清く正しく美しく童貞~童貞道の伝道師VS超肉食系女子~
「ほら、さっさと体洗お!」
恐怖に身を震わせる無力な俺を、まつりは強引に露天風呂に連れ出してしまう。
人が二十人ぐらい入れそうな、大小さまざまの岩で囲まれた露天風呂。
その反対側に、体を洗う場所が十箇所ぐらいある。蛇口に、木製の桶に椅子。ボディソープやシャンプー、リンスも備え付けられている。
その中央の席に、俺は三人がかりで強引に座らせられた。
ちなみに、左右の腕や、背中に柔らかい膨らみが惜しげもなく押し付けられていることを、特記せねばなるまい。マシュマロ地獄……いや、天国か……。
さすがに、これ以上は、俺の理性がもつかどうかはわからない。これ以上、ナニかされたら……。そう思うだけで、身震いしてしまう。
「えーっと、担当どうする? 誰がどこ洗う?」
恐怖に打ち震える俺の周りで女の子たちが相談をはじめる。
「わ、わたしはっ……前がいいですっ」
もうひなたちゃんの暴走に慣れてきてしまったよ、俺は……。もう俺は座して運命を受け入れるしかないのだろうか。
「ようやく静かになりましたね。人生、諦めが肝心です。では……わたしは、あえて背中で」
いやもう、抵抗する気力を失ったというか……。三対一じゃどうにもできないし、みなさん田舎育ちだからか、俺よりもよほど腕力が強いし……。
「んー、じゃあ、わたしは腕とか足? なんかいちばんつまらないかも!」
い、いや……面白いとかつまらないの問題なのでせうか。
思わず、脳内言語が明治時代の文章語みたいになつてう。乃公(おれ)はこのままでは、どうなつてしまうのだらふか?
走馬灯のように、家族や友人の顔が浮かぶ。主に、妹尾くんの顔しか浮かばなかった。俺、妹尾くんしか友達いなかったんだったんだよな……。
もしかすると、これは初恋ってやつだったのかもしれない。まさか、俺の初恋の人が妹尾くんだったなんて……。ちなみに、妹尾君は男の娘みたいな容姿である。時代はやっぱり、男の娘なのか。
「なに、ぼーっとしてんのよ?」
「ふえ?」
フルスロットル現実逃避から目覚めた俺は、まつりの顔を見た。しかし、顔と胸がセットになっている……というか、視界に同時に胸と顔が入ってきてしまう!
なんて目に毒なんだ! だが、乳首は湯気のために見えていない。セーフだ。きっと、セーフだ! 心の中でどこかに言いわけをしながら、俺は毅然とした態度で言い放った。
「見ざる聞かざる感じざる」
俺は猿になる。いや、猿のように~する、の猿ではなく、日光東照宮に彫られている(掘られているではない)猿だ! 正しくは『見ざる聞かざる言わざる』だが!
「は、はあ!? なによ急に!?」
「ついに頭がおかしくなりましたか?」
「そ、そのほうが好都合ですっ……いまのうちに既成事実をっ」
三者三様の反応を見せる全裸娘たち。だが、ちょっと待ってほしい。俺はアサっての世界にイってしまったわけではない。
「……これからナニをされても、俺は見ないし、聞かないし、感じない。わたしはマグロになりたい」
俺は悟りを開いたかのような澄んだ面持ちで、目の前のザ・性の逸脱娘たちに語りかける。
「男子が草食系になったと言われて久しい。女子の肉食化が進んでいるとも聞く。だが、待ってほしい。これでは超肉食系……もはや恐竜系女子といってもいいぐらいじゃないか。……嬉しいか? ティラノザウルス系女子だの、トリケラトプス系女子とか呼ばれて男子から全力で恐れられて逃げられても」
論破。その甘美な響きが、俺の全身に波動となって広がっていく。
完璧じゃないか。これで、少子化のあまり血迷ってしまった乙女たちの心もきっと浄化されて、元の清らかな少女たちに戻ってくれる。そう俺は確信していた。
「てぃらのざうるすけいじょし?」
まつりが面食らったような表情になる。
うむ、そうだ。改心して、正しきヤマトナデシコの道に戻ってくれ。いまならたぶん間に合う。だが、
「それっ……すっごくかっこいいですっ! ひなた、てぃらのざうるすけいじょしになりたいですっ!」
ひなたちゃんは目を輝かせていた。……やっぱり、この子がいちばん手ごわいかもしれない。
「頭がおかしいのは通常営業みたいですが、そんな意味不明な言動で惑わされるような人間はいませんよ?」
くっ、あずささん的には俺の頭のおかしい人認定がますます進んでしまっただけか……。だが、
「うー、ティラノザウルスかぁ……そう言われると、あまりがっつくのも品がないのかなぁ……」
いちばんアレそうなまつりが、理解を示してくれるのは意外だ。メイド服なんぞ着てたから最もアレな奴だと思ってたのに。
まあ、ちょっと惜しい気もするが、俺は少女たちを正しい道に導かねばならない。きっと、それが俺に課せられた使命だ。
「そうだ。さあ、清く正しく美しく童貞道に邁進しよう」
俺は大陸からやってきた宗教の伝道師のような心で、少女たちに訴えかける。
「で、でも……いつまでも処女ってのもいやだなぁ……」
「そ、そうですっ……はやくサッカーチームを作らないとっ!」
「まったく。そんな後ろ向きな考えだから、少子高齢化が進んでしまうんです。さあ、四の五の言わずに子作りしてください」
くそっ。結局、また振り出しに戻ってしまったじゃないかっ。手ごわすぎるぞ、この娘たち……。
「ともかく、こんなところでの不純異性交遊は認めない。神聖なる温泉を穢すわけにはいかんじゃないか」
温泉好きの俺としても、容認できない。俺は、純粋に温泉の成分を心ゆくまで堪能したいんだ!
「んー、ともあれ、体、洗っちゃうね」
「い、いや! やっぱり自分で!」
押し留めようとしたが、時すでに遅かった。
「ぬる、ぬるっ」
ボディソープを手につけたひなたちゃんが、俺の前にちょこんと座って、ヘソのあたりを素手で洗い出したのだ。
「う――おぉおおおおおおおおおおおおっ!?」
臍下丹田には、気が集まるという。そこをひなたちゃんの、ちっちゃな手のひらでぬるぬるされてしまう。
「ぐ、おおおおおおおおおおおお……っ」
俺は全身を痙攣させながら、この苦行に耐える。
「それじゃ、わたしもはじめます。ふーっ」
「おっ、ほぉおおおおおおおおおおおおおっ!?」
あずささんから耳の穴に温かい吐息を吹きかけられて、素っ頓狂な声を上げてしまう。しかし、攻撃はそんなことでは終わらない。
「では、失礼します」
「――っ!?」
あずささんは俺の背中を触れるか触れないかの絶妙なタッチで洗いはじめた。寒気がするぐらい、くすぐった気持ちいい。お、おそろしいテクニックだ……。
「ふふ……我慢は体に毒ですよ?」
耳の穴に息を吹きかけながら、妖艶に誘惑してくるあずささん(18)。
だ、だがしかし……! いまの俺は見ざる、聞かざる、感じざる!
不動心は、揺らぐことはない。俺が風林火山だ!
「あー、じゃあ、あたしも腕と脚ごしごしするっ」
そう言って、まつりが俺の太ももとか、膝の裏側の敏感な部分とかを重点的に両手で擦ってくる。
「う、ううううううほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
三位一体の攻撃に、陥落寸前だった。それこそ、さっきまつりが言ったように、目の前の女の子たちを押し倒せてしまったらどんなに楽だろうか。
……でも、俺は紳士だ。健全図書の最後の砦だ! そんなわけのわからん決意を胸に、女の子たちの耐え続けた。それは、健全な少年男子である俺にとって、天国であり地獄ではあったが……。
……。
永遠とも思える時間が終わりを告げる。
……そう、俺は見事に耐えきったのだ。この、天使のようで悪魔のような女の子たちの魔の手から。
「……見上げた根性ですね。口だけではないということは、わかりました」
背後のあずささんから、そんなことを言われる。今度は、耳元で囁くのではなくて、普通の口調で。
「ううっ、サッカーチームの夢は遠そうです……」
俺の両足の間で涙ぐむひなたちゃん。……ごめんよ、俺は紳士なんだ。
「ぬー、あんた手ごわいわね」
奇遇だなまつり。まったくの同感だ。
「では……諸君。それでは、風呂に入ろうではないか」
耐え抜いた俺は、爽やかに女の子たちに呼びかける。
「なんかむかつく」
「では、もう一度洗いますっ?」
「練習は終わりです。本番いきましょうか?」
三者三様に、不穏な空気が流れる。
「いえ、申しわけありません。温泉に入ってもよろしいでしょうか、お嬢様方」
本気を出されたらマズイと、低姿勢に努める。保身というか、全ては俺の童貞と健全な世界を死守するためだ。
「わかればよろしい」
くそぅ……。なんだか、すっかり上下関係が出来上がってしまっている。でも、しかたないじゃないか。この性獣どもを暴発させたら、俺の身が危うい。
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