幸せについて
最近姉の友人が結婚式を挙げた話を聞きました。
幸せそうに笑う新郎新婦の写真を見せてもらったのですが、こちらまで笑顔になってしまう子供のような笑顔に幸せを分けてもらいました。
まあこうして他人の幸せを自分の幸せのように感じられると、心にも精神にも好影響なのは言われるまでもないかと思いますが、なかなか人の幸せを心からお祝いするのは難しかったりします。
状況によりけりですがね、人が幸せであることを自分の状況と照らし合わせて比べてしまうと、なんだかとっても自分が劣っていたり不幸であると感じることが多々あります。
本来このように比べたところで自分でない相手との差など考えたところでまったくの無駄なのですが、相手の立場に自分を置き換えて考える力が強いとも言えるので一長一短ですね。
脱線を重ねてしまいました。
本題に戻りますと圧倒的幸福感に溢れる幸せを何故人はネガティブなイメージにも捉えてしまうのか、これを少し考えてみます。
1.前述の通り「状況の比較」これがなんだかんだ一番の理由でしょうね、大金持ち・スーパースター・美男美女・カップル等々、誰もがうらやむ成功者はその手の届かなさも自分が劣っていると感じる要素の一つかもしれません。
2.単に他人の幸せが気に食わないというのもありますね。性格の問題ですが他人が幸せそうにしているのを見るのが嫌い苦手と感じる人だって当然に居ます。
3.1と2に準じますがそういった方々の態度や言葉を聞いていて同調しているうちに同じように考えるパターンも考えられますね、人に合わせて考えるのは自分の思慮で行う必要がないので手軽なのでしょう。
4.これは私が思いついたのですが、動物として他の生き物の幸せを良く思わないようになっている本能があるのでは?
他の生き物が幸福感あふれる生活を行っていれば種としての危機感を本能が感じる等、競争心の本能みたいに他人の幸せを嫌忌するなんてのも考えられないでしょうか。
結論はでませんが自らの考えを整理できたので良しとします。
何であれ私はなるべく人の幸せを自分と同じように喜びたいと思っています。
常にそうあれないですが、人の幸せを腐して蔑むのは精神衛生上よくないです。
自分の幸せも他人の幸せも共に喜び合える人間になりたいと思う今日この頃でした。
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