番外編  天使とマリュー。

 「あっけなかったな」

 「最弱の攻撃魔法一発で死にかけるなんて弱いにもほどがあるわ」

 「最近の魔法連邦捜査官はこんな奴でもなれるのかよ」

 黒いローブを身に纏った男女が、侮蔑の言葉を口にしていく。

 言葉を掛けられているのは、地面に突っ伏しているマーベラスだった。

 「ここ数年、俺達の支部を潰し回ってる捜査隊があるらしいがこいつは違うみたいだな」

 「けれど外道派四柱の支部にたった一人で乗り込んできた度胸は誉めてあげてもいいんじゃない~? あはははは!」

 女が、大笑いするのに合わせて、周囲に居る他の外道派が大笑いしたことで、石造りで神殿を思わせる大広間が、下品な笑い声に包まれていく。

 「司祭、どうしますか?」

 「自白魔法で情報を引き出した後、悪魔への生け贄にする」

 広間の壁際に祀られている角、牙、翼を生やした真っ黒な巨像の前に立つ長い顎髭を生やした男が、命令を伝えた。

 「分かりました」

 外道派の男が、マーベラスに光る右手を向けた直後、突然の強風によって吹き飛ばされた。

 「な、何だ? いったい何が起こった?」

 司祭が、驚く中、強風は広間全体に吹き荒れ、外道派達を次々に吹き飛ばして、壁に叩き付けていった。

 「ただの風じゃないな」

 「その通り」

 風が止むとマーベラスの目の前に、肩に掛かる黒髪を掻き分けるマリューが立っていた。

 「知ってるぞ。お前は疾風の魔女」

 司祭が、マリューを指差しながら二つ名を口にする。

 「正解」

 立ったまま、マーベラスに回復魔法を掛けながら満面の笑みで返事をする。

 「どうやってここに入ってきた? 結界で守られているはずだぞ」

 「隙間から入らせてもらったわ。小さいしノックしてないから気付かないのも当然だけど」

 「まさかそいつの仕業か?」

 倒れたままのマーベラスを指差す。

 「大正解」

 「だが、そいつと同じく一人で来たのは失敗だったな。動ける者は攻撃しろ」

 司祭が、右手を上げるのに合わせて、体を起こした一部の外道派達が、一斉に右手を向けてくる。

 「ご注目。これはいったいなんでしょう?」

 マリューが、ワザとらしい口調で、制服から小さな装置を取り出した。

 「それはなんだ?」

 「爆弾の起爆スイッチ♡」

 嬉しそうにスイッチを押すなり鳴り響いた爆音に合わせて、広間が大きく揺れ、天井からは大量の埃が落ちてきた。

 「いったい何事だ~?!」

 「結界を形成している塔が全て爆破されました~!」

 大慌てで入ってきた男が、早口で報告してきた。

 「結界が消えたらここは丸裸だぞ」

 「それが狙いよ」

 「今すぐ退却だ! っ? どうして転送魔法が使えない?」

 「逃走防止用の結界を張っているからだよ」

 天井にジョバンが現れた。

 「くっそ~! 死ね~!」

 司祭が、苦し紛れに両手から放った炎を、杖から展開した防御魔法陣で防ぐ。

 「サンダースプラッシュ!」

 ジョバンの杖から発射された矢じり型の稲妻が、司祭を含む外道派を直撃して、痺れさせていく。

 「マリュー」

 「任せて」

 返事をしたマリューが、その場から消え、元の位置に戻ってきた時には、外道派全員が光球付きの縄で拘束されているのだった。

 「お前はジョバン・パプティマス。そうか。全てはお前の仕業だったのか~」

 縛られている司祭が、悔しそうに言葉を吐き出す。

 「そうだよ」

 「お前の噂は耳にしているがあんな囮を使ってるなんて聞いてないぞ」

 体を起こし掛けているマーベラスを見ながら言った。

 「誰も知らないからだよ。レムネ」

 杖の光を司祭に浴びせて眠せた後、外道派全員に同じ処置をした。

 「中心部は制圧した。隊員は内部の掃討に当たれ。一人も逃がすな」

 指示を出した後、杖から発射した光波で天井を壊すと、一隻の飛行船が姿を見せ、杖に乗った捜査員達が入ってきて、残った外道派を捕らえていく。

 「これで全員か?」

 一か所に集められた外道派を見ながら聞いた。

 「はい」

 「それなら本部に送って後は調査隊に任せよう」

 外道派達を転送魔法で送還した後、入れ替わるように現れた調査隊に現場を引き継がせた。

 「帰還する」

 全員を転送魔法で、船内に移動させた。

 

 「相変わらず無茶をしてくれるな」

 「怪我人に説教かよ」

 「もうすぐ完治して怪我人じゃくなる」

 ジョバンは、ベッドに寝た状態で、マリューに回復魔法を掛けられているマーベラスに嫌みをたっぷり効かせた言葉を掛けた。

 「これでいいわ」

 両手を下げて顔を向けてきたマリューが、完治したことを伝えてくる。

 「これで怪我人じゃないから何を言ってもいいよな」

 「作戦は成功で犠牲者も出てないなんだから文句言うな」

 「その過程に問題があるんだよ。頼むから自分の体をもっと大事にしてくれ。君ならできるだろ」

 「仕方ないだろ。敵を完全に油断させる為には抵抗できないって思わせないといけないんだからな」

 「だからといって任務の度に死にかけることはないだろ。今日だって後少しマリューが来るのが遅れたら死んでいたところだ」

 「分かったよ。今度からは死にかける寸前で気絶するよ」

 「どうだかな~」

 薄笑いを浮かべるマーベラスが信用できず、疑いの目を向けてしまう。

 「いつまでも堅苦しい話をしないで作戦の成功を祝いましょ」

 「そうだな。お茶を淹れるよ」

 ジョバンが、部屋にあるティーセットで、お茶を容れた。マーベラスへの説教も兼ねて、自身の部屋で治療させていたのだ。

 三人がお茶を飲んでいる間に飛行船は、魔法都市に入り、中心に建っている魔法連邦庁舎の東側に向かい、他の船とすれ違いながら格納庫に入った。

 中は軍港を思わせる造りになっていて、専用バンカーに着陸して動力を停止した後、船体から降ろしたタラップを通って下船した。

 「お疲れ様です。ジョバン隊長」

 赤毛で短髪の隊員が、出迎えの挨拶をしてきた。

 「バルト、囚人達は全員収容できているか?」

 「はい、眠りの魔法を解いてから尋問を行う予定です」

 「分かった」

 「バルト、毒はもう消えたのか?」

 マーベラスが、親し気に声を掛ける。

 「完全に消えましたので次の任務からは復帰させてもらいます。それではこれで失礼させてもらいます。マリュー副隊長も」

 バルトは、どこか不機嫌な表情で、三人から足早に離れていった。

 「あいつ、今日は随分ごきげん斜めだな」

 「また変なこと言ったんでしょ?」

 「変なことなんか言ってないぞ。前に魔獣にやられた怪我に付いて聞いただけだ」

 「二人共、無駄話は報告書を上げてからにしてくれ。僕は大隊長に報告しに行く。いつも通り遅くなるから夕食は君らだけで済ませてくれ」

 「分かった」

 「じゃあね。ジョバン」

 「各員、持ち場に戻れ」

 号令に合わせて、マーベラスを含む隊員達が歩き出すのを見送った後、上官の待つ部屋へ行った。

 

 「ジョバン・パプティマスです。報告に上がりました」

 クルト・ファンタズムと書かれているプレートの貼られたドアに向かって、来たことを告げる。

 「入りたまえ」

 返事に合わせて開いたドアから中に入る。

 室内は三方の窓から差し込む日差しによって、照明器具無しでも明るく、左右の壁際には応接セットに資料入の棚に絵画などの調度品が置かれ、男が座る机まで数メートルの距離があるほどの品揃えだった。

 「ご苦労だったな」

 茶髪で痩せ気味の男が、労いの言葉を言ってきた。

 「いえ」

 「では、詳細を聞かせてくれ」

 命じられるまま詳細を報告する。

 「なるほどいつもの手順か」

 「そうです」

 「クルト大隊長、緊急会議を開きますので会議室へお越しください」

 机に置かれているプレートが映す女性が、用件を伝えてきた。

 「それでしたら私はこれで失礼いたします」

 「ジョバンも出席したまえ。君にも関わりのあることだからな」

 「分かりました」

 席を立って杖を手にしたクルトと一緒に転送魔法で移動した。

 会議室は白い壁に囲まれているだけで、窓や装飾品類が一切無い為、無駄に広く感じられる場所で、その空間を天井に付いている照明用の魔法石の光が隅々まで照らしているのだった。

 その中央に置かれている円卓の席は大半が埋まっていて、クルトは名前の書いてあるボードの置かれた席に座り、ジョバンはその後ろに立った。

 それから転送魔法で入ってきた大隊長達で、満席になった。

 「それではこれより緊急会議を始める」

 議長であるクラウドが、会議の始まりを告げた。

 「一名召集されていない者が混じっていますが」

 ドルチェ・フローレンスと書かれたボードの席に座っている薄毛の男が、ジョバンの存在に異議を唱えた。

 「フローレンス卿、彼の部隊の力が必要になると思って出席させることにしたんだ。パプティマス卿もよろしいかな?」

 クルトが、ジョルジュと書かれたボードの席に座っている銀髪の男に許可を求めた。

 「私は構いません。判断は議長にお任せいたします」

 ジョルジュは、ジョバンを見ながら了承の言葉を口に出した後、クラウドに判断を委ねた。

 「私は構わんよ。彼の活躍は聞いているからな」

 「決まりですな」

 「それでは会議を始めよう。これまで捕らえてきた外道派の証言から彼等が我々に対抗するべく各地に散らばっている同士を集めて一大集会を開くことが分かった。これは外道派を壊滅に追い込む絶好のチャンスと思い奇襲を掛けることにした。すでに最高議長も了承されている」

 クラウドの説明を聞いて、会議室にざわめきが起こる。

 「開催場所は判明してるのですか?」

 「魔法学校のある島だ」

 クラウドの口から出た場所名によって、より大きなざわめきが起こった。

 「何故そのような場所に? もっと隠密に集れる場所はいくらでもあるでしょう」

 「あそこは野生の貴重種が多数生息していて捜査官も立ち入ることはほとんどなく、いざとなれば生徒を人質に取って立て籠もるつもりらしい。この中にも親族が通っている者も多いだろ」

 「この件はクラウディア校長は知っているのですか?」

 「まだだ。正確な日時が判明してから知らせようと思っている」

 「なるほど、それでどのような作戦を取るおつもりですか?」

 「潜入作戦でいく。秘密裏に学園へ行き、外道派の集合場所を特定して集会開始に合わせて連絡し、駆け付けた隊員総出で集まっている外道派を一網打尽にするのだ」

 「確かに妙案ですな。それで作戦の要である潜入の役目を誰がやるのですか?」

 「ある意味囮でもあるわけですから最適な隊員がジョバン君の所に在籍しているではありませんか」

 ドルチェが、ジョバンに憎ったらしい視線を向けながら言った。

 「彼は囮ではありません」

 ジョバンは、マーベラスの扱いを完全否定した。

 

 「大隊長、私はこれで戻ります」

 「ご苦労だったな。次の任務が決まるまで休んでくれ」

 「さっきの作戦でしたら」

 「分かっている。君達は除外するよ」

 「ありがとうございます」

 一礼して、クルトの部屋から出て行った。

 「ジョバン」

 「父上」

 呼び止めてきたのは、ジョルジュだった。

 「なんです?」

 「そんな鬱陶しそうな顔をするな。話をしたいだけだ。少しくらいはいいだろ」

 「分かりました」

 ジョルジュの後に付いて、部屋に向かう。

 「お茶は飲むか? 良い茶葉が手に入ったんだ」

 「はい」

 返事の後、ジョルジュはお茶の用意をした。

 「いただきます」

 淹れたてのお茶を一口飲む。

 「どうだ?」

 「美味しいです」

 「それは良かった」

 味を誉められて嬉しかったらしく、表情をほころばせている。

 「家を出て何年になる?」

 「七年です」

 「七年か、その間に目覚ましい活躍をしたな。父親として誇らしく思っているぞ」

 「ありがとうございます」

 思いがけない誉め言葉を耳にして、つい礼の言葉が出てしまった。

 「身を固めるには丁度いいだろ」

 「また縁談の話ですか」

 いつもの用件だと分かった途端、ため息が出てしまう。

 「この間のスカーレット家との縁談も蹴っただろ。少しは私の顔を立ててくれないか。今まで何回破談させたと思うんだ?」

 「七件ですかね」

 「皆気乗りしない中で話を受けてくれたのだぞ」

 「何故気乗りしないんです?」

 「彼と一緒だからに決まっているだろ」

 「マーベラスが外道派だったのは幼少の頃で今は魔法連邦捜査官の一員ですよ。いつまで邪険に扱うつもりです?」

 「私個人はそんなつもりはないが、全員が私と同じように思っているわけじゃないからだ。中には外道派に肉親を殺された者も多数居るんだぞ」

 「だから僕は他の隊と距離を置いているんです」

 「そのせいで出世が遅れているだろ。普通なら中隊長になってもおかしくない功績だ」

 「僕は出世を望んではいません」

 「ジョバン、今度の作戦に参加するんだ」

 「何故その話になるんです? 会議できっぱりお断りしたでしょう」

 「ここで功績を上げれば高い地位に就けてお前に家督を譲ることに異議を挟む親族も黙らせることができる。そうすれば組織内での融通も効いて彼にきちんとした立場を与えられるだろ」

 「失礼します」

 飲みかけのカップを置いて、席を立った。

 「ジョバン、さっきの話ちゃんと考えておいてくれ」

 「父上、僕からも提案があります。今からでも再婚されて僕よりも優秀な子を設けられては?」

 「それができないことはお前が一番分かっているだろ」

 机に置かれている赤子を抱いて幸せそうに微笑む女性の写真を見ながら言った。

 「その点だけは今でも尊敬していますよ」

 軽く微笑んで、部屋から出て行った。


 「いつものサイズでよろしいですか?」

 「いいよ」

 「かしこまりました」

 男が返事をした後、受け取り用の棚に、包装された新品の制服が出てきた。

 「なあ、もっと汚れにくくて丈夫な服は無いのか?」

 「残念ながら今のところございません」

 「あ、そう」

 マーベラスは、制服を受け取り、備え付けの更衣室で着替えた後、汚れて破れている方を返却した。

 「またのお越しをお待ちしております」

 男の言葉を聞きながら出て行く。

 「行きましょうか」

 「ああ」

 外で待っていたマリューと一緒に備品交換所を出て歩き出す。

 二人は、パプティマス隊特別事務室と書かれたプレートの貼られたているドアを開けて中に入った。

 室内は真っ暗で、マリューが指を鳴らして照明用の魔法石に灯りを付けると、中央に置かれた三つの机が、スペースの大半を占領している狭苦しい内装を露わにした。

 マーベラスと机を並べるのを嫌がる隊員達からの要望によって、掃除用具入れを改装した部屋だからだ。

 二人は、自分の机に座って、報告用のプレートに右手を置いた。

 報告書は、任務中の記憶をプレートに移すものだからだ。

 この時ばかりは、二人とも無言だった。乱れを生じさせることなく記憶を鮮明に移す為である。

 先に手を離したマーベラスは、マリューが終わるまで、何もせずじっと待っていた。

 「終わったわ」

 「じゃあ、提出しに行くか」

 出来上がった報告書を情報処理部に提出し、問題なしとの判断を受けた二人は、庁舎の出口に向かった。

 「お疲れ様でした」

 出入り口に設置されている通行確認用の魔法石に掌を乗せるのに合わせ、石が退室の挨拶を言ってきた。

 二人は、返事をせず、庁舎から出たところで、杖を小さくしてしまい、左腕の腕輪を回して、制服を裾の広く全体的にゆったりしたデザインの服に変化させた。

 「この着用着換装機って便利だけどもう少し小さくならないのかしら?」

 マリューが、腕輪を見ながら文句を言った。

 「その内なるんじゃないか」

 「ほんとにそうなるといいけど」

 ゆっくり歩きながら繁華街に向かう。

 円形を基本にした大小の建物、街中を飛び交う観光や宣伝用の飛行船、本物さながらの映像、色とりどりの服で着飾った老若男女の人々の中に混じることで、仕事からの解放感に包まれていく。

 二人は、火を吐くドラゴンが七色に点滅し、その下に「レインボードラゴン」と書かれた看板を掲げる店に入った。


 「水トカゲの姿揚げお待ち」

 マーベラスの前に手足に水掻きの付いたトカゲの唐揚げが出現した。転送魔法による運搬方法である。

 「来た来た」

 歓喜の声を上げながら、大きめのフォークでトカゲの腹を突き刺し、頭からかぶり付く。

 「うまいっ! やっぱここの水トカゲの唐揚げは最高だぜ~!」

 しっかり咀嚼して、呑み込んで味を堪能する。

 「相変わらずよくそれだけ食べられるわね~」

 向かい側に座るマリューが、積み重ねられた皿にジト目を向けながら言った。

 「マリューだって相当呑んでるじゃないか」

 マリューの前にどっさり置かれている大ジョッキに、ナイフを向けながら言い返す。

 澄んだ青空の下に広がる大草原での食事としては、爽やかさの欠片もない。

 「ここのレッドドラゴン風赤ワインは任務終わりには最高なんだから~」

 かなり飲んでいるにも関わらず、話し方もしっかりしてて、酔った素振りは微塵もない。

 「ジョバンも言ってたけど無茶し過ぎ」

 「今日はマリューまで説教かよ」

 嫌そうに顔を歪めつつ、トカゲの上半身を一口で平らげる。

 「私はあなたが心配なだけ。任務をこなしていく度に怪我の度合いが酷くなってるのよ。今日なんか骨折だけじゃなくて内臓までやられてて後少し遅かったら本当に危なかったんだから」

 「物凄く痛かったわけだ」

 「茶化さないで。私は本気で心配してるんだから」

 「仕方ないだろ。作戦成功の為には一番手っ取り早い手段なんだからさ」

 言い終えて、残りを食べる。

 「それであなたが死んだら意味が無いわ。私が死んだらどうする?」

 「それは嫌だけど」

 「私も同じ」

 言い終わるなり、テーブルに突っ伏したまま寝てしまった。酔っていないように見えて、しっかりアルコールの影響を受けていたらしい。

 「やれやれ。会計頼む」

 「かしこまりました」

 返事の後、二人の席は、店の中に移動した。希望する場所に転送魔法で移動して、食事をするシステムなのである。

 マーベラスは、マリューを抱えて席を立ち、会計を済ませて店を出た後、転送魔法で移動した。

 到着した場所は、都市から離れた森に建っている小さな邸の門の前で、正面に付いている赤い魔法石に瞳を合わせると、解錠を示す青色に変わって開いた。

 中に入り、玄関に近付くのに合わせて扉が開いて、ジョバンが顔を出した。

 「おかえり」

 「帰ってたのか。晩飯は?」

 「もう済ませたよ。君達はいつもの店に行ってたんだろ」

 「分かる?」

 「酔い潰れたマリューとトカゲ料理の匂いをぷんぷんさせる君が揃っていればね」

 「相変わらずトカゲ料理苦手なんだな」

 「僕の体はゲテモノを受け付けなくてね」

 初めて行った時に一口食べて気絶して以来、行くことを拒んでいるのだ。

 「ほら、お姫様を部屋に連れいってくれ」

 ジョバンが、体をズラして道を開ける。

 「分かってるよ」

 言われるまま、マリューを部屋へ運び、慣れた手付きでベッドに寝かせる。店から帰る度に行っているからだ。

 

 「マリューの様子は?」

 「ぐっすり寝てるから朝まで目を覚まさないだろ」

 「明日は休日だからいいんじゃないか。お茶飲むか?」

 「もらうよ」

 「マリューが寝ている間に話しておくよ」

 淹れてのお茶が入ったカップを渡しながら、潜入任務に付いて説明した。

 「なるほど、俺には打って付けの役目ってわけだ」

 「そんな簡単に言わないでくれ」

 「どうせ、自分を大事にしろって言うんだろ。晩飯喰ってる時にマリューにも言われたよ」

 「だったら」

 「今の生活を守る為なら痛い思いなんてどうってことないさ。外道派に拾われてからずっと痛い目に合わされて慣れてるからな」

 「僕は君にこれ以上痛い思いをさせたくないよ」

 「いいじゃないか。次の作戦を成功させれば出世確定で家督も継げるんだろ」

 「君を犠牲にしてまで出世したいとは思わない」

 「地位が上がれば家の人も納得して俺のことで何も言わなくなるだろ」

 「何か言われたのかい?」

 「ジョバンがだよ。また俺のことで何か言われたことくらい分かるぞ。微妙に疲れた顔してるからな」

 「お見通しか」

 「だからこの作戦を成功させて安心させてやれよ」

 「それなら明日の朝マリューに話してどうするか決めてよう」

 「それがいいな」

 お茶を飲んだ後、自分達の部屋に戻って寝た。


 「反対」

 マリューが、物凄い剣幕で言い放つ。

 「思った通りだな」

 「そうだな」

 マーベラスとジョバンは、落ち着いた様子で、食後のお茶を飲みながら言葉を交わした。

 「優雅にお茶なんか飲んでるんじゃないわよ」

 「マリューが反対なら今回の任務は不参加でいいね」 

 「しかたないか」

 「そうよ。命令されてるわけじゃないんだから参加しなくても文句は言われないし・・・お母様?」

 話終わる直前で、マリューが軽く頭を押さえながら母親と話しを始めた。

 契約魔法を通して、母親が頭に声を送ってきているのだ。

 「ちょっと外すわね」

 一言断って、食堂から出て行く。

 「話の途中でごめんなさい」

 少しして、ため息を吐きながら戻ってきた。

 「また縁談の話だろ」

 「分かる?」

 「その疲れた顔を見れば一目瞭然だよ」

 「いいかげん身を固めろって。もううんざり」

 げんなりした表情で、顔を左右に振ってみせる。相当嫌なのだろう。

 「シュヴァイッツア家の一人娘なんだから仕方ないさ。僕も昨日同じこと言われたよ」

 「お互い誉れ高きご先祖様を持つと血筋を残そうと周囲が躍起になるから辛いわね」

 「龍を倒してるんだっけ。いいよな~。俺なんか悪魔と契約したせいで散々だぜ」

 「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんだけど」

 「いいさ。それよりもやっぱり任務出ようぜ」

 マーベラスが、重い一言を口にする。

 「なんでそうなるの。ジョバンが不参加だって言ってるんだからそれでいいじゃない!」

 「この任務を成功させて出世すればジョバンの実家も黙るし、マリューだって小言に悩まされなくなるぜ」

 「そんなの我慢するわよ。三人で暮らしていけるだけの蓄えもあるし」

 「こんな狭い邸でいつまでも三人暮らしてるわけにもいかないだろ」

 「だからって私はマーベラスに犠牲になって欲しくない」

 「まだ死ぬって決まったわけじゃないぞ」

 「・・・私には兄が居たの」

 「兄弟が居たか?」

 「僕も初耳だ」

 マーベラスとジョバンが、驚きながら言い返していく。

 「兄は私と同じ連邦捜査官で悪魔討伐任務中に死んだの。結局悪魔を取り逃がしたことで任務は失敗に終わって上層部にとっては重大な作戦だったから醜態を知られない為に兄の死は半ば隠蔽されているのよ。だからあなたにも兄と同じように死んで欲しくない」

 話しているマリューの顔には、さっきまでの剣幕が消え、悲痛な表情に覆われていた。死んだ兄のことを思い出しているのだろう。

 「そんなことがあったのにどうして捜査官になったんだ? マリューなら他にいくらでも選択肢はあっただろ」

 「あなた達がなるっていうのもあったけど、やっぱり兄の意思を受け継ぎたいって気持ちもあったから」

 「任務に参加しよう」

 ジョバンの一言だった。

 「ジョバン、私の話を聞いてなかったの?!」

 マリューの表情が、再び怒りに染まっていく。

 「これで最後にする」

 「最後ってまさか捜査官を辞めるのか?」

 「そうじゃないよ。危険な任務に着くのを最後にするのさ」

 「そんなことできるの?」

 「僕がパプティマス家を継げば行使できる権限も増して任務の配置もある程度自由にできるようになるはずだからね」

 「危険な任務に着かせないようにできるわけね」

 「そういうことだ」

 「だけど、三人揃って生き残れるの? 相当危険な任務なんでしょ」

 「だから今まで以上に気を引き締めてかかるんだ」

 「大丈夫さ。これまでどんな任務も三人で切り抜けてきたじゃないか」

 「分かったわ。二人を信じる」

 マリューは、納得したように了承の返事をした。

 

 魔法学校に物資を積んだ輸送船が来て、東側の発着所から出された台座に着陸して校内に運ばれ、開いた船倉から降ろされた貨物が、仕分け担当の生徒によって、細かく仕分けされていく。

 その内の一つが、購買部の倉庫に転送された。

 「コリグの箱だわ。今月の搬入リストにあったかしら?」

 購買担当の生徒が、箱の押印を見て怪しむ中、蓋が開いてジョバンが出てきた。

 「誰?」

 「悪いね」

 ジョバンの杖から出す弱い光を浴びた担当は、立ったまま目を瞑った。

 「二人供出てきていいよ」

 ジョバンの声を合図に、マーベラスとマリューが箱から出てくる。

 「この箱に三人はキツいよな~」

 「もう少しマシな方法は無かったの?」

 二人は、体をほぐしながら文句を言った。

 「学園に隠れて入るには一番確実な方法だったんだから文句は言わないでくれ」

 「それにしても懐かしいわね~。任務以外で来たかったわ」

 「ここでよく新製品の争奪戦やったな。へぇ~爆竹の新製品なんて出てるのか」

 二人は、久々の購買部を懐かしがった。

 「校長先生のところへ行くよ」

 ジョバンは、箱を消した後、二人と一緒に転送魔法で移動した。

 「私、何してたのかしら?」

 目を覚ました担当は、辺りを見回して、自身の行動を振り返った。

 

 「誰かと思えばあなた達だったのね」

 クラウディアは、机に座って事務仕事をしながら、目の前に現れた三人に声を掛けた。

 「いつ気付かれたのですか?」

 「購買部の子を寝かせた時から」

 「さすがですね」

 「マーベラス、立派になったわね」

 マーベラスを上から下まで見ながら褒めた。

 「先生が俺を学園に引き取ってくれたお陰ですよ」

 「私はあなたを保護しただけ。後はあなたが良い選択をしていった結果よ」

 「校長先生、マーベラスだけじゃなくて私達のことも誉めてくださいよ~」

 マリューが、自身の制服姿を猛アピールするように、大きく胸を張ってみせる。

 「あなた達二人も立派になったわね」

 クラウディアは、要求通りに誉めた。

 「ありがとうございます」

 「それで何をしに来たの? 捜査官の制服を着ているのだから何かあるのよね」

 「はい」

 ジョバンが代表して、事情を話した。

 「なるほど、それで生徒や関係者の安全はどうなっているの?」

 「外道派と接触して大規模な戦闘に入るようでしたら合図を送って駆け付けた捜査官が転送魔法で全員を都市に避難させます」

 「そのような事態にならないことを願うわ」

 クラウディアが、少しだけ表情を固くしながら言った。生徒達の安否を気にしているのだろう。

 「外道派と接触するまでどうするつもり?」

 「学園の動力になっている魔法石がある最下層に隠れていようと思っています。あそこなら滅多に誰も来ませんし」

 「その必要はないわ」

 クラウディアの右手から出す光を浴びた三人は意識を失い、その場に倒れていった。


 「ここは?」

 目を覚ましたのは、暗い場所だった。

 「島にある一番大きな洞窟よ」

 目の前に立ち、右手の光で顔を照らしているクラウディアが、疑問に答えた。

 「校長先生、これはいったいどういうことですか?!」

 体を縛っている魔法使い用の拘束具のせいで、魔法が使えない分、大声で質問する。

 「こういうことよ」

 クラウディアが、手を広げると頭上に強い光が発生して、暗闇を隅々まで照らし、洞窟内を埋め尽くすほどの外道派が、並んでいるのを目にすることになった。

 「校長先生は外道派の一員だったんですか?!」

 「正確には首領だがね」

 クラウディアの口調が、別人のように変化した。

 「お前はいったい誰だ?!」

 「お前もよく知っている筈だぞ」

 クラウディアが倒れ、その背後に一人の男が立っていた。

 「前校長?」

 「そうだ」

 男は、学校の倉庫に置かれている前校長の銅像と同じ顔をしていたのだ。

 「まさか前校長が外道派の首領だったなんて・・・・」

 意外さと悔しさが、同時に込み上げてくる。

 「この女の先祖は悪魔を倒したことがあるから生徒の内に始末しようとして返り討ちにされたが、倒される寸前で憑依したのさ」

 「女子生徒に如何わしいことをしたっていうのはこのことだったのか」

 「俺が変な噂になるように仕向けたんだよ」

 言葉遣いが、どんどん汚くなっていく。

 「マーベラスとマリューはどこだ?」

 「後ろに居るから見せてやる」

 頭を鷲掴みにされて、強引に後ろを向かせられると、拘束されている二人が見えた。

 「僕達をどうするつもりだ? すぐに殺さないところをみると何か企んでいるんだろ」

 「さすがは元生徒会長だ。魔法連邦の捜査官を呼ぶ餌になってもらう」

 「なんだと?!」

 「ほれ」

 前校長が、腕を動かすのに合わせて、マリューは杖を掲げ、天上に向かって一発の青色の光球を打ち、それに合わせて大勢の捜査官がその場に現れた。

 「ようこそ魔法連邦捜査官諸君」

 前校長が、芝居がかった口調と動作で、出迎えの挨拶をした。

 「父上、大隊長」

 捜査官の中には、ジョルジュにクルトなどの大隊長達の姿も多数あった。

 「ジョバン、どうしたんだ、その格好は? それと貴様はバッハ・ランヴァル。生きていたのか?」

 「死体を見つけていないのに死亡扱いはないだろ~ジョルジュ。まあ、その方が俺としてはありがたかったがね」

 「もう終わりだ。降伏しろ」

 ジョルジュが、杖を向けて降伏を迫った。

 「終わるのはお前達だ」

 バッハが言い終わるタイミングで、クルトがジョルジュの背中に杖を向けて、光球を撃った。

 それによって胸に穴を空けられたジョルジュは、声も上げずに倒れた。

 クルトのあまりに予想外の行動を見て、他の隊員は身動き一つ取れなかった。

 「父上~! 大隊長、なんてことを!」

 「計画の内さ。やれ」

 クルトの合図で、一部の大隊長や隊員が黒いローブを身に纏い、外道派達と一緒に隊員を襲い始めていく。

 「大隊長! 計画ってなんですか?!」

 「捜査官に大打撃を与える為に決まっているじゃないか。大隊長クラスの犠牲者が出ればしばらくは活動も縮小するからな」

 「こんな不正なやり方が議会で通るものか」

 「私を含む大隊長達が口を揃えて悪魔と戦って死んだと証言すれば問題無いさ。君の父上も哀れな犠牲者の一人というわけだ」

 すでに死体と化しているジョルジュを見ながら説明した。

 「まさか議会は・・・・」

 「半分以上が外道派の手中に収まっているよ」

 「嘘だ! それに悪魔なんて嘘も通じないぞ! 記憶を捏造するつもりか?」

 「その必要はないぜ」

 バッハの体が、黒く染まりながら膨れ上がり、角、牙、翼を生やした悪魔になった。

 「悪魔との契約者だったのか?」

 「悪魔そのものさ」

 「本物の悪魔・・・・」

 初めて目にする本物の悪魔を前にして、恐怖と絶望に心を支配され、何も言えなくなってしまう。

 「君を失うのは心苦しいが、君は優秀過ぎたんだ」

 クルトが、嘘くさい台詞を言いながら杖を向けてくる。

 「そうはいきませんよ!」

 倒れていたクラウディアが、体を起こして、杖の先端から出した無数の光の矢で、クルトを含む外道派を撃ち抜いていった。

 「クラウディア~! あれだけ魂磨り減らしたのにまだそんな力が残っていたのか~?!」

 「あなたに黙って何十年も体を乗っ取られせているわけがないでしょう」

 返事をしている間にジョバン達に杖を向け、拘束具を解除していった。

 「あなた達三人は校内に戻って生徒達を避難させなさい!」

 「分かりました」

 クラウディアの指示を受けて、学園に移動して黄色の合図を送り、現れたバルト達と一緒に生徒や関係者を避難させていく。

 「隊長。避難終わりました!」

 バルトが、避難完了の報告をしてくる。

 「よし、お前達は庁舎に戻って救護に当たれ。僕達は先生の援護に向かおう」

 「そうだな」

 「もう終わってたりして」

 「その通りだ」

 三人の前に現れたバッハは、右手にクラウディアを左手にジョルジュの死体を掴んでいた。

 「忘れ物を届けに来てやったぜ」

 そう言って、ゴミを捨てるようにジョルジュの死体を放り投げた。

 「うわああぁぁぁ~!」

 ジョバンの悲痛な叫びが、校舎内に響く。

 「そう喚くなよ。今すぐ同じところに送ってやるから」

 バッハは、右手から黒い矢を放射し、ジョバンは杖から出した防御魔法陣で防いだ。

 「いつまでもつかな~?」

 連射される矢に魔法陣が耐えきれず、薄れ始めていく。

 「私達を忘れないで!」

 マリューが、高速で背後に回り込んで、杖から炎を出して攻撃した。

 「雑魚が」

 口を開けるように開いたバッハの背中から吹き出す炎が、マリューの炎を押し返した。

 「だったらこれはどうだ?」

 マーベラスが、バッハの足元に大量の爆竹を置いて、一斉に爆発させた。

 「やったか?」

 「てめえ、ふざけたマネしやがって~!ぶっ殺してやる!」

 爆炎から出てきたバッハは、全身から大量の火の玉を出して、周囲を火の海にしていった。

 「ジョバン、ここは引くぞ。悪魔相手じゃ勝ち目はない」

 ジョルジュの死体の前で、膝ま付いているジョバンに呼び掛ける。

 「・・・あいつを殺してやる」

 立ち上がったジョバンは、杖を突き出した姿勢で、バッハに向かっていく。

 「お前なんか素手でひねり潰してやる」

 ジョバンは、突き出される黒い拳を転送魔法で回避して、バッハの背後に現れ、ジョルジュの杖を背中に突き刺した。

 「父の無念を思い知れ~!」

 「そんなもん痛くも痒くもないぜ」

 「これからだよ」

 杖に向かって稲妻を放ち、バッハの全身に電を流す。

 「どうだ?」

 「効くわけねえだろ」

 高速で振られた尻尾を左脇に受けて吹っ飛ばされて、壁に叩き付けられてしまう。

 「お返しだ。こいつで殺してやる」

 バッハが、背中から抜き取った杖を突き出してくる。

 骨や内蔵をやられて体を動かすことも、魔法も使うこともできず、もう駄目だという諦めの気持ちでいっぱいになっていく。

 そして次の瞬間には、全身血まみれになっていた。

 杖に腹を刺されたマーベラスの血を浴びていたからだ。

 「別ものを刺しちまったか」

 バッハの台詞に合わせるようにマーベラスが倒れ、腹から出る血で床を真っ赤に染めていく。

 「何やってんだ?」

 「いつものやり方だろ」

 「え?」

 「俺が囮になってジョバンが相手を倒すやり方さ」

 「バカ野郎・・・・」

 「仲良くあの世に送ってやろうじゃねえか」

 バッハは、口いっぱいに炎を溜めながら言った。

 「逃げるわよ」

 クラウディアを背中に抱えたマリューが、右手を掴んできた。

 「逃がすか」

 バッハは、天井に向かって火を吐き、瓦礫で出口を塞いだ。

 「この人数じゃ転送魔法は使えないし、どうすれば・・・」

 マリューは、どうすることもできない悔しさから歯を食い縛った。

 「こ、これを使いなさい」

 意識を取り戻したクラウディアが、持っている杖を差し出してきた。

 「これを最下層の魔法石に刺せば強烈な爆発を起こすことができるわ」

 言い終わると、また気を失った。

 「ジョバン、私行ってくるわ」

 マリューは、杖を掴んだ後、転送魔法で移動した。

 「これね」

 目の前にあって、青く鈍い光を放つ巨大な魔法石に杖を投げようとしたが、前のめりに倒れて、床に落としてしまった。

 バッハが、口から出した閃光によって、下半身を吹き飛ばされたからだ。

 「残念だったな」

 「・・・・」

 返事ができなかった。

 息ができない上に全身に力が入らず、うつ伏せに倒れていることしかできなかったからだ。

 「お前、マリュー・シュヴァイッツアだな。死ぬ前に教えてやる。お前の兄貴を殺したのは俺さ。殺すつもりはなかったが仲間を庇おうとしてやっちまったんだよ。その仲間が俺の部下だったんだからほんとお笑い草だったぜ」

 その後、バッハが大笑いしたことで、地下室が下品な笑い声で満たされていった。

 「これで終わりだ」

 その後、バッハの口から放たれた閃光に包まれた。

 

 「ここは?」

 目を開けた場所は、全てが光で覆われ、心地好い暖かさを感じらさせる空間だった。

 「私、死んだんだ。だから痛くなくて足も有るんだ」

 痛みを感じず、失った両足もしっかりあった。

 「ここは天使の世界です」

 これまで聞いた中で、一番柔らかいと感じられる声が語り掛けてきた。

 「天使の世界。それならやっぱり死んだんだ」 

 「死んではいません。時を止めてあなたをこの世界に連れて来たのです」

 「何の為に?」

 「悪魔を倒す手助けをする為です」

 「それなら早く助けて!」

 身を乗り出すように訴える。

 「そんなに焦らなくても外は時が止まっているので問題ありません」

 「どんな方法で助けてくれるの?」

 「時を操る力を授けましょう」

 「それって禁忌の魔法でしょ。そんなものを使ったら大問題になるわ」

 「使い方を誤らなければいいのです。それに今ここで悪魔を倒せるのはこの力だけです」

 「・・・・分かったわ。その力をちょうだい」

 「では、あなたに天使の加護を」

 目の前に光が集まり、人の形を取って、額にキスをしてきた。

 「ここは?」

 気付くと最下層に居て、背後にはバッハが、閃光を放とうとしている状況は変わっていないが、自身が体験したことが夢ではないことが分かった。

 消し飛ばされた下半身が有ったからだ。

 立ち上がって両手を広げ、自身に宿る新たな力を解放する。

 その直後、バッハは動きを止め、口から放出された閃光は、氷細工のように固まった。

 「本当に時が止まっているのね」

 自身の新しい力に驚きながら落とした杖を拾って、魔法石に突き刺した後、転送魔法で校舎に戻り、三人を連れて発着所へ行き、飛行船に乗って外へ出て、島からかなり離れたところで時を動かした。

 転送魔法で移動しなかったのは、時を止めている間は、多くの魔力を消費するので、三人を連れて転送することができなかったからだ。

 時が動いた瞬間、島から天に向かって膨大な光が放出された直後、学園が一瞬にして吹き飛んだ。

 

 「ここはどこだ? 何があったんだ?」

 目を覚ましたジョバンが居るのは、飛行船の甲板で、目の前にはマリューがマーベラスとクラウディアの前で屈んでいた。

 「何をしてるんだ?」

 「マーベラスと校長先生を治しているの」

 その言葉通りクラウディアには回復魔法の光を浴びせていたが、マーベラスには光を浴びせていない上に時間を巻き戻すようにして、傷口が塞がっていくのだった。

 「その力はなんだ? 魔法じゃないよな。いたっ」

 左脇腹を押さえながら、痛みを訴える。

 「マーベラスを治したら回復魔法を掛けてあげるからもう少し待ってて。それと今使っているのは時を操る魔法よ」

 辛いことを話すような重い声での説明だった。

 「それは禁忌の魔法じゃないか。どこで手に入れたんだ?」

 「天使から授けてもらったの」

 「天使? 悪魔と敵対する存在が実在するのか?」

 「実在しますよ」

 目を覚ましたクラウディアの言葉だった。

 「本当ですか?」

 「私の先祖が悪魔を倒せたのも天使から力を授けられたからだと聞いています。その力を微かに受け継いでいる為にバッハに乗っ取られずにいられたのです」

 「だけど僕達を助ける為とはいえ禁忌を犯したと分かれば議会が黙ってないぞ」

 「だったらどうすればいいの?」

 「死んだことにすればいい」

 体を起こしたマーベラスの提案だった。

 「そんな言い訳通用するとおもうか?」

 「あれを見れば大半の言い訳は通じるだろ」

 校舎が吹き飛んだ島を指差す。

 その後、全員が無言になった。

 多くの犠牲者を出した上に、自分達の思い出の場所が消えてしまったからだ。

 「死んだことにするとしてどこへ行くつもりだ? 当てなんてないだろ」

 「俺の生まれた村に行こうぜ。あそこは廃村で貴重種も居ないから隠れて住むにには丁度いいし」

 「その場所は君しか知らないんだろ?」

 「だからマリューと一緒に行くよ」

 「いいの?」

 マリューが、躊躇いがちに尋ねた。

 「いいさ。一人切りなんて寂し過ぎるだろ」

 「・・・・分かった。後は僕がなんとかするよ」

 「そうしてくれ」

 「私も口添えします」

 「ありがとうございます。校長先生」

 「学園が無くなったのでもう校長ではありませんけどね」

 「じゃあ行くか。そろそろ捜索班が来る頃だろ」

 「それがいい」

 「じゃあね。ジョバン。校長いえクラウディア」

 その言葉の後、マーベラスとマリューは手を取り、転送魔法で消えた。

 

 「この体はもうダメだな」

 首だけになって、地面に転がっているバッハが、誰にでもなく呟いた。

 「これはまた酷くやられましたな~」

 執事服を着た緑色の顔の男が、声を掛けながら近付いてきた。

 「ゴイールか」

 「外道派は壊滅でしょうから後は私が引き継ぎましょう」

 「そうしてくれ」

 「私はあなたと違ってもっとうまくやりますよ」

 ゴイールが、その場から消えた後、バッハは塵となって消えた。


 「マリュー、生まれたぞ」

 「どっち?」

 「元気な女の子だ」

 マーベラスが、大きな産声を上げる赤ん坊を見せる。

 「それなら名前はマリルで決まりね」

 マリューは、赤子を抱きがら名前を呼んだ。

 後のマリル・アウグストゥスの誕生である。

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