魔導聖騎士 スイート☆パラディン Happy Ending!

黒道蟲太郎

本編(全49話より一部抜粋)

プロローグ

プロローグ[Side:H]

「――終わりである」

 聞くだけで押しつぶされそうな低く重苦しい声。ふたりの少女は、力無く地に伏したままそれを聞いた。

「女王ムーンライトの無知で無力な奴隷達よ」

 生命の気配を感じさせぬ、ぞっとするほど渇きひび割れた荒野。肺の灼けるような空気。荒々しくそびえ立つ幾つもの岩の柱。轟く雷鳴。そしてそれらを包み込む、闇。闇。闇。中学校の制服姿で倒れる娘達を、その全てが嘲笑うように見下ろし、または見上げていた。

「この呪わしき我が支配領域、ヤクサイシンこそが。貴様らのつまらぬ人生の終着点となるのである」

「ナナぁ! ダメだッチ、起きるッチ!」

 男の裏声めいた甲高い声と共に、ネズミかクマを想起させる青いモコモコのぬいぐるみが懸命に少女を揺さぶる。

「ここで倒れたら、ショトー・トードは……そしてキミ達の世界は、ファクトリーはどうなるッチ!」

 ナナと呼ばれた短髪の少女は、うつ伏せのままぴくりとも動かない。

「お願いだリー、目を覚ましてリー……」

 ピンク色をしたもう一体のぬいぐるみは、その隣で倒れている長髪の少女に力無く声をかける。やはり返事が無い。

「駄目、いづみ、負けちゃ駄目だリー……」

 無理からぬことである。ナナもいづみも、この連戦で体力を、そして内なる魔導力をあまりにも消費し過ぎたのだ。町に二体も同時に現れたプリッキーを人間に戻し、そのまま幹部たるスコヴィランの戦士達を四人も倒し、その足でヤクサイシンへのゲートへ飛び込んだ。そこで待ち構えていたのが、彼……燃える緋色の眼と六枚の翼、何より圧倒的な闇の魔導力を持つ魔王、ジョロキアである。

「愚かなるショトー・トードの妖精達よ。恨むなら貴様らが妄信する女王ムーンライトを恨むのである」

 ナナといづみの打撃を受け止め、武器をいなしたジョロキアは、ふたりが力を合わせて放った必殺技、スイート・ムーンライトパフェ・デラックスすらも跳ね返した。そして今、超然たる様で宙を舞いながら、目覚めぬふたりを、そして矮小なる二体の妖精を見下している。

「貴様らが独占してきた奇跡の泉、スイートファウンテンは二度と還らぬ。ファクトリーの幸福から生まれた甘いお菓子を出す日も二度と訪れぬ。スイートファウンテンは、ここヤクサイシンで、ファクトリーの不幸から生まれた辛いお菓子を出し続けるのである。永遠に」

 大気を震わす笑い声が、アァーハァーハァーハァーと闇に響き渡った。

「……もう、駄目だリー」

 ピンク色の妖精の口から、その言葉がぽろりと漏れた。

「ま、マリー! 何を言うんだッチ!? チョイス達が諦めたら、ショトー・トードのみんなはお菓子が食べられなくて飢え死にしてしまうッチよ!?」

「チョイスだって分かるはずだリー……あんな恐ろしいものに、マリー達だけで勝てるはずがないリー」

 マリーの言葉に、青い妖精……チョイスは思わず言葉を詰まらせた。俯くマリーの目に、うるうると涙が浮かんでいく。いつもの気を引くための嘘泣きではない、真なる絶望の混じった涙が。

「左様。理解し、嘆き、悲しみ、泣き叫べ。それこそ我らが糧となるのである」

 赤と黒の鎧で包まれたジョロキアの肉体に、邪悪なる魔導力がほとばしっていく。消し飛ばすつもりだ。ふたりと二体を、今、ここで。マリーの前では良い格好をしたがるチョイスですらも、今や泣きだしそうであった。

「さらばだ。弱く愚鈍なる兄弟達よ」

 歯を食いしばり下を向くチョイスの、そしてマリーの涙は、目からこぼれ、そしてふたりの体に落ち――!


「……


 その時、不意に声が聞こえた。チョイスとマリーのよく知る、小さく、しかし力強い声が。ジョロキアは眉をひそめ、声の主を……ぴくりとその左手を動かした、今やズタボロに等しいナナをじろりと見た。

「アタシ達は、約束……したんだから」

「……そうよ」

 同時に右手で地面を引っ掻いたのは、いづみ。

東堂町とうどうちょうを。世界を……そして、ショトー・トードを、守るって」

「スイートファウンテンを……取り戻すって」

 既に動かぬはずの体を必死に動かし、体を支え。そして、震える両脚で立ち上がったふたりは。ナナといづみは。世界の平和を乱す敵を、ジョロキアを、真っ直ぐに睨みつけ……同時に叫んだ!

「「!」」

「愚かである!」

 その声をかき消すように、ジョロキアが吼えた。

「苦しむ時間が長引くだけだというのに、まだ立ち上がるとは!」

「アンタを倒すまで、倒れてなんかいられないでしょ!」

 しかし凛としたナナの声は、闇そのものにも近しく思えるジョロキアの声を突き破り、荒野を揺らした。それに呼応するように、隣のいづみが続ける。

「自分がお菓子を食べる為なら、妖精達が飢えてもいいなんて!」

「人間達がどれだけ不幸になっても構わないなんて!」

「そんなの絶対!」

 どちらが合わせるでもなく、全く同時に。ふたりは言い放った。

「「!」」

「ナナぁ!」

「いづみぃ!」

 大地に根を張るようにしっかりと立つふたりを見、チョイスとマリーはその名を呼ぶ! 絶望ではなく、希望の涙を煌めかせて!

「無知! 無明! 不識! 愚昧! 愚盲であるうゥゥウゥッ!」

 大気をびりびりと震わせ、顔にビキビキと血管を浮かび上がらせながら、ジョロキアが叫ぶ!

「何も分かっておらぬ! 目障りな小娘共に邪魔臭い人形共! 我が魔導の前に塵と化せェエィ!」

 ジョロキアの両腕が、ボンと膨れ上がる! そして直後! その両掌から、雪崩のような量の闇の魔導エネルギーが放たれた!

「「ぎゃああぁ!」」

 死という概念そのものが迫ってくるようなその衝撃に、思わず抱き合うチョイスとマリー! それでもナナは、いづみは! 迫りくるそれと真っ直ぐに対峙した!

「行くよッ!」

「うんッ!」

 右側に立ったナナは左手を、左側に立ったいづみは右手を、お互いに向けて差し出す! 決して離れぬようがしりと指を絡ませ、想いの強さを示すが如く、全力で握る! そしてもう片方の手に取り出したる奇妙な物体! 切った竹めいて先端の尖った筒状の機械、あれこそ女王が授けし奇跡の魔導アイテム! ムーンライト・ブリックスメーター!

「消え去れェイ!」

 そして、ジョロキアが吐いた呪いの声より高らかに轟かせるのは、ふたりを結ぶマジックワード!


「「メイクアップ! スイートパラディン!」」


 ムーンライト・ブリックスメーターを掲げたふたりの全身から、ドーム状に光が溢れ出す! それはふたりの制服を弾き飛ばし、チョイスとマリーすらも包み、そして襲い来る魔導エネルギー波を受け止め、逸らしてゆく!

「ぬうぅんんンッ!」

 そう、ふたりの変身時に一瞬だけ放たれる高密度魔導エネルギーは、あらゆる攻撃を通さない! タイミングさえ合わせれば、たとえそれが魔王ジョロキアによる全力の一撃であったとしても!

「姑息な真似をォッ!」

 その間に、光の中を舞うふたりはくるくると回転しつつ、体に聖騎士としての衣装を纏い始める! 鏡のように輝く手甲が右腕に、左腕に! 続いて鉄靴が右脚に、左脚に! 肩当てが右肩に、左肩に! 煌めく宝石付きの大きなリボンが胸に! 髪型がぞわぞわと変わり、ナナの髪の毛は炎のように逆立ち、いづみの髪はふわりと伸び広がる!

 そこでふたりは赤子のように身を縮め……勢い良く大きく開く! 体を覆っていた光のヴェールが弾け飛び、そこに現れるはフリルの付いたエプロンドレス! 短めのスカートの下にはスパッツ! ナナはピンクで臍出しのスタイル、いづみは水色で露出の少ない形! そのまま地面へ向けて落下したふたりは、大きく膝を曲げ、ズンと音を立てて着地した!

「とろける甘さはみなぎる元気! スイートチョコレート!」

 先程までナナだった聖騎士は、可愛らしく決めポーズ!

「広がる甘さは清まる心! スイートキャンディ!」

 同じく先程までいづみだった聖騎士は、美しき決めポーズ! そしてふたりは高らかに声を揃え、合体決めポーズと共に己が何者か宣言する!


「「メイク・ユア・ハッピー! スイートパラディン!」」


 弾ける光と共に、女王ムーンライトが聖騎士、スイートパラディンが! 今再びその姿を現したのである!

「貴様らァ、先程そうして敗れたばかりなのを忘れたかァッ!」

 だが、そう、ふたりは先程までも同じように変身形態を取っていた。ところがジョロキアの猛攻の前に、ふたりは成す術も無く倒された。地面に打ち付けられたスイートパラディン達は、そのまま力尽きて変身を解除してしまったのである。

「同じ過ちを何度でも繰り返す! まさに――」

「そう! 何度でもやってみせるッ!」

 ジョロキアの言葉を打ち消し、スイートチョコレートが叫んだ!

「アナタを倒すまで! 消えたりなんかしないッ!」

 スイートキャンディが力強く続ける! ジョロキアはギリと奥歯を噛みしめた! 彼の全身に再びほとばしる、邪悪なる魔導エネルギー!

「ほざけーエェ!」

 彼の腕から放たれたのは、ヨーヨーめいて腕に紐づけられた円盤形のエネルギー体! 高速で往復しながら襲ってくるこの武器は、先程ふたりを倒したものと同じである! だが、スイートパラディン達はたった一度視線を合わせ頷くと、それぞれ別の方向に跳び、回避した!

「なっ!?」

 ジョロキアは確かに、先程と同じスピードでヨーヨーエネルギー弾を撃ち出した。彼女らはそれを何とか避けるのが精一杯だったはず。だが今の回避にはかなり余裕があるように見えた。一体何故?

「だが、何回逃げても同じことであるッ!」

 ジョロキアは再びヨーヨー弾を手元に戻し発射! 手元に戻し発射! 手元に戻し発射! 一往復に〇コンマ三秒もかからない! この連続攻撃に巻き込まれたスイートパラディンは、力無く地に伏した……はずなのに! ふたりは風のように走りながら、この恐るべきスピードの攻撃を避けている!

「不合理ッ!」

 まさか、この一瞬で適合したというのか、人間の反射速度を超えたこの攻撃に!? ……いや、それだけではない。改めて見てみれば、ふたりは既に知っているのだ! この理不尽なるジョロキアの攻撃、それを攻略するヒントを!

(……カイエン!)

 スイートチョコレートの記憶に浮かび上がったのは、ジョロキアのしもべ、スコヴィランの戦士たる男。双剣の刃を回転丸鋸に置き換えたような奇妙な武器『スコヴィルピザカッター』の使い手、カイエン・バーズアイ。電気ではなく魔導力で回転するそれを、彼はアクロバティックに使いこなし、幾度となくスイートパラディン達を危機に陥らせてきた。一撃喰らうだけで致命傷となりかねないこの武器を攻略した時のことを思い出しながら……スイートチョコレートは、そしてスイートキャンディは! お互いがお互いに向けて全力で駆け寄ったのだ!

「ぬぅッ!」

 ここでジョロキアも、敵の狙いに気付いた。的同士がここまで近いと、一度にふたつのヨーヨー弾を使うのはまずい。ヨーヨーエネルギー弾同士がうっかりぶつかってしまう可能性がある。互いの回転に巻き込み合って爆発など起こせば、そこに決定的な隙が生まれるだろう。

「だが、無駄な足掻きである!」

 そう、ジョロキアの武器は決してひとつではない。ジョロキアはヨーヨーを引っ込めると、今度はその魔導エネルギーを……無数の黒いナイフに変え、一斉に放った!

「ウッソでしょ!」

 スイートチョコレートが叫ぶ! 確かにヨーヨーに比べ一発一発の威力は弱いであろうが、これだけの数を同時に受ければ、そのダメージは計り知れぬ! 上! 右! 左! 後ろ! 全ての方向に刃が降り注ぐ!

「こんな時は、行くよキャンディ!」

「分かってるッ!」

 そう、スイートパラディンはこの状況をも学んでいる! やはりスコヴィランの戦士達との戦闘で! 脳裏に浮かぶ彼は、身の丈三メートル、「ウガァ」「壊す」「分からん」が口癖の筋肉ダルマ、ネロ・レッドサビナ!

 彼が背中に背負っていた巨大な『スコヴィルフードプロセッサー』には、中に物を入れて砕く以外の変わった使い方があった。近くにある岩などを放り込み、ふたをせず砕く。これにより、中で砕かれた無数の石達が、弾丸のような勢いで周囲に飛び散るのだ。もし射程圏内にいれば、ガトリング砲一斉射を浴びたような蜂の巣と化すであろう。では、ふたりはその状況をいかにしてしのいだか?

「「サモン・クックウェポン!」」

 ふたりが手を二度叩き、マジックワードと共に呼び出したるは、スイートパラディンに授けられし武器!

「カモン! スイートパレットナイフ!」

 スイートチョコレートの右手に現れたのは、ケーキにクリームを塗る時に使うパレットナイフ! 無論ただのパレットナイフではない! その全長は彼女の身長の半分ほどもあるのである!

「カモン! スイートホイッパー!」

 同時にスイートキャンディの左手に出現したのは泡立て器! 無論、その大きさはスイートチョコレートのパレットナイフとほぼ同じ! これらの武器で残らずナイフを撃ち落とす作戦か!? しかし向こうには永遠にナイフを投げ続ける用意すらある! いつまでもそうしていれば、再び……いや、そうではない!

 ふたりはお互い向かい合って体をピッタリとくっつけると、頭をガードするような形で武器をしっかりと構えた! もう片方の腕でお互いの腰を抱いたふたりは、全く同じタイミングで地を蹴り……あろうことか、そのままドリルめいて回転しながら、空中にいるジョロキアに向けて突っ込んだのである!

「何ィ!?」

 そう、答えは『直進』であった! この姿勢を取ることにより、前方から飛んでくるナイフを受ける面積は最小となる! あとは武器とガントレット、そして回転の力でナイフを弾き飛ばしながら、敵との距離を一気に詰めてゆき、接近戦に持ち込むのだ! 無論全くの無傷では済まされない、が!

「何のぉッ!」

 そう、ふたりはこれ以上の痛みに何度も耐えてここまでやって来た! そして、この程度の傷など気にしていられない理由がある! ふたりには、世界の未来がかかっているのだから!

「小癪、小癪、小癪であるゥッ!」

 ジョロキアはナイフ攻撃をやめた、が! これで万策尽きたなどということは絶対に有り得ない! ジョロキアは大きく息を吸い込むと、その口から大量の赤い霧めいた気体を吐き出した!

「あッ!」

「だめッ!」

 回転でナイフは弾けたふたりだが、気体を弾き飛ばすことはできない! ふたりはその勢いのまま、赤い霧の中に飛び込んでしまった! その霧の向こうには……!

「あれっ?」

 ……宵闇に、雪に包まれた町に、大きなクリスマスツリー?

「ああ、ナナちゃん!」

 爽やかな若い男の声が、ナナの耳に届く。声の主は、ライトアップされたツリーの下に立っているよく知った顔。

「……淳児じゅんじ君?」

 栗色をしたスリムなシルエットのコートを着、白と黒のマフラーを巻いた彼は、間違いない。東堂中学校サッカー部のエースにして、ナナの憧れの男子、淳児。彼が今、大きく手を振りながら、こちらに近付いてくる。

「元気だね、雪に飛び込むなんて」

「あ、えぇ!?」

 そう、黒いPコートを着たナナは、どういうわけか道の真ん中で雪の上を転がっていた。ここは一体どこだ、知っている、東堂駅前の広場? ああ、そうか。ナナは思い出した。今日はクリスマスイブであった。イブの夜、憧れの淳児に、ふたりっきりで食事に誘われるという、想像もしていなかった展開。遅れないように準備して、目いっぱいお洒落をして出てきたというのに。こんな大切なことを忘れてしまうなんて。

「ご、ごめん、なんでアタシこんな」

「大丈夫だよ」

 微笑みと共にナナへと歩み寄った淳児は、紳士的にその右手を差し出した。

「遅れちゃうよ。いいお店を予約したんだ。ほら、僕の手を取って」

「じゅ、淳児君」

 イケメンで女子にもモテモテの淳児君。サッカー部としてはやや髪の長めな淳児君。いつも自分に優しく微笑みかけてくれる淳児君。彼の温かい右手が、ナナの目の前に。こんなにも近くに。雪の上に倒れたままのナナは、その右手をそっと差し出し――!

「って、ちがぁーうッ!」

 張り上げた大声と共に、ナナは驚くべきスピードで飛び起きた! 手を差し伸べた姿勢のまま唖然とする淳児!

「ナナちゃん?」

「違う違う違う! 忘れるトコだった! あーもう、淳児君とのデートは惜しいけど、アタシ今やることがあるの!」

 淳児の隣をすり抜け、ナナは走り出す!

「な、ナナちゃん!」

 追いすがる淳児を突き放しながら、ナナはどこまでも闇の中を駆けてゆく! Pコートが風に乗って飛んで行き、代わりに鎧とエプロンドレスが体にくっつき、背中にはパレットナイフが現れる! そう、危うく騙されるところであった! これはスコヴィランの戦士のひとり、毒と幻術の魔技『スコヴィルスパイス』の使い手たるナルシスト女、モルガン・トリニダートのやり口と同じ! 相手に幻覚を見せ、その隙に攻撃するというあの手口そのもの!

「こんなところで止まってらんないッ! アタシは東堂町を! 淳児君を! みんなをッ――!」

 建物すら消えた闇の中、ナナの目の前に開けた光! ナナはその中に勢いよく飛び込み!

「――守るって、決めたんだからぁァーッ!」

 次の瞬間、スイートチョコレートは赤い霧の中から砲弾のように飛び出していた! 左を見れば、そこにはスイートキャンディ! 意識をしっかりと保ち、ワイヤーアクション飛行めいて空中を走っている! ふたりはもう一度、視線の中央にしっかりと見据えた! 守りたい世界の平和を乱す、大いなる邪悪の王を!

「甘い夢の中で殺してやろうという我が慈悲をォッ!」

 ふたりのすぐ目の前で、ジョロキアの手が黒く強大なオーラを放つ!

「無下にするとはァッ!」

 あれはスコヴィラン最高幹部、妖艶なる女戦士、キャロライナ・リーパーの技『スコヴィルマイクロウェーブ』と同じ! 触れたもの全てを超出力電子レンジめいて発熱、崩壊させる死の魔腕を、ジョロキアも当然持っているというのか!

「救いようのない愚者であるウゥッ!」

 ジョロキアの無慈悲な腕が、尋常ならざる速度でふたりに向けて伸びる! が!

「んンッ!」

 ふたりの反射速度は、ジョロキアの想定を遥かに超えていた! 蟻の背中に数字を書くような緻密さで、ふたりは体を横に逸らし、その攻撃を回避したのだ! 一撃必殺の技も、当たらなければ意味を成さない!

「ふ、不合理ィッ!」

 先程までのふたりならば絶対に捕らえ、大いなる苦痛を伴う死を与えられていたはずのスピード! それがどうして通用しない! 動揺するジョロキアの右腕にスイートチョコレートが、左腕にスイートキャンディが、しっかりと抱き付いた! 完全に伸び切り一番力の抜けた状態である二本の腕は、容易にホールドされる!

「なッ――!」

 そんなジョロキアの胴体に容赦なく叩き込まれるのは! ふたりの地団駄めいた連続蹴り!

「「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃあーッ!」」

「アガガガガガガガガガガガガガガァーッ!?」

 一撃一撃に込められた聖なる魔導エネルギーが、ジョロキアの体を力強く焼いてゆく! ふたりは腕からパッと手を放すと、畳みかけるように縦方向に一回転し!

「「ムーンライト・かかと落としィーッ!」」

 ネーミングに何の捻りも無い祝福されしかかと落としを、ジョロキアの頭へ叩き込んだ!

「ぐおぉーッ!?」

 自身の飛行速度を超えるほどの速さで、ジョロキアは乾いた地面にクレーターを作るほど叩き付けられた! スイートパラディン達はクルクルと空中後転を繰り返し、そそり立つ岩の柱へと横向きに着地! 大地にめり込んだ宿敵を顔を上げて睨みつけると、柱を蹴り、追撃をかけに向かう!

「スイートパレットナァーイフッ!」

 人を斬るような殺傷力こそないものの、聖なる魔導エネルギーを纏わせたパレットナイフは、邪悪なる者に対して甚大なるダメージを与える! ∞を描くように手首を回転させながら、スイートチョコレートはジョロキアを連続で斬り付けていく!

「な、何故ぇッ!?」

「スイートホイッパーッ!」

 その隙に、スイートキャンディが頭上で泡立て器をくるくると回す! ひと回しごとに大気中の幸福がホイッパーに絡まり、上質なる生クリームのような白い輝きを放っていく! 幸福の光は紡がれ、紡がれ、紡がれ! スイートキャンディ自身の、そして女王ムーンライトの魔導力と交わり、強大なエネルギーと化す!

「えぇーいッ!」

 スイートキャンディがスイートホイッパーをひと振りすると、チャージされた力が一斉に解き放たれ、光の筋が曲線を描きながら飛んでいく!

「何故、何故こんなァアァアァァーッ!?」

 このビームに巻き込まれたジョロキアは、叫び声を上げながら後方へ吹き飛ぶ!

「有り得ん! 有り得ん! 理不尽であるッ! 貴様らのどこにッ!? こんな力がァッ!?」

 つい先程まで、こんな状態は絶対に、絶対に有り得なかった。幹部四人を倒してヤクサイシンに来たとはいえ、ジョロキアに比べればスイートパラディンの戦闘力など無様に地を這う虫程度でしかなかったはず。それがどうして、ほんの一瞬の間に、ここまで!?

「知らないのッ!?」

 今や無様に地を這っているのは魔王の方であった。彼に向けて答えたのは、スイートチョコレート。

「女子三秒会わざれば刮目して見よ! ってね!」

「フフッ、何それ」

 隣でスイートキャンディが小さく笑う。

「でも、チョコレートの言う通り! 大切な人を守りたい、希望を信じたい、その気持ちさえあれば!」

「女の子はねぇッ! 一瞬で、どんな風にでも変われるのッ!」

「ふざけたことを抜かすなァッ!」

 満身創痍のジョロキアは、もう一度全身を魔導エネルギーで満たしてゆく!

「希望! つまらぬ言葉である! それで誰でも強くなれるならば! 不幸などこの世に存在せぬわァッ!」

 放つつもりである! 全身全霊を込めた、究極の絶望のエネルギーを!

「幸福を解さない哀れな魔王よ!」

「ならば、理解しなさい! 私達の、そして女王の、究極の希望のエネルギーで!」

 チョコレートとキャンディは、変身の時のように手を差し出した! ふたりで横に並び、チョコレートは左腕を! キャンディは右腕を! 指を絡ませ! しっかりとその手を繋ぎ! 強く、強く、愛の、友情の、希望の分だけ強く握りしめる! 空いた手に握った武器が、徐々に輝きを増していく! チョコレートの右手にあるパレットナイフが! キャンディの左手にあるホイッパーが! 希望の一撃を、今放たんとしている!

「消え去れエェイィィイ!」

 ジョロキアが全身から邪悪なるエネルギー砲を発したのと、ほぼ同じ瞬間!

「「ムーンライト・デコレーションケーキ!」」

 今にも暴発しそうな力を武器に宿したまま、ふたりは体を後ろに反らし、大きく勢いをつけ!

「「デラァーックスッ!」」

 光が、光が、大いなる光が! ふたりの武器から放たれ、龍のように空をのたうちながら、ジョロキアめがけて突き進んでゆく! いや、龍ではない! 長い髪をなびかせ、ローブをはためかせて飛んでゆくそれが模っているのは!

「女王だとォ!?」

 ジョロキアの放った邪悪なる魔導エネルギーと、ムーンライト・デコレーションケーキ・デラックスが、今! 正面からぶつかった!

「ぐうぅン!」

「「くうぅッ!」」

 両者の力はほぼ互角……いや、ジョロキアが少しずつ圧されてゆく!

「ば、馬鹿な! こんな、こんなァ!」

「「はあァーッ!」」

 握る手に力を込めるたび、満ちてゆく! 光が、ヤクサイシンに! ジョロキアの眼前に!

「我には! まだやるべきことが! この、このヤクサイシンをォ!」

「「はあぁァーッ!」」

 ジョロキアの圧し返そうとする手が、腕が、肩が! 光の中に、静かに微笑む女王の中に呑み込まれてゆく!

「こんなアァところでえェェェァアアあああああああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァァァアァアァッ!?」

「「はあぁあぁァーッ!」」

 やがてその全身が光に呑まれ! 僅かな影すらも白の中に消えてゆく!

「ぬわあぁあぁぁあぁあぁあぁぁぁーァあァァあぁぁッ!」

 魔王を貫き! ヤクサイシンの暗黒を貫き! 希望の光はどこまでも伸びてゆく! どこまでも! どこまでも――!




「――か、女王陛下……女王陛下?」

 そのしゃがれた低い声を聞いて、彼女は……女王ムーンライトは、はっと我に返り、目の前を見た。自分の身の丈より遥かに小さい、口ひげをたくわえ燕尾服を着た小動物が、ふよふよと浮遊しながら咳払いをしている。

「ああ、じいや。ごめんなさい」

 女王は、自分が今どこにいるのかを思い出した。ガタゴトと揺れるケーキの馬車は、クッキーで舗装された道をゆっくりと進みながら、ムーンライト城下町の中央広場……つまり、奇跡の泉、スイートファウンテン前へと向かっている。五本の脚を持つ毛の無い馬めいた白い生物は、ぽこぽことのんびりした蹄の音を立てながら馬車を引っ張っていた。

「なんという顔をなさっているのです、このような日に。中央広場はまだですが、国民達は既に見ていますぞ」

「そうですね」

 焼き菓子とチョコレート菓子、そしてキャンディで構成された家々から、ショトー・トードの国民たる妖精達が顔を覗かせ、一生懸命こちらに向けて手を振っている。女神のような微笑みと共に、女王は小さく手を振ってそれに応えた。

「何か心配事ですかな」

「……少し、昔のことを思い出してしまって」

 ひっそりと問うたじいやに、女王は手を振るパフォーマンスを続けながら答えた。

「昔の……ひょっとして、あの戦のことですかな?」

 年老いた小さな妖精、女王の最も信頼するじいやは、懐かしそうにその言葉を口にした。

「……流石じいや、何でもお見通しですね」

「当たり前ですじゃ。陛下に何百年お仕えしていると思っておいでですか」

 じいやが誇らしげに胸を張るのを見、女王はくすりと上品に笑った。

「あれから何年経ちましたか」

「もうじき二十と三年ですじゃ」

「まあ、もうそんなに。私も年を取るわけです」

「何をおっしゃいますか。陛下は何年経っても若く聡明でいらっしゃる。ワシとは大違いですじゃ」

 じいやの言うことは、確かに正しく思われた。生まれたその瞬間から、数千年の時を経た現在に至るまで。その若く清らかな乙女が如き容姿を、女王はずっと保ち続けている。

「じいやこそ、二十三年前とちっとも変わりませんよ」

「むぉっふぉっふぉ、それほどでも」

 頭を掻きながら照れ笑う、小さな慈しき命を見下ろしながら、女王は微笑んだ。女王の、そして奇跡の泉たるスイートファウンテンの力が無ければ生きられない、あまりにもか弱い生物。自分が守らなければ直ちに滅びの一途を辿るであろう、口の中のクリームのように儚い存在を。

「……陛下、お気持ちは分かりますじゃ」

 女王の顔色が再び曇り始めたのを察したか、じいやが少しだけ真剣な声色で言った。

「スコヴィラン等と名乗るヤクサイシンの不届き者が攻めてきたのも、丁度二十三年前の今日でしたからな」

「……ええ」

 その通りであった。年に一度のショトー・トード建国記念パーティー。女王が城から出、こうしてパレードに参加する日。即ち……ムーンライト城への魔導力供給が、ほんの一時間ばかり途絶える日。時空の狭間に小さな浮き島めいて存在するこのショトー・トードが、女王の魔導エネルギーによる防護結界を一時的に失う日。

「じいや、今年は仕方ありませんが……やはり来年からはこのパレードは」

「フォフォフォ、何をおっしゃいますか、弱気になられて」

 じいやは少々大袈裟に笑ってみせた。

「考えてもご覧下さい。あの戦から二十三年、ショトー・トードがそもそも外敵の危機に瀕したことなどございますか」

「……ありませんね」

「そうですじゃ。それどころか、このじいやが生まれてこの方、あの逆賊共以外にこの地へ攻めてきた者など、時空の狭間をたまたま彷徨っていた『真理の魔物』が数匹程度」

「そうですが」

「女王陛下。国民は陛下のご尊顔を拝見できる今日という日を楽しみにしております。今も、昔も、これからも」

 じいやは優しい口調で、しかし力強く諭した。

「もうすぐ中央広場です。ありもしない心配事に心を砕くより、貴女様を愛する国民のことを考えましょう。さあ」

 女王は改めて外を見た。馬車を先導する形で旗を持ち歩く兵士達も。飴細工の楽器を演奏しながら進むマーチングバンドも。それを眺める、あるいは中央広場で女王の到着を今か今かと待ち構える国民達も。皆が皆、幸せそうにニコニコと笑っている。ローマ彫刻噴水めいた白く輝くスイートファウンテンからは、絶え間無くあらゆるお菓子が溢れ、国民全員がお腹いっぱい食べてもまだ余るほどに積み上がっている。これが、自分の護ってきた、幸せな世界。

「……そうかも、しれませんね」

 どうやら気持ちを切り替えられたらしい女王を見、じいやも満足気に頷いた。

「今日くらいは心配事を忘れて、楽しく過ごしませんとね。だって、世界はこんなに――」




 その時である。

 広場の中心、甘いお菓子の湧き出る奇跡の泉、スイートファウンテンから、黒く巨大な闇の柱が立ち上がったのは。




「――なっ!?」

 辺りに広がる衝撃波! 吹き飛ばされる妖精達! 剥がれ飛ぶ道路の舗装! 割れる窓の飴ガラス! 響き渡る悲鳴! 横転する馬車! 混乱する馬めいた生物!

「ごっ、ご無事ですか陛下!」

「え、ええ」

 スポンジケーキでできた馬車は柔らかく、また女王による護りの魔導エネルギーが働いている。周りを装飾するクリームこそ道路にぶちまけられたものの、女王自身には怪我は無い。安堵し汗をぬぐうじいや。しかし、嗚呼、しかし。

「しかし、これは……まさか!」

 女王は咄嗟に馬車の扉を開け、身を乗り出した! 目の前で何が起こったのか確かめる為に!

「女王陛下、危険ですじゃ、どうか――あ……!?」

 そこには、信じられぬ光景が広がっていた。無い。美しきスイートファウンテンが。大穴が穿たれ、お菓子の山は消え、そこからはもうもうと煙が上がっている。馬鹿な、いくら城から出ていたとはいえ、こんなことが。これでは、国民達は――!

「愚かね」

 瞬間。その声と共に、大穴の中心からゆっくりと人影が浮かび上がってきた。その場にいた誰もが、震えながら、硬直しながら、泣きながら、そこから現れるもの、これから起こることに注目していた。

「幸福を搾取し。怠惰を貪り。何も反省せず。二十三年の歳月を。ただただ。甘いお菓子を食べて過ごしてきたってわけ」

 昏き人影は、全部で三つあった。

 ひとつは、両手にピザカッターを持った男。

 ひとつは、三メートルはあろうかという巨漢。

 そしてその間に立つは、両手を真っ赤に燃え上がらせる、女の姿。

「あれは、そんな」

 絶句する女王にもハッキリと分かるよう、邪悪なる魔導のオーラを放ちながら、彼女らは名乗りを上げていく。

「魔王ジョロキアがしもべ、忠誠と粛清の戦士、カイエン・バーズアイ」

「魔王ジョロキアがしもべ、魔界より舞い降りし破壊の化身、ネロ・レッドサビナ」

「魔王ジョロキアがしもべ、熱き破滅と死を願う者……キャロライナ・リーパー」

 三人の侵略者……スコヴィランの戦士達は、そして宣言した。低く唸るように、かの魔王を思わせる邪悪さで。

「臓腑も灼ける憎悪のからみ」

「「「噛みしめよ」」」




 ……この日、ハッピーエンドの世界は終わりを迎え、新たな戦いが始まった。

 ショトー・トードに、そしてファクトリーに真なるハッピーエンドを取り戻す為の、長い長い戦いが。

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