第26話 ゲドウ派と魔法少女。 ~出頭編~

 「マリルが反逆で拘束ってどういうことだよ?!」 

 予想もしていなかったマリルの凶報に怒りが先走り、噛み付くような勢いで、リュウガに事情を聞いてしまった。

 「それに付いては私から説明するわ」

 返事をしたのは、リュウガとは別の声だった。

 「この声・・・・」

 聞き覚えのある声だと思う中、リュウガの背後から姿を見せたのは、人間世界の服を着たドロシーだった。

 「ドロシー、もう復帰できたのか?」

 「新入りクラスまで格下げされたけどね。それよりマリルのことでしょ」

 「そうだ。なんで反逆なんてことになったんだ?」

 「黒い魔導書にパプティマス家の娘を人質に取られたでしょ」

 「あの時は俺の妹も一緒に捕まったから大変だったよ」

 「そういう経緯で魔導書を封印したからマリルが出世の為にワザと掴まえさせたんじゃないかって疑いを掛けられたの」

 「言い掛かりもいいとこじゃないか」

 思う以上の杜撰な理由に怒りが増していく。

 「私もそう思うけどアウグステゥス家ってことで疎まれているから成果に対して難癖を付けたがる連中はいくらでも居るのよ」

 「ドロシーの家はどうなんだ?」

 「この前のことがあるから明確な回答を避けて連邦政府の判断に委ねるって当たり障りのない立場を取ってる。私がはっきりするように言ったら降格させられたお前に言う資格は無いって言い返されたわ」

 嫌悪感丸出しのきつい表情と吐き捨てるような言い方からも、マリルの扱いに憤慨しているのが伝わってくる。

 「事情は分かったけどドロシーは何をしに来たんだ? 俺に会いに来たわけじゃないだろ」

 「連邦最高裁判所で開かれている証人喚問で証言してもらう為に連れに来たの。守から来てくれたのは都合が良かったわ」

 「だからこの世界の服を着ているのか」

 「そういうこと」

 「それが見習いとしての最初の仕事ってわけか」

 「知らない人間が行くよりは素直に命令に従うだろってだけよ」

 「そっちの事情はともかくマリルの無罪を証明する為だ。喜んで行くよ」

 「そう言ってくれると思ったわ」

 ドロシーは、返事をしながら表情を緩めていった。

 「守様、ありがとうございます」

 リュウガが、深々と頭を下げながら感謝の言葉を口にした。

 「いいって」

 「承諾も得たし地下の転送魔法陣で魔法連邦の大議事堂に行くわよ」

 ドロシーが、移動の仕方に付いて説明した。

 「その前に持って行きたいものがあるんだけどいいか?」

 「いいけど、早くしてね」

 「分かってる」

 二人から離れて、二階にある自分の部屋に行き、机から世界樹の種を取り出し、上着のポケットに入れた。

 別の世界に行くので、持って行った方がいいと思ったからだ。

 「準備はいい?」

 「大丈夫だ。その前に聞きたいんだげどメルルやホオガ達はどうしてるんだ?」

 「メルルは証言した後で自宅謹慎処分にされたわ。人質に取られたとはいえ無許可で異世界に行ったことは罪に当たるから」

 「そのお陰で俺も助けられたんだけどな」

 「ホオガ達はマリル様の従僕ということで本宅にて謹慎中でございます。私は守様をお連れするというお役目の為に一時的に解放されたのでございます」

 「そういうことか」

 「じゃあ、行きましょうか」

 「魔法陣のある部屋へは私がご案内いたします」

 リュウガを先頭に歩き出す。

 屋敷に出入りするようになって半年以上になるが、地下室へ行くのは、今日が初めてだった。

 地下へ繋がる階段を降り、先を歩くリュウガが開けた扉を通って、部屋に入った。

 中の広さは、いつも居る暖炉の部屋の半分位だったが、魔法陣が描かれた台座だけなので、見た目以上に広く感じられた。

 「転送魔法の長距離移動に付いては分かっているのよね」

 「ペーパーマスターに飛ばされたのとメルルと一緒に戻ってきたのを合わせれば三回目だ」

 「それなら説明はいらないわね」

 「そういうこと」

 返事をしながら台座に乗り、その後にドロシーとリュウガが続いていく。

 「じゃあ、行くわよ」

 ドロシーは、マリルと同じく胸のブローチを操作して、服を魔法使いの制服に戻し、詠唱に合わせて、右手から出した杖の魔法石を光らせ、それに連動して魔法陣から溢れ出る光に飲まれた。

 その後は、メルルと一緒に移動した時と同じように光の流れの中を通っていった。

 三度目の体験だったが、まだ慣れなかった。


 光の流れから出た場所は、地下室よりも広く、大理石のような輝きを放つ白い壁に囲まれ、正面に両開きの扉がある部屋だった。

 「ここは転送魔法専用の部屋だから余計な物は一切置いてないの」

 ドロシーが、内装の説明をしてきた。先に疑問を解消させようという配慮なのだろう。

 「名前と用件を仰って下さい」

 扉の中心に付いている赤い球体が、声を出して質問をしてくる。

 「ドロシー・スカーレット。マリル・アウグストゥスの証人喚問の証言者である鋼守を連れてきたわ」

 ドロシーは、聞かれた通りに名前と用件を言った後で、杖の魔法石を球体に向けた。

 「確認しました。解錠します」

 石の色が青になると同時に扉が開いたので、色の変化で開閉を行うことが分かった。

 ドロシーを先頭に部屋から出ていく。

 扉の向こう側は、見上げるほどの天井、端の見えない通路など、転送魔法の部屋とは、大違いの広大な空間だった。 

 内装は、目立つ装飾や絵画といった調度品も無く、転送魔法の部屋と同じに壁も柱も白一色だった。

 その中をドロシーと同じ黒か、赤や青色の制服を着た魔法使い達が徒歩と飛行によって、目まぐるしく往き来しているので、アキハバラの雑踏にでも居るような気分だった。

 扉が閉まる音を聞いて振り返ると、ドロシー達とは異なるデザインの服を着た男二人が、入り口の左右に立っているのが見えた。

 「同じ顔をしてるけど双子なのか?」

 「あれは人間じゃなくてホムンクルス」

 「リュウガと同じか」

 「見張り専門だから彼みたいに感情は与えられていないけどね」

 「見張りってこの建物の中で悪いことなんてできるのか? チェックだって厳重なんだろ」

 「相手は魔法使いだものどんな手段を講じてくるか分からないから念の為に置いているの」

 「それでホムンクルスが並んでるってことは、そこに並んでる扉全部が転送魔法用の部屋なのか?」

 ホムンクルスが警備している扉群を見ながら聞いた。

 「転送魔法は一日に何回も使われるから一つじゃ足りないのよ」

 その言葉を証明するように扉からは、魔法使いが絶えず出入りしているのだった。

 「魔法陣なんて使わなくてもその場から移動すればいいじゃないか」

 「短い距離ならいいけど長距離となるとけっこうな魔力を使うから道具に頼る必要があるの。異世界に行くなら尚更よ」

 話ながら通路を進んでいる最中、すれ違う魔法使い達にちら見されていく。

 なんでかと思ったが、この世界ではマジンダムのパイロットとして、有名人だったことを思い出して納得した。

 「ほんとに俺を連れてきて良かったのか?」

 「今更過ぎる質問ね」

 「重要参考人ってことだけど異世界の人間を連れてきて問題にならにないのかって思ったんだよ」

 「連邦政府から連れてくるように命令されているからこっちでの法的な問題は無いわ。それに過去に何人か連れてきた事例もあるし」

 「誰だ? 俺でも知ってる人間か?」

 「名前はソロモンとファウストだったかしら」

 「知らないな」

 「巨大ロボット以外に興味のないあなたが知らないだけかもね。着いたわ」

 着いたのは、転送魔法の扉より大きく金色で塗られた扉の前だった。

 左右には、同じように見張りのホムンクルスが立っていたが、着ている服が派手な上に槍のような武器を持っているなど、特別な場所であることが嫌でも分かった。

 「後はこの大議事堂の中に入るだけ」

 「見てるだけで広いって感じがするな」

 「二つ名を持つ魔法使いの証人喚問が行われるんだから一番大きな場所でやるのは当然よ」

 「ドロシーは一緒じゃないのか?」

 「私の任務は守をここまで連れてくることだから。リュウガも後は屋敷に戻ることになっているわ」

 「そうか。リュウガ、後のことは俺に任せろ」

 「信じておりますよ。守様」

 リュウガが、信頼の言葉を口にしながら深く頭を下げてくる。

 「ほんとに信頼が厚いわね。そうそう、中に居る方々は相当な”器量の持ち主”達ばかりだから言葉遣いには十分気を付けてね」

 ドロシーは、言いながら軽くウィンクしてみせた。

 「行ってくる」

 それから二人に背中を向けて、扉に近付くと問い掛けも無く中心の球体の色が、赤から青へ変わって開き、中に入るなり閉まり始めたので後ろを振り返ると、そこにはドロシーもリュウガの姿は見えず、退路を絶たれたような気分になった。

 さらに急に一人にされたことで、緊張感が込み上げてきたが、それに負けまいと気持ちを強く持って、白一色の通路を進んでいった。

 それから出口が近付くに連れて、射し込んでくる明かりと供に大勢の人の気配を感じながら通路から出ていった。

 大議事堂の中は、ドーム型になっていて、天井にある巨大な光球が隅々まで光りで照らし、その下にある膨大な数の傍聴席には老若男女の魔法使い居て、アリーナには正面と左右に設けられた席に白い制服を着た連邦関係者が座っているのだった。

 「これに乗るんだ」

 近くに居た職員らしき男に言われるまま、裁判所の証言台に似た台座に乗ると自動で動き出して、アリーナの中央まで運ばれ、止まったところで周囲を見回していく中、あるものを見て目を止めた。

 右に並んでいる証言台にはマリルが立っていたから。

 「マリル」

 「守」

 数日振りに顔を合わせた二人は、議事堂という厳粛な場所で、互いの名前を呼び合った。

 「うぇ」

 マリルの顔を見られて一安心した直後、堂内の全席から見られていることに気付き、初陣の時にも起きなかった緊張による吐き気を発症してしまった。

 マジンダムに初めて乗った時は、マリルだけだったし、なによりも大好きな巨大ロボットに乗れたという喜びが、緊張感を完全に忘れさせていたのだ。

 「それではこれより鋼守に証言してもらう。私は当喚問の進行をするクラウド・ピョートルだ。鋼守を前に」

 正面の席に座っている老人の声に合わせて、証言台が動き出したことで、マリルと何も話すことができないまま離されてしまった。

 「自分の世界でこういった経験はあるか?」

 「ない」

 クラウドからの質問に対し、ドロシーの助言を無視して、横柄な口調で返事をする。

 重くのし掛かってくる緊張感に負けない為の対策だった。

 「君は聞かれたことに対して真実を話してくれればいい」

 「分かったよ」

 「では、彼に偽証防止の魔法を施してくれ」

 クラウドが呼びかけると、近付くに居た職員が台座に乗ってきた。

 「髪を上げて額を出すんだ。偽証防止の魔法は額に施すことになっているから」

 「分かった」

 言われた通りに前髪をかき上げて額を出すと、職員は右手を上げ、人差し指を向けながら詠唱を口にし、マリルに家紋を刻まれた時と同じ要領で紋章を書き込んでいった。

 「もし君が嘘の証言をすれば額の紋章が光る仕組みになっている」

 「なるほど、俺の世界でいうところの嘘発見器みたいなもんか」

 「それと契約魔法を通しての会話もできなくなる」

 「念入りなことだ」

 職員は、返事をせず、作業を終えると台座から降りて、自分の持ち場に戻っていった。

 「初めに君は人間鋼守に間違いないな」

 クラウドが、初歩的な質問をしてくる。

 「そうだ」

 「君はアウグストゥス卿と共に混沌の魔女と黒い魔導書と戦ったのは本当かね」

 「本当だ」

 「それでは、どのような方法で戦ったのか、具体的に述べたまえ」

 「マリルの魔法石と俺の超○金玩具が偶然融合して爆誕した巨大ロボットグレートマジンダムに乗って戦ったんだ。マジンダムは俺にしか動かせないけど基本動作以外の機能は失っているから俺がパンチやキックに剣やハンマーを使った接近戦担当でマリルが魔法を使っての遠距離攻撃担当だ」

 自身の愛機に付いて、役割分担などを含め、詳細に説明していく。

 「ここまではアウグストゥス卿の証言と一致しているな。では、次に君とアウグストゥス卿はどのような関係なのだ?」

 「戦友だ」

 これまで何度も聞かれ、その度に口にしてきた答えを言う。

 「戦友とは具体的にどのような意味かね」

 「一緒に戦う仲間ってことだよ」

 「それ以外のことはないのだね」

 「それ以外って男女関係にあるかどうかって聞いているのか?」

 ストレート過ぎる答えだったのか、言い終えると堂内全体がかすかにざわつき、マリルの方を向くと、顔を少し赤くしながら”バカ言ってんな”といわんばかりに口を動かしているのだった。

 「静粛に。本当にそのような関係ではないのだね」

 「あったとしたら問題なのか?」

 「異世界の者との交友関係は許されているが、恋愛関係は禁止されているんだ。質問に応えたまえ」

 「そういう関係は一切無い。一緒に飯食ったり、家に泊まりに行ったりしたことはしているけど、それ以上のことは何もしてないよ」

 これまでしてきたことを包み隠さず話していく。

 「紋章が光らないところを見ると本当のようだ。それで君はアウグステゥス卿の従僕でもないのだね」

 「そうだ。俺とマリルに上下関係はない」

 「それなら何故、契約魔法を結んだのか?」

 「通話と護身用にやっただけだよ」

 「この点に関してもアウグステゥス卿の証言と全て一致しているな」

 「事実確認もいいけど、さっさと肝心なこと聞いてすぱっと終わらせようぜ。マリルはあんたらが思っているようなことはやっちゃいないよ」

 堪り兼ねて、苛立ちを議長席にぶつけてしまう。

 「君、さっきから無礼が過ぎるじゃないのか。喚問に参加しているのだから少しは礼儀をわきまえたまえ」

 傍聴席に座ってる青髪の男が、威圧的な声で注意を呼び掛けてきた。

 「悪いね。異世界から来たもんでこっちの礼儀はさっぱりなんだ」

 「なら、礼儀正しい口を聞けるようにして上げようか」

 男は、さらに声の鋭くさせていった。

 「フローレンス卿、少し落ち着きたまえ」

 議長席に座っている銀髪の男が、落ち着いた口調で諫めに入った。

 「これは失礼いたしました。パプティマス卿」

 フローレンス卿と呼ばれた男は、一例すると席に座り直したが、挑発的な視線はそのままだった。

 「パプティマス・・・。ジョバン・パプティマスか」

 小さな声で、フルネームを言った後、議長席に目を向ける。

 妖精騒ぎの時には、見ることのできなかったジョバンの顔は、眉間に刻まれた深い皺からくる厳めしさと合間って、いかにも組織の重役といった面構えをしていた。

 「君もだぞ。鋼守、ここは神聖な大議事堂なのだから挑発的な態度は慎みたまえ」

 ジョバンは、守にも反省を促してきた。喧嘩両成敗といったところだろう。

 「分かった」

 素直に返事をしながらマリルに目を向けたところ、初めてパプティマス家のことを話した時のように複雑な表情を浮かべていた。

 「では、アウグステゥス卿と鋼守の関係性についての証明が成されたとして、本題に入ろう。君達が黒い魔導書を封印する過程においてパプティマス家の長女メルル・パプティマスを人質に捕られたというのは本当か?」

 「そうだ」 

 「どうして、そんな事態になったのかね」

 「俺がペーパーマスターにパプティマス家に飛ばされた時に手早く元の世界に戻る手助けとして一緒に来て、それから東京観光した後に捕まったんだ。だから責任は俺にある」

 マリルとの仲違いといった気まずい部分を省きつつ、自身にも責任があることをしっかり付け加えて説明していった。

 「アウグステゥス卿との共謀ではないのだね」

 「俺はマリルがパプティマス家の養女ってことしか知らないし、そもそも魔力の無い俺がパプティマス家に行ってどうやってメルルを拐えるんだよ」

 「確かに。紋章も反応しないしメルル・パプティマスの誘拐の容疑は晴れたしよう」

 「やったな。マリル」

 朗報を分かち合おうと振り返ると、マリルは当然といった顔をしながらも、見るからに嬉しそうだった。

 「では、次の議案に移ろる」

 「今ので終わりじゃないのか?」

 「君が関与している可能性のあるメルル・パプティマス誘拐の件が終わっただけだ」

 「次はなんだ? ドロシーからは何も聞かされていないぞ」

 「事前の偽証防止の為にドロシー・スカーレットには伝えなかったのだ。それではこれよりマリル・アウグストゥスのゲドウ派関与に付いて鋼守の証人喚問を行う」

 クラウドの重い声が、堂内に響き、新たな喚問の始まりを告げた。

 「鋼守、君はゲドウ派に付いて何か知っているかね?」

 「初めて聞く言葉だ」

 「紋章の反応が無いところを見ると嘘ではないようだな」

 「そのゲドウ派ってなんなんだよ?」

 「様々な理由で道を踏み外した魔法使い達が結成した反魔法組織でアウグステゥス卿の両親マーベラス・アウグステゥスとマリュー・アウグステゥスが壊滅させたのだ」

 「壊滅しているならなんの問題もないじゃないか」

 「そのゲドウ派がここ最近再結成され、その党首がマーベラスだという情報が入ってきたのだ」

 クラウドから聞かされた情報に驚き、思わずマリルを見てしまうと、暗い表情で顔を下げていて、普段からは考えられないくらいに弱々しい感じになっていた。

 「ちょっと待てよ。マリルの両親は死んでるじゃないのか?・・・悪い」

 言ってしまってから後悔し、堪らずマリルの方を向いて謝った。

 マリルは、返事をせず、視線を逸らすだけだった。

 「住居にしていた屋敷は何者かに爆破されたが遺体は確認されていないから今でも行方不明扱いになっている」

 クラウドが、両親の詳細を伝えてくる。

 「そういうことか。それでマリルの親父さんが敵組織に居るって噂だか情報はいつ入ってきたんだ?」

 「アウグストゥス卿が、魔導書を封印した白い本を魔法庁に提出した日だ」

 「それだったら関連性は薄いんじゃないのか。情報が届く日にわざわざ敵の前に姿を見せてどうするんだよ」

 「魔法庁に侵入して奇襲を掛ける手筈の可能性も考慮してその場で拘束し、君という証人を呼んで事実確認を行っているのだよ」

 「そういう理由だったのか。それで今までの俺の話を聞いてどう思ったんだ?」

 「君自身の関与は晴れた。だが、アウグステゥス卿はまだだ」

 「なんでだよ。俺が関与していないってことはマジンダムも動かないんだから無罪確定だろ」

 「マジンダムが動かないとしてもアウグストゥス卿個人が繋がっていないという証明にはならない。君は四六時中彼女と居るわけではないだろ」

 「そりゃあ会わない日もあるけど」

 「それならその時にゲドウ派の構成員と接触していないことを証明することはできないだろ」

 「それはそうだけど」

 クラウドの説明に対して、反論することはできなかった。

 「だが、アウグストゥス卿も関与を否定した際に紋章は光っていないことを踏まえて最終審議に入る。そのまま待っていたまえ」

 クラウドが、説明を終えた後、証人台座は後方に下がり、マリルの隣で止まった。

 「帰ってきて早々にこんなことになるとは思わなかったぜ」

 声を送ることができないので、とりあえず普通に話し掛けてみる。

 「私も。晴れて大任を果たしたと思った瞬間に拘束だもの。参ってしまうわ」

 まだ弱々しい感じはあったが、返事をしてくれたので一安心した。

 「他に誰か証言したのか?」

 「メルルが人質になってから解放される経緯を証言したわ。話し合いには一切加わっていないことが証明されたから自宅謹慎を言い渡されて解放されたの。作戦会議に参加させなくてほんとに良かった」

 「あの時のマリルの判断は正しかったわけだ。家族を巻き込まなくて良かったな」

 「ほんとに。それで久々の実家はどうだった?」

 「ああ、親父以外には会えたよ。みんな喜んでたから帰って良かった」

 家族の笑顔を思い浮かべながら話した。

 「そっか、やっぱり家族っていいものよね」

 「さっき俺に口調を改めるように言った人って」

 知ってはいたが、一応確認を取ってみる。

 「私の元養父ジョバン・パプティマス。会うのは妖精騒動以来だけど、こんな形でまた顔を合わせるとは思わなかったわ」

 マリルは、懐かしむような悲しいような複雑な表情を浮かべながら話した。

 「それとずっとフローレンス卿が俺のこと睨んでいるんだけど名門なのか?」

 「魔法使いでも名門中の名門で過去には議長になった人も居て、パプティマス家と肩を並べるほどよ。彼の父親も審議席に居るわ。ほら、正面にある席の五列目の右から三番目」

 言われた場所に視線を向けたところ、ジョバンと同じように厳めしい顔をした禿頭の男が座っていた。

 「なるほど。議長をご先祖に持つフローレンス卿は魔法使いのサラブレットってわけだ」

 魔法使いにも人間と同じく家柄というものが、深く関わっていることを改めて実感した。

 「そういや一番奥に座っているだけのじいさんは偉いのか?」

 議長席の一番奥で、白い顎髭を膝まで伸ばし、穏やかな顔をして置物ように座っている老人を指差す。

 「当たり前よ。魔法連邦の最高議長、私達にとって一番偉い人。守の世界で言えば総理大臣かしら」

 「なるほど。名前は?」

 「ニコデモ・ヴァルタザール」

 「名前からして凄そうだな」

 改めて視線を向けてみたが、マリルが言うほどの重圧的な雰囲気は感じられなかった。 

 「それではこれより審議の結果を報告する。全員静粛に」

 クラウドの言葉に議事堂内が、静寂に包まれていく。

 「鋼守は一切嘘を言っていないし、洗脳されてもいない。アウグストゥス卿も彼が来る前の喚問で嘘を言っていないことは証明済みであるとして当議会はアウグストゥス卿の反逆及びゲドウ派との関連の疑いは晴れたとものとする」

 クラウドの結果報告に対して、堂内全体がざわめきに包まれた。

 「やったな。マリル」

 「ありがとう。守」

 マリルの顔にようやく本当の笑顔が戻った。

 「ただし、アウグストゥス卿が所有するグレートマジンダムの引き渡しを条件とするものである」

 「な?」

 「え?」

 審議結果の後に続く議長の言葉は、二人の顔から一瞬にして、笑顔を奪い去った。

 「ちょっと待ってくれ。マリルからマジンダムを無くすことは魔法使いとしての資格を無くすってことじゃないか」

 「そういうことになるが、アウグストゥス卿は魔力を失うわけではないし、これまでの功績を認め、所有している財産には一切手は付けないからこの先も十分暮らしていける」

 クラウドが、事務的な口調で、結果内容を述べていく。

 それを聞きながらマリルを見れば、ショックが大きかったらしく、虚ろな目をして抜け殻のように立ち尽くしていた。

 「ちゃんとした理由を説明してくれ」

 「我々は以前からアウグストゥス卿がグレートマジンダムを所持していることを憂慮していたのだ」

 「どうしてだよ?」

 「考えてもみたまえ。ゴーレムが全く歯が立たないだけでも脅威なのに強大な魔法武具を多数備えた魔動兵器を一人の魔法使いが所有するにはあまりにも度を越している。君の世界で言えば一人の人間が核ミサイルを所持しているようなものだ」

 「それは捉え方の問題だろ。それに妖精の女王から処分しないように言われてるんだぞ。マジンダムに何かするってことは女王の言葉を無視することになるんじゃないのか?」

 「我々は別にマジンダムを破壊したり永久封印するわけではなく使用できなくするだけで緊急事態の際には使用許可も出すつもりだ」

 「緊急ってどんな場合だよ?」

 「それは我々が判断する。君が干渉することではない」

 「マジンダムを使わせない為の方便にしか聞こえないぞ。そこまで危険って言うならそれを証明できる奴を連れて来てくれ」

 その質問に対して、話し合いが行われた。

 「それでは彼女を呼んでくれ」

 それから少しして、堂内に一人の女性が入ってくるなり、大きなざわめきが起こった。

 「お久し振り。四方の魔女と坊や」

 近付いてくる証人台座に乗っているのは、白い服を着た混沌の魔女で、二人を見るなり、親しげに話し掛けてきた。

「久し振りだな。おばさん」

 「おばさん言うんじゃねえよ!」

 親しげな態度が一変して、怒りを顕わにした。

 「あんた、幾つだよ?」

 「あたしはまだ三百五十歳よ」

 「すげえいってるじゃないか。俺の世界じゃ死んでる年齢ぞ」

 その発言をするやいなや、女性陣が怒号を上げ、堂内が大騒ぎになった。

 「俺、なんで物凄い罵声浴びせられてるわけ?」

 「バカ。彼女はこの世界ではまだ若い方なのよ」

 マリルが、気まずそうな顔で叱咤してきた。

 「え、そうなの? 魔法使いだからこっちとは年齢の感覚が違うのか」

 「ご婦人方、静粛に願います。静粛に願います。鋼守、不用意な発言は慎みたまえよ」

 クラウドが、困ったような表情で、女性陣を諫めつつ注意を促してきた。

 「わ、分かった」

 今回ばかりは、素直に自身の非を認めるしかなかった。

 「半年振りの議事堂だけど相変わらず広いわね。そして傍聴席にはこれまた憎たらしい方々がご列席だこと」

 混沌の魔女が、せせら笑うと左右に立っているホムンクルスが、持っている武器を喉元に突き付けてきた。

 「そんなもの向けないでよ。魔力無いんだから暴れられるわけないじゃない。拘束だってされてるんだし」

 怯えるどころか気楽な調子で両手を上げ、手首に付けられている手錠に似た拘束具を見せた。

 「武器を収めろ。それとフローラ・フローレンスは無用な発言は慎みたまえ」

 クラウドは、ホムンクルスに武器を下ろすよう命じた後、混沌の魔女に向かって、本名と思える固有名詞を言いながら注意を促した。

 「フローレンスは付けないでくれる。とっくに捨てた名前だから」

 その返事には、皮肉や嫌味ではなく嫌悪感を漂わせていた。

 「あのおばさん、フローラって名前なんだな」

 まだ暗い顔をしているマリルに向かって、フローラに聞こえないよう小声で話しかけた。

 「魔法連邦に所属していた時は優秀な役人だったらしいけど、ある事件で杖を破壊されて魔法使いの資格を失ってから道を踏み外したらしいの」

 小声での回答だった。

 「おばさんにも色々な事情があるんだな。で、フローレンスって名字だとすると」

 「想像通りフローレンス卿の親族って、なに余計な話させるのよ」

 噛み付くように怒ってきた。

 「マリルが、あんまり暗い顔してるからだよ」

 「・・・・・ありがとう」

 さっきよりもずっと小さい声で、礼を言ってきた。

 「それではこれから証言してもらう。フローラに魔法を」

 クラウドの命を受けた職員が、フローラの額に偽称防止の魔法を施した後、証言台が中央に移動していった。

 「では、アウグステゥス卿が所有するグレートマジンダムについて証言したまえ」

 「そりゃあもうデカいわカタいわ強いわで、あたしの魔法もゴーレムもてんで歯が立たないからもしこの二人を敵に回したら最高に最悪よ。あんたら全員束になって掛かっても絶対に勝てやしないわ。どう、これで満足してもらえたかしら?」

 フローラは、堂内の出席者全員を煽るような口調で、証言していった。

 その間、額の紋章がまったく光らないことから一切嘘は無く、発せられる言葉の全てが、本音であることを証明していた。

 「証言は以上か?」

 クラウドが、落ち着いた声で聞き返す。

 「終わりよ。言いたいこと全部言えたからスッキリしたわ。こんな気分いつ以来かしらねぇ」

 言い終え、手錠をされたまま大きく背伸びをした後、溜まっていた鬱憤を晴らしたように清々しい表情を浮かべていた。

 証言終了後、フローラの台座は下げられ、話し合いが行われた。

 その間、マリルと一緒に黙って、話し合いの様子を眺めていた。

 「あんた達、大変なことになっているわね」

 フローラが、どうよといった表情で、話しかけてくる。

 「あんたは気楽そうでいいな」

 皮肉たっぷりに言い返してやる。

 「そりゃあそうよ。魔力取られて魔法が使えないと分かると世界を破壊してやろうって意欲も失せてね。牢屋に居る限り食事にこと欠かないから残りの人生は獄中で気楽に生きていくことに決めたの」

 「魔力が無くなってショックじゃないのかよ?」

 「無くされた時は凄いショックで気が狂いそうだったけど無くても生きていけると分かれば案外平気なものよ」

 「見方の違いってやつか」

 「そういうこと。四方の魔女さんも魔法使いでなくなるからって恐れることなんてないわ」

 そう言って見せる笑顔には、以前の邪悪さは感じられず、ただの女性にしか見えなかった。

 「で、あそこに居るのあんたの身内か?」

 顎で、フローレンス卿を指す。

 「審議席に座っている禿頭が”元”お父様のドルチェで、拝聴席に座っているのが”元”弟のカイサルよ。フローレンス家の名前は捨てたからお互いに身内とは思っていないだろうけど」

 悲壮感を全く感じさせない気楽な調子で話していた。 

 「審議結果を伝える。全員姿勢を正し、着席するように」

 クラウドの言葉に、証言台の三人以外の者達が従っていく。

 「フローラの発言に嘘がないことを考慮した結果、グレートマジンダムを脅威とみなし、引き渡しを取り下げることはできないものとする。アウグストゥス卿は速やかに引き渡しに応じるように。これにてアウグストゥス卿の証人喚問を終了とする」

 クラウドからの結果発表の後、傍聴人は退席を始め、フローラはホムンクルスに連れられて証言台から降り、守とマリルは職員に魔法を消された上で退席を促された。

 「待ってくれ!」

 守の大声が、堂内に響き渡った。

 その突飛な言動に全員が動き止めて、視線を一斉に向けてくる。

 「いったい何事かね?」

 クラウドは、立ったまま聞いてきた。

 「おたくらの出した結果に異義があるんだよ!」

 「いったい何が不満だというんだ。マジンダムが危険だという証言を得て審議した結果だ。これは君の進言を受け入れた上での結果でもあるのだぞ」

 「確かにその配慮には感謝しているけど出された結果に従うなんて一言も言っていないぞ!」

 「今度は何が不満なのか述べたまえ」

 クラウドは、聞く姿勢を取りはしたが、座ろうとまではしなかった。

 「さっきからずっと危険だって言っているけど、それはあくまでもマリルがおたくらに反乱を起こした場合の話だろ。それともう一つ忘れていることがあるぞ」

 「なんだね」

 「マジンダムは、俺の所有物でもあって俺が操縦しないと歩くだけでなく武器一つまともに扱えないんだ。それでも危険だっていうのか?」

 「つまり、反乱には君の力も必要ということか?」

 「どうしてそうなるんだよ! 俺もマリルもそんなことはしないって言っているんだ!」

 「反乱しないと何故言い切れる?」

 質問をぶつけてきたのは、ジョバンだった。

 「アウグステゥス卿が、我々に反旗を翻さないとどうして言い切れるんだ。元々は良き魔法使いだったが、道を過って悪に進んだ者を何人も見てきている。そこのフローラのように」

 まだ堂内に残っているフローラを差しながらの言葉だった。

 一端口を閉じて、マリルを見ると、これまで以上にショックを受けたような顔をしていた。

 正面に向き直って、ジョバンと目を合わせた時には証言する時とは違い、緊張は全くしなかった。

 「それは俺がマリルを信じているからだ!」

 「何故、そこまで信じられるのかね?」

 明解な答えを求めてくる。

 「俺は、この半年ずっとマリルと一緒に戦ってきた。どんな状況下でも俺をマジンダムのパイロットとして信頼して操縦を任せてくれた。そこまで自分を認めてくれる相手を信用するのは当然だろ! マリルはあんたらが思っているような奴じゃない! それは俺が断言する!」

 その言葉は、議事堂の隅々にまでこだましていった。

 「なら、次にアウグステゥス卿、君は彼を信じるのか?」

 ジョバンは、質問の矛先をマリルに向けた。

 「私も彼を信じます」

 マリルは、静かに応えた。

 「それは何故かね?」

 ジョバンが、同じように聞き返してくる。

 「一緒に戦ってきたからです。彼は魔力を持たない人間で有りながら私の呼びかけに応じ、戦いには全面的に協力してくれましたし、時には自身の命さえ省みずに行動してくれこともありました。そのような勇気ある行動を見てきたからこそ、彼を信じることができるのです」

 これまでの弱気を払拭するような力強い声による説明だった。

 「紋章が光っていないところをみると二人共嘘は言っていないようだな。パプティマス卿」

 これまでピクリともしなかったニコデモ最高議長が、ジョバンに呼びかける。

 「そのようですな。最高議長」

 最高議長の言葉に仕方なく従うといった感じの返事だった。

 二人の発言を受けて、審議席で何度目かになる話し合いが、行われようとしていた。

 「分かった。分かった。一番手っ取り早い解決方法を提案するよ」

 「それは何かね?」

 クラウドが、代表して尋ねてくる。

 「そのゲドウ派とかいうのを俺とマリルがマジンダムで倒せばいいだろ。そしてそれが終わったら俺の記憶を消せばいい。そうすればマジンダムはロボットとしての基本機能を失うからあんたらが思うような危険な存在じゃなくなるよ」

 その提案の後、議事堂内は、水を打つように静かになった。

 それだけ意外過ぎる提案だったのだ。

 何故ならその場に居る全員が、守が巨大ロボット好きであることを知っていたからである。

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