そうは言っても元からガリ勉だから



 わたしはまな板の上の鯉です。


 

 期末試験がはじまる。

 自慢ではないけれどもうちの高校はとても偏差値が高い進学校で、中学校の定期試験に比べればその試験範囲も科目数も膨大だ。とてもではないけれど、一夜漬けなどで対応できるものではなく、事前に計画的にこなしていかないと悲惨な結果になって、夏休みも補講に駆り出されることになるのは目に見えている。そんなわけで、試験のかなり前から期末試験に向けて教室全体がピリピリとしたムードに包まれていて、でも唯とギクシャクしたままのわたしにとっては、それは少し助かることでもあった。教室全体がピリピリしているおかげで、わたしと唯の間にある微妙な張りつめた緊張感から、少しは目を逸らすことができたから。

 唯は宣言した通り、近頃わたしと一緒にお昼を食べていない。なんだかんだと付き合いの広い唯は、わたしと一緒にお昼を食べなくなっても、すぐに別のイケてる系の四人組のテーブルに加わって、楽し気にお喋りをしながらお昼を食べていた。わたしは机の上に教科書を広げ、さも勉強に忙しいんですという顔をしながら、ひとりで黙々とエトワールのパンをかじっていた。こんな時、片手ですぐ食べ終われるエトワールの惣菜パンはありがたかった。ひとりでお昼ごはんを食べている違和感を、ほんの少しだけ和らげることができる気がする。

 わたしのことは、クラスの人たちには単純に、勉強にがむしゃらな人なんだなと思われていたような気がする。ちゃんと話したことがないから分からないけれど、ダークブラウンのサラサラヘヤーに腰のところで二回クルクルと巻いたほどほどに短いスカートで、お昼休みにもエトワールの惣菜パンを片手に教科書を開くわたしの姿は、少し異様に映ったかもしれない。見た目と中身が一致していない。とはいえ、なにしろ実際問題として試験範囲は膨大であり、そしてもうこの高校に入学してしまった以上は、わたしたちは落ちこぼれるわけにはいかないのだ。そういった危機感から、クラスの中でも気合いを入れて勉強している人は決して少なくはなかった。テスト期間を前にしてがむしゃらに勉強をする茶髪の垢ぬけた女子高生は、多少の違和感があったところで、別に圧倒的マイノリティというわけでもなかった。頑張って偏差値の高い学校に入った甲斐があったというものだ。

 唯はわたしにとって、ほとんど唯一のかけがえのない友達で、唯が離れていってしまった途端にわたしの高校生活というのはどうしようもなく孤独だったのだけれど、唯のほうにはそんな悲壮感がちっとも感じられなくて、わたしはますます悲しくなってしまう。唯にとってはわたしはたくさんの友達の中のひとりにしか過ぎなくて、決してオンリーワンではなくワンオブゼムでしかないのだという事実に、胸が痛む。チクリと痛む。

 なんだかいろいろなことが最低だった。どこで間違えてしまったんだろうとひとつひとつ道順をさかのぼって考えてみるのだけれども、ここで間違えたのだというはっきりとした選択肢が見えてこない。たぶん、いろいろなところで少しずつ、ちょっとずついろいろなことを間違えていって、その小さな間違いの積み重ねが最終的に大きな掛け違いになってしまっているような気がする。

 こんなほんの少しのこと、ちょっとしたことで、ちゃんとうまく回っていたはずの高校生活が根本から崩れ落ちてしまう。終わってしまう。損なわれてしまう。失われてしまう。そのことが無性に悲しくて、ふとした時に本当に泣きそうになっている自分に気が付いて、わたしはまたがむしゃらに勉強をする。おかげで期末テストの仕上がりだけは上々だった。たぶん、かなりの上位の成績が取れると思う。だからいったいなんだっていうんだって感じなんだけど。

 期末テストが終わってしまうとそのまま試験休みに入って、あとはテストの返却と終業式だけがあって、またすぐ夏休みに突入してしまう。唯と顔を合わせる機会も、しばらくなくなってしまう。わたしと唯の間にはどうしようもない断絶があって、それは時間を置くごとに決定的になっていくような気がして、早くどうにかしなければと思う。焦る。でも、なにをどうしたらいいのか全然分からなかった。

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