ……」


 ひなたちゃんを先頭に、俺たちは門をくぐって敷地内へ入っていく。


 まず、目を惹くのは立派な庭園。どこから水を引いているのか(井戸だろうか)、小池もあり、錦鯉まで泳いでいる。そして、亀が池の縁でひなたぼっこするように、何匹も固まってぼーっとしている。


 こんな豪邸に来たことなんていままでなかったので、ちょっと気が引けてしまうというか、居心地が悪いというか。屋敷の玄関に来るまで、ずいぶんとかかった気がする。


「さ、入ってくださいっ」


 ひなたちゃんがガラガラと引き戸を開けて、家の中へ入る。


「お、お邪魔しまーす……」

「ちわー!」

「……お邪魔いたします」


 三者三様の言葉をかけながら、俺たちはひなたちゃんちに入る。

 と、そこには――。


「うわ――っ!?」


 目の前に、熊がいたっ! ……! ……? ……。い、いや、熊の剥製がいた。 玄関を上がってすぐのところに、仁王立ちしていたものだから、びびった。


「あ……あははっ、やっぱりびっくりするよね~。あたしも最初にひなたちゃんちに来たときは、死んだフリしたもん!」


 正直、かなり心臓に悪い。


「ほんと、びっくりしたぞ……まさか、いきなり熊の剥製だなんて」

「グルオオオオオオオオオオッ!」


 って、熊動いてるっ! 本物じゃねーか!?


「ひ、ひいいいいいいっ!? これ本物なのっ!? 死んだフリしないと!」

「待ってください、わたしが子種流古武術でなんとかします。熊でも金的は効果があるはずですから」


 仰向けで倒れて死んだフリをするまつりに、妖しい構え(両手をわきわきさせながら足でリズムを刻む)をするあずささん。しかし、ひなたちゃんだけは冷静だった。


「お、おじーちゃんっ!」


 ……おじーちゃん? え? えええっ!? ひなたちゃんの祖父は熊だった……?  混乱した頭でそう考える俺。しかし、それが間ちがいであることはすぐにわかる。


「ぬはははははは! いやー、すまんすまん。若い者が来ると聞いて、つい年甲斐もなく張りきってしまったわい!」


 カポッと熊の顔を外して中から顔を出したのは、禿げ上がった頭に子供っぽい顔をしたじーさんだった。


「も、もぉー! こんなところで死ぬかと思ったじゃない!」


 ガバッと起き上がって、じーさんに詰め寄るまつり。


「ぬはははははっ! 大成功だったみたいじゃのう! ともあれ、まつりちゃん、また、いちだんとかわいくなったのう。どうじゃ、わしとデートせんかね?」

「だ、誰がっ!」


「おじいちゃんっ、ひなたの友達をナンパするのはやめてくださいっ」

「……相変わらずの色ボケジジイのようですね」

「おうおう、あずさちゃんもきれいじゃのう。お茶でも飲まんかね?」

「全力でお断りします」


 俺はというと、目の前のやりとりに、ただただ呆れるばかりだった。なんだこのじーさんは。これが村長?


「も、もうっ、おじーちゃん、お客さんの前なんですからっ、恥ずかしいことはやめてくださいっ」

「ふむっ、悪ノリがすぎたようじゃの。どれ、あらためて自己紹介しようかの。わしが限界村村長の三月兎千広さんがつうさぎちひろじゃ。ちーちゃんと呼んでくれてかまわんぞ?」


「お、俺は……田々野凡人です。よ、よろしくお願いします」

「齢(とし)はいくつじゃ?」

「十七です」

「おおっ、わしがこの村に来たのと同じ齢じゃな」


 つまり……このじーさんは、もともとこの村に住んでいたわけじゃないのか? 


「わしは九十年前にこの村に連れてこられてのう。三人の娘との大恋愛の末に、ばーさんを選んで結婚したんじゃ。そのばーさんも、三年前になくなったがのう……」


 それは、俺のパターンと同じということだろうか。九十年前にも同じようなことがこの村であったのか? 確かに……先ほど神社で、あずささんは「長年続いてきた村の伝統」といっていたが……。


 ……って、このじーさん、いまの年齢百七歳か! 若々しいな! 七十ぐらいにしか見えない。正直、こんなじーさんと二人暮らしなんて、俺はひなたちゃんのことが心配だ。


「んん? なになに、わしと一緒に住んでいるひなたが心配? ぬははははは! 安心しろ、若いの。わしは、死んでもばーさん一筋じゃから」

「うっ、い、いやっ……その俺は」

「顔に書いてあるぞいっ♪」


 なっ、このじーさん、人の心が読めるのか。それとも、俺ってそんなに思っていることが顔に出やすいのか!?


「なに、年の功じゃよ」


 それで片付けられるものなんだろうか……。


「と、とにかくおじーちゃんはあっちにいっててくださいっ。ひなたたちは凡人さんと親交を深めるんですっ」

「うむ、うむ。青春じゃのう。どれ……裏山で鹿でもとってくるかの」


 じいさんは再び熊の顔をカポッと被ると、靴入れに立てかけてあった猟銃のようなものを手にとって出て行った。


「あの格好で大丈夫なのか……?」


 傍目には、熊が猟銃持って歩いているようにしか見えないんだが……。


「まぁ、いつものことですから」


 あずささんがこともなげに言う。まぁ、この村ではごくありふれた、とりたてることのない、日常の光景なのだろう。


「あれでも、あのじーちゃん、旧帝大卒だかんね。頭切れるよ」


 よごれたメイド服のスカートをパンパンとはたきながら、まつり。


「そ、そうなのか……」


 アレか……頭がよすぎて、奇行に走るたぐいの人か……。


「と、とにかく気を取り直して、ゲームしましょうっ」


 ゲーム? いったいなんのゲームだ? テレビゲームか、あるいは……。

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