第35話 王都と魔法少女。

 「王都へ行きたいんだけど」

 守は、部屋に備え付けてあるインターフォンそっくりの通話機に呼びかけた。

 「承りました。しばらくお待ちください」

 「失礼するでおじゃる」

 数回のノックの後に入ってきたのは、バロッケン伯爵だった。

 「伯爵、なんの用だ?」

 「王都へ行く許可が出たので知らせに来たのでおじゃるよ」

 「知らせに来るくらいで、わざわざあんたが来なくてもいいだろ」

 「貴殿は仮にも我らが魔王、いや王を負かしたのでおじゃるぞ。兵士に召使や女中の中には怯えている者も居るから麿が直々に伝えに来たのでおじゃるよ。それと出掛ける前にこの服に着替えるでおじゃる」

 バロッケン伯爵が、左手に持っている服一式と靴を差し出してきた。

 「これは?」

 「国内で貴殿くらいの少年が着ている服でおじゃる。連邦軍の制服じゃ目立ち過ぎるし、殺意だって抱かれかねないでおじゃるからな」

 「ここじゃ、連邦軍は敵だものな」

 「麿は、外で待っているから着替えるでおじゃるよ」

 バロッケン伯爵が出ていった後、渡された服に着替えた。着心地は人間世界の服よりもずっと良かった。

 「似合うでおじゃるな」

 部屋から出てきて、渡された服に身を包んだ守を見たバロッケン伯爵が、素直な感想を口にした。

 「お褒めいただきどうも」

 「それでは移動するでおじゃる」

 バロッケン伯爵は、守の左肩に手を乗せ、転送魔法で移動した。


 「ここは?」

 「城の地下にある格納庫でおじゃる」

 言葉通り、様々な乗り物が置かれていて、大量の魔動戦車に魔動跳機もあって、一際大きな空間は魔動要塞用に違いないと思った。

 「それで、どの乗り物に乗るんだ?」

 「あれでおじゃる」

 持っている杖で指し示されたのは、全種の中でも一番小さく色合いも地味なタイヤの付いていない乗用車に似た乗り物で、その側には三人の人間が立っていた。

 「あれは・・・・・」

 守は、立っている三人に物凄く見覚えがあった。

 「あんたらも行くのかよ!」

 守は、ツッコミまずにはいられなかった。

 立っていたのが、アウグステゥス親子だったからである。

 「君が街へ行きたいっていうから久々に親子でお出かけして、食事でもしようかなと思ってね」

 「それなら親子水入らずで行けばいいじゃないか。それ相応の格好をしているわけだし」

 三人は、お揃いの柄の服を着ていて、絵に描いたような仲良し親子振りを大発揮していたのだ。

 「だって、君が居ないと人間世界でのマリルのことが聞けないじゃないか。君だっておしいものを食べたいだろ」

 「それはそうだけど」

 陣地を出て以来、何にも口にしていなかった。

 「決まりだな。早速乗ってくれ」

 「いいけど、誰が運転するんだ?」

 「わたしだ」

 「王様、自ら運転かよ」

 「大丈夫だ。ちゃんと免許持っているから」

 「そういう問題じゃなくてだな~」

 「守、ちょっと」

 マリルが、服の袖を引っ張って夫妻から引き離した。

 「なんだよ」

 「ここはお父様の言う通りにして上げて、いつも王政のお仕事で忙しいみたいだから、ほんの少しだけ普通の父親に戻してあげたいの」

 マリルが、小声で耳打ちする。

 「分かったよ。十一年振りの親孝行だものな」

 これからのことが気がかりではあったが、今は親子の再開に水を差したくなかった。

 「そういうこと」

 「話は済んだか?」

 「はい、お父様」

 二人は、夫妻の元に戻った。

 「あらあら、二人切りでいったいどんなお話?」

 マリューが、興味津々といった様子で聞いてくる。

 「そんな勘ぐるようなものではありませんよ。守にこの国でのお金の使い方を教えていたのです」

 「それは大事なことだものね」

 「ほら、乗った。乗った」

 マーベラスに促されるまま、全員が乗り物に乗った。乗り物の正式名称を自動浮遊移動機じどうふゆうきといい、自浮機じふきという略称で親しまれ、国内全般に普及している乗り物とのことだった。

 「いってらっしゃいませ」

 四人を乗せた自浮機は、バロッケン伯爵に見送られながら城を出た。

 

 「そういえば、リュウガ達はどうしているんだ?」

 「用意してもらった部屋で休んでいるわ。このところ激戦続きだったから」

 「あいつらにも休息は必要だよな。そういえばマジンダムはどうしているんだ? 城の外に置きっぱなしにしていたけど」

 「あそこ」

 マーベラスが、指で示す方に目を向けると、マジンダムは城に入る前と同じく片肘を付いた姿勢でいたが、どういうわけか大勢の人間に囲まれていた。

 「マジンダムに何をしているんだ?」

 「撮影会」

 マーベラスが、即答する。

 「なんで、俺の許可もなく勝手なことやってんだよ!」

 「国民から撮りたいって要望が多数寄せられたから、それに応えたんだよ。それと許可はマリルからもらったし~」

 「俺にも一言くらい相談しろよ。所有権は二人分だろ」

 「いいじゃない。毎回許可しているんだし。大丈夫、クダラ男爵を指揮者に城の人達がしっかり警護しているから」

 「国民全体が戦争が起きるんじゃないかって不安がっているんだ。これくらい許してくれよ」

 「ま、そこまで怒ることじゃないからいいけどさ。それにしてもどこへ行っても巨大ロボットに対する行動は同じだな」

 守は、呆れつつも撮影会の様子を見守った。

 

 四人を乗せた自浮機は、王都の中へ入った。

 道路は、車道と歩道がきちんと別けられ、立体映像方式の信号や広告などもあり、多数の自浮機に囲まれていると魔法の国というよりはSF映画に出てくる未来都市のように思えてきた。

 周囲の自浮機は大きさや形に色合いなど人間世界の車と同じく様々な形があった。その一方で宣伝用と思われる飛行船は、どれも船というよりは魚に似ていて、いかにもファンタジーなデザインをしているのだった。

 周辺の建物は、人間世界での高層ビルそっくりの直線的なものばかりで、遠くから見た時と同じく魔法連邦都市とは真逆の印象だったが、所々に連邦側の建築技術の名残を感じさせる建物も存在していた。

 「わたしが住んでいる連邦都市とは大分違いますね」

 マリルが、素直な感想を口にする。

 「ここは人間と魔法使いが共存している都だから建築様式が、連邦都市と違ってくるのも当然さ」

 「エネルギー機関とかはどうなっているんだ? やっぱり電気なのか」

 「いいや、魔法石で賄っているよ。その辺に関しては連邦都市と大差ないかな」

 「公害とかないのか? 無いんだったら俺の世界にも取り入れて欲しいね」

 「公害が無い代わり、超○金も無いぞ」

 「それは嫌だな」

 「まったくクリーンな環境と巨大ロボットのどっちが大事なわけ?」

 「両方だよ」

 自信満々に言い切った。

 「人間と魔法使いが共存しているって話だけど、どっちが多いんだ?」

 「国民の大半は人間よ。元々人間が寄り集まって出来た都だし、片親が魔法使いの場合でもほとんどの確率で人間が生まれるの」

 「へぇ~魔法使いからも普通の人間が生まれるんだな。俺の世界じゃ魔法使いが生まれることなんてまずないのに」

 「それはそうよ。魔法使いが居ないんだもの」

 「それもそうだな」

 四人は、一斉に笑い合った。

 「あの建物はなんだ?」

 守は、天井に一対の翼の付いた一際目立つ建物を指差した。

 「あれは天使教会だ」

 「天使教会? この国では天使を崇拝しているのか?」

 「主に人間達がね。魔法使いはほとんど出入りしない建物だよ」

 「どうして人間は天使を崇拝するのですか?」

 「わたし達のような力が無いからよ。それ故に超常的な力を持つ存在に傾向してしまうのかもね」

 「天使崇拝ね~」

 守は、なんとなく気になって、教会から目を離すことができなかった。

 「守、そんなに気になるなら食事の後に行ってみたら」

 「そうさせてもらおうかな」

 「もうすぐ着くぞ」

 自浮機の向かう先は、守には読めない字が大きく書かれた巨大な看板を掲げた超高層ビルだった。

 「でっかいな~」

 「せっかくの食事なんだから最高級の店に行かないとな」

 「ここは、王都一番と評判のお店なの」

 自浮機が、店の中に入るなり、転送魔法が発動して専用置き場に移動した。

 

 「専用機置き場まで用意されているのかよ」

 「そりゃそうだよ。なんせ、王様だからね」

 全員が外に出ると、そのタイミングを見計らってように現れた案内係に連れられたのは王都が一望できる展望室だった。

 「いらっしゃいませ。ようこそ、おいでくださいました」

 スーツを来た支配人と思われる男が入って、四人に恭しく礼をした。

 「おお~いらっしゃいましたぞ」

 マーベラスが、くだけた感じで返事をする。

 「今日は、可愛いお連れ様がおりますな」

 守とマリルを交互に見ながら言った。

 「娘とその友達だ」

 「左様でございますか。いつも通り、お任せでよろしいですか?」

 「よろしいぞ」

 それから次から次へと運ばれて来る料理をマリルとマーベラスは、持ち前の食欲を存分に発揮して平らげていった。もちろんきちんと会話をしながらである。

 「マリルったら食べ方も全然変わっていないわね」

 二人の食べっぷりを見ているマリューが、幸せそうに微笑んだ。

 「マリルの家系は誰でもこうなんですか?」

 十分腹を満たした守が、マリューに尋ねた。

 「ええ、夫の父親もこうだったらしいから完全に遺伝ね。幾ら病院で調べてもどうしてこんな体質なのかは判明しなかったし。けど、こうして二人の食べっぷりを見られて嬉しいわ」

 マリューが、最高に幸せな微笑みを見せる。十一年あまり見られなかった光景だけに幸せもひとしおなのだろう。

 「俺、外に行ってきます」

 守は、親子水入らずの雰囲気を壊したくなくて、その場を離れることにした。

 「何かあれば契約魔法で知らせるわ」

 マリルが、食べながら言った。

 「分かった」

 守は、案内係に誘導さるまま店の外に出た。

 

 素顔で王都に出てみると、自浮機に乗っていた時には分からなかった雰囲気や空気のようなものを感じ取ることができた。

 空気は都とは思えないくらいに新鮮で、歩いているのは自分と同じく普通の服を着た人間ばかりだったが、時折魔法使いらしい恰好をした者を見かけるなど、本当に人間と魔法使いが共存している場所なのだと確信した。

 歩いている中、自販機らしきものが目に止まった。

 四角い形で、表面に販売している飲み物のサンプル画像と名称に金額が表示されているところは同じで、違いといえばコイン投入口の代わりに青い魔法石が露出していることくらいだった。

 赤だの青だの黄色だのと見た感じは、どれがどんな味なのか分からず、文字も読めなかったので適当に選んだ商品の画像を押した後、マリルに習った通り、城を出る前に付けてもらった右手のブレスレットを魔法石に触れさせた。

 そうすると石の色が赤に変わって、取り出し口から出てきた四角い容器を手に取った。

 怖くもあったが、せっかくなので一口飲んでみると、缶コーヒーのような味がした。

 その後、建ち並んでいる店のショウウィンドウを覗き、自分の世界には無いものに驚きながら天使教会へ向かった。

 

 扉の前に着いたが、自動で開く気配が無かったので、金色のドアノブを掴んでゆっくりと開けて中へ入った。

 中は無人だった。マーベラス達の話からけっこうな人が居ることを予想していただけに、ちょっと拍子抜けした気持になった。

 扉を閉めただけで室内に反響し、それが収まると無音といっていいくらいに静かになり、外の音が一切入ってこないことから別空間にでも居るような気分にさせられた。

 内装は、机と椅子が学校の教室のように配置され、窓には天使の絵が描かれたステンドグラス仕様で、奥には白い天使像が置かれていた。

 その天使像に近付いていく中、守の足音が内部に反響して、自身の存在を教会内にアピールしているかのようだった。

 天使のデザイン自体は、人間世界でお馴染みの有翼でローブのような服装をしていたが、足元で悪魔を踏み付けているなどバトルチックな造りも見受けられた。

 「見学の方ですか?」

 声の聞こえた方を見ると、長いストレートの金髪に白い服を着た女性が立っていた。

 「まあ、そんなとこです」

 入信を勧められたらどうしようと思い、曖昧な返事になってしまった。

 「わたしはここの管理を任されている者です。ちょっとした案内係とでも思ってください」

 女性は、朗らかな微笑みを浮かべながら自己紹介した。

 「はあ」

 「あなたはこの世界の人間ではありませんね」

 「どうして、それを?!」

 不意に自身の存在を言い当てた女性に対して、守は強い警戒心を抱き、自然と身構えていた。

 「そんなに警戒しなくても何もしませんよ」

 「あんた、魔法使いなのか?」

 「そんなところです」

 守の攻撃的な態度を前にしても、女性は朗らかな態度を崩さなかった。

 「ここは天使を崇拝する場所だって聞いたけど、なんで天使を崇拝するんだ?」

 「人間が力を持っていないからです。彼等は救いを求めて、天使に祈りを捧げるのですよ」

 「天使は応えるのか? 知り合いの魔法使いから天使は別世界に存在するって聞いたけど」

 「それは確かですが、この世界に干渉したのは、魔法という力を持った人間達に魔法を正しく使う為の教えを与えた時だけで、全てを教え終わると元の世界に帰り、二度と現れなかったとされています」

 「教え終わったらバイバイか、それじゃあ魔法使いは天使を崇拝しないわけだ」

 「その話も今ではここでしか語り継がれていませんけどね」

 「そのせいかどうかは分からないけど、悪魔と取引はしているよな」

 嫌みを込めながら言った。

 「ええ、悪魔は力を与えてくれますからね。強い力を持つ者は、より強大な力に惹かれるものです」

 「取引した悪魔は何を得るんだ? 魔法使いの魂か?」

 「いいえ、彼等はこの世界で自分達の力が使われ、拡大していくが一番の望みですから代償は求めません。それに悪魔の力を持つ者はいずれ自滅します」

 「うまい話には裏があるってわけだ」

 「あなたは、天使と悪魔、どちらを信じているのですか?」

 女性は、軽い感じで問いかけてきた。

 「生憎どちらも信じないね。俺は無宗教なんだ」

 自身の宗教観をはっきりと口にする。

 「それはあなたが、強大な力を持っているからでしょう」 

 「また、人の心を読んだのか。無断でそういうことをするのは好きじゃないな」

 「ごめんなさい。あなたがあまりにも自信を持って言ったものですから。ただその力をどう使うかはあなた次第ですよ。それによって世界の命運も変わるでしょう」

 「大袈裟過ぎるな」

 「そうかもしれませんね。それではわたしはこれで失礼します。お好きなだけご覧になってください。そうそうこれを差し上げましょう」

 女性は、服のポケットから純白のブレスレットを出した。

 「幾らだ?」

 「ただの記念品ですから、お代はけっこうですよ。それでは」

 女性は、守にブレスレットを持たせ、一礼すると奥の部屋へ入っていった。

 「なんだかな~」

 守は、手にしているブレスレットを見ながら呟いた。

 「守、ここに居たの?」

 扉が乱暴に開けられ、マリルが勢いよく入ってきた。

 「どうしたんだ?」

 「すぐ城に戻るわよ」

 「なんで?」

 「連邦軍の大艦隊が領土を侵攻しているの」

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