番外編 バレンタインデーと魔法少女。
「明日はバレンタインデーだね」
昼休みにマリルと昼食を食べている女子の一人が、思い出したように言った。
「そうか。明日なんだね」
「私、どうしようかな~?」
バレンタインデーというワードに対して、女子達がはしゃぎ始めていく。
「バレンタインデーって、何?」
マリルが、バレンタインデーに付いて尋ねた。
「マリルちゃんが住んでいた国ではやらないの?」
「やらないわけじゃないけど。日本ほど盛り上がらないから」
知らないとは言えないので、適当な嘘で誤魔化す。
「海外では違うみたいだけど日本では女の子が男の子にチョコレートを上げる日なんだよ」
「女の子が、男の子にチョコレートを上げるなんて変わった風習ね。ハロウィンとは違うんでしょ?」
「全く別物。日本だと製菓会社がチョコレートの売り上げ目的で仕組んだことらしいけどね」
「マリルちゃんは上げるとしたら誰にするの?」
その質問の後、女子達が興味津々といった視線を向けてくる。
「男の子なら誰でもいいの?」
「誰でもってわけじゃなくて例えばお世話になっている人とか」
マリルの脳裏に、従僕四人の顔が浮かんでいった。
「後はやっぱり好きな人よね。チョコレートに自分の想いを込めて気持ちを伝えるの~」
その芝居がかった言い方に対して、きゃっきゃっと騒ぐ女子を横目にマリルの脳裏には、守の顔が浮かびかけたが、それは無いと自分に言い聞かせて映像を消した。
「バレンタインデーって、女の子が告白する日でもあるの?」
「特別な日だからその日に告白しようって思う子が多いのよ」
「じゃあ、みんなは誰かにチョコレート渡して告白するのかしら?」
これまでのお返しばかりに、いじわるな言い方で聞き返す。
「わ、私は居ないよ」
「あたしも全然かな~」
「あたいも義理だけだね~」
視線を逸らして返事を濁す辺り、渡したい相手が居ることが手に取るように分かる。
「まあ、いいわ。桜はどうなの?」
全然会話に乗ってこない桜に話題を振る。
「え、そうだね。お父さんかな~」
「お父さんにも上げてもいいんだ」
「普段から世話になっているから」
「そうなんだ・・・」
父という言葉に対して、少しだけ寂しさを感じた。
「鋼君、話がある」
「俺には無い」
「君には無くても我々にはあるんだよ」
中庭で昼食を食べている守の元に、西園寺有朋率いる二次元愛好会が話し掛けてきた。
「話ってなんだ?」
聞く気がないので、食事をしながら内容を尋ねる。
「明日はバレンタインデーだな」
「お前等には無関係なイベントだな」
「無関係ではない!」
「どうせ、美少女ゲームアプリでチョコレートデータもらうんだろ」
「事前登録はもう済ませているから問題無い」
その自信はどこから来るんだ?と聞きたくなるくらいに、堂々と答えてくる。
「それならなんだよ。まさか、チョコを持ってきている女子の取り締まりに付き合えとか言うんじゃないだろうな」
嫌な顔を向けながら聞いた。
バレンタインデーというイベントを苦々しく思っている一部の教師や生徒会役員が、当日にチョコレートを持ってきていないか抜き打ちでチェックするのだ。
「我々はそんな不粋な行為に参加はしない。我々が気にかけているのは天使様もとい林さんのことだ」
「マ、林さんがどうかしたのか?」
マリルと言いかけて、すぐに訂正した。学校では苗字で呼び合うことにしているからだ。
「あの方のチョコの処遇だ」
「それと俺になんの関係がある?」
「君、林さんからチョコもらえそうじゃないか」
話している有朋の目の色が、餓えた獣のような危険な色を帯びていく。
「何故、そう思う?」
あまりの変わりように、思わず身構えてしまう。
「資料室で一緒に居たし、クラスの席も隣同士だそうだからもらえる可能性が高いと思ってね」
「仮にもらったらどうだっていうんだ?」
「売ってくれ」
「は?」
全く予想しなかった答えに対して、一語しか返せない。
「だから、売ってくれと言っているのだ」
「つまり林さんからもらったチョコを買いたいというわけか」
「その通りだ。いい値で買うぞ」
「・・・・空しくないの?」
真顔で聞き返す。
「空しいことなど百も承知している! だが、我らとしては林さんのチョコはなんとしてでも手に入れたいのだ! なんたって天使様のチョコだからな!」
有朋は、他人には理解不能な自身の信条を力説していく。
「頼む。あの方のチョコを我々に譲ってくれ~!」
両肩を掴まれ、激しく揺さぶりながら訴えであった。
「分かった。分かった。保証はできないがもらったら譲ってやるから揺らすのを止めろ! 弁当がこぼれるだろうが!」
弁当箱を押さえながら約束を口にする。
「ありがとう。君は僕等の心の友だ」
両目に涙を浮かべながら感謝の言葉を口にしていく。
「いや、そこまで思わなくてもいいけど」
心からの本音であった。
「では、明日吉報を待っているよ」
有朋は、他のメンバー共々、満面の笑みを浮かべながら去っていった。
三人の背中を見送りなから、もらえたとしても適当な嘘で、誤魔化そうと思った。
マリルからもらったチョコを他人に売ろうものなら、呪いでもかそ掛けられそうな気がしたからだ。
「守、聞こえる?」
左手の紋章を通して、当のマリルからの通信が入ってきた。
「どうした? 魔導書の反応でもあったか?」
「そうじゃなくて明日バレンタインデーなのは知っているわよね」
「知ってるけど」
またかと思った。
「どんなチョコレート食べたい?」
「は?」
一語しか返せなかった。
「明日、チョコレート上げるからどんなチョコが食べたいのか聞いておこうと思って。好きじゃないもの渡されても困るでしょ」
「そ、そうだな~」
間違ったルールを覚えたと分かった。
「早く言いなさいよ。何がいいの?」
「板チョコのミルク味」
答えをせがまれたせいで、気付けば一番無難なチョコをチョイスしていた。
「分かったわ。明日楽しみにしててね」
間違いを訂正する間もなく、通話を終えた後、なるようになれと思いながら食事を再開した。
「じゃあね。マリルちゃん」
「また、明日」
マリルは、クラスメイトに挨拶をして教室を出た。
「桜?」
下駄箱には、桜の姿があった。
「マリルちゃん?」
振り返った桜が、驚いた表情を向けてくる。
「私より早く教室出ていたのね。気付かなかったわ」
「今日は部活休みだから。マリルちゃん、今日用事ある?」
「明日のチョコレート買いに行こうと思っているけど」
「私も一緒に行っていい?」
思いきった決断をしたような高い声だった。
「いいけど」
断る理由もないので、二つ返事で了承する。
「こうして、二人だけで帰るの初めてだよね」
「そういえばそうだね」
一緒に帰ることは何度もあったが、二人だけというのは今日が初めてだった。いつもだと数名のクラスメイトが、必ず混ざっているからだ。
「マリルちゃん、部活入らないままだね。スカウトも全部断ったみたいだけど、どうして?」
「習い事をしているから部活までは手が回らないの」
適当な嘘で誤魔化す。
「そうだったんだ。どんなチョコレート買うのか決めてる?」
「板チョコのミルク味、ホワイト、シナモン、ブラックサンダー、ストロベリーね」
「随分具体的だね」
「うん、上げる人達にどんなチョコレートがいいか聞いておいたから」
「え? マリルちゃん、チョコレート上げるって聞いちゃったの?!」
桜が、信じられないといった表情で聞いてくる。
「え? 違うの?」
真顔で聞き返えす。
「バレンタインデーはね、上げるって思ってても言わないルールなんだよ」
「そうだったの。私、なんてことをしたのかしら・・・・」
大失敗したという気持ちから、表情が暗くなっていく。
「もう少しちゃんと教えておけば良かったね」
桜が、励ましの言葉をかけてくる。
「聞かなかった私のせいよ。今から上げるチョコレート変えた方がいかしら?」
沈んだ声で問い掛ける。
「リクエスト通りにした方がいいと思うよ。違うの渡したらガッカリされるから」
「次からは気を付けるわ」
マリルは、暗い表情を引きずりつつ、このことを教えなかった守に対して、腹を立て始めていた。
「桜は、どんなチョコレトーを買うの?」
「私は作る方かな」
「チョコレートを造れるの?」
「市販の材料で形を作るの」
「そういう方法もあるのね」
「マリルちゃんは料理しないの?」
「私は食べるの専門だから」
魔力を消費した際に自分で作っていては間に合わないので、リュウガに任せているのだ。
「意外。マリルちゃんってなんでもできそうなのに」
「私はみんなが思うほど完璧な人間じゃないわよ」
「そうかな。勉強も運動もできるし、おまけに美人で人気者だから言うことないと思うけど」
「桜だって勉強も運動もできて委員長までやっているから十分凄いじゃない」
「私は、そこまでが限界」
「そんなことないわ。桜だって十分素敵な女の子よ。努力すればもっと素敵になれるわ。限界なんて自分で決めちゃダメよ」
「ありがとう。マリルちゃん」
桜は、頬をちょっと赤く染めながら礼を言った。
「それと私にも苦手なものはあるのよ。絵に関しては全然ダメだし」
マリルの絵心は、壊滅的なのだ。
「確かにあれは酷かったね~。先生も評価に困ってたし」
「それを言わないで、ちょっとしたトラウマになっているんだから」
事実、点数はよろしくなかった。
「けど、少しくらい欠点があった方が可愛いと思うよ」
「そう言われても素直に喜べないわ。それで手作りするの?」
「お店に行ってから決める。上げるのお父さんと弟くらいだし」
「弟居るんだ」
「うん、すっごく生意気だけど、マリルちゃんは兄弟居るの?」
「妹が一人居るわ」
「マリルちゃんの妹なら凄く美人なんだろうな~」
「うん、すっごく可愛いよ」
「躊躇わずにそこまで言うなんてよっぽど仲がいいのね」
「それなりにね」
マリルは、少しだけ寂しそうに言った。
「ねえ、マリルちゃんは鋼君にもチョコレート上げるの?」
「い、いきなり何を言い出すの?!」
予想外の質問に対して、思わず声が裏返ってしまう。
「席隣同士だし、なんとなくだけど仲良さそうに見えるんだよね~」
桜が、怪しむような視線を向けてくる。
「そんなわけないじゃない。ただのクラスメイトよ。クラスメイト。それに彼はロボットヲタクなんだからこういうイベントに興味無いんじゃないかしら」
マリルは、できるだけ平静を装って誤魔化した。
「そっか、それならいいんだ」
桜は、少しだけホッとしたように表情を緩めた。
店に着いた二人は、あれこれ相談しながら、お目当てのチョコレートを買った。
そして桜と別れて一人になったマリルは、家紋を通して、恥をかかされた怒りを守におもいっきりぶちかましたのだった。
翌日、世はバレンタインデーを向かえ、守は校門を通ったところで、家紋が光っていることに気付いて、人気の無い場所に移動した。
「ここで反応が出てるってことは魔導書の断片は学校にあるってことか。マリル、聞こえるか?」
家紋を通して呼びかける。
「どうしたの?」
「学校から魔導書の断片の反応があった。校舎のどこかにあるみたいだ」
「すぐに行くから無謀なことはしないで」
「分かってるって」
通話を終えた後、マリルが来るまで待とうしたが、甲高い悲鳴を耳にして、忠告を無視して昇降口に駆け込んでみるとそれは居た。
「ギ、ギョロちゃん?」
目の前に居るのは、チョコ菓子で有名な鳥型キャラクターであったが、大きさは人間サイズだったので、ただの怪物でしかなかった。
「あのギョロちゃんは断片が変化したものだったのか」
家紋の光は、ギョロちゃんに近付いたことで、光量を増したのだ。
そのギョロちゃんは、視線の先に居る二次元同好会のメンバーに迫り、それに合わせて悲鳴が上がった。
「悲鳴の主はあいつだったのか・・・。あんな声してたんだな」
さっきの悲鳴が、二次元同好会であると知って、何故だかガッカリしてしまう。
ギョロちゃんは、口を開け、中から茶色の液体を吐き出し、メンバーにぶっかけ甘味のある臭いを辺りに充満させた。
「チョコレート?」
液体から発せられる臭いは、チョコレートだったのだ。
「なんだってチョコレートの化け物が出たんだ?」
そんなことを思う中、ギョロちゃんは事態を知らずに入ってきた女子達に顔を向けるなり口を大きく開け、液体を出す代わりに、猛烈な勢いで吸引活動を行い、鞄から出てきたチョコレートを口に入れた。
「そうか、今日はバレンタインデーだっけ」
ギョロちゃんとチョコレートとの因果関係を理解する中、口を閉じたギョロちゃんが、鋭い視線を向けてくる。
「なんだ。こいつ、俺を狙っているのか? チョコレートは持ってないぞ」
ギョロちゃんは、返事の代わりにチョコ液を出してきた。
後でマリルに記憶を消してもらえばいいと思い、家紋から出した魔法壁で防ぐ。
それによって、飛び散ったチョコ液が、周辺の女子達に掛かり、女子ならではの悲鳴が上がっていく。
「このままじゃ被害が出るな」
そう言って回れ右して走り出すと、ギョロちゃんは細い足を動かして、追いかけてきた。
ギョロちゃんを見た生徒が上げる悲鳴を聞きながら、土足で廊下を全力疾走する。
ギョロちゃんは、チョコレート製の足跡を刻みながら背後に迫ったところで、飛び掛かってきた。
「お菓子のマスコットキャラなんかにやれてたまるか~!」
魔法壁を張ることで、突撃自体は防げたものの、衝撃までは緩和しきれず、押し倒されてしまう。
「中庭に出よう」
体を転がしながら、側にある出入り口を開けて、中庭に出る。
「あんな化け物、俺だけじゃどうにならないぞ。マリルはどうしたんだ!」
不安を口にする中、器用に窓を開けたギョロちゃんが、中庭に出てきた。
「ロデオノホ!」
聞き覚えのある声に合わせて、天から降ってきた巨大火の玉が、ギョロちゃんを炎で包む。
「ケガはない?」
目の前に降りてきたマリルが、問い掛けてくる。
「なんとかね。それよりも早く断片を回収しないと」
「そうね」
マリルが、左手を振って炎を消すと、現れたのは二次元愛好会のもう一人のメンバーで、腹の上に断片が貼られていた。
「人間に断片が取り付くのは千葉県ランドの一件で分かるけど何が原因だったのかしら?」
マリルが、不思議そうに首を傾げる中、守には心当たりがあった。
恐らくチョコレートが貰えない嫉妬心が断片を呼び寄せ、チョコを養分にする化け物にしたのだろう。
そうした中、自分を狙ってきたのは、天使と崇めるマリルからチョコレートを貰える可能性があるからにちがいない。
「守、どうかしたの?」
「いや、なんでもない。それよりも断片回収しろよ」
「そうね」
マリルが、断片を剥がそうと手を伸ばしたところで、断片はメンバーから離れ、開いている窓から校内へ入っていった。
「おい、これってまずいパターンじゃないのか?」
「私もそう思うわ」
二人の意見が一致した瞬間、校舎から悲鳴が聞こえた後、窓から全体的に茶色く、所々に黄色やピンクのカラフルな斑点模様のある人型で、背中に翼の生えた物体が現れた。
「天使?」
その声に反応するように、天使は体から出した茶色の弓矢を出して構えるなり、守に向けて矢を放った。
「また俺~?!」
素早く魔法壁で防ぐと、天使は矢を連射してきた。
それによって飛び散る破片からチョコレートの臭いがするので、天使がギョロちゃんと同じく、チョコで出来ていることが分かった。
「マリル、なんとかしてくれ~!」
「それ以上はやらせないわよ」
マリルが、前に立って右手を前に出すのに合わせて、天使は戦意を失ったかのように弓を下げた。
「どういうことだ?」
「さあ?」
マリルが、手を下げて体をずらすと、天使は矢を守に向けた。
「なんで俺だけ?」
もう一度同じことをすると、天使のリアクションも同様だった。
「俺にしか敵意無いのかよ?!」
自分ばかり狙う天使に対して、怒りをぶちまける。
「守に対して強い感情を持っているみたいだけど心当たりない?」
「あるとしたら二次元同好会の西園寺有朋かな。昨日マリルからチョコレートもらえそうで羨ましいとか言ってたし」
売買の件を伏せた上で説明する。
「それであの裸に翼の生えた卑猥なのは何?」
「天使だ」
「この世界の天使はあんな姿なんだ。けど、なんで天使なのかしら?」
「さあね」
マリルを天使と崇めているからとは、口が裂けても言えなかった。
「守、これ以上被害を出したくないから屋上に移動して」
「分かった」
それから転送魔法で屋上に着くと、立っているのは自分だけだった。
「なんで俺だけ?」
一人だけの状況に疑問を抱く中、天使がチョコレートで出来た羽をバタつかせながら着地してきた。
「あんな翼で飛べるのかよ」
天使は、返事の代わりに弓を放ち、それに合わせて展開した魔法壁で防ぐ。
「マリルはいったいどこに居るんだ?!」
「私は校庭よ」
その通話を耳にして、フェンス越しに校庭を見ると、言葉通りマリルが立っていて、腰には分割状態のマジンダムを入れたガンホルダーを巻いていた。
「そんなとこに居て俺のこと助けられるのか?」
「もちろんよ。屋上から飛び降りて」
「それ本気で言ってんの?!」
「本気よ。いいからやって。魔法壁だっていつまでももたないわよ」
マリルの言う通り、魔法壁は弓矢の連射によって、薄れ始めていた。
「早く! 私を信じて飛んで!」
「分かった! 飛ぶよ!」
フェンスを上り、下を見ないように目を瞑って、決死の覚悟でダイブすると、後を追って天使も飛び出してきた。
「みんな、準備はいい?」
「承知!」
パーツに宿っている従僕の返事を受けたマリルは、マジンダムのパーツを取り出して、手早く弓矢を組み立てていく。
「我に遣えし従僕よ。我が魔力の糧になり敵を撃て! グレートアローシュート!」
完成した弓を構え、詠唱を口にしながら光の弦を引いて、魔力で構築された白い矢を放つ。
守の頭上を掠めた矢は、天使に命中して、チョコレートの外装を吹き飛ばした。
「ぶつかる~!」
マリルの魔法によって、地面すれすれの距離で止められた。
「助かった~って、なんで屋上から飛び降りないといけなかったんだ?!」
当然の疑問をぶちまける。
「そうでもしないと撃つチャンスが無かったからよ。校内で大きな魔法使うわけにはいかないでしょ」
「そういうことか。断片は?」
「今、封印しているところよ」
マリルは、回収した断片を封印用の白い本に入れていた。
「まったく朝からえらい目に合わされたぜ~」
やれやれと頭を振る。
「アキハバラに出る前で良かったわ。市街地に出て巨大化されたら大変だもの」
「それで素体は西園寺有朋だっただろ」
「これを見て」
倒れているのは桜だった。
「委員長? なんで委員長に断片が?」
「私にも分からないわ。守、桜に恨まれてるんじゃないの?」
「バカ言うなよ。委員長とはクラスメイトとして普通に接してるぞ」
「本当かしら~?」
マリルが、疑うような視線を向けてくる。
「そういう言い方は止めてくれ。それよりも早いとこ事故処理してくれ」
校内のチョコレートだらけの惨状を見ながら、事態の収集を促す。
「そうね」
それからマリルが、関係者全員の事件に関する記憶と校内のチョコレートの破片を消したことで、バレンタインデーの朝に起こった騒動は幕を閉じた。
かに思われたが、十数分後、騒動は再燃した。
持ってきたチョコレートが無くなっていること気付いた女子生徒達が、学校に泥棒が入ったとして、大騒ぎになったのである。
一方の男子生徒達は、騒ぎはしなかったものの、もしかして今年はチョコレートが貰えないかもしれないという疑心暗鬼に捕らわれ、内心怯えていた。
「どうすんだ。これ?」
「そうね。どうにかするわ」
マリルは、ため息交じりの返事をした。
その一時間後、校長が校内放送を通して、女子生徒全員に体育館に集まるように言った。
女子生徒が集まってみると、体育館には校長どころか教師は一人も居なかった。
どういうことかと騒ぎ始める女子達の前に現れたマリルが、睡眠魔法で全員を眠らせた後、調理用の食材や機材などを転送魔法で配置していった。
「リュウガ、お願い」
「承知いたしました」
リュウガは、ハエになって散らばって女子生徒達の耳に入り、被害者を割り出し、近い順に呼び寄せて、記憶探索魔法で無くしたチョコレートの品種を割り出ていった。
市販のものは同じ品を渡し、手作りに関しては材料を一から揃え、リュウガが手早く作り、フウガがラッピングするという手間暇かけた行程を踏んだ。
その中には、当然ながら桜も含まれていた。
「桜も手作りチョコ持ってきていたんだ」
記憶を探って映像化してみると、ハート型で可愛いラッピングがしてあった。
「悲しい思いさせちゃってごめんね」
謝りながら複製されたチョコレートを渡した。
「疲れたわ~」
全てのチョコを渡し終え、女子生徒を帰えした後、マリルはため息を吐きながら倒れそうになった。
「マリル様、大丈夫でございますか?」
リュウガが、素早く支えに回る。
「お疲れさま。たいへんだったな」
守が、労いの言葉を掛けた。女子生徒の誘導を手伝いに来ていたのである。
「守に上げるものがあったんだ。はい」
マリルが、転送魔法でデカい箱を取り寄せた。
「なんだ。これ?」
「バレンタインデーのチョコレート」
「マリルのチョコは無事だったんだな」
「家を出る前に守から連絡をもらって来たから」
「それにしてもデカいな」
自分の身長くらいある箱を見ながら言った。
「守が好きだって言うからたくさん入ってるものを買ったの。残さず食べてね~♡」
マリルの顔は、有無を言わさない迫力に満ちていた。
「分かりました」
頷く他なかった。
「今日はこれで帰るわ。今のままじゃ食事しても回復しそうにないし」
「そうしろ。貧血で早退ってことにでもしておけ」
「そうするわ。じゃあね」
マリルは、従僕と機材と一緒に移動した。
「これ、どうしよう?」
隣に置いてあるドデカい箱の処遇に付いて、頭を悩ませた。
「鋼君」
昼休みに中庭で弁当を食べていると、二次元愛好会がやってきた。
断片の依代にされていたメンバーは、何事も無かったかのような顔をしていた。依代にされた者は、断片を剥がされると記憶を失うからである。
「例のものは?」
闇取引でもするかのような悪い口調で、問い掛けてくる。
「ほら」
板チョコレートを差し出す。
「こ、ここここ、これが、あの方のチョコレートか」
有朋が、受け取ったチョコレートを裏返したりしながら念入りに検品していく。
「うちのクラスの男子限定義理チョコだからな。素っ気ないのも当然さ」
「あの方は早退されたそうだが何かあったのか?」
「俺も知らないよ。調子悪かったんじゃないの」
適当な言葉で誤魔化す。
「それもそうだな。では、これを」
有朋は、財布から福沢諭吉を出した。
「別にいい」
「昨日買うと約束しただろ」
「そのチョコレートは、タダでやる」
「いいのか?」
三人揃って、信じられないといった顔を向けてくる。
「いいぞ。どうせ、義理チョコだし」
「ありがとう! 君は真の心の友だ~!」
有朋は、両目に涙を浮かべ、両肩を掴むなり激しく揺さぶってきた。
「やめろ! やめろ! 弁当がこぼれる!」
「これは失礼した。では、我々はこれで」
二次元愛好会は、お宝を手にした子供のように、わいわい騒ぎながら去っていった。
今日、食べきれないほど大量にもらったので、一枚上げたとしても、どうということはなかったからだ。
一枚にしたのは、人数分を渡した場合、本物か疑われる恐れが生じると思ったからである。
後日、メンバーの一人がギョロちゃんになったのは、もう一人が妹からバレンタイにチョコボールをもらったと知ってことで生じた嫉妬心によるものと判明した。
「鋼君」
放課後、桜に呼び止められた。
「委員長、どうしたんだ?」
「これ」
鞄の中からチョコレートを出してきた。
そのチョコレートが、桜の手作りであることを知っていた。
返還されるのを見ていたからである。
「このチョコね・・・・」
桜は、頬を赤く染めながら言葉を詰まらせた。
「・・・・」
予期せぬ事態を前にして、心臓はバクバク鳴り、思わず叫びそうになる感情を抑えようと無表情を繕い、固唾を飲んで次の言葉を待った。
「マリルちゃんに渡して!」
勇気を振り絞っての言葉だった。
「へ?」
超が付くほど予想外の言葉に対して、一語しか返せない。
「これからマリルちゃんのお家にプリント届けに行くんでしょ」
「そうだけど」
席が、隣同士ということで、プリントを届ける役になっていたのだ。
「本当に俺が渡していいの?」
とりあえず確認を取る。
「鋼君、マリルちゃんと仲がいいのかと思ったけど違うみたいだし。女の子にも興味なさそうだからお願いできるかなと思って」
気付けば、手作りチョコレートを手渡されていた。
「じゃ、お願いね」
桜は、恥ずかしさを隠すように足速に去っていった。
「・・・・・」
手作りチョコレートを見たまま唖然としている一方、断片に憑り付かれて自分を狙ってきたのかを理解した。
チョコレートを渡す障害になると思われたからである。
天使の姿になったのは、材料のチョコレートが、天使のマークが目印の製品だったからにちがいない。
女子の嫉妬は恐ろしいと思う中、さっきから複数の気配の感じる方に顔を向けてみると、桜と同じような表情で、チョコレートを持った大勢の女子生徒が立っていた。
「お前等もか~い!」
叫ばずにはいられなかった。
「元気そうだな」
暖炉の部屋にある長椅子にくつろいだ姿勢で座りながら、缶コーヒーを飲んでいるマリルに言った。
「たっぷり寝てたっぷり食べたから。そういう守は元気無いみたいね」
「理由は聞かないでくれ」
さっきのショックから、まだ立ち直れていないのだ。
「これ、今日のプリント。それと女子生徒群からの気持ち」
プリントと一緒に大量のチョコレートをテーブルに置く。
「なんで女子生徒が私にチョコレートをくれるの? バレンタインは女の子が男の子に渡す日でしょ」
「女子生徒が渡す場合もあるんだよ。友チョコっていうんだ」
「桜のもあるじゃない」
すぐ分かるように、一番上にしておいたのだ。
「それは百合チョコだ」
「百合って、何?」
「女の子同士が仲良くすることだ。俺はバイトに行くから」
そう言って席を立つ。
「ありがとう。また明日ね」
「また、明日」
守が帰った後、どうも引っかかるものがあったので、くわしそうなフウガに尋ねた。
「ねえ、百合ってなに? 多分ロボットアニメ以外の言葉だと思うんだけど」
「それは女の子同士できゃっきゃっうふふふなことをする仲のことですわ。マリル様、その手のジャンルにご興味があるのでございますかしら~?」
「全然無いわ。下がっていいわよ」
「は~い」
「野郎、ぶっ殺してやる」
マリルは右手を握り締めながら守への殺意を口にする一方、チョコレートはおいしくいただくのだった。
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