第33話 魔王VS魔法少女。

 「守、起きなさい」

 肩を揺すられて目を覚ました守の目の前に、不安な感情を顔いっぱいに浮かべたマリルが立っていた。目の下にはくまもできていて、昨夜はクラウディアのことが心配で寝むれていなかったことがすぐに分かった。

 「朝か。バロッケン男爵は?」

 「まだ寝ているわ。それよりもあなた達なんて格好で寝ているの?」

 守とバロッケン伯爵は、酔っぱらい同士がざこ寝でもしているかのように、激しくもつれ合っていたのだ。

 「しょうがねえだろ。このおっさん、すげえ寝相悪いんだから。何回抱き付かれたことか」

 「失敬なことを言うなでおじゃる。伯爵たる者が、このような狭い寝床で我慢すること自体、相当譲歩しているのでおじゃるぞ」

 「そのお陰で、寝首かかれずに済んだんだろうが少しは感謝しろ」

 二人は、顔見知りレベルの会話をしていた。同じ空間に寝たことで、心の距離が縮まったのだろう。 

 「あなた達、元気ね」

 マリルが、呆れ切った顔で言い放った。

 「元気じゃなきゃやってらんないぞ。こっちは爆弾抱えているんだからな」

 「元気は良い仕事をする上での必須項目でおじゃるからな」

 「朝ご飯食べる?」

 「食べる」

 二人の声が、ハモった。

 

 「ご馳走さま」

 「良い味でおじゃった」

 バロッケン伯爵は、コックピット内で朝食を摂ることに対して、あれこれ苦言を呈しながらも完食した。空腹には勝てなかったのだろう。

 「おいしくて当然です。お母様が持参した食材で作ったのですから」

 クラウディアのことを口にした途端、表情がさらに暗くなる。

 「麿の言葉では説得力は無いかもしれんが、クダラが自身の名に賭けて身の安全を保証したのでおじゃるから、君のお母上は必ず五体満足で戻ってくるでおじゃるよ」

 「お心遣いに感謝します」

 「礼には及ばないでおじゃる。約束通り身の安全の保証をしてくれた上に旨い食事を振る舞ってもらったのでおじゃるからな」

 「で、クダラ男爵はいつ頃来るんだ? 時間指定してないとはいえ、連邦軍だったいつまでも待っちゃくれないぞ」

 「もうそろそろ来るでおじゃろう。あいつ朝に弱いから今頃、かみさんに叩き起こされているでおじゃろうな」

 「魔王軍にもかかあ天下って概念があるんだな」

 守は、世界の壁さえ越える世俗の夫婦関係に、なんとも言えない気持ちになった。


 「マリル様」

 リュウガがから通話が入った。

 「クダラ男爵が、お越しになられました。クラウディア様もご一緒でございます」

 「どこに居るの?!」

 マリルは、コックピットに反響するほどの大声で返事をした。

 「マジンダムの目の前でございます」

 その言葉を聞いたマリルは、転送魔法で三人一緒にコックピットから移動した。

 マジンダムの目の前に移動すると、クダラ男爵とクラウディアが立っていた。

 三人が、移動して間もなく、知らせを聞いた連邦兵と将校も現れて周囲を取り囲んだ。

 「お母様!」

 マリルが、クラウディアに近付こうとしたところで、クダラ男爵が魔法壁を張った。

 「これはいったいなんのまねですか?!」

 マリルは、大声で怒鳴った。母親が目の前に居るというのに、行く手を阻まれたのだから当然の反応である。

 「そう憤るな。こちらは君の母上の無事な姿を見せたのである。バロッケンの無事な姿を見せるのが筋というものであろう」

 クダラ男爵は、対称的に落ち着いて対応した。

 「そうでしたね。失礼しました。伯爵」

 マリルは、後ろに立っているバロッケン伯爵に前に出るよう言った。

 「バロッケン、無事であったか?」

 「この通り無傷でおじゃるよ。杖も所持させてくれたし、提供された食事も申し分なかったでおじゃる」

 杖を見せながら五体満足な姿を見せた。

 「確かに見届けた。これはあなたにお返しよう」

 クダラ男爵は、左手に持っている杖をクラウディアに返した。

 「確かにお返しいただきました」

 クラウディアは、丁重な動作で杖を受け取った。

 「では、人質交換とまいろう」

 クダラ男爵は、魔法壁を解き、二人の人質は歩いて双方の味方の元に戻った。

 「お母様、ご無事でなによりです! どこにも何もされていませんか?」

 クラウディアに駆け寄ったマリルは、今にも泣きそうな声で安否を確かめた。

 「はい、この通り無事ですよ」

 バロッケン伯爵と同じように両手を広げて見せた。

 「良かった・・・。本当に良かった・・・・・・」

 マリルは、張り詰めていた糸が切れたようにクラウディアに抱き着いた。

 「そこまで心配せずとも大丈夫だと言ったでしょ」

 「ですが、もしあなたに何かあれば、わたしは二度もお母様を亡くすことになります! あんな思いはもう二度としたくありません!」

 マリルは、人目も憚らず泣き出した。そこに居るのは二つ名を持つ高名な魔法使いではなく、母を思う一人の少女だった。

 「大丈夫ですよ。あなたの母はここに居ますよ」

 クラウディアは、マリルに優しく語りかけながら包み込むように抱き締めた。

 その光景を前に一部の一般兵や将校がもらい泣きする中、クダラ男爵とバロッケン伯爵も泣いていた。

 「お前らまで泣くのかよ!」

 守は、思わずツッコミを入れてしまった。

 

 「まったく無茶なことをしてくれるな」

 ジョバンが、姿を見せた。マリルと同じく目の下にはくまができていた。よく眠れなかったのだろう。

 「あら、あなた、こんな朝早くどうなさったんです?」

 それとは対称的にクラウディアは、実に軽い調子の言葉を送った。

 「どうなさったんです、じゃないよ。魔王軍の人質になっていうからすっ飛んで来たんじゃないか。メルルは寝込むし、こっちは大変だったんだぞ」

 「つい昔のように冒険心が疼いてしまいまして」

 「昔のようにじゃない。もうそんなに”若くない”んだから」

 「今、何か仰いまして?」

 クラウディアの目が、鋭い眼光を放った。

 「なんでもありません」

 ジョバンは、顔を真っ青にして謝罪した。クラウディアの前で年齢の話題は禁句であるらしい。

 「それで向こうではどんな扱いを受けていたんですか?」

 守が、敬語で質問した。年齢のことで咎められて以来、すっかり手なづけられてしまったのだ。

 「クダラ男爵の家におりまして、奥様にとても良くしていたたきました。そうそう男爵ってば六子ちゃんのパパなんですのよ」

 クラウディアの言葉を受けて、本人とバロッケン伯爵以外の人間が、クダラ男爵に一斉に視線を向ける。

 「な、なんであるか。その目は? 我輩だってパパ願望を抱いてもいいであろう。そうして励んでみたら六子だったってわけさ~」

 クダラ男爵は、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。

 「それにであるな~。そういうことを言ったらバロッケンなんか十五人も子供が居るのであるぞ」

 「麿の場合は、子供が大好きで励んだ結果だし~」

 特に恥ずかしがる様子はなかった。

 「いつまで家庭の事情しているんだよ! 魔王は挑戦を受けるのかどうか言え!」

 業を煮やした守が、本題に触れた。

 「その件に関してだが、魔王様はお主達の挑戦をお受けになるとの仰せだ」

 「それでどこで戦うんだ?」

 「我らが領土内で戦ってもらう。ただし、今回はマジンダムの操者のみで付き添い人は不要とのことである」

 「分かった。こっちとしては問題ない。マリルは?」

 「わたしもないわ」

 「わたしもないよ」

 イバンコ司令官が、聞かれる前に許可を出した。

 「よし、条件成立だ。ただ行く前に少し時間をくれ」

 「何かやることがあるのであるか?」

 「そうだ。一端屋敷に戻らせてもらうぞ。マリルとクラウディアさんも来てください」

 連邦軍の輪から抜け出して、屋敷へ向かった。

 「マリル、たっぷり食っとけ。昨日から何も食べていないだろ」

 「なんで分かるの?」

 「顔をみればそのくらい分かる。というわけで、クラウディアさんお願いします」

 「承知しております」

 それから屋敷に戻って、マリルの壮絶な食事タイムが設けられ、その後かたっぷり用意された予備の食料をマジンダムに積むことで出撃の準備を完了させた。

 

 「お母様、お父様行って参ります」

 「気を付けてな」

 「マリル、これを持っていきなさい」

 クラウディアが、自分の杖を差し出した。

 「これはお母様の杖ですよ。わたしには扱えないと思いますが」

 「あなたに強い思いがあれば杖は応えてくれます」

 「わかりました」

 「守君、マリルを頼みますよ」

 「分かっています」

 それから二人は、マジンダムの右手に乗って、コックピットまで運ばれていった。

 「準備はよいな?」

 クダラ男爵が、最終確認をしてくる。

 「いつでもいいぜ」

 「参りましょう」

 「では、参るぞ」

 バロッケン伯爵の合図の元、二人と一体は、転送魔法で戦地から姿を消したのだった。

 「どうか、あの子達が無事に戻ってきますように」

 「グレートマジンダムに鋼守が付いていれば絶対に大丈夫だ」

 クラウディアとジョバンは、決闘に向かった娘と男の身を案じた。


 転送先は、山や岩といった凹凸が一切無い茶色の地面が剥き出しの平地だった。

 そして、視線の先には服やマントなど着用している全てのものが黒一色で、左右に角の付いた顔を覆うタイプの兜を被った都市で見た映像通りの人物が立っていた。

 「この方が我らが魔王様である」

 黒尽くめの人物の右隣に立ったクダラ男爵が、立っている人物を紹介した。

 「分かった。なら、決闘を始めようぜ」

 「その前に礼を言わせてくれ」

 魔王の第一声は、意外な内容だった。

 「なんの礼だ?」

 「バロッケン伯爵の身の安全のことだ。連邦側に残ると聞いて手荒なことをされるのではと心配していたが、この通り五体満足で帰してくれたことへの礼を言いたかったのだよ」

 「それはこちらも同じよ。母に手荒なことをしなかったことに感謝しているわ」

 「では、決闘を始めるとしようか。ここは領土内でも街も人も一切存在しない場所だ。決闘には打って付けだろ」

 「存分に戦うには十分な場所だ」

 「お前達は、城へ戻っていろ。決着が付き次第知らせる」

 「はっ。こ武運を」

 クダラ男爵とバロッケン伯爵が移動した後、魔王は黒い杖を地面に付き刺し、足元から溢れさせた真っ黒な波動で全身を覆い、マジンダム並の漆黒の一つ目魔神になった。

 「ブラックジャイアント!」

 クダラ男爵とバロッケン伯爵と同じように自身の衣の名乗りを行った後、鋼の巨人と魔力の魔神は、真正面から向かい合った。

 

 「あんたもクダラ男爵達と同じ魔法で戦うんだな。てっきり物凄くデカくなるのかと思ったぜ」

 「敵を見かけで判断するのか?」

 「昨日は、物凄くデカい要塞を二台も相手にしたもんでね」

 「強さでは引けを取らないぞ。わたしとしても初めて目にする巨大ロボットにはどんな言葉で形容すればいいか、迷っているがね」

 「守、油断しないで。あのブラックジャイアントから出ている魔力は半端じゃないわ」

 「こっちは最強無敵の巨大ロボットなんだ。絶対に負けやしないさ」

 「では、こちらから先手を取らせてもらう。ダークサンダー!」

 ブラックジャイアントは、右手から名称通りの黒い稲妻を放った。

 「そいつの弱点はお見通しだ。ハイスピードフォームで行くぞ!」

 「分かったわ」

 緑色になったマジンダムは、攻撃をかわして懐に飛び込み、パンチとキックを超速連打した。

 

 「二人と同じ戦法で攻められるとは、わたしも舐められたものだな。ダークミスティーファイヤー!」

 ブラックジャイアントが、全身を炎で包むと同時に霧状に分散して、マジンダムの周辺にまとわり付き、機体の各所で爆発が起こった。 

 「なんだ? いったい何が起こったんだ!」

 「マジンダムを包んでいる黒い霧が、爆発を起こしているみたい」

 「あの霧はいったいなんなんだ?」

 「強大な魔力で生成されているとしか言えないわ」

 「我が操りしは”漆黒”。どのような色でも塗り潰す圧倒的な力の前に火も風も雷も通じぬとしれ!」

 その後も黒い霧はマジンダムを覆い尽くしたまま、爆発を繰り返していった。

 マジンダムは、霧を払おうとしたが、絶え間なく続く爆発によって、思うように動くことができず、ついには両肘を付いてしまった。

 「こうも爆発を繰り返されていたら反撃できない。魔王はどこだ? 感じ取れないのか?!」

 「こんなにマジンダムが揺れていたんじゃ、探知に集中できない!」

 「仕方ない。一旦離れるぞ!」

 反撃を諦めたマジンダムは、ハイスピードフォームになって、その場から離脱することで黒い霧から逃れた。

 「おいおい、自ら決闘を申し込んでおいて、逃げるとは礼儀を欠き過ぎだろ」

 魔神形態に戻ったブラックジャイアントが、両手を天に向けた直後、空を覆う黒雲から無数の手が現れ、マジンダム目掛けて一斉に向かって来た。

 「あれに触れられたら、さっきみたいに爆発しちまうぞ」

 「分かっているわよ」

 「いいかげん逃げるのにも飽きただろ?」

 魔王の言葉を耳にした時には、前方に腕組み姿勢のブラックジャイアントが浮かんでいて、右足で顔面をおもいっきり蹴られて叩き落されてしまった。

 そして落下の最中、手に触れられ、守の予想通り爆発に包まれながら地上へ落下したのだった。


 「くっそ~。なんで、マジンダムと同じスピードで移動できるんだ?」

 守は、機体を立て直しながらくやしさを吐き出した。

 「逆に聞かせてもらうが、君らにできてどうしてわたしにできないと思う? 暗黒の力を操るということは他の全ての元素を使えるということなのだよ。こうやってね」

 その後、炎、雷、風、岩といった魔法に使われる元素による連続攻撃で、徹底的に攻められ続けた。

 マジンダムも抵抗を試みたものの、すぐに霧状になってしまう為に攻撃を当てることはできなかった。

 仕方なく六面に防御魔法陣を展開してみたものの、小さな隙間に黒い霧を入れられて、内部で爆発を起こされ、再度地面に両肘を付かされた。

 

 「それにしても巨大ロボットというのは頑丈だな。傷の一つでも入らないのか?」

 今だ無傷のマジンダムを見た魔王が、やや呆れながらも攻撃を続行した。

 「マリル、氷の魔法って使えるのか?」

 「使えるわよ」

 「だったら、あいつを凍らせて動きを止めろ」

 「また霧状になって逃げられたらおしまいよ」

 「それなら奴が攻撃を止めた時にやるしかないな。ここはいっちょやられた振りしてチャンスを伺おう」

 「ちょっと卑怯な気もするけど、その作戦でいきましょ」

 守は、マジンダムをワザと大の字状態のまま地面に倒した。

 「動かなくなったところをみると内部機構にダメージを与えたようだな。このまま動かないでくれると助かるのだが」

 攻撃を止め、魔神形態に戻ったブラックジャイアントが、ゆっくりと近付いてくる中、守とマリルは、有効射程圏内に入ってくるのを息を殺してじっと待った。

 そうして、射程圏内へ一歩踏み入れた瞬間、マリルは氷結魔法を発動させ、マジンダムの全身から冷気を放射して、ブラックジャイアントを足元から凍らせた。

 「これでもう霧状にはなれないだろ。今までの借りはきっちり倍返しさせてもらうぜ!」

 マジンダムが、反撃しようと機体を起こしかけた瞬間、ブラックジャイアント自身が大爆発を起こした。

 「まさか、自決?」

 爆発で覆われるブラックジャイアントを前にマリルは驚きを隠せなかった。

 「そうではないぞ」

 爆発が収まる中、球体状の魔法壁で自身を覆った魔王が姿を表した。

 「あの程度でわたしが自決するとでも思ったか? とはいえ、中々な攻撃だったぞ。あれならアーケロンとバルドムが陥ちるのも多少は納得できる。さあ、これで終わりだ」

 魔王は、黒い霧を出して再度ブラックジャイアントになって、右手を天上に掲げると黒雲から巨大な拳が、マジンダム目掛けて降り下ろされてきた。

 その攻撃に対してマジンダムが取った行動は右手を上げることだった。

 「防御魔法陣で防ぐつもりか?」

 魔王が、嘲るように言う。

 「それが違うんだな」

 守が、余裕の言葉を返す中、真っ黒な拳はマジンダムの右手の手前で止まり、その後一瞬にして凍り付いて粉々に砕け散った。

 「ほう氷結魔法か。確かに有効な手段だがどこまでもつかな」

 その後、倍以上の拳がマジンダムに降り注いできたが、全て凍った後に砕けていった。

 「何か変だぞ」

 異変に気付いた魔王は、攻撃を中止した。

 攻撃が止むと同時に立ち上がったマジンダムは、全身が氷のように真っ白になっていて、周囲に冷気を纏っていた。

 

 「また別の色になったのか。どのようなものか確めてみるか」

 魔王は、四元素を織り混ぜた攻撃を行ったが、マジンダムに近付いた後、凍りついて砕けていくだけだった。

 「まさか、全身に氷結魔法を張り巡らせているというのか?」

 「正確にはマジンダムそのものを氷結魔法にしているのよ」

 「そんなことゴーレムでもジャイアントでもできないぞ」

 「このグレートマジンダムにはあんたの知らない元素が使われているんだ」

 「なんだ、それは?」

 「超○金だ」

 「ち・ょ・う・ご・う・き・ん?」

 これまでと同じ反応だった。

 「それならより強い火力で対抗しようじゃないか。ダークファイヤーペリー!」

 マジンダムの真下から炎が吹き出し、全身を包んだかに思われたが、炎は雲に到達する前に凍ってバラバラになった。

 「悪いけど、ちょっとあんたを無視させてもらうぜ」

 マジンダムは、黒雲に向かって急上昇した。

 「何を企んでいるのか分からないが、邪魔させてもらおう」

 黒雲から無数の拳が出てきたが、全て氷結された為にマジンダムを阻止することはできず、侵入を許したのだった。

 雲の中は、光りが一切存在しない真っ暗な空間だった。

 「この辺でいいんじゃないのか?」

 「そうね。我に宿りし氷の魔力よ、我を害するもの全てを凍てつかせよ。ブリザードハリケーン!」

 マジンダムは、その場で高速回転し、それによって発生した豪風に乗せて放出される冷気は、あっという間に黒雲全体に広がって、凍らせていった。

 「ガイアハンマー!」

 両手に召喚したハンマーで、自ら作り出した氷を叩くとマジンダムを中心にひび割れて砕けていき、決闘場所の領土を日の光に晒したのだった。


 「わ、我が黒雲をあのようなやり方で散らしたというのか、信じられん!」

 魔王は、初めて焦りの声を上げた。

 「どうする? あんたの一番の武器は砕け散ったぜ」

 守が、今までのお返しとばかりに勝ち誇った言葉を投げ付けた。

 「その程度で負けを認める魔王ではない! ダークファイヤートルネード!」

 ブラックジャイアントが、両手を頭上に掲げた後、高速回転しながら全身を黒い炎で包んだ漆黒の竜巻と化した。

 「サンダーブリザードストーム!」

 マジンダムは、両足を突き出した状態から高速回転して、雷を伴った氷の竜巻になった。

 二つの竜巻は、真っ正面からぶつかり、先端からは雷と炎の激しい流出が行われた。

 「マリル、気合い入れろ!」

 「お腹空いた」

 「だあ~! 非常食食え!」

 マリルは、手近にある非常食を左手で取って、口に運びながら魔力補給を行った。クラウディアのアイディアで、片手で食事が出来るようにと配置を変えたのである。

 マリルが食事をしながら放つ魔力と物理による激しいぶつかり合いが続く中、ブラックジャイアントの勢いが、急速に弱まり始めた。

 「このまま一気に決めちまうぞ!」

 「もちろんよ!」

 魔力補給を終えたマリルが、元気いっぱいの返事をした。

 「いっけ~!」

 二人の気合いに応えるようにマジンダムは、ブラックジャイアントを押し切って全身を凍らせ、中に居る魔王を右手で取り出し、クダラ男爵達と同じ方法で捉えた後、歪な氷の塊を左腕で打ち砕いたのだった。


 「なんとか勝てたな」

 勝利を確信した守は、ゆっくり息を吐きながら肩の力を抜いた。

 「氷結魔法のお陰だわ」

 「そういや今まで一度しか使ったことなかったけど、ひょっとして苦手なのか?」

 「ううん、そうじゃなくてあえて使わないようにしていたの」

 「なんでだ?」

 「お母様が、氷結魔法の使い手だったから」

 「クラウディアさんって、氷結魔法の使い手だったんだ」

 「”氷結の魔女”っていう二つ名を持つほどのね。だから、なんだか争うような気がして嫌だったの。だけど、お母様のおかげで勝てたわ」

 マリルは、自身の体から引き抜いた魔法石を杖に戻しながら言った。強力な氷結魔法を使うことができたのは、クラウディアの杖にある魔法石を体に埋め込んでいたからだった。

 地上へ着地して、魔王を掴んだまま、マジンダムに片肘姿勢を取らせた。

 それから魔王の状態を確かめるべく、コックピットから出た二人は、警戒しながらゆっくり近付いていった。

 手の中の魔王は、死んでいるかのようにぐったりしていた。

 「死んでんじゃない?」

 マリルが、おそるおそる聞いてきた。

 「生きているよ。呼吸しているし、なんか言おうとしているし」

 「・・・・・・・・腹空いた」

 今にも死にそうな声による台詞だった。

 「物凄く聞き覚えのある台詞だな」

 「守、非常食の残り持ってきて」

 「分かった」

 それから魔王は、差し出している相手が誰であるかも構わず。非常食を片っ端から平らげていった。

 「ありがとう。体力も魔力も充分回復したよ」

 食事を終えた魔王は、元気を取り戻した。

 「それで決闘はどうすんだ? 俺の現状はクダラ男爵から聞いているよな」

 「わたしの負けを認めよう。好きなようにしたまえ」

 「魔王様に手を出すな!」

 どこからか現れた魔王軍兵士が、炎の矢を撃った。

 「なんもしねえよ」

 守は、半ば条件反射的に出した契約魔法で防いだ。

 「その紋章は?」

 兵士を強制送還させた魔王は、守の左手を掴み家紋を食い入るように見つめながら質問した。

 「アウグステゥス家の家紋よ」

 守の代わりにマリルが、説明した。

 「君の名は?」

 魔王は、守ではなくマリルに質問した。

 「マリル・アウグステゥス・ファウスト」

 「どうりで似ていると思った」

 「マリルって魔王軍に知り合いでも居んの?」

 「居るわけないでしょ。失礼ね」

 「知り合いではない。お前の父なのだ」

 魔王は、兜を取りながら言った。

 「知り合い通り越して父って言い出したぞ」

 「うっそだ~!」

 マリルの絶叫が、魔王軍の領土内に響き渡った。 

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