第28話 母親と魔法少女。 

 魔法庁は、大騒ぎになっていた。

 原因は庁舎の中央広場に置かれているマジンダムで、実在する巨大ロボットを一目見ようと、職員が広場に押し寄せているからである。

 警備を任されている職員達は、マジンダムの周囲に設置した巨大な魔法石で形成した強力な結界を張って近付けないようにしていたが、相手が魔法使いだけにどんな魔法を使って入ろうとするか分からないので、一瞬も気を抜くことができずにいた。

 一方庁舎の入り口である門の前には、情報を聞き付けた魔法使い達がマジンダムを見せろと怒号を上げ、門の内側で待機している職員達を戦々恐々とさせているのだった。

 その騒ぎの中、守の居る庁舎の一室は、嘘のように静けさに包まれた。

 「次はこれを飲んでください」

 「分かりました」

 マリルは、白衣を着た男から紫色の液体が入ったコップを受け取り、意を決したように表情を固めてから一気に飲んだ。

 「何か感じるかね?」

 白衣の男が、薬の効き目を尋ねた。

 「何も感じません」

 暗い表情で返事をする。

 「試しに火の魔法を使ってみてくれないか?」

 「分かりました」

 右手を前に出したが、火は出なかった。

 「この秘薬でもダメだったか」

 男が、肩を落としながら落胆の声を上げると、部屋全体の雰囲気も沈んでいった。

 「これでアウグステゥス卿の魔力消失は確定だな」

 ジョバンが、マリルの魔力消失をを告げたことで、部屋の空気がさらに重くなっていく。

 「薬がダメなら他の方法は無いのかよ? 魔力を復活させる伝説の魔法道具とか聖なる和泉とかさ~」

 さっきの言葉を取り消させようと別案を出していく。

 「そんな絵に描いたような都合のいいものはない」

 「本当に無いのかよ。政府の上層部が隠してるだけじゃないのか?」

 必死に食い下がってみせる。

 「守、もういいわ。パプティマス卿、気分が優れないのですが・・・」

 マリルが、真っ青な顔で不調を訴えてきた。体質に合わない薬の飲み過ぎで、気分が悪くなったのだろう。

 「それなら治癒魔法を掛けてあげよう」

 男が、右手から出した光をマリルに浴びせていく。

 「どうかね?」

 「はい、良くなりました」

 顔色が良くなったので、嘘ではないことが分かる。

 「フローレンス卿、アウグストゥス卿の魔法使いの資格取り消しを議会に申請してくれ」

 ジョバンが、隣に立っているカイサルに命令を出した。

 「分かりました」

 「待ってくれ! いきなり過ぎだろ!」

 「いきなりも何も魔力を取り戻す為にやれることを全部やって戻らなかったのだから当然の措置だ」

 「それでももう少し待ってくれてもいいだろ」

 「待ってどうなる? 君に何か良い案でもあるのか? さっき口にした摩訶不思議なものはこの世界には一切存在しないのだぞ」

 「ここでダメなら他の世界で試すことはできないのか? 例えば妖精の世界に行って女王に頼んでみるとか」

 「妖精の世界は簡単に行っていい場所ではないし、我々の願いを聞いてくれる可能性もない。やるだけ無駄だ。むしろそのせいで女王の怒りを買ったらどうする?」

 「・・・・」

 言い返す言葉が見つからなかったので、口を閉じるしかなかった。

 ゴイールに奪われたマリルの魔力を取り戻すべく、魔法庁に所属している治癒の専門家によって様々な魔法や薬が試されたが、どれも効果は得られなかったのだ。

 「フローレンス卿」

 「はっ」

 カイサルは、一礼して部屋から出て行った。

 「鋼守、悪魔を見るような目を向けないでくれ。アウグステゥス卿の資格を剥奪する代わりに君の記憶消去の件は取り消すように手を回しておく」

 「マジンダムはどうするんだ?」

 「小さくできないのだからこの世界で厳重に補完することになるだろう。それにアウグストゥス卿が魔法使いでなくなるから君が乗って戦う必要も無いしな」

 「こればっかりは仕方ないか。あの大きさのまま俺の世界に持って帰れるわけにはいかないからな」

 これまでのように反論しなかった。

 マジンダムは、どういわけか縮小魔法が効かず、玩具サイズに戻すことができなかったので、巨大ロボットのまま魔法庁に転送させたのだ。

 巨大ロボットの大きさで自分の世界に持ち帰れば、魔法庁以上の騒ぎになるのは分かり切っているので、今回ばかりはジョバン達に管理を委ねるしかなかった。

 「パプティマス卿、自宅に戻りたいのですがよろしいでしょうか?」

 マリルが、小さな声で帰宅を願い出た。

 「いいだろ。今後の処遇に付いては決まり次第通達する」

 「分かりました」

 「俺はどうなるんだ? さっきみたいに来賓室で待ってろとか言わないでくれよ」

 「そうしてもらう。世界樹の種から得た力で悪魔を倒した君の扱いに付いても審議する必要があるからな」

 「いきなり囚人扱いかよ。検査はちゃんと受けたし、あんたらに害する力じゃないって分かったんだから拘束するような真似は止めて欲しいね」

 世界樹の種を飲み込んだことによる悪影響は無いか、隅々まで検査を受けたが、異常は見られなかったのだ。

 「とりあえず私の邸に置いてはどうでしょうか? 彼をマジンダムから離しておけば無断で乗られる心配も無いと思いますし監視は従僕にやらせれば問題無いでしょう」

 冷静な口調で提案していくマリルを見て、不安になっていく。

 「いいだろ。議長には私から話を通しておく」

 「ありがとうございます」

 「邸までは私も同行しよう。この場はこれで解散とする。全員ご苦労だったな」

 ジョバンの言葉に対して、治療室に居る職員達が頭を下げていく。

 それからジョバンを先頭に部屋を出て、転送魔法陣のある部屋に向かう。

 「あ、ドロシー」

 歩いている最中、目に止まったドロシーに声を掛けた。

 「守、無事だったのね。良かったわ」

 ドロシーが、嬉しそうに近寄ってくる。

 「ドロシー・スカーレット、処分は聞いたのかね?」

 ジョバンが、ドロシーに厳しい言葉を掛ける。

 「それに関しては一週間の自宅謹慎という処罰を言い渡されましたわ」

 「そうだったのか。悪い。迷惑掛けたな」

 「降格に比べれば大したことないわよ。それよりも何があったの?」

 「悪魔と戦ったんだ」

 「悪魔?」

 悪魔という言葉を聞いたドロシーは、これまで見たことのない驚きの表情を浮かべた。

 「鋼守、軽はずみなことは言うな。スカーレット今のは他言無用だぞ」

 「分かりましたわ」

 ドロシーにしっかり釘を刺したジョバンは、先を急ぐように足早に歩き出し、マリルも同じ早さで進むので、二人に合わせて付いていった。

 それから転送魔法の部屋に入り、魔法陣を使って移動する。

 着いた場所は、大きな門の前だった。

 「ここって」

 その門には物凄く見覚えがあった。自分の世界で嫌というほど見てきたマリルの邸の門と同じだったからだ。

 ただ異なる点が幾つかあって、門には巨大な錠前が掛けられ、左右には杖を持った魔法使いが立っているのだった。

 「君の世界にある邸はここにあるものを魔法で再現したものだ」

 疑問に答えたのは、マリルではなくジョバンだった。

 「そうだったのか」

 「アウグストゥス卿の謹慎は解かれた。お前達は庁舎に戻れ」

 「はっ」

 二人は、礼をした後、転送魔法で消えた。

 それからジョバンが、杖の魔法石を向けると錠前が消えた。

 「邸の封印は解いたから各機能もじきに復旧するはずだ。私はこれで戻る。処遇が決まったら私か部下が伝えに来ることになるだろう」

 「分かりましたわ」

 マリルは、小さな声で返事をするなり中に入っていくので、後に付いて行くことにした。

 去り際にジョバンから何か言われるかと思ったが、気付いた時には居なくなっていた。

 「こっちはちゃんと庭っぽい造りになってるんだな」

 敷地内には、噴水に茶会用のテラスなど金持ちの邸に有りそうな物が、多数設置されていたのだ。

 マリルは、返事もしないで先へ進んでいく。

 今の心境だと話す気にはなれないと思い、声を掛けるのを止めて後に付いていった。

 扉の前に着いたが、従僕達の出迎えは無く、マリルが開けた。

 「みんな、戻ったわよ」

 中に入ったマリルが小さな声で帰宅の言葉を口にすると、従僕四人が猛スピードで集まり、リュウガを基準に横一列に並んでいった。

 「お帰りなさいませ。マリル様」

 「マリル様、ご無事で何よりでござりまする」

 「ほんまに待っとる間気が気やなかったで」

 「戻ってきてくれて超嬉しいですわ~」

 四人が、マリルに歓迎の言葉を掛けていく。

 「みんな、心配掛けたわね」

 マリルは、弱々しい微笑みを浮かべながら四人に労いの言葉を掛けた。

 「俺も居るんだけど」

 自身の存在をアピールする。

 「守様もお疲れ様でした」

 「大義でござったな」

 「さすがまもはんやで~」

 「ほんとあたしが見込んだ男よね~」

 「ありがと」

 マリルに比べて言葉数は少ないが、感謝の気持ちは十分に伝わってきたので、素直に返事をした。

 「今日は色々あって疲れたから部屋で休むわ」

 「いつでもお休みになれますようお部屋の準備はできております」

 「ありがとう。守はどうする?」

 「休みたいけどここには俺の部屋は無いんだよな」

 「構造は同じでござるから守殿が使っていた部屋もあるでござるよ」

 「それにリュウはんが気を利かせて寝泊りできるようにしてあるんやで」

 「巨大ロボット関連のグッズが無いのだけは我慢してちょうだい」

 「それは別にいいさ」

 「じゃあ、私は部屋に戻るわね」

 そこでドアの上部に付いている魔法石が、呼び鈴らしき音を鳴らした。

 「訪問者のようですね」

 「もう決定が出たのかしら?」

 「いくらなんでも早過ぎだろ」

 話している間に魔法石から放射された光が、白い服を着た金髪の女性と礼服を着た赤髪の男を映した。

 「フウガ、すぐに門を開けて連れてきてちょうだい」

 「はいは~い」

 フウガが、軽やかな動作で、玄関から出て行く。

 「どうしてあの人が来たのかしら?」

 「あの女の人ってメルルの母親だよな」

 映像の女性には、見覚えがあった。

 メルルが、ペーパーマスターに人質に取られた時、マリルが報告と謝罪の為に自分の世界に呼んだことがあるからだ。

 それから玄関の扉が開いて、魔法石が映した二人が入ってきた。

 女性は予想以上の美女で、後ろから付いてくる男は、リュウガと同じように落ち着いた感じだった。

 「鋼守君ですね」

 「は、はい」

 女性の透き通るような声で名前を呼ばれた後、意識したわけでもないのに、気を付けの姿勢を取って返事をしていた。

 「わたくし、クラウディア・パプティマスと申します。メルルの母親でジョバンの妻です。こちらは私の従僕のマルスです」

 女性が、自分と従僕の紹介をしていく。

 「初めましてクラウディア様の従僕を勤めております。マルスと申します」

 マルスは、リュウガと同じく丁寧な仕草と言葉遣いで挨拶してきた。

 「よろしく、マルス」

 リュウガ達と同じようにため口で返事をした。丁寧語で返事をすれば、口調を改めるように言われると思ったからだ。

 「私とマリルは養子と養母の間柄でしたが、名字が変わりましたので今は元養母ですわ」

 「いえ、今でもあなたは私の母に変わりはありませんわ。メルルはどうされてますか?」

 「謹慎中なので邸に居るわ」

 「そうですか、それで今日はどうしてこちらへ?」

 「あなたの様子を見に来たの。メルルから邸に戻ってきたらどうしても見に行って欲しいって強く頼まれていて先程主人から邸の封印を解いたと連絡があったから来たのです」

 「そうですか。よくお越しくださいました。今客間へご案内いたしますわ」

 「あなたのお部屋で話したいのだけれどいいかしら?」

 「・・・・分かりましたわ」

 「少しの間マリルとお話をさせていただきますね」

 「俺は全然構わないですけど」

 「では、失礼します」

 「それじゃあ、俺も部屋に行くかな」

 二人が、二階に行くのを見届けてから部屋に向かう。

 場所は分かっているので、リュウガ達の案内は断ったのだ。

 部屋の中は、TVなどの家電が無いことを除けば、内装は全く同じだった。

 ベッドに行くなり、身を投げ出すように寝転ぶ。

 「これからどうすればいいんだ?」

 天井を見ながら困惑の声を上げる。

 マリルを魔法使いでいさせる為に自分の記憶を引き換えにした結果、ゴイールに魔力を奪われるという最悪の事態を招いてしまったからだ。

 「ほんとに何やってんだよ。俺は・・・」

 審議の結果に従っておけば、最悪の事態は回避できたかと思うと、後悔してもしきれなかった。

 

 「さま、守様。よろしいでしょうか?」

 ドア越しから聞こえてくるリュウガの声で、目を覚ました。

 どうやら知らない間に寝ていたらしい。

 「今行くよ」

 ベッドから出て、ドアを開ける。

 「おやすみのところ失礼いたします」

 「いいよ。どうした?」

 「クラウディア様が守様とお話をしたいとのことでお連れいたしました」

 言葉通り、隣にはクラウディアが立っていた。

 「分かった。それじゃあ暖炉の部屋へ行きましょうか」

 「部屋の中で話しましょう」

 「クラウディアさんがそれでいいなら」

 「それでしたらお茶をお持ちいたしましょうか?」

 「俺はいらないけど」

 「私もけっこうです」

 「かしこまりました。何かご用があります時は契約魔法にてお呼びください」

 「分かった」

 「それでは失礼いたします」

 リュウガは、一礼して離れていった。

 「それじゃあ、こっちに来てください」

 部屋に入ってきたクラウディアを備え付けのテーブルに案内して、向かい合わせに座る。

 「そんなに緊張しなくてもいいですよ。妖精の女王と比べれば大したことはないでしょう」

 「は、はあ」

 女王の時と違い、マジンダムに乗っていないので、緊張するなという方が無理だった。

 そんな緊張の眼差しで見るクラウディアは、髪や目の感じがメルルに似ていると思った。

 「あのマリルはどうしていますか?」

 「話をした後寝かせましたわ。今のあの子には休息が必要ですから」

 「そうですか。それで話っていうのはなんですか?」

 「まずはお礼を言わせてください。あの子の為に色々と尽力してくれたことに母として感謝しております」

 クラウディアは、礼を言いながら頭を下げてきた。

 「いや、俺はただ自分がやれることをやったまでですし、そのせいでマリルは魔力を失うことになってしまったんですから結果は最悪ですよ」

 話している内に声は小さくなり、表情も暗くなっていく。

 「思った通り自分を責めているのですね」

 「え?」

 「あの子から話を聞いた時にあなたが自分を責めていると思ったのでここに来て正解でしたわ」

 「正解ってどういう意味です?」

 「あなたに自分を責めないように伝えに来たのです。結果はあの子に取って最悪なものになってしまいましたがあなたは自分の出来ることをやったのですから非はありません」

 「そう言ってもらえると凄くありがたいですけど俺は自分が許せません」

 母親という立場の女性と話す内に申し訳ない気持ちが溢れ、気付けば視線から逃げるように下を向いていた。

 「自分を許せないのならそれでも構いません」

 「え?」

 予想外の言葉を耳にしたことで、思わず顔を上げてしまう。

 「私にも自分を許せないことはたくさんあります。あなたの知るところでいえばマリルの両親のことです」

 「マリルの両親を知ってるんですか?」

 「あの子の両親は私の教え子で色々な理由から隠れて暮らしていたのですが何者かに襲撃されて殺されてしまったのです」

 「そうだったんですか」

 「その時は私達がもっと警戒しておけばと強く後悔し、今のあなたのように自分を許せなくなりましたが、それを何もしない事への言い訳にしてはなりません」

 「何もしないですか?」

 「自分を許せず悔いてばかりでは先へは進めないということです」

 「今の俺に何ができるでしょうか?」

 「あの子の力になって上げてください。今のマリルには支えが必要です」

 「それならクラウディアさんにメルルが居るじゃないですか。従僕の四人だって居ますし」

 「もちろん私達も支えますが、共に戦ってきたあなたにもその資格は十分有るのですよ」

 「・・・・分かりました」

 クラウディアから励ましの言葉を聞いて居ると、不思議と暗い気持ちが薄れ、気付けば了承の返事をしていた。

 「それでは私はこれから夕食の用意をします」

 「夕食?」

 「せっかく来たのですから久々に母の手料理をマリルに食べさせてあげたい思いまして。あなたも食べてくださいね」

 「はい」

 「それではこれで失礼いたします」

 クラウディアは、部屋から出て行った。

 「はあ~」

 一人になったところで、緊張続きで固くなった体をほぐそうと、大きく息を吐いて、肩の力を抜きながらベッドに腰掛けた。

 「守、聞こえる?」

 「だ、誰か居るのか?」

 身構えながら辺りを見回す。

 「捜しても無駄。頭に声を送っているんだから」

 「誰の声だ?」

 「私よ、私」

 「ドロシーか。どんな魔法を使ったんだ?」

 「あなたにキスしたでしょ。あの時にちょっとだけ契約魔法を込めておいたからよ」

 「なるほど」

 キスされた左頬を触りながら返事をする。

 「それで何があったの? 家族に聞いても分からないだの一点ばりで終いには公表があるまで黙っていろだもの。まいってしまうわ」

 「だったら公表されるまで大人しく待ってろよ」

 「何もしないつもり?」

 「何かしようとして色々あったから下手なマネはしたくないだけさ」

 「それなら私にも責任の一旦はあるわ。あなたに焚き付けるようなこと言ったんだし」

 「そんなの気にするなよ」

 「とにかく力になりたいのよ」

 声の必死さから嘘でないことが伝わってくる。

 「倒した悪魔にマリルの魔力を奪われてどんな魔法を使っても秘薬を飲んでも戻らなかったんだ」

 「そういうことだったのね。道理で何も言えないわけだわ」

 「何かいい方法は無いのか?」

 「分からないけどうちの書庫で調べてみるわ。誰か来たから切るわね」

 言葉通り、そこで声は切れた。

 それからリュウガに呼ばれて一階の食堂へ行った。 

 初めて入る食堂の長テーブルの上座にはクラウディアが座り、その左の席にマリルが座っていた。

 寝たからなのか、クラウディアと話す前に比べると、少しだけ元気になったように見えた。

 「あなたはこちらへ」

 指定された右側の席に座り、マリルとクラウディアから視線を向けられると、クラスメイトの家に遊びに来たような気分になった。

 「三人揃ったところで食べましょう」

 「はい」

 それから従僕を給士にしての食事が始まった。

 出される料理の味はどれも格別で、クラウディアの腕前がリュウガやおじさんより上だと実感した。

 マリルは、無理して食べている感じではあったが、敢えて指摘しなかった。

 食後のお茶の後、帰るクラウディアを見送った後は、マリルと言葉を交わすことなく自分の部屋に戻った。

 「守」

 「ドロシーか、脅かすなよ」

 部屋に入るなり声を掛けられ、大声を上げそうになったが、ドロシーだと分かって止めた。

 「マリルの魔力を戻す方法が分かったの」

 「ほんとか?」

 「だから付いてきて」

 そう言った後に右手を握られ、視界が暗転した後、薄暗く岩肌が剥き出しの洞窟のような場所に立っていた。

 「待っていたよ。鋼守」

 声と同時に光を向けられ、眩しさに耐えながら目を凝らすと、杖を照明代わりにしているカイサルが立っていた。

 「なんであんたがここに居るんだ?」

 「君に用があってね」

 「用って?」

 嫌な予感しかしないが、敢えて聞いてみる。

 「君を殺すのさ」

 「やっぱり」

 予感通り過ぎて驚きもしない。

 「君はやり過ぎたから殺すことになったんだ」

 「動機も理由も教えてくれないのか」

 「死ぬ君に教えてなんになる」

 カイサルが、笑いながら杖を向けてくる。

 「そう簡単にいくかな?」

 「終りだ」

 言いながら魔法石から光の矢を撃ってきた。

 左手から魔法壁を張って矢を防いだ後、右手を突き出し、拳から光弾を発射した。

 カイサルは、腹に腹に受けて吹き飛び、背後の岩壁に激突して、体半分をめり込ませていった。

 「悪いけど俺に魔法は効かないぜ」

 右手を光らせたながら言った。

 岩肌に激突したことで、カイサルの杖の光が消え、洞窟から灯りが無くなってしまったからだ。

 「やはりこの力を使わないと駄目なようだ」

 カイサルは、岩から体を出し、杖を放り投げると全身が膨れ、皮膚や髪が黒く変色し、頭からは角、背中からは漆黒の翼が生え、目に真っ赤な輝を宿す禍々しい姿になっていった。

 「お前悪魔だったのか?」

 これにはさすがに驚ろいた。

 「正確には悪魔と契約した魔法使いだ」

 「そういやマリルがそんな奴と戦ったことがあるとか言ってたな」

 「契約者は多いからな」

 「俺を殺そうとしてるのは悪魔だったわけだ」

 「ゴイールを倒すほどの力を持つ君を野放しにはできないからね」

 「それにしては回りくどいやり方だな」

 「こういうやり方は好きじゃないが魔法庁での立場もあるから君と親しいスカーレットのご令嬢にご協力願ったのさ」

 言いながら側で倒れているドロシーを指差す。

 「ドロシー大丈夫か?」

 「心配するな。気を失っているだけだ。それよりも自分の心配をした方がいいんじゃないか?」

 「そいつはどうも。けど俺の力は悪魔に効くんだぜ」

 力を誇示するように、右手の光を強め、洞窟全体を蒼い光で照らしていく。

 「だろうね。だからこうするのさ」

 全身が黒い分、一際目立つ白い牙を見せつけるように口を開けて笑った後、左手を動かしてドロシーを引き寄せた。

 「お前、きったねえ~マネしやがって~!」

 「みんなが意味嫌う悪魔だからね。早くその光を消してもらおうか。それと下手なマネをしたらこいつは消滅するぞ」

 言いながらドロシーに、青白い炎を出す右手を近付けていく。

 「・・・分かった」

 言われたに通り光を消す。

 「そのまま動くなよ」

 「ああ、動かないよ」

 「いい態度だ。証人喚問の時もそうあって欲しかったよ。これで彼女はまた大事な人間を失うな」

 「その前に一つ聞きたいんだけど今のお前って悪魔なのか? 人間なのか?」

 「見た通り悪魔さ」

 「それを聞いて安心したよ」

 「君も安心したまえ。痛みは一瞬だ」

 カイサルは、右手から黒い矢を撃ってきた。

 そのタイミングに合わせ、全身から強烈な光を放出して、黒い矢を打ち消し、カイサルの全身にも浴びせていった。

 「うぎゃあああぁぁぁ!」

 悲鳴を上げるカイサルは、火で焙られたように全身が黒焦げになっていった。

 「殺すなら人間の姿でやるんだったな。まあ、俺も一か八かの賭けだったけど」

 言いながらカイサルの側に行って、ドロシーを引き離す。

 「ドロシー、大丈夫か?」

 顔を軽く叩きながら呼び掛ける。

 「まも・・・る?」

 意識を取り戻したドロシーが、ゆっくり目を開けていく。

 「良かった。気が付いたんだな。なんともないか?」

 「私、どうしてこんな所に居るの?」

 「何も覚えてないのか?」

 「目の前にフローレンス卿が現れた後は覚えてないわ」

 「そのフローレンス卿ならそこで倒れているぞ」

 倒れているカイサルを顎で示す。

 「これがローレンス卿?」

 悪魔の姿をしているから信じられないのも無理もない。

 「こいつは悪魔と契約してたんだ」

 「フローレンス卿がどうして?」

 「さあな、こいつの姉ちゃんも契約者だったから何か関係あるのかもしれない」

 「そうか、フローラ・フローレンスも悪魔の契約者だったわね」

 「まったく姉弟揃って契約者ってことは父親も契約者なんじゃないか」

 「それは分からないけど。なんで光ってるの?」

 「世界樹の種を呑み込んだことでできるようになったんだよ。これのお陰で悪魔にも勝てたんだ」

 「そういうことだったのね。とりあえず彼を魔法庁に連れて行きましょ」

 「その前に聞くことがある」

 「何を聞くの?」

 「マリルの力を取り戻せるかどうかだ」

 「彼がマリルの力に付いて知ってると思う?」

 「分からないけど聞いてみてもいいだろう。悪魔との契約者なんだからな。自白させる魔法とか使えるか?」

 「もちろんよ。ただこの状態だと喋れないから軽く回復魔法掛けるわ」

 「いいけど暴れないようにしてくれよ」

 「任せて」

 ドロシーが、カイサルの側で両肘を付いて、右手から出した少量の光を浴びせていくと、黒焦げだった体が微かに回復していった。

 「こ、ここは?」

 目を開け、痛そうに声を上げる。体が半焼け状態なのだから当然だろう。

 「俺を殺そうとした場所だよ」

 「私はやられたのか。それなら」

 「おっと、お前には聞きたいことを話してもらうぞ。ドロシー」

 「分かってるわ。ハクジ」

 ドロシーの左手から出る光を浴びたカイサルの顔から力が抜け、ぼんやりした表情に変わっていく。

 「これで聞かれたことにはなんでも答えるわ」

 「マリルの魔力を戻す方法はあるのか?」

 「無い」

 即答だった。

 「・・・・」

 淡い期待を打ち砕く答えに対して、二人が返事をしなかったので、洞窟内が重い沈黙に包まれていく。

 「本当にどうにもならないのか・・・」

 絶望のあまり体から力が抜け、両肘を地面に着いてしまった。

 「ドロシー」

 助けを乞うように呼び掛ける。

 「悪魔が知らないって言うんだもの他の方法なんて無いわよ」

 「そうか、そうだよな~」

 どうにもならないと分かったせいか、変な笑いが込み上げてしまう。

 「どうするの? 彼を魔法庁に引き渡す?」

 「いいや、まだ聞くことがある」

 「何を聞くの?」

 「マリルの両親に付いてだ」

 「どういうこと?」

 「こいつが俺を殺そうとした時に言った言葉が気になるんだ。とにかく質問させてくれ。マリルの両親の襲撃に付いて知ってるか?」

 「知ってる」

 カイサルの答えに驚くあまり、思わずドロシーと顔を見合わせてしまった。

 「何を知ってるんだ?」

 「私がやったからだ」

 「何の為に?」

 「マーベラスが姉上を捕らえた復讐だ」

 「お前の姉ちゃんは犯罪者なんだから捕まって当然だろ」

 「その為に重い懲罰を課せられたことが許せなかった。それで居場所を突き止めて奇襲を掛けて殺したんだ」

 カイサルは、溜まっていた鬱憤を晴らすかのような荒い口調で、詳細を話していった。

 「マリルの両親は彼の身勝手な復讐の為に殺されたのね」

 「それから脱獄した姉ちゃんを俺とマリルが捕えることになったんだから皮肉なもんだな」

 「聞きたいことは全部聞けたし彼を魔法庁に引き渡しましょ」

 「いいや、こいつにはまだ働いてもらう」

 「今度は何をするつもり?」

 「悪魔の世界に連れて行かせてマリルの魔力を返してもらうよう親玉に直談判してくる」

 「無謀過ぎるわ! 行っただけで死ぬかもしれないのよ!」 

 「この力があれば多分平気だしやるしかないだろ。肝心のマジンダムは見張られてて乗れないからな」

 「もしかしたら乗れるかもしれないわよ」

 「どうするんだ?」

 「当然彼に協力してもらうのよ」

 ドロシーは、カイサルを見ながら言った。

 

 「誰か来て~! 悪魔を捕らえたわ~!」

 マジンダムが立っている中央広場にて、転送魔法で現れたドロシーの声が響く。

 「悪魔を捕らえたとはいったいどういうことだ?!」

 見張りの一人が、駆け寄りながら事情を聞いてくる。

 「この悪魔が私を襲おうしたから撃退して連れて来たんですの」

 物凄く芝居掛かった口調で、仰向けに倒れている半焼けのカイサルを指差す。

 「確かに悪魔だな」

 姿がまるっきり変わっているので、カイサルだとは気付きもしない。

 「それとマジンダムのパイロットである鋼守も襲われていたので一緒に連れて来ました」

 カイサルの横で倒れている守を指差す。

 「何があったんだ?」

 「何をされたのかは分かりませんが意識が無いんです。すぐに医療班を呼んでください」

 「分かった」

 職員が、ブレスレットを使って、医療班に連絡を取り始める。

 そこでカイサルが目を開け、上半身を起こして、両手を広げて呪文を唱えると、上空に巨大な漆黒の魔法陣が出現した。

 「大変だわ! 悪魔が異世界のゲートを開けたわ~!」

 ドロシーの叫びにマジンダムの見張りに付いていた職員達が、一斉に上を向いていく。

 「今だ!」

 守は、体を起こして走り出し、結界を張っている魔法石にカイサルの杖を放り投げた。

 杖が命中した魔法石は、爆発して粉々になり、それによってマジンダムを覆っている結界が消滅した。

 「これでマジンダムに乗れるぞ!」

 笑みをこぼしながらマジンダムの右足に向かい、パネルを操作して片肘を付かせ、それに合わせて地面に降ろしてきた右手に乗った。

 「後はこのままコックピットに行けば」

 「何をやろうとしてるの?」

 親指のパネル操作を終えた直後、怒りを押し殺した怖い声に反応して振り返ると、マリルが立っていた。

 「げっなんでここに居るんだ?! 邸に居るんじゃないのか?!」

 「守が居なくなったからお義父様に相談する為に来てたのよ!」

 「今すぐ降りろ! 俺には命を賭けた用があるんだ!」

 「今降りたら私死ぬわよ。魔法使えないんだから」

 右手は、普通の人間なら死ぬ高さまで上がっていたのだ。

 「いいか、俺はあの魔法陣を通って悪魔の世界に行くんだ」

 「行ってどうするの?」

 「悪魔にお前の力を戻すように直談判しに行くんだよ!」

 「だったら私も行くわよ。私の魔力なんだから」

 「ダメだ! 今すぐ降りろ! 死ぬかもしれないんだぞ!」

 「魔法使いでいられないなら死んだも同じよ! それと早く魔法陣に入らないと邪魔されるわよ」

 マリルが、指差す先にはジョバンを先頭に多数の魔法使いが、近付いて来るのが見えた。

 「くっそ~! どうなっても知らねえぞ!」

 言いながらマジンダムに乗り込み、魔法陣に向かってジャンプさせながら世界樹の光で機体全体を包んだ。

 魔法陣の中に入った瞬間、モニターの映像が視力で追い付けないほどの超速で流れ、移動というよりは世界から引き離されていくような気分にさせられた。

 

 「と、止まったみたいだな」

 激しく息を切らしながら映像を見た感想を口にする。

 世界樹の光を消してはまずいと思い、移動の間も意識を集中させていたからだ。

 「マリル大丈夫か?」

 「なんともないわ」

 「そうか、良かった」

 一番の不安が解消されたことで、胸を撫で下ろした。

 「ここが悪魔の世界なの?」

 「そうらしいけどなんて色してるんだ」

 そこは赤黒い世界だった。

 地面や空といった感覚がなく、空間一面を覆う赤と黒が、絶えず混じりわずに動き続ける異様な空間だったのだ。

 また居るだけで敵意、悪意、憎悪といった負の感情を全身にぶつけられているような居心地の悪い不快な気分になってきて、マジンダムに乗って光で守っていなければ、間違いなく気が狂っていただろう。

 「これがグレートマジンダムか。直に見るとなんとも奇っ怪な姿だな」

 野太い声が聞こえてきた。

 「誰だ? どこに居る?」

 機体を動かして周囲を見回しつつ、レーダーで確認してみたが、何も見えず反応も無かった。

 「どこに居る?! 姿を見せろ!」

 その叫びに応えるように黒い部分が、無数の人の顔を形造るなり、一斉に下品な笑い声を上げてきた。

 「出過ぎだ! 一人に絞れよ!」

 耳を塞ぎながら大声で条件を言った。

 「注文の多いことだ」

 その言葉の後、黒が一つに集まって、巨大な顔を形造った。

 「お前はなんだ? 悪魔の親玉はどこに居る?」

 「目の前に居るだろ」

 「お前が悪魔の親玉なのか?」

 「そうだ。正確にはこの空間そのものだがな」

 「だったらお前に言うことは一つだ。マリルの魔力を返せ!」

 「そんなちっぽけなことの為にここへ来るとは人間とはつくづく馬鹿な生き物だ」

 「うるせえ! 戻せるのかどうかはっきりしろ!」

 「戻してやらんこともない」

 「本当か?」

 「容易いことだ」

 その言葉の後、マリルの全身が黒いオーラに包まれた。

 「ああ~」

 マリルが、これまで聞いたことのない声を上げながら踞った。

 「マリル、大丈夫か?」

 「ま、守・・・」

 マリルの様子を確認するべく、席を離れて、前に移動する。

 「ま、マリルなのか?」

 目の前の光景を疑った。

 マリルは、髪は黒いままだったが、頭からは二対の角に加えて、口には牙が生え、目はカイサルのように赤い光を放っていたからだ。

 「マリル、まさか悪魔になったのか。これはどういうことだ?!」

 「望み通り力を戻したんだよ。その影響で悪魔になったようだがな」

 「お前、やっぱり悪魔だな」

 「その通りさ。あははははは!」

 とても楽しそうな笑い声が、空間全体を支配していく。

 その最中、マリルが苦しみ始めた。

 「いったいどうしたんだ?」

 「この光が苦しんでいるんだろ。我らに害なす光だから悪魔になったその娘にも効果があるというわけだ」

 「くっそ~。光を消せばやられるし、どうすれば」

 どうすればいいのか迷っている最中、顔が上げたマリルが、両手を伸ばして首を絞めてきた。

 「な、何するんだ?!」

 「お前に対する憎しみが爆発したんじゃないのか」

 「ふ、ふざるな・・・」

 言い返しながらも思い当たる節はあった。ゴイールと戦ったことで魔力を失わせたことだ。

 マリルの両手の力は予想以上に強く、このままでは意識を失うばかりか、死の危険さえ感じさせた。

 「は、離せ・・・」

 首から離すように言ったが、聞くわけもなく、抵抗できない為に指は首に食い込んでいき、意識が遠のくのに合わせて光も薄れ、マジンダムが腐蝕していった。

 「ま、まずい・・・」

 このままでは自分もマジンダムももたないと分かってはいたが、マリルを殺すこともできず、どうすることもできなかった。

 その時、目の前に金色の光が現れた。


 

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