第27話 ゲドウ派と魔法少女 ~邂逅~

 「それにしても意外過ぎる提案をしたわね。守の世界で言えば予想の斜め上をいくというものかしら」

 帽子と杖を脇に置いて、くつろいだ姿勢で向かい合わせに座っているドロシーからの言葉だった。

 「どこでそんな言い回し覚えたんだよ?」

 「あなたを連れに行く時」

 「そういうことか。けど、ああいった発言って普通は外に漏れないようにするもんだろ。この世界には箝口令って言葉は無いのか?」

 「あれだけの傍聴人が聞いていたんだから秘密にできるわけないでしょ。今頃都市では大騒ぎになってるんじゃないかしら」

 「それはいいとしてなんでここに居られるんだ? 新人なんだから俺と話をしている暇なんかないだろ」

 「上司に命じられた雑用なら他の人達に頼んだわ。スカーレット家の名を出したらみんな快く引き受けてくれのよ」

 悪巧みする子供のような笑顔で、雑用をサボった理由を説明してきた。

 「高貴な家柄を利用したってわけか」

 「その通り。使えるものはなんでも使わないとね」

 「で、その不届きな新人さんは本当のところ何しに来たわけ?」

 口調を少しだけ固めにして真意を尋ねる。

 「一人じゃ退屈だろうから話相手になってあげようと思って手土産持参で来て上げたの」

 テーブルに並べられているお茶とお菓子に手を向けながら言った。

 部屋に入ってきたドロシーが、挨拶もそこそこに手際よく用意していったのだ。

 「確かにマリル達と一緒じゃないし、食い物や飲み物もちょうど欲しかったところだけど」

 「ほら、食べて。食べて。どれも高級品だから味は保証するわよ」

 勧められるままクッキーかビスケットに似たお菓子を一つ取って、口に入れる。

 「うまい」

 「でしょ」

 ドロシーが、満足気な笑顔を見せる。

 その後は、お茶を飲んで渇いていた喉を潤した。こちらも高級という言葉通り上品な味がした。

 証人喚問終了後、宣言通りゲドウ派殲滅をマジンダムに任せるかの結論が出るまでの間、魔法庁内にある来賓室で待つように命じられていたのだ。

 独房や牢屋ではなく来賓室になったのは、マリルとの反逆の共謀という疑いが晴れたことで、マジンダムのパイロットを容疑者のように扱うのは、不適切と判断されたからである。

 一方、マリルと一緒に居させるのはまずいということになり、一人切りで話し合いが終わるのを待っていたところへ、ドロシーが見舞い客のようなノリでやってきたのだった。

 お菓子を食べながら、入り口に見張りのホムンクルスが立っているにもかかわらずに入ってこられたのも、家柄を利用したからだと確信した。

 「それにしてもほんとにいいの?」

 ドロシーが、自分のお茶を飲み終えた後、少し堅い口調で聞いてきた。

 「いいも何もやるしかないじゃないか。あれだけ大勢の前で大口叩いて今更取り消しなんてできるわけないだろ」

 「そうかもしれないけど本当にあなたの提案が通ってマジンダムでゲドウ派を全滅させたら二度と乗れなくなるし、これまでのことも全部忘れてしまうのよ」

 「そうだけど元々巨大ロボットなんて架空の存在に半年とはいえ実際に乗って戦えたんだから巨大ロボット好きとしては十分過ぎる話だよ」

 「ほんとのところは?」

 その質問をするドロシーの視線は鋭く、嘘を見逃さないといった感じだった。

 「俺だって本当はずっと乗っていたいよ。だけど仕方ないだろ。マリルを魔法使いでいさせる為にはマジンダムを使えないようにするしかないんだから」

 相手がドロシーだからか、マリルには絶対に言えない本音を話した。

 「やっぱりね。そうなんじゃないかと思ったわ」

 本音を聞けて満足したのか、返事をするドロシーの視線と口調は柔らかくなっていた。

 「なんだよ。分かってて聞いたのか?」

 「凄く無理している感じだったから本音を言わせてガス抜きしてあげたのよ」

 「まあ、その~ありがとう」

 素直に礼を言いつつ、ガス抜きなんて言葉まで知っているのかと思った。

 「どういたしましてと言いたいところだけど気を付けて」

 ドロシーの口調が、また鋭くなった。

 「何かあったのか?」

 「左手を見て」

 「あ」

 左手を見て絶句した。

 契約の証であるアウグストゥス家の紋章が、危険を知らせる輝きを放っていからである。

 「ほんとに悪い奴等がここに来たってことか」

 「言ったでしょ。魔法使いだからどんな手段で来るか分からないって」

 ドロシーが、言い終わるタイミングで、黒いローブらしきもので全身を覆い、三つ目のマークが描かれた仮面を付けた者達が、転送魔法で出現した。

 また一人用の部屋に大人数が入ってきたせいで、かなり狭苦しい感じになった。

 「ほんと大したセキュリティだよ」

 「お褒めいただきどうも」

 「女、大人しくしていろ。そうすれば危害は加えない。我々が用があるのはそこに居る鋼守だけだからな」

 仮面の一人が、変声機でも使っているような不自然に低い声で、ドロシーへの警告とここへ来た用件を言ってきた。

 「ってなことを言われてるぞ」

 「スカーレット家も舐められたものね~」

 ドロシーは、側に置いてある帽子を右手で被り、左手で杖を引き寄せた。

 「抵抗するなら容赦はしないと言ったはずだぞ」

 仮面達が、ローブの袖から黒い手袋を嵌めた右手を出してくる。

 「私もスカーレット家を舐めないように言ったんだけど。守こっち!」

 呼び掛けに応じて、テーブルをまたいで側に行った直後、ドロシーは杖で床をおもいっきり叩き、それによって発生させた衝撃波で、お茶やお菓子ごと仮面達を吹き飛ばして壁に叩き付けていった。

 「ここから出るわよ」

 言いながら差し出された右手を握り、視界が一瞬暗転の直後、建物の屋上に立っていた。

 「ここは?」

 「議事堂の屋上」

 「もっと遠くへ逃げろよ。すぐに追い付かれるぞ」

 「その分味方もすぐに来てくれるでしょ」

 それから杖を高く掲げ、魔法石から真っ赤な光を放射した。

 「いったい何をしたんだ?」

 「この世界での救難信号」

 そのすぐ後に職員達が転送魔法で、姿を見せてきた。

 「ドロシー・スカーレット、これはいったい何事だ? 君は杖の保管庫の清掃を命じられているはずだぞ」

 職員の代表らしき男が、現状を尋ねてくる。

 「守を狙ってきた者達が現れたのです。ゲドウ派かもしれません」

 ドロシーの説明の最中、仮面達が姿を見せてきた。

 「ここが魔法連邦庁と知ってのことか。全員その場を動くな。逮捕する」

 職員の警告を聞き入れたかのように、仮面達は動かなくなった。

 「動かない辺りすっごくあやしいんだけど」

 「だから油断しないで」

 ドロシーが、言い終わるタイミングで、足元にポッカリ空いた穴に飲まれてしまった。


 「ここは?」

 「お目覚めになりましたか?」

 顔を覗き込みながら声を掛けて来たのは、大きな鷲鼻と横に伸びた耳の付いた緑色の顔だった。

 「うわあああぁぁぁ!」

 寝覚めには刺激の強過ぎるものを見たせいで、思った以上の大声が出てしまった。

 「それだけの元気があれば大丈夫そうですな」

 緑顔は、驚かれたことに対して、気にする様子もなく顔を離していった。

 それに合わせるように体を起こして周囲を見渡し、くすんだ壁に囲まれ、天井に設置されているランプ型の照明が弱いせいで、全体に薄暗い部屋のベッドに寝ていることが分かった。

 一方の緑顔に関しては、背中が大きく盛り上がった小男で、どう見ても人間に見えないことから魔法世界固有の住人だと思った。

 「縛ってないんだな」

 縄などの拘束具が一切付けられていないことに驚く。

 「何もするなとの仰せでしたからね。この後はどうなるかは分かりませんが」

 小男が、含みのある返答をしてくる。

 「ここはどこだ?」

 とりあえずどこに居るのか尋ねてみる。

 「元学校とでも申しておきましょうか」

 「学校ねえ~」

 目に入る情報からは、学校をイメージすることはできなかった。

 「ここは自習室でして生徒の反省を促す場所なのです。殺風景なのはその為なのですよ」 

 「なるほど、ベッド以外何も無いわけだ」

 「そのご様子だと動けそうですな。それでは私と一緒に来ていただきましょう」

 奥に見える扉に左手を向けながら用件を言った。

 「嫌って言ったら?」

 「もし拒否されるのでしたら少々手荒いことをさせていただくことになりますがよろしいですかな?」

 男は、醜さを倍増させるような歪んだ微笑みを浮かべながら説明していて、拒否する方を選んで欲しそうな感じだった。

 「分かった。行くよ」

 「さあ、どうぞ。お通りください。そうそう申し遅れましたが、私はゴイールと申します」

 小男が、自己紹介しながら開けた扉を通った。

 そこは自習室とは逆に広い石造りの広間で、天井に付いている球体に灯る青い炎が、部屋の隅々まで青白い光で染め上げ、不気味な雰囲気を演出していた。

 正面にある半円形のテーブルには、黒尽くめの者達が座っていたが、魔法庁で見た者達と異なり、仮面のデザインは一人一人違っていた。

 「ようこそ鋼守」

 真ん中に座っている一つ目マークの描かれた仮面が、三つ目の仮面と同じく加工した声で、名前を呼んできた。

 「そうだけど、お前等はゲドウ派なのか?」

 「そうだ」

 「俺に何の用だ?」

 「こちらへ来たまえ」

 その呼び掛けに対して、思わずゴイールを見てしまうと、黙って頷かれただけだった。

 仕方なく言われたまま歩き出し、唯一の頼りである契約魔法のある左手を強く握りながら進んでいく。

 「俺をどうするつもりなんだ?」

 怖がっていると思われないよう、声に力を込めて質問する。

 「君の望みを叶えようと思ってね」

 「俺の望み?」

 「議事堂で言っていただろ。我々を全滅した後に記憶を消すと」

 「なんで、お前達がそのことを知ってるんだ?」

 「我々の間者はどこにでも居るから魔法連邦の情報は筒抜けなのだよ」

 「まったくザル警備もいいとこだな。確かに記憶を消すことを条件にしたけど、それはお前達が全滅した後の話だぞ」

 「だからその前に君の記憶を消せばマジンダムは我々の驚異では無くなる」

 男が、右手を動かしただけで、体がきつく縛られたように動かなくなり、想像以上に不気味な一つ目仮面の目と鼻の先まで引き寄せられてしまう。

 それから一つ目仮面が、議事堂で偽証防止の魔法を掛けた職員のように光らせた右人差し指を向けてくる。

 「これで君の記憶は完全に消える。安心したまえ。命の保証はしよう」

 全然嬉しくない言葉に乗せて、指が額に近付いてくる。

 (マリル~! 助けてくれ~!)

 必死に声を送ったが、何も起きなかった。

 そうしている間に指が額に触れた。

 もうダメだ、マリル達のことも忘れて、マジンダムに二度と乗れなくなるだという絶望感が、全身を染め上げていく。

 「これで終わりだ」

 男が、手を降ろしながら作業が完了したことを伝えた。

 「ん~?」

 男の言葉に対して、違和感を拭えなかった。

 マリルのことだけでなく、マジンダムの詳細など、今までの記憶がはっきりとあるからだ。

 「記憶あるぞ」

 有りのままを告げる。

 「え?」

 男の一言によって、部屋全体が妙な空気に包まれていく。

 「術式を間違えたんじゃないのか?」

 「そんなはずはない。簡単な記憶消去の魔法だぞ。もう一度掛けてやる」

 男が、やや焦った様子で、もう一度光らせた指を向けてくる。

 が、今度は指が触れる直前で、額からビームのように放出された強烈な光が、男を吹っ飛ばした。

 「俺にいったいが起こってるんだ?」

 自分に起きた突然の異変に戸惑う中、体の奥から力が沸き出してくるのを感じた。

 「こうなったら全員でやるぞ」

 仮面達が、一斉に右手を上げ、掌から光線を発射してきた。

 契約魔法の魔法壁を出すよりも早く、光が全身を覆い、光線を防いでいく。

 「いったい何が起こっているのだ?! 相手はただの人間だぞ」

 「おい、あの額・・・」

 ゲドウ派の一人が、震える指を震わせながら額を指さしてくる。

 「聞いたことがあるぞ。鋼守は妖精の加護を受けたと」

 「そういえばシグナスにキスされたんだっけ」

 すっかり忘れていた出来事を思い出した。

 「これは失念していたな」

 「どうするんだ?」

 ゲドウ派に焦りと戸惑いが広がっていく。

 「この力があればなんとかなるな」

 体から溢れるパワーを開放するように両手両足を広げると、体全体から光が溢れ、広間の隅々まで明るく照らしていった。

 「なんてパワーだ!」

 それからパワーに身を任せるようにして、右手で床を叩いて発生させた衝撃波で、ゲドウ派達を一斉に吹き飛ばしていく。

 「とりあえずここから出よう」

 その場からジャンプして、左手のパンチで天井を突き破って外に出た。

 「なんだ、ここは?」

 立っているのは建物の屋上で、周囲は海に囲まれ、草木一本生えていない黒い土で覆われた孤島だった。

 「ここはゲドウ派と連邦捜査官との最終決戦の場所となった魔法学校の跡地なのだ。あまりの凄まじさに学校は崩壊し島の動植物は死滅してしまったのだよ。そのせいで誰も近付かないから我々の絶好の隠れ家になっているのだ」

 姿を表した一つ目が、場所の説明をしてきた。

 「なるほど、道理でボロボロなわけだ」

 かつて魔法学校だった場所は、ただの廃墟でしかなかった。

 「そんな風に事情を知ってるってことはあんたやっぱりマーベラス・アウグストゥスなのか?」

 「いかにも。私はマーベラス・アゥグストゥスだ」

 男は、マーベラスであることをあっさり認めた。

 「なんでこんなことするんだ? そのせいであんたの娘のマリルは余計な疑いを掛けられたんだぞ」

 「マリル・・・? ああ、娘一人がなんだというのだ」

 「お前っ~!」

 マーベラスの冷めた言葉に対して、激しい怒りが込み上げてくる。

 「よほど勘に触ったようだな。それでどうするね?」

 「あんたをぶちのめしてマリルに謝らせてやるよ!」

 マーベラスに向かって、飛び掛かっていく。

 「ふっ」

 マーベラスは、一息吐いて、その場から消えた。

 「どこに行った?」

 探そうとしたところで、再び姿を表した時には、背後に多数のゲドウ派を従えていた。

 「数で勝負ってわけか。まあ戦いは数だからな」

 「いいや、質で勝負するよ」

 マーベラスを筆頭に全員同時に両手を上げると、地鳴りと共に大きく盛り上がった地面が、巨大な龍を形作った。

 「おいおい、こんなデカいの反則だろ。記憶消すだけで命は保証するんじゃないのかよ?!」

 「仕方がないだろ。君が思った以上の力を持っていたのだから。悪く思わないでくれ」

 マーベラスの言葉の後、龍は大きく口を開け、勢いを付けて顔を降ろしてきた。

 避けても間に合わないと思い、左手の契約魔法から魔法壁を発生させる。

 魔法壁は、ドームを形成して全身を覆うだけでなく、壁に触れた龍の頭を粉砕するという予想以上の効果をみせた。

 「あの攻撃を防いだのか。なんという力だ」

 ゲドウ派が、驚きの声を上げていく。

 「だが、これならどうだ?」

 さらに龍の数を増やして攻撃してくる。

 「同じ手を食うか!」

 その場からジャンプして、攻撃を回避する。

 「その後はどうするね?」

 群がってくる龍群に対して、光の膜を球形に張り巡らせて全身を覆うことで、攻撃を防いでいく。

 「そのままだと地上に落下するぞ」

 「そうだった~!」

 地面が目前に迫った瞬間、目の前が真っ暗になり、視界が開けた時には、誰かに背中から抱えられた状態で、島の上空を漂っていた。

 「何が起こったんだ? というか誰だ?」

 「私よ! 私!」

 返事をしたのは、後ろから両手を回して、抱きかかえているマリルだった。

 「どうしてここへ?」

 「守の声が聞こえたから駆け付けたんじゃない」

 「その割りには遅いぞ」

 「助けられた割りに随分な口を叩いてくれるわね。それとなんで光ってるの?」

 「シグナスにキスされたことで妖精の加護がどうとか」

 「それだけ聞ければ十分よ」

 「いいのかよ」

 二人は、緊迫した状況でにあるにも関わらず、いつものやり取りをしていた。

 「あの島がゲドウ派の隠れ場所なんだ」

 「そうみたいね」

 「それじゃあ、話し合いの結果は出ないけど宣言通り全滅させるか」

 「そ、そうね」

 マリルの声にいつになく躊躇いが感じ取れた。

 「マリル」

 「分かってるわよ」

 返事をした後、覚悟を決めたような重い声で詠唱を唱え、召喚したマジンダムを巨大化させた。

 転送魔法でコックピットに入り、シートに座って左右の操縦倬を握って、フットペダルに足を乗せる。

 マジンダムに乗るのがこれで最後になるのかと思うと、感傷的な気持ちになってきて、少しでも雰囲気を味わっておこうとコックピットの空気を軽く吸った。

 「あれがグレートマジンダムか!」

 「本物だ~!」

 「思ってたよりもデカいな!」

 「映像よりもずっとカッコいいぞ!」

 ゲドウ派が、グレートマジンダムを見た感想を次々に叫んでいく。

 「それであいつらどうするんだ?」

 「まずは逃げられないようにするわ。マジカルフォールド!」

 マジンダムの左手から放射された光が、廃墟に直撃すると巨大な魔法陣が形成されて、島を取り囲んでいく。

 「これでもう逃げられないわ」

 「じゃあ、さっさと決着を着けようぜ」

 「ほんとにいいの?」

 真意を確かめるように尋ねてくる。

 「だらだらやってもしょうがないからな」

 「・・・・分かったわ。グレートブレード!」

 マリルが、召喚した剣をマジンダムの右手に握らせる。

 「雷よ! 鋼の刃に集まりて敵を討ち滅ぼせ! バベルクラッシャー!」

 マジンダムが、天高く振り上げた剣に、暗雲から降り注がれる稲妻を受けて、強烈な光を放つ雷の塊と化した刃を突き出し、島目掛けて急降下していく。

 「マジンダムを止めろ~!」

 マーベラスの命令で向かってくる龍をものともせず突き進み、学校の廃墟に刃を根本まで突き刺した直後、大津波のような放電が起こって、島の隅々に行き渡り、廃墟もろとも全ての龍を粉砕した。

 「やり過ぎじゃないのか?」

 影も形も無い廃墟に着地して、周囲の状況を見ながら言った。

 「これくらい当然よ」

 「あいつがお前の親父さんだ」

 モニター越しに倒れているマーベラスを指さす。

 ゲドウ派は、全員の力を合わせた防御魔法陣を展開して、電流を防ごうとしたが、あっさり打ち破られて放り上げられた挙げ句、地面に叩き付けられて、気絶しているのだった。

 それから転送魔法で下に降りた後、魔法連邦に連絡を入れて、捜査官に来てもらった。

 

 「話し合いの結果を待たずに無断でやったのか」

 現場に現れたジョバンから厳しい言葉を浴びせられる。

 「緊急事態なんだから仕方ないだろ。それよりもドロシー達は無事なのか?」

 「君を拐った後、全員消えたから負傷者は居ない。君達の処遇に付いては改めて話し合うことになる」

 「まあどっちみち俺は約束通り記憶消されるけどな」

 その自嘲的な言葉に対して、マリルとジョバンは返事をしなかった。

 「連れて来ました」

 捜査官の一人が、マーベラスを連れてやって来た。

 「彼がマーベラスと名乗ったのだね」

 「そうだ」

 その返事の後、ジョバンがマーベラスから仮面を取った。

 「どうだ?」

 「違うわ。お父様じゃない」

 マリルは、ほっとしたように言った。父親が反逆組織の首領じゃなかったことで、安心したのだろう。

 「じゃあ、なんでこいつは自分をマーベラスだなんて認めたんだ?」

 「何か狙いがあるようだな」

 「どちらにせよ、お父様の名前を語るなんて許せないわ」

 疑問を口にする中、男が目を覚ました。

 「おい、お前はなんでマリルの親父さんだなんて嘘言ったんだ?」

 「俺はただ言われた通りにしただけなんだ~! 助けてくれ~! ゴイール!」

 「ゴイール?」

 男の呼び掛けに応じるように、ゴイールが姿を現した。

 「もうあなたに用はありません」

 ゴイールが、歪んだ微笑みを浮かべながら男に右手を向ける。

 「危ない!」

 マリルの叫びに合わせて、男を含むゲドウ派と捜査官全員が、その場から姿を消した。

 「何をしたんだ?」

 「魔法庁に飛ばしたの」

 「なんでそんなことしたんだ?」

 「あの場に居たら全員殺されていたからよ」

 「なるほど。それでお前はいったいなんなんだ?」

 改めて、ゴイールに何者なのか尋ねる。

 「あなた方がよく知っている存在でございますよ」

 「それはなんだ?」

 「悪魔でございます」

 「悪魔~?」

 悪魔、その単語自体は子供の頃から知っていたが、守にとっては特別な意味を持つ言葉だった。

 フローラとメルルから、マリルの運命を大きく狂わせた存在だと聞かされていたからである。

 「悪魔だって~? この世界に住む摩訶不思議な種族じゃないのかよ」

 「あんな種族居ないわよ。それよりも悪魔って言ったけどゲドウ派が召喚したの?」

 「いいえ、ここへ来たのは我らの意志ですよ。魔法使いが召喚しなければ来れないというのは間違った知識ですな」

 これまでと変わらない丁寧な口調で、マリルの疑問に答えていく。

 「じゃあ、何をしに来たんだ? 契約以外にやることなんてあるのかよ」

 「ありますとも。私はグレートマジンダムに用があるのです」

 後ろに立っているマジンダムを指差しながら目的を明かした。

 「悪魔がマジンダムに何の用があるんだ?」

 「妖精の女王も存在を認めたものがどれほどの力を持つか知りたくなりましてこうした状況を設けさせていただいたというわけです」

 「つまりマジンダムと戦うのが目的というわけね」

 「左様でございます」

 「それならこんな回りくどいことしなくても俺の世界に来ればいいじゃないか」

 「他の者達に干渉されたくなかったからです。なにせあなたの世界は行きやすい所ですからな」

 「人の世界を観光地みたいに言うな。干渉されたくないならお前の世界に呼べばいいじゃないか」

 「それができれば良かったのですが私の世界ではあなた方普通の生物は生きられませんから連れて行くことはできないのです。さて、お話はこのくらいにしてそろそろ戦いを始めましょうか」

 そう言った後に右手を上げ、掌から噴水のように放射された真っ黒な粒子が、ドーム状の幕を形成して島全体を覆い、深夜のように暗くしていった。

 「これでもう邪魔者は入りませんし、お二人も私を倒さない限りこの島から出ることはできません」

 「おばさんが俺を閉じ込めた時に使った結界にそっくりだな」

 「悪魔特有の結界みたいね」

 真っ黒なドームを見ながら感想を言っていく。

 「そう思ってもらってけっこうですよ。では、私も戦いに相応しい体になるとしましょう」

 言い終えたゴイールの体が膨張し、頭に一本の角を生やした緑色の巨人になった。

 その姿は、見た目の醜悪さだけでなく、辺りの空気を一変させるほどの禍々しさを放っていて、恐怖と不快さを同時に抱かせるのだった。

 「さあ、早くマジンダムにお乗りください」

 顔を動かして、見下ろしてきたゴイールが、巨大化前と同じく丁寧な口調でマジンダムへの搭乗を促してきたが、声のトーンがさらに低くなった分不気味が増していた。

 「マリル、乗るぞ」

 「分かったわ」

 転送魔法で、マジンダムのコックピットに移動する。

 「あいつ、ほんとにでかくなったんだな~」

 シートに座って、モニター越しに目線が合うことで、ゴイールの大きさを改めて実感した。

 「おい、黙ってないで何か言えよ」

 マリルは、ゴイールを見たまま黙っていた。

 「相手はあの悪魔なのよ。勝てるのかしら?」

 いつになく困惑した表情を向けてくる。

 「悪魔と戦ったことないのかよ?」

 「悪魔から力を授かった魔法使いとは戦ったことあるけど悪魔そのものは初めてよ」

 「そういうことか。だからってどうしたっていうんだ?」

 「どうしたって怖くないの?」

 「マジンダムに乗る前は恐かったけど今はまったく平気だぞ」

 「なんで?」

 「マジンダムが最強無敵の巨大ロボットだからに決まってるだろ。例え相手が悪魔だろうが神様だろうが戦うからには絶対に勝つんだよ」

 自信に満ちた声で、マジンダムの肩書きを交えながら、恐怖を感じない理由を説明していく。

 「そうね。マジンダムは最強無敵だったわね」

 返事をするマリルの顔には、不安に代わって微笑みが浮かんでいた。

 「それでいい」

 「戦いの準備はよろしいですかな?」

 ゴイールが、戦えるかどうか聞いてくる。

 「いつでもいいぜ」

 「では参りますよ」

 ゴイールは、返事をして姿勢を低くするなり、猛スピードで駆け出してきた。

 「こいつ、早いぞっ?」

 「なぜ悪魔が遅いと思ったのです?」

 尋ねながら突き出される右パンチを、とっさに出した左手で受け止める。

 「いてっ」

 「九十九神の時みたいに衝撃が手まで来たの?」

 「あの時以上の衝撃だよ」

 「足がお留守ですよ」

 ゴイールが、左足を突き出してくる。

 「ありがちだな!」

 マジンダムをその場からジャンプさせて攻撃を回避しながら、ゴイールの顔面に向かってドロップキックを放つ。

 「それもありがちですな」

 返事をしながら左手で両足を掴まれ、放り投げられてしまう。

 「これが悪魔の力なの?!」

 マリルが、飛ばされている間に機体全体に浮遊魔法を掛けることで、地面との激突を回避することができた。

 「そんなものですか~?」

 ゴイールが、走りながら向かって来る。

 「ピンポイントホール!」

 地面に右手を向け、ゴイールの足元に巨大な穴を作る。

 「足止めにもなりませんな」

 その場からジャンプしたゴイールが、両足を突き出した姿勢で飛び込んでくる。

 「反射神経もいいのかよ!」

 バックジャンプすることで、攻撃を回避した後、ゴイールの着地場所が、隕石でも落ちたように猛烈な勢いでへこんでいく。

 「バーニングナックル!」

 籠手を装備した両手で、殴りかかっていったが、左右揃ってあっさり受け止められてしまう。

 「噂のマジンダムのパワーはこの程度ですかな~?」

 スティックを動かしてもビクともしない状況の中、ゴイールが馬鹿にしたような言葉を掛けてくる。

 「マジンダムを舐めるなよ~!」

 フットペダルをおもいっきり押し込み、最大出力でゴイールを突き飛ばす。

 「前言撤回ですが、これはいかがです?」

 ゴイールは、体勢を立て直した後、顎が裂けるくらいに大きく開けた口から青黒い炎を吐き出してきた。

 「アースシールド!」

 防御の為に前に出した盾は、攻撃を受けた途端、ドロドロに溶けていった。

 「ストレートサンダー!」

 盾を離して、右側に飛び退きながら右手から稲妻を発射した。

 「おっと」

 ゴイールは、体を傾けて稲妻をかわした。

 「かわされたか」

 「それよりも左手は大丈夫なの?!」

 「問題無い。それにしてもアースシールドを溶かすってどんだけだよ」

 「悪魔なんだからこれまでの相手と一緒にしないで」

 「それなら全員の力を合わせないとダメだな。四人を呼べないのか?」

 「ゴイールの結界のせいで来ないわ」

 「まったく厄介なまねしてくれるぜ」

 「お喋りとは余裕ですな」

 ゴイールは、余裕を感じさせる口調で、再度炎を吐き出してきた。

 「二度も同じ技を食うか! こっちも炎で対抗だ。ファイヤーボンバー!」

 マジンダムを垂直ジャンプさせて、炎を回避しながら両手から作り出した火の玉を投げたが、ゴイールは右手で受け止めるなり、あっさり握り潰してしまった。

 「この程度の炎は効きませんよ」

 「それなら直接攻撃だ! ファイヤーアローキック!」

 降下に合わせて足元に展開した紅の魔法陣を通り、炎の矢となってゴイールに向かっていく。

 「これは避けないとまずそうですかな~」

 ゴイールが、飛び退いたことで、矢は地面を直撃して炎の柱を上げた。

 「これはなかなかでした」

 「これで終わりじゃないわよ! ガイアクラッシュ!」

 右足で地面をおもいっきり踏み、それによって発生させた地割れにゴイールを落として割れ目を閉じた。

 「どうだ?」

 塞いだ割れ目に向かって言った。

 「思ったほどではありませんでしたな」

 ゴイールが、地面を砕きながら姿を表す。

 「だよな」

 「これで終わりにしてあける。グレートブレード!」

 召喚した剣を両手で持ち、ゴイールに向かって突き出して、剣先を胸に刺したが、それ以上は入らなかった。

 「私にこれだけの一撃を食らわせるとはさすがですな」

 「なんでもっと刺さらないんだよ」

 「残念ながらこの程度の武器ではこれ以上のことはできませんよ」

 ゴイールは、話をしながら刃を両手で握るなり、あっさりへし折ってしまった。

 「グレートブレードを折っただと~?!」

 「オリハルコン製なのに信じられない?!」

 二人は、グレートブレードが折られたことへの驚きを隠せなかった。

 「オリハルコンなど我らに取ってはただの飴細工に過ぎません。とはいえ、この一撃のお礼はしないといけませんね~」

 ゴイールは、両手を伸ばして、マジンダムの首を掴んできた。

 剣の鞘を捨て、どうにか振りほどこうともがいたが、手を離すことはできなかった。

 「なぜ、首が折れないのです?」

 「超○金が壊れるわけないだろ」

 「では、これならどうですかな?」

 返事の後、コックピットに赤黒いスライムのようなものが入ってきた。

 それは一目見ただけで、巨大化したゴイールを初めて見た時と同じような、恐怖と不快さを沸き上がらせるものだった。

 「おい、なんだ。あれは?」

 「分からないわ!」

 「私の一部でございますよ」

 「どうりで気色悪いわけだ。マリル、防御魔法で防げないのか?」

 マリルは、返事をするよりも早く二人の回りに魔法壁を展開したが、あっさり破られてしまった。

 「ダメじゃないか!」

 「そっちこそ妖精の加護でどうにかしなさいよ!」

 「そうだったな。やってみる!」 

 全身に力を込めて、体全体を輝かせてみたものの、スライムは怯むことなく迫ってくるのだった。

 「これもダメか~!」

 「こうなったら転送魔法で逃げるわよ!」

 「マジンダムを棄てる気かよ!」

 「私達が死んだら意味が無いでしょ!」

 それから強引に右手を掴まれたが、何も起こらなかった。

 「転送できない?!」

 「私からは逃げられません」

 ゴイールが、疑問に答えてくる。

 それから悪魔のスライムは、二人をいたぶるようにじわじわ取り囲んでいった。

 「そうだ。これを使うか」

 上着のポケットから世界樹の種を取り出した。

 「それをどうするの?」

 「えっと・・・」

 出してはみたものの、どう使うかまでは考えていなかった。

 「ええい、ままよ!」

 半ばやけくそな気持ちで、種を口に入れて飲み込んだ途端、体全体が妖精の加護とは別の蒼色に輝き、スライムの動きを止めさせた。

 「いったいどうなってるの?」

 「なんか知らないけどいけそうだな」

 シートから降りて、光る両手両足を振り回すことで、スライムをコックピットから追い払っていく。

 「この光でマジンダムを覆うぞ」

 「そんなことして大丈夫なの?」

 「大丈夫だ。体から力が溢れてるから。おおっ~!」

 全身に力を入れた直後、光はコックピットを通して、マジンダムの隅々に行き渡り、機体全体を蒼色に輝やかせていった。

 「これはまさか妖精界の輝き?」

 ゴイールが、今まで聞いたことのない苦し気な声を上げる。

 「これならやれる! マリル!」

 「分かってるわ!」

 「なるほど妖精の種を持ってきていましたか」

 「今度はこっちの番だ!」

 蒼く輝く両手で、ゴイールの両腕を掴むと煙を上げ出した。

 「どうやらお前はこの光に弱いみたいだな」

 言いながらゴイールの両手を引き離したところで、頭を大きく引いてからの頭突きを額に当てて、角を折ってよろけた隙に左右の拳で顔を殴っていく。

 「ライトニングナックル!」

 光を凝縮させた右拳を、ゴイールの腹に叩き込んで殴り跳ばす。

 「うう~これは防げますかな?」

 痛そうに腹を押さえながら口から火を吐いてきた。

 迫る炎をマジンダムは避けようとせず、前に出した左手から展開した防御魔法陣で防いでみせた。

 「これで炎も効かないわよ」

 「やるじゃん」

 「当然でしょ」

 「よし、これでトドメだ!」

 刃の折れたグレートブレードを拾い、頭上に掲げて柄に光を集め、蒼い光刃を形成していく。

 「フェアリーブレード!」

 即席の武器名を叫びながら、剣の切っ先をゴイールに向ける。

 「まさかこうなるとは・・・。ですが負けるわけにはいきません」

 ゴイールは、両手を合わせ、巨大な刃に変化させた状態で向かってきた。

 「こっちも行くぞ!」

 マジンダムを直進させ、刃をギリギリの距離でかわしながら剣を大きく振り上げた。 

 蒼い刃は、オリハルコンの刃と違い、ゴイールの巨体に斬り込み、そのまま袈裟懸けに切断したのだった。

 「これでどうだ?!」

 「残念ですが私はここまでのようです。ですが悪魔は不滅であることをお忘れなく。それと置き土産を一つ」

 二つに分断されているゴイールは、捨て台詞を言った後、右手を鳴らして消滅した。

 「あいつ、最後に何をしたんだ?」

 「・・・ない」

 マリルが、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声を出した。

 「何が無いって?」

 「魔力が、魔力が無いの」

 その言葉によって、本来なら勝利で湧くはずのコックピットは、悲痛な雰囲気に満たされたのだった。 

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